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第六章 第一部
24 女王の国
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これもキリエには痛いところだった。キリエは今も、セルマをどうすればいいのか考えを固め切れてはいない。
「お困りでしょう、セルマの処遇に」
神官長がそんな気持ちを見透かすようにそう言った。キリエの表情は全く動かないが、それぐらいのことはお見通し、そんな口調だった。
「いかがなさいます。あなたに害をなそうとした者として処分なさいますか? もしもそうなさりたいのなら、必要なら私が色々と証言しても構いませんよ」
この男は一体何を言い出すのだ。キリエは少なからず心の中で怒りが形を取るのを感じていた。
そもそもセルマがその罪を犯したのは自分がやらせたことであろう。それをセルマ一人に罪をかぶせるばかりか、そのための証言をしても構わないと言い出した。
「もしくは取次役に戻し、交代の後に侍女頭の職に就けるか」
それももちろんできない。何より今のセルマにこれからの宮を任せられるだけの度量はない。神官長の意のままにされるだけだ。自分が一線を退いた後、自分の後を任せられるのはフウだけだと思っている。
「よい考えがあるのです。セルマを処罰もせず、侍女頭にもせぬ方法が。知りたくはないですか?」
キリエが表情を変えぬまま神官長に視線を振り向けた。実はキリエにも唯一つだけそうせぬための考えはある。恐らくそれであろう。
「あなたも恐らくすでに思いつかれてはいるのでしょうが、あらためて私からも助言させていただこうと思います」
キリエは答えずに神官長から視線を外さない。神官長はキリエの反応は気にせずに言葉を続ける。どうせ返事は返っては来ないだろう、そう思っての発言だ。
「それは、あなたがそのまま侍女頭を続けることです。交代の日が来ても、そのまま誰も後継者に指名せず、何を言われようとも侍女頭の座に座り続けることです。そしてセルマはそのまま取次役に戻せばいい。取次役は簡易的に作られた役職、権力さえ取り上げてしまえば何の問題もない。単なる奥宮と前の宮の連絡係、そこに戻せばいいでしょう」
そう、キリエもそう考えていた。取次役とは、元々その役割りで設けられた役職だ。決して奥宮の最高責任者ではない。本来の役割りに戻してセルマを戻し、何もかもなかったことにすればいい。神官長という後ろ盾を失えば、セルマが再び権力を持つことはない。
「そうなさればいいのです」
神官長がキリエの心の声に答えるようにそう言った。
「あなたはそうしてご無事なのですし、あの香炉のこともよく調べたら燃されていた香も特に害のあるものではなかった、そう言えば済むでしょう。ああいうものの鑑定は難しいのです。それとも私の証言を取り上げ、セルマを実行犯として衛士にでも引き渡し、罰したいですか? 私はどちらでも構いませんよ」
なんとも卑怯な言い方だとキリエは思った。つまり、セルマの運命は自分の心一つだとキリエを脅しているのだろう。セルマを人質に取り、一体何を要求しようとしているのか。
「話が逸れました」
キリエは神官長の言葉には乗らず、ここへ来た本来の目的に話を戻す。
「私が今伺いたいのはセルマのことではなく、マユリアと国王の婚姻についてです。私が勘違いをしているとあなたはおっしゃった。では、どこをどう勘違いしているのか、そこをお聞きしたいのです」
神官長がギョッとした顔になる。今の今まで追い詰めていたと思っていた相手が、平然とその網を切り裂いてみせたからだ。
「セルマのことはどうでもいいと?」
「そうは申しておりません。ですが、私がここに来た本来の目的はそちらです。それを伺わずに他の話はできません」
神官長は驚いた顔のまま侍女頭を見つめる。その表情からは何の感情も見つけることはできなかった。
「さすがに鋼鉄の侍女頭。いやいや、思った以上に手強い」
神官長が唇の右側をやや引きつらせたようにして笑う。
「分かりました。話を戻しましょう。マユリアと国王の婚姻について、でしたな」
「ええ、お願いいたします」
「この国を真の女神の国にしたい、そのための婚姻だと説明しましたな」
「ええ、マユリアを国王の元へ嫁がせるためではないと」
「そうです。マユリアに王家にお入りいただき、この国を統治するための資格を得ていただくのです。これで正式に女神がこの国の統治者になれる」
神官長はそこで一度言葉を切り、こう言い直した。
「この国は女神マユリアが統治する女王の国になるのです」
そう言い切ってキリエの様子を伺う。キリエの表情はそのまま、何も感情を感じさせぬままだ。
「いかがです」
神官長がしびれを切らせたようにキリエに聞くと、
「それがあなたのおっしゃる女神の国だということはよく分かりました」
と、やはり感情を乗せずに返してきた。
「ですが、そんなことが可能でしょうか。実際に今、この国を統治なさっておられるのは国王陛下、そして王家の方々です。その方たちがマユリアに統治を任せるなどということは、ありえないと思いますが」
