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第六章 第二節
6 復帰のために
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「キリエ様を勘違いなさらないでください」
ミーヤの声の調子が低く、小さくなった。それはとても悲しそうにセルマには思えた。
「確かにキリエ様は厳しい方です。正直、私も以前はただ厳しい方、本当に鋼鉄のお心をお持ちなのではと思っていました。ですが、今は分かっています。あの方ほどお優しい方はいらっしゃいません」
ミーヤの断固とした言葉にセルマは少し考え、そしてこう返してきた。
「いいえ、やはりあの方は冷酷な方です。私に恥をかかせる目的で、また奥宮の取次役に就けることにしたのです!」
セルマの声が一段大きくなる。
「私が奥宮に戻り、元と同じ役職に就き、でもそれは元の地位に戻ったわけではない。そんなおちぶれた姿を皆にさらすためにそうしたのです! それに、取次役の取りまとめ役にフウ殿? あの変わり者! 私とあの人が合わないと知っているから、それでわざと私の上に置いたのですよ!」
セルマが肩で息をする音がした。最後は涙声になっていたようにも思える。
「違うと思います」
ミーヤが静かに否定する。
「どこが違うのです!」
「考えてみてください。では、もしもセルマ様が前の宮の係になっていたら、奥宮の方々は何も思わないでしょうか」
「それは……」
「もしも、セルマ様をそのような目で見られる方がおられるとしたら、前の宮の係になった方が、もっとそんな目で見るのではないですか?」
ミーヤの言う通りに思えた。実際に、奥宮で大きな失敗をした者の反省をうながすため、一時的に前の宮で勤めさせることはある。罰則とまではいかないが、もう一度そこからやり直しなさい、という意味合いが含まれている。
「ですから、セルマ様を奥宮の担当になさったのは、正しい判断ではないかと思います」
「では、フウ殿はどうです。私はあの人が嫌いです。おそらくあちらも私が嫌いでしょう。わざと私の上にそのフウ殿を置いたのです!」
「それも違うと思います」
またミーヤが静かに否定した。
「多分ですが、フウ様はセルマ様を嫌ってなどおられません」
「いいえ、嫌っています。あの人のあの失礼な態度、私が取次役であっても一度も敬意を表したこともなければ、馬鹿にしたような口調でしか話をしない!」
それを聞いて思わずミーヤが笑う。
「何がおかしいのです!」
「いえ、申し訳ありません。ですが、あまりにフウ様らしくて」
「フウ殿を知っているのですか」
「ええ、少し前に、お話する機会に恵まれました。ですから、少し思い出してしまいました。あの、セルマ様がおかしかったわけではないんです」
あの時の皆の呆気にとられた様子、そしてトーヤが言ったこの一言。
『なんだよなんだよ、ありゃ! えらいの飼ってんなキリエさん!』
そんなことを思い出し、またあらためて笑う。
セルマは驚いてその様子を見ている。
「もうしわけありません、あまりに、なんと言うのでしょう、変わったお方だったもので」
セルマはさっきまでの怒りを忘れ、戸惑った。あのフウと話して笑っていられるなんて。
「あの、ですから、フウ様だから、セルマ様も大丈夫なのではないか、そう思いました」
「意味が分かりません」
「いえ、フウ様は本当に何も気になさらない方です。セルマ様が謹慎なさっていたことも、そして取次役に戻られたことも、何も気になさらないでしょう。ですから、セルマ様は安心して役目を果たせるのではないかと思います」
セルマは返す言葉が見つからない。
「きっと、キリエ様はそれを分かっていて、それでフウ様を取りまとめ役にと選ばれたのだと思いますよ。考えてもみてください、もしも、他の方だったら、セルマ様はきっともっと仕事をやりにくいはずです」
「それは……」
確かにそれはそうだろうと思った。もしも、同期の侍女が自分の上に就くことになったら、そう考えるだけで腹の中が煮えくり返るぐらいの悔しさを感じる。自分より先輩の侍女であったとて、一度は自分の支配下に入った人だ。万が一、後輩の侍女などがその場所にいることになったとしたら、それは考えることすらしたくない、それほどの屈辱だ。
「どうでしょう、フウ様でよかったとは思いませんか?」
もう、そうだとしか思えない。認めたくはないが、セルマが一番仕事に復帰しやすい人物だとしか考えられなくなった。
「こんな言い方をすると、またセルマ様の気に障るかも知れませんが、フウ様はセルマ様に全く興味を持っておられないと思いますよ」
「なんですって!」
「いえ、セルマ様だけではありません。きっと私にも興味をお持ちではないと思います。初めてお目にかかった時、フウ様は私にこうおっしゃったんです」
ミーヤは思い出して笑いながら、フウの言葉をセルマに伝えた。
『あなた、八年前になんやかんやあった、あのミーヤさん?』
「なんです、それは……」
さすがにセルマが呆れてそう言う。
「フウ様は、八年前にあった出来事については、色々と思われることがあるのだと思います。ですが、私に対しては特別の思いを持たれることはなかった。他の方が好奇の目で私を見ていた時にも、そんな視線を向けられなかった。そんな方ですフウ様は。セルマ様の復帰のために、キリエ様はフウ様を選ばれたのだと思います」
