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第六章 第一部
25 同志
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「何事かの心づもりはあるが話すつもりはない、そういうことですね」
「ええ、まあ」
「分かりました」
キリエはそれ以上を聞くつもりはない。話さないと言ったら話す気はないだろう。そんな無駄なことに使う時間はない。そう判断して何も聞かない。神官長はキリエのそんな態度に感心をする。
「普通の人間ならば、何があるのか知りたがるものなのに、お尋ねにもならないのですね」
「ええ、時間の無駄です。話すつもりならこちらが聞かずとも話すでしょう、先ほどのように」
神官長がその言葉に少し不愉快そうな顔になる。キリエを追い詰めるつもりで話したセルマのこと、それ以外のこと、この女はそれら全部をなかったことのようにした。それどころか神官長が勝手に話をした愚か者のように扱うつもりだ。
「それでマユリアにこの国を直接統治していただく。あなたはそれを可能だと思っているのですね」
「ええ」
「可能である、その前提で話を進めましょう。その先が私の先ほどの疑問です。単なる時間稼ぎにしかならぬのではという」
「いいえ」
神官長は少し態度を固くし、最低限の返事だけを返す。これ以上の言質を取られてはたまらない、そんな気持ちからだ。
キリエは黙して神官長の言葉を待つ。その姿勢にはゆとりさえ伺える。神官長は再び口をつぐんだ。
少しの間2人の間に沈黙が流れた。先に口を開いた方が負け、そんな雰囲気だったが、やはり神官長が先に折れる。
「策については申し上げられませんが、必ずマユリアが女神であり女王としてこの国を当地なさる立場になられます」
「分かりました。もしもマユリアがお受けになられたら、マユリアは女神であり女王となられる。ですがお受けにならなかった時はどうなります」
「いえ、必ずお受けいただけます」
「分かりました、では、お受けになられる、その前提で話をお願いいたします」
神官長が自信たっぷりに答えたそれに、キリエがこともなげに返事をする。
「一体、何をお考えなのです」
たまらず神官長がそう聞いてしまう。それほどキリエは何事も感じてはいないかのような態度だ。
「何をとは」
「以前話をした時、あなたは私の話を一顧だになさらなかった。エリス様の話、セルマの話、ラーラ様の話、あの棺の話、そして最後のシャンタルの話。あなたは何をお話ししても無視なさっていた」
思わず神官長が感情的になる。頭ではだめだと思いながら、気持ちが思わず口からこぼれてしまう。
神殿はずっと宮の下にあった。つまり神官長はずっと侍女頭の下にあったということだ。やっとこうして同じ高さで物を言えると思ったのに、なぜだ、今だに叶わぬと示されているようだ。
「無視などしておりません」
神官長はますます感情が逆立つのを感じたが、ここでそれを爆発させるわけにはいかない。なんとか押し止めるが、その目は怒りを湛えているのをキリエは感じた。
「そのようなつもりはございませんでした。ですが誤解を与えていたのなら謝罪をいたします」
キリエが少し引くことで、神官長の気持ちもやや和らいだが、キリエに対する警戒心は解かない。
「先ほども申しました通り、マユリアの婚姻のことでお聞きしたくてここに参っております」
それは確かにそうだったと神官長も気持ちを落ち着ける。
「詳しいことはまだ申せません。ですが必ずマユリアはお受けになられ、この国の統治者になられるのです。では、こちらからお聞きしたい、もしもマユリアがお受けになられた時、あなたはどうなさるのか」
「聞くまでもないことです。マユリアのご意思に従います」
神官長は信じられないことを聞いたと思った。
「まことですか」
「ええ」
「まことに、マユリアが女王になられたら、そのご意思にしたがわれるのですか?」
「もちろんです」
思ってもみないことであった。てっきりキリエはマユリアが婚姻を受けられるのを阻止するためにここへ来たとばかり思っていた。それが、マユリアに従う、そう言っている。
「いや、私はてっきり、あなたはマユリアが婚姻を受けられないようにするために、そのためにここに来られた、そう思っておりました」
「言うまでもなく、マユリアがご自分のご意思ではなくその道を選ばれるのならばなんとしてでもお止めいたします。ですが、マユリアが真実その道がご自分が選ばれるべき道だとお思いになり、婚姻をお受けするとおっしゃるならば、私はそのご意思に従います。それが侍女であり侍女頭です」
神官長はその言葉が真実であるかどうかを探るように、キリエをじっと見た。見てもそれが真実であるかどうかは分からない。だが侍女は嘘をつかない、つけない。その頂点にいる侍女頭が嘘をつくなどありえない。ではこれは真実の心、真実の言葉なのだろう。
「あなたは同志です」
神官長は感動すら浮かべた表情でキリエにそう言った。