「まあ、そのあたりはおいおいと、ですよ」
神官長はキリエの言葉にニヤリと笑ってそう答えた。
「お困りでしょう、セルマの処遇に」
神官長がそんな気持ちを見透かすようにそう言った。キリエの表情は全く動かないが、それぐらいのことはお見通し、そんな口調だった。
「いかがなさいます。あなたに害をなそうとした者として処分なさいますか? もしもそうなさりたいのなら、必要なら私が色々と証言しても構いませんよ」
この男は一体何を言い出すのだ。キリエは少なからず心の中で怒りが形を取るのを感じていた。
そもそもセルマがその罪を犯したのは自分がやらせたことであろう。それをセルマ一人に罪をかぶせるばかりか、そのための証言をしても構わないと言い出した。
「もしくは取次役に戻し、交代の後に侍女頭の職に就けるか」
それももちろんできない。何より今のセルマにこれからの宮を任せられるだけの度量はない。神官長の意のままにされるだけだ。自分が一線を退いた後、自分の後を任せられるのはフウだけだと思っている。
「よい考えがあるのです。セルマを処罰もせず、侍女頭にもせぬ方法が。知りたくはないですか?」
キリエが表情を変えぬまま神官長に視線を振り向けた。実はキリエにも唯一つだけそうせぬための考えはある。恐らくそれであろう。
「あなたも恐らくすでに思いつかれてはいるのでしょうが、あらためて私からも助言させていただこうと思います」
キリエは答えずに神官長から視線を外さない。神官長はキリエの反応は気にせずに言葉を続ける。どうせ返事は返っては来ないだろう、そう思っての発言だ。
「それは、あなたがそのまま侍女頭を続けることです。交代の日が来ても、そのまま誰も後継者に指名せず、何を言われようとも侍女頭の座に座り続けることです。そしてセルマはそのまま取次役に戻せばいい。取次役は簡易的に作られた役職、権力さえ取り上げてしまえば何の問題もない。単なる奥宮と前の宮の連絡係、そこに戻せばいいでしょう」
そう、キリエもそう考えていた。取次役とは、元々その役割りで設けられた役職だ。決して奥宮の最高責任者ではない。本来の役割りに戻してセルマを戻し、何もかもなかったことにすればいい。神官長という後ろ盾を失えば、セルマが再び権力を持つことはない。
「そうなさればいいのです」
神官長がキリエの心の声に答えるようにそう言った。
「あなたはそうしてご無事なのですし、あの香炉のこともよく調べたら燃されていた香も特に害のあるものではなかった、そう言えば済むでしょう。ああいうものの鑑定は難しいのです。それとも私の証言を取り上げ、セルマを実行犯として衛士にでも引き渡し、罰したいですか? 私はどちらでも構いませんよ」
なんとも卑怯な言い方だとキリエは思った。つまり、セルマの運命は自分の心一つだとキリエを脅しているのだろう。セルマを人質に取り、一体何を要求しようとしているのか。
「話が逸れました」
キリエは神官長の言葉には乗らず、ここへ来た本来の目的に話を戻す。
「私が今伺いたいのはセルマのことではなく、マユリアと国王の婚姻についてです。私が勘違いをしているとあなたはおっしゃった。では、どこをどう勘違いしているのか、そこをお聞きしたいのです」
神官長がギョッとした顔になる。今の今まで追い詰めていたと思っていた相手が、平然とその網を切り裂いてみせたからだ。
「セルマのことはどうでもいいと?」
「そうは申しておりません。ですが、私がここに来た本来の目的はそちらです。それを伺わずに他の話はできません」
神官長は驚いた顔のまま侍女頭を見つめる。その表情からは何の感情も見つけることはできなかった。
「さすがに鋼鉄の侍女頭。いやいや、思った以上に手強い」
神官長が唇の右側をやや引きつらせたようにして笑う。
「分かりました。話を戻しましょう。マユリアと国王の婚姻について、でしたな」
「ええ、お願いいたします」
「この国を真の女神の国にしたい、そのための婚姻だと説明しましたな」
「ええ、マユリアを国王の元へ嫁がせるためではないと」
「そうです。マユリアに王家にお入りいただき、この国を統治するための資格を得ていただくのです。これで正式に女神がこの国の統治者になれる」
神官長はそこで一度言葉を切り、こう言い直した。
「この国は女神マユリアが統治する女王の国になるのです」
そう言い切ってキリエの様子を伺う。キリエの表情はそのまま、何も感情を感じさせぬままだ。
「いかがです」
神官長がしびれを切らせたようにキリエに聞くと、
「それがあなたのおっしゃる女神の国だということはよく分かりました」
と、やはり感情を乗せずに返してきた。
「ですが、そんなことが可能でしょうか。実際に今、この国を統治なさっておられるのは国王陛下、そして王家の方々です。その方たちがマユリアに統治を任せるなどということは、ありえないと思いますが」
「まあ、そのあたりはおいおいと、ですよ」
神官長はキリエの言葉にニヤリと笑ってそう答えた。
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