上 下
400 / 488
第五章 第四部

17 重荷を預ける者

しおりを挟む
 キリエがあるじの覚悟を聞き、自分もあらためて覚悟を決めていると、

「次の侍女頭はもう決まっていますよね」

 と、確認された。

「はい」
「甘えるようなことを言っているのは分かっています。ですが、その者がセルマを責任を持って預かってくれる、そのような可能性はないでしょうか」

 マユリアが少し、すがるような瞳でキリエを見た気がした。
 体調が悪いとおっしゃっていたが、そのせいだろうか。このようなご様子のこの方を見たのは初めてだとキリエは思う。

「それは……」

 キリエはすぐに返事をできず、少し考えてみる。フウなら、もしかしたらうまくセルマを扱ってくれるかも知れないとは思う。だが、セルマの方がその状態に我慢をできるはずがない。取次役の次は自分が侍女頭になるのだ、そう信じているプライド高いセルマが、宮の中でも変わり者で通っているフウの下で耐えられるとは、とても思えない。

「それは、少しむずかしいかと思います」

 キリエがそう答えるとマユリアが、

「何か理由があるのですか?」

 と、聞いてきた。

 本当にどうなさったのだろう。キリエは少し戸惑った。いつものマユリアとは少し様子が違うように感じられる。だが、主の問いには答えねばならない。

「セルマはプライドが高い人間です。取次役という役職に就き、自分が次の侍女頭であると信じ切っていました。そのセルマが侍女頭のすぐ下に置かれて、耐えられるとは思えません。それはセルマの心をひどく傷つけることになるでしょう」
「そうなのですか」

 マユリアはふうっと美しいため息をつく。

「セルマが認める者が侍女頭にならぬ限り、侍女頭付きにはできぬ、そういうことですね」
「はい」

 そしてこの宮には、今セルマが認める者は一人としていない。なぜなら、セルマは自分こそが選ばれし者、この宮をこれからべるべき人間だと考えているからである。

「もしもあの時、わたくしが倒れなければ、今頃おまえはシャンタルに侍女頭の交代を許していただき、その重荷を下ろす準備ができていたのでしょうね」
「マユリア……」
「そうすれば、次の侍女頭が誰かを知ることができれば、セルマのことも頼めたのかも知れません」

 キリエはマユリアは本当に体調がお悪いのではないかと息が詰まるように感じた。普段なら、そのような弱気なことなどおっしゃらぬ方が、ご自分が不調になったことで侍女頭に負担をかけている、そのようにお思いなのだろう。

「いえ、大丈夫です。セルマのことはもう少し何かを考えてみます」

 キリエの言葉にマユリアは少し考えて、

「一日でも早くシャンタルにお許しをもらいましょう」

 と言った。
 
 シャンタルへの言上はいつでもいいというわけではない。キリエは暦やそれまでの慣習をよくよく吟味し、その上であの日を選んだのだ。あの日、ヌオリたちを宮から出すという突発的な出来事があり、さらにミーヤとのお茶の時間を持ちはしたが、ほぼ予定通りの時刻にシャンタルの部屋へ伺うことができた。ミーヤには特に用事はないと言っておいたが、それは主と見聞役以外には話してはならぬからだ。

「また良き日を探し、あらためて言上申し上げます、もう少しだけお待ちください」
「ええ、頼みましたよ」

 キリエは主の体と、そして心を気遣い、一日でも早くその重荷を下ろして差し上げたい、そう思いながら退室をした。



 トーヤたちは見えぬところでそのようなことがあったとは全く知らなかったが、キリエが侍女頭の交代を言上したらしいとの噂はミーヤとアーダから聞くことになった。

「いよいよか。そんで、侍女頭の交代ってのはどういうことするんだ?」
「いえ、それは私たちもよく分からないのです」
「そりゃまそうか、キリエさんは侍女頭になって三十年以上って話だもんな、ここにいる誰もまだこの世に生まれてきてねえ」

 そういう話になって初めて、その時の長さを感じる。

「すっげえ長いあいだ、ずっと侍女頭やってんだな、キリエさんって」
 
 ベルが自分の年と比べてみて、信じられないという顔になる。

「次の侍女頭は一体どなたなのでしょう、全く予想がつきません」
「え!」

 アーダの言葉にベルが驚いた声を上げ、

「あ、あ、そうか!」
 
 と、納得した。

「そうか、そうだよな」
「そうだな」
 
 トーヤとアランもそう言って頷き、ミーヤが困ったような顔をしている。シャンタルはいつもと変わらない。

「あの、一体何が」
 
 なんだろう、この方たちは次の侍女頭がどなたかをもうご存知のような。

「う~んとな」

 トーヤが困ったような顔でミーヤを見て、ミーヤが申し訳無さそうな顔になる。

「ぶっちゃけ、言っちまうけどな、知ってんだよ、俺らは。その、次の侍女頭候補を」
「ええっ!」

 アーダが驚いて大きな声を上げ、急いで口を押さえた。

「ちょっと必要だったんです、色々あって。それでキリエさんの心づもりを聞いてました」

 アランが申し訳無さそうにそう言った。

「そんな、そんなことが……」
「まだアーダさんに言っていいかどうか分からないので黙っておきますが、シャンタルの正体をその方に伝える必要があったんで」

 信じられない。侍女頭の指名は完全に秘密だとアーダは聞いている。それを前もってキリエがトーヤたちに伝えていたなんて。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

処理中です...