上 下
403 / 488
第五章 第四部

20 シャンタルの資格

しおりを挟む
「ですから、わたくしが個人として国王陛下と婚姻するというわけではないのです」

 マユリアはキリエに言い聞かせるようにそう言った。

「八年前、この国は未曾有みぞうの危機を迎えました。その時は助け手であるトーヤのおかげで救われた。では今回はどうすればいいものか。またトーヤに頼るのですか? もちろんトーヤは助けてくれるでしょう。ですが、それだけでいいのだろうかと考えるようになったのです」

 キリエはマユリアの言葉をじっと黙って聞いている。その顔には、キリエをよく知る者にだけ分かるほどに、戸惑いと悲しみが浮かんでいる。

「神官長から聞いた、次代様が最後のシャンタルであるという話。おまえもそれを否定はしませんでした。それはわたくしが知らぬ秘密と関係がある、それはよく理解できました。そのことをわたくしが知る必要がないのか、あるいはまだ時が満ちておらぬのかは分かりません。ですが、そのこととは関係なく、次代様が最後のシャンタルである可能性は高い。そうでしたよね」
「はい」
「この先、十年は常と変わらず時が流れるのではないかと思います。ですが、十年を過ぎ、次代様がシャンタルたる資格を失った時、民は落ち着いていられるでしょうか」

 シャンタルは穢れに触れてはならぬ存在。故に、少女から大人に体が変化する前に交代をし続けている。なぜなら血もまた穢れであるからだ。
 その後、シャンタルはマユリアとなり、その身は女性となって人へと戻る。マユリアもまたほぼ十年の任期と定められていたが、それはおそらく、それ以上の歳月を穢れに耐えられないからだと言われている。

「シャンタルの資格を失う。それは一体どういうことになるのでしょう」
 
 キリエはあることを思い出しながら、マユリアに尋ねた。

 恐ろしい予感がする。

 そうではないように、祈るような気持ちで主の答えを待った。

「シャンタルたる資格を失う」

 マユリアはキリエの問いを繰り返した。

「本当のことはわたくしにも分かりません。ですが、こうではないのか、と想像をすることはできます」

 キリエは恐ろしい予感が当たろうとしている、そう思った。

「八年前、先代は資格を失わなぬために、厳しい運命を自らお選びになられました。そしてシャンタルとして生きる道を進まれたのです」

 ああ、やはり……

「もしも、次代様がシャンタルのままでご成長なさって、シャンタルたる資格を失われたら、その時には」

 なんてことだ。八年前、マユリアたちは、そして自分たちは先代がその運命に進まぬように、その思いで必死にあの試練を乗り越えたのだ。その結果がこれなのか。

「残念ながら、今のわたくしたちには、その運命をお止めする方法が分かりません。もしかすると、その悲しい時を民と共に黙って見ているだけしかできない」

 マユリアが悲しげに目を伏せた。

 時刻はまだ午前、季節は秋。これから次第に太陽が顔をのぞかせる時間は少なくなり、次第に夜が長くなっていく。だがまだ暮れるには早すぎる、これからが今日の盛りの時刻というこの時刻に、天までが目を伏せたかのように突然の雲が太陽を隠した。

 マユリアの横顔にも影が闇を刻んだ。

「その時に民を救うために、マユリアが神として、そして王家の一員として民と共にある。神官長の申し出は、決して間違ったことではない、そう思えてきたのです」

 そうなのだろうか。

「そのために女神マユリアを人の世に残すのです。そうすれば、この国を統べる一族の者として、民に安心を与ることができる」

 キリエはマユリアの言葉を噛み締め、その意味を考えた。

 文字通りシャンタルがいなくなった世界にマユリアが神として、統治者として残って下さる。それは、救いに思えた。ずっと神と共にあったこの国に、これからもずっとマユリアが残ってくださる。王の一族として。

「おまえはそうは思いませんか?」

 理に叶ってはいる、とキリエは思った。

「それは、確かにマユリアのおっしゃる通りかと」
「そうですか、よかった」

 マユリアはホッとしたように柔らかく微笑んだ。

「では、すぐに神官長にそう告げて、準備を」
「いえ、お待ち下さい!」

 キリエはマユリアの言葉を止めた。
 その強い口調にマユリアが一瞬ひるむ。

「もう少しだけ、お待ち下さい。お願い申し上げます」
 
 キリエは椅子から立ち上がると、膝をついて正式の礼を取る。

「もしかするとその道は正しいのかも知れません。この先、もしもシャンタルを失うことになったとしたら、その時に女神マユリアが違う形であったとしてもおいでくださる、それはとても救いになることだと思います」
「では」
「ですが」

 キリエはまたマユリアの言葉を止める。

「その前に、もう少しだけ、時間をいただけないでしょうか」
「時間を?」
「はい。その事態を、シャンタルを失う未来を止めることができぬか、その方法をもう少しだけ探させていただきたいのです」

 マユリアはじっとキリエを見下ろしていた。その瞳は静かで、どんな感情を湛えているのかは分からない。ただじっと、頭を下げ続ける老いた侍女頭を見下ろす。

「分かりました、もう少しだけおまえにまかせます」

 キリエはなんとかマユリアを留めることができて心を撫で下ろした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

処理中です...