「あなたも私も、この国を憂える者。シャンタルの、マユリアのお為にその生涯を捧げた者、今初めて心よりそう思えました。ええ、私が真実共にマユリアのお為に力を合わせたい、そう思っていたのはあなたです」
「ええ、まあ」
「分かりました」
キリエはそれ以上を聞くつもりはない。話さないと言ったら話す気はないだろう。そんな無駄なことに使う時間はない。そう判断して何も聞かない。神官長はキリエのそんな態度に感心をする。
「普通の人間ならば、何があるのか知りたがるものなのに、お尋ねにもならないのですね」
「ええ、時間の無駄です。話すつもりならこちらが聞かずとも話すでしょう、先ほどのように」
神官長がその言葉に少し不愉快そうな顔になる。キリエを追い詰めるつもりで話したセルマのこと、それ以外のこと、この女はそれら全部をなかったことのようにした。それどころか神官長が勝手に話をした愚か者のように扱うつもりだ。
「それでマユリアにこの国を直接統治していただく。あなたはそれを可能だと思っているのですね」
「ええ」
「可能である、その前提で話を進めましょう。その先が私の先ほどの疑問です。単なる時間稼ぎにしかならぬのではという」
「いいえ」
神官長は少し態度を固くし、最低限の返事だけを返す。これ以上の言質を取られてはたまらない、そんな気持ちからだ。
キリエは黙して神官長の言葉を待つ。その姿勢にはゆとりさえ伺える。神官長は再び口をつぐんだ。
少しの間2人の間に沈黙が流れた。先に口を開いた方が負け、そんな雰囲気だったが、やはり神官長が先に折れる。
「策については申し上げられませんが、必ずマユリアが女神であり女王としてこの国を当地なさる立場になられます」
「分かりました。もしもマユリアがお受けになられたら、マユリアは女神であり女王となられる。ですがお受けにならなかった時はどうなります」
「いえ、必ずお受けいただけます」
「分かりました、では、お受けになられる、その前提で話をお願いいたします」
神官長が自信たっぷりに答えたそれに、キリエがこともなげに返事をする。
「一体、何をお考えなのです」
たまらず神官長がそう聞いてしまう。それほどキリエは何事も感じてはいないかのような態度だ。
「何をとは」
「以前話をした時、あなたは私の話を一顧だになさらなかった。エリス様の話、セルマの話、ラーラ様の話、あの棺の話、そして最後のシャンタルの話。あなたは何をお話ししても無視なさっていた」
思わず神官長が感情的になる。頭ではだめだと思いながら、気持ちが思わず口からこぼれてしまう。
神殿はずっと宮の下にあった。つまり神官長はずっと侍女頭の下にあったということだ。やっとこうして同じ高さで物を言えると思ったのに、なぜだ、今だに叶わぬと示されているようだ。
「無視などしておりません」
神官長はますます感情が逆立つのを感じたが、ここでそれを爆発させるわけにはいかない。なんとか押し止めるが、その目は怒りを湛えているのをキリエは感じた。
「そのようなつもりはございませんでした。ですが誤解を与えていたのなら謝罪をいたします」
キリエが少し引くことで、神官長の気持ちもやや和らいだが、キリエに対する警戒心は解かない。
「先ほども申しました通り、マユリアの婚姻のことでお聞きしたくてここに参っております」
それは確かにそうだったと神官長も気持ちを落ち着ける。
「詳しいことはまだ申せません。ですが必ずマユリアはお受けになられ、この国の統治者になられるのです。では、こちらからお聞きしたい、もしもマユリアがお受けになられた時、あなたはどうなさるのか」
「聞くまでもないことです。マユリアのご意思に従います」
神官長は信じられないことを聞いたと思った。
「まことですか」
「ええ」
「まことに、マユリアが女王になられたら、そのご意思にしたがわれるのですか?」
「もちろんです」
思ってもみないことであった。てっきりキリエはマユリアが婚姻を受けられるのを阻止するためにここへ来たとばかり思っていた。それが、マユリアに従う、そう言っている。
「いや、私はてっきり、あなたはマユリアが婚姻を受けられないようにするために、そのためにここに来られた、そう思っておりました」
「言うまでもなく、マユリアがご自分のご意思ではなくその道を選ばれるのならばなんとしてでもお止めいたします。ですが、マユリアが真実その道がご自分が選ばれるべき道だとお思いになり、婚姻をお受けするとおっしゃるならば、私はそのご意思に従います。それが侍女であり侍女頭です」
神官長はその言葉が真実であるかどうかを探るように、キリエをじっと見た。見てもそれが真実であるかどうかは分からない。だが侍女は嘘をつかない、つけない。その頂点にいる侍女頭が嘘をつくなどありえない。ではこれは真実の心、真実の言葉なのだろう。
「あなたは同志です」
神官長は感動すら浮かべた表情でキリエにそう言った。
「あなたも私も、この国を憂える者。シャンタルの、マユリアのお為にその生涯を捧げた者、今初めて心よりそう思えました。ええ、私が真実共にマユリアのお為に力を合わせたい、そう思っていたのはあなたです」
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