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第六章 第一部
23 セルマの処遇
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「分かりました、失言をお詫びいたします」
今度は神官長が侍女頭に頭を下げる。なあに、こんなものどうということはない。神殿はいつでも宮の下にいて頭を下げ続けてきていたのだ。
「シャンタルはどなたも素晴らしいお方。ですが、先代と先々代はその中でも格別のお方であった」
今度はキリエも何も言い返せない。
「それでは話を元に戻してもよろしいでしょうか?」
「ええ」
何事もなかったように話を続ける。
「先ほども申しました通り、マユリアを国王陛下に嫁がせるためのいいわけではございません。私は、ずいぶんと前からそう考えておりました」
その真剣な眼差しから、神官長は自分の本心を話しているようにキリエには見えた。だが、見えているだけかも知れない。警戒は解かない。
「マユリアとルギ隊長と話をなさったのなら聞いたはずです、私が申し上げたことを。この国を真に女神の国にしたい、そう考えた結論がそうなったのです」
キリエは黙って神官長の話を聞き続ける。果たしてそれが真実なのかどうかを見極めねばならない。
「シャンタリオは女神の国と言われながらも、その統治はずっと王家によってなされてきた。つまり人である国王の血筋によって。それはおかしい、ずっとそう思ってきたのです」
キリエは答えない。
「シャンタルは最も尊き存在、ならば国の統治もシャンタルによってなされるべき。そうは思われませんかな」
「確かに統治なさっておられるのは国王陛下です。ですが、この国の行く末を示すのはシャンタルの託宣。国王陛下は託宣に従う人の代表のような存在。特に問題があるとは思えません」
「シャンタルを見る目」
キリエの言葉に神官長がただ一言そう言う。
「マユリアにもはっきりと申し上げました。シャンタルという生き神の存在は、外の国の者から見ると理解できないのだと」
「シャンタルが飾り物、とそのような無礼を申し上げたとお聞きしました」
「ええ、飾り物です」
キリエの目がわずかに光を変えたのを神官長は認めた。神官長はこの侍女頭がこんな反応を見せるのは初めてだと、心の中でほくそ笑む。
「誤解のないように申し上げておきます。私がそう思っているわけではありません。私はあなたと同じくシャンタルを、この国を統べる女神を尊敬申し上げ、そして生涯を捧げようと決めている者です。もちろんマユリアに対しても同じこと。ただ、この国の外の者にはそれが通じぬ、まるで飾り物のように考えているという事実を申し上げただけのこと」
神官長はそう言うと、目の前にいるのが侍女頭ではなく主であるかのように、丁寧に頭を下げてから上げた。
「あなたは、シャンタルやマユリアがそのような目で見られている、そのことに我慢できますか?」
キリエにも我慢できるはずがない。それを分かっていて、あえてその言葉をぶつけてきている。
「私はその事実を知った時、愕然とし、そして我慢できないと思いました。ですが、その時はまだまだ若く、修行の足りぬ若輩者が何を言っても誰も聞く耳を持ってはくれない。そう思って心の中で密かに憤るぐらいしかできなかった。私はあまりにも無力だった」
神官長はその時のことを思い出すように、悔しそうに顔を歪めた。キリエはその顔を見て、これは本心のようだと判断した。この男も自分と同じく、シャンタルを心より大切に思う神のしもべであることには間違いがないのだと。
だが、たとえ同じ志を持つ者であったとしても、神官長のやり方を受け入れたわけでも、理解できたわけでもない。
「その上、もうすぐシャンタルがご誕生にならなくなる。この国からシャンタルがいなくなる。絶望をしました。ですが、私に何ができるものでもない。何かが起こるとしても私の命がなくなり、儚くなって後のこと、そう思って見て見ぬ振りをすることにしました。あなたと同じように」
「私はそのようなことはしておりません」
「そうなのかも知れません。ですが、私の目にはそう見えたのです。ですから、気が変わり、この国を真の女神が統べる国にしようと決めた時、セルマに目をつけたのです」
またほんの少しだけキリエの眉が動いた。神官長はその反応に満足する。
「セルマには色々な話をしました。あなたもご存知のあの秘密ももちろん」
神官長はキリエをちらりと見るが、何も表情を変えない。
だがもう分かっている。鋼鉄の侍女頭の泣き所は。この女は主である女神と同じく、子である侍女たちの痛みにも弱い。そこを突けば動くはずだ。
「セルマが正義感強く真っ直ぐな人間であることはあなたもご存知の通りです。あなたが絶望の未来に目をつぶっている、そう聞いて憤り、自分が正義のためにこの身を捧げる、そう言ってくれました。それで取次役に抜擢をしたのですが、残念なことになってしまった」
神官長は軽くため息をつき、
「セルマを、一体どうするおつもりなのです?」
そう聞く。
「私はセルマを次の侍女頭につけ、共に真の女神の国のために尽くしてもらうつもりでした。ですがあなたにはその気はなさそうだ。では、セルマを一体どうなさいます。このまま永久にあの部屋に閉じ込めてはおくつもりですか?」