ミーヤの声の調子が低く、小さくなった。それはとても悲しそうにセルマには思えた。
「確かにキリエ様は厳しい方です。正直、私も以前はただ厳しい方、本当に鋼鉄のお心をお持ちなのではと思っていました。ですが、今は分かっています。あの方ほどお優しい方はいらっしゃいません」
ミーヤの断固とした言葉にセルマは少し考え、そしてこう返してきた。
「いいえ、やはりあの方は冷酷な方です。私に恥をかかせる目的で、また奥宮の取次役に就けることにしたのです!」
セルマの声が一段大きくなる。
「私が奥宮に戻り、元と同じ役職に就き、でもそれは元の地位に戻ったわけではない。そんなおちぶれた姿を皆にさらすためにそうしたのです! それに、取次役の取りまとめ役にフウ殿? あの変わり者! 私とあの人が合わないと知っているから、それでわざと私の上に置いたのですよ!」
セルマが肩で息をする音がした。最後は涙声になっていたようにも思える。
「違うと思います」
ミーヤが静かに否定する。
「どこが違うのです!」
「考えてみてください。では、もしもセルマ様が前の宮の係になっていたら、奥宮の方々は何も思わないでしょうか」
「それは……」
「もしも、セルマ様をそのような目で見られる方がおられるとしたら、前の宮の係になった方が、もっとそんな目で見るのではないですか?」
ミーヤの言う通りに思えた。実際に、奥宮で大きな失敗をした者の反省をうながすため、一時的に前の宮で勤めさせることはある。罰則とまではいかないが、もう一度そこからやり直しなさい、という意味合いが含まれている。
「ですから、セルマ様を奥宮の担当になさったのは、正しい判断ではないかと思います」
「では、フウ殿はどうです。私はあの人が嫌いです。おそらくあちらも私が嫌いでしょう。わざと私の上にそのフウ殿を置いたのです!」
「それも違うと思います」
またミーヤが静かに否定した。
「多分ですが、フウ様はセルマ様を嫌ってなどおられません」
「いいえ、嫌っています。あの人のあの失礼な態度、私が取次役であっても一度も敬意を表したこともなければ、馬鹿にしたような口調でしか話をしない!」
それを聞いて思わずミーヤが笑う。
「何がおかしいのです!」
「いえ、申し訳ありません。ですが、あまりにフウ様らしくて」
「フウ殿を知っているのですか」
「ええ、少し前に、お話する機会に恵まれました。ですから、少し思い出してしまいました。あの、セルマ様がおかしかったわけではないんです」
あの時の皆の呆気にとられた様子、そしてトーヤが言ったこの一言。
『なんだよなんだよ、ありゃ! えらいの飼ってんなキリエさん!』
そんなことを思い出し、またあらためて笑う。
セルマは驚いてその様子を見ている。
「もうしわけありません、あまりに、なんと言うのでしょう、変わったお方だったもので」
セルマはさっきまでの怒りを忘れ、戸惑った。あのフウと話して笑っていられるなんて。
「あの、ですから、フウ様だから、セルマ様も大丈夫なのではないか、そう思いました」
「意味が分かりません」
「いえ、フウ様は本当に何も気になさらない方です。セルマ様が謹慎なさっていたことも、そして取次役に戻られたことも、何も気になさらないでしょう。ですから、セルマ様は安心して役目を果たせるのではないかと思います」
セルマは返す言葉が見つからない。
「きっと、キリエ様はそれを分かっていて、それでフウ様を取りまとめ役にと選ばれたのだと思いますよ。考えてもみてください、もしも、他の方だったら、セルマ様はきっともっと仕事をやりにくいはずです」
「それは……」
確かにそれはそうだろうと思った。もしも、同期の侍女が自分の上に就くことになったら、そう考えるだけで腹の中が煮えくり返るぐらいの悔しさを感じる。自分より先輩の侍女であったとて、一度は自分の支配下に入った人だ。万が一、後輩の侍女などがその場所にいることになったとしたら、それは考えることすらしたくない、それほどの屈辱だ。
「どうでしょう、フウ様でよかったとは思いませんか?」
もう、そうだとしか思えない。認めたくはないが、セルマが一番仕事に復帰しやすい人物だとしか考えられなくなった。
「こんな言い方をすると、またセルマ様の気に障るかも知れませんが、フウ様はセルマ様に全く興味を持っておられないと思いますよ」
「なんですって!」
「いえ、セルマ様だけではありません。きっと私にも興味をお持ちではないと思います。初めてお目にかかった時、フウ様は私にこうおっしゃったんです」
ミーヤは思い出して笑いながら、フウの言葉をセルマに伝えた。
『あなた、八年前になんやかんやあった、あのミーヤさん?』
「なんです、それは……」
さすがにセルマが呆れてそう言う。
「フウ様は、八年前にあった出来事については、色々と思われることがあるのだと思います。ですが、私に対しては特別の思いを持たれることはなかった。他の方が好奇の目で私を見ていた時にも、そんな視線を向けられなかった。そんな方ですフウ様は。セルマ様の復帰のために、キリエ様はフウ様を選ばれたのだと思います」
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