今度は神官長が侍女頭に頭を下げる。なあに、こんなものどうということはない。神殿はいつでも宮の下にいて頭を下げ続けてきていたのだ。
「シャンタルはどなたも素晴らしいお方。ですが、先代と先々代はその中でも格別のお方であった」
今度はキリエも何も言い返せない。
「それでは話を元に戻してもよろしいでしょうか?」
「ええ」
何事もなかったように話を続ける。
「先ほども申しました通り、マユリアを国王陛下に嫁がせるためのいいわけではございません。私は、ずいぶんと前からそう考えておりました」
その真剣な眼差しから、神官長は自分の本心を話しているようにキリエには見えた。だが、見えているだけかも知れない。警戒は解かない。
「マユリアとルギ隊長と話をなさったのなら聞いたはずです、私が申し上げたことを。この国を真に女神の国にしたい、そう考えた結論がそうなったのです」
キリエは黙って神官長の話を聞き続ける。果たしてそれが真実なのかどうかを見極めねばならない。
「シャンタリオは女神の国と言われながらも、その統治はずっと王家によってなされてきた。つまり人である国王の血筋によって。それはおかしい、ずっとそう思ってきたのです」
キリエは答えない。
「シャンタルは最も尊き存在、ならば国の統治もシャンタルによってなされるべき。そうは思われませんかな」
「確かに統治なさっておられるのは国王陛下です。ですが、この国の行く末を示すのはシャンタルの託宣。国王陛下は託宣に従う人の代表のような存在。特に問題があるとは思えません」
「シャンタルを見る目」
キリエの言葉に神官長がただ一言そう言う。
「マユリアにもはっきりと申し上げました。シャンタルという生き神の存在は、外の国の者から見ると理解できないのだと」
「シャンタルが飾り物、とそのような無礼を申し上げたとお聞きしました」
「ええ、飾り物です」
キリエの目がわずかに光を変えたのを神官長は認めた。神官長はこの侍女頭がこんな反応を見せるのは初めてだと、心の中でほくそ笑む。
「誤解のないように申し上げておきます。私がそう思っているわけではありません。私はあなたと同じくシャンタルを、この国を統べる女神を尊敬申し上げ、そして生涯を捧げようと決めている者です。もちろんマユリアに対しても同じこと。ただ、この国の外の者にはそれが通じぬ、まるで飾り物のように考えているという事実を申し上げただけのこと」
神官長はそう言うと、目の前にいるのが侍女頭ではなく主であるかのように、丁寧に頭を下げてから上げた。
「あなたは、シャンタルやマユリアがそのような目で見られている、そのことに我慢できますか?」
キリエにも我慢できるはずがない。それを分かっていて、あえてその言葉をぶつけてきている。
「私はその事実を知った時、愕然とし、そして我慢できないと思いました。ですが、その時はまだまだ若く、修行の足りぬ若輩者が何を言っても誰も聞く耳を持ってはくれない。そう思って心の中で密かに憤るぐらいしかできなかった。私はあまりにも無力だった」
神官長はその時のことを思い出すように、悔しそうに顔を歪めた。キリエはその顔を見て、これは本心のようだと判断した。この男も自分と同じく、シャンタルを心より大切に思う神のしもべであることには間違いがないのだと。
だが、たとえ同じ志を持つ者であったとしても、神官長のやり方を受け入れたわけでも、理解できたわけでもない。
「その上、もうすぐシャンタルがご誕生にならなくなる。この国からシャンタルがいなくなる。絶望をしました。ですが、私に何ができるものでもない。何かが起こるとしても私の命がなくなり、儚くなって後のこと、そう思って見て見ぬ振りをすることにしました。あなたと同じように」
「私はそのようなことはしておりません」
「そうなのかも知れません。ですが、私の目にはそう見えたのです。ですから、気が変わり、この国を真の女神が統べる国にしようと決めた時、セルマに目をつけたのです」
またほんの少しだけキリエの眉が動いた。神官長はその反応に満足する。
「セルマには色々な話をしました。あなたもご存知のあの秘密ももちろん」
神官長はキリエをちらりと見るが、何も表情を変えない。
だがもう分かっている。鋼鉄の侍女頭の泣き所は。この女は主である女神と同じく、子である侍女たちの痛みにも弱い。そこを突けば動くはずだ。
「セルマが正義感強く真っ直ぐな人間であることはあなたもご存知の通りです。あなたが絶望の未来に目をつぶっている、そう聞いて憤り、自分が正義のためにこの身を捧げる、そう言ってくれました。それで取次役に抜擢をしたのですが、残念なことになってしまった」
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「セルマを、一体どうするおつもりなのです?」
そう聞く。
「私はセルマを次の侍女頭につけ、共に真の女神の国のために尽くしてもらうつもりでした。ですがあなたにはその気はなさそうだ。では、セルマを一体どうなさいます。このまま永久にあの部屋に閉じ込めてはおくつもりですか?」
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