395 / 488
第五章 第四部
12 その理由を
しおりを挟む
翌日、言葉通りにマユリアは床上げをし、小さな主は大層お喜びになられた。
「よかったわ、一体どうなさったのかとそれは心配していました」
「ご心配をおかけいたしました、ですが、もう大丈夫です」
「本当に大丈夫なのですか? こんなことはないことなので、わたくしもどうすればいいのかと震える思いでした」
「ラーラ様はずっとマユリアのために祈っていらっしゃったのよ」
「ええ、それはシャンタルもでしょう」
マユリアは小さな妹と姉とも母とも慕う方のお気持ちを、暖かく、うれしく、そして申し訳なく受け取った。
「ですが、ほら、もうこんなに元気になりました。お二人共、本当に心配をおかけいたしました」
美しい女神がお二人をギュッと優しく、柔らかく抱きしめる。
小さな主は、その時になってやっと、そのぬくもりの中でお元気になられたのだと実感し、思わずほろりと涙ぐんだ。
マユリアはラーラ様と当代シャンタルに全快の報告に行き、お昼を一緒にいただいた後、シャンタルのお昼寝の時間までを一緒に過ごし、その後で自室へと戻った。戻ると、やはり予想通り、神官長からの面会申請が届いていた。
「いかがなさいますか」
本日の担当侍女が困ったような顔でそう聞いてきた。
ここ数日、体調不良のことは告げず、誰とも面会はしないと断り続けてきたので、侍女たちにも色々と圧力がかかっているのだろう。
「分かりました、会いましょう。この後、夕食前に半刻ほどなら時間が取れると伝えて下さい」
「分かりました」
担当侍女はホッとしたように正式の礼をして下がっていった。
今は宮の中が不安定だ。取次役のセルマが謹慎中で、元の通りにキリエの元で規律正しく動いてるとはいえ、すでに侍女頭の勇退と交代の噂は広まっている。そしてそれは近々事実となることだ。侍女たちは皆、自分がこの先どうすればいいのか、不安に思い、戸惑っている。
何しろ宮は普通の職場とは違う。普通の仕事ならば、どうしても嫌だったり、合わない人間がいるなら辞めるとか、同じ業種の違う職場に移動するとかもできるが、宮ではその後もずっとここで一生を過ごさなければならない。誓いを立ててしまったら、何があってももう辞めることも出ることもできない。自分の命がある限りはずっと。
それだけに、もしもキリエが退いた後、またセルマが戻るようなことがあればと、恐れおののく者がいる。もしもセルマではなく他の誰かが侍女頭を引き継ぐとしても、今回は誰がそうなるのかの予想が全くつかない。
あの時、キリエが侍女頭の交代を言上し、当代がそれを認めたら、その時に次の侍女頭が誰かを伝えたはずなのだが、途中であんなことになったことから、マユリアもまだ次の侍女頭に誰を指名するかは知らなかった。
一体キリエは誰を次の侍女頭に指名しようとしているのだろう。マユリアがそんなことを考えていると、神官長が応接へと案内されてきた。
「この度はありがとうございます。もしかして、もうお会いいただけないのではと思っておりました」
神官長は正式の礼をとり、深々と頭を下げる。
「そのようなことはいたしません。どうぞ、おかけなさい」
「はい、ありがとうございます」
神官長はテーブルのところの椅子につくと、もう一度深々と頭を下げた。
「それで、今日はどのようなお話でしょう」
「はい」
淡々と聞くマユリアに、神官長がまたもう一度頭を下げ、上げてから答えた。
「あの、例のお話でございます」
「例の話とはどの例の話でしょう」
「いやあ」
神官長がなんとなく言いにくそうにそう言ってから、
「この国のこれからの形のことでございます」
そう答えた。
マユリアは思い出す。あの日、この老神官が自分の衣装の裾を必死に掴み、懇願したあの時のことを。
そして自分はキリエとルギにどんな話をしたかを聞いた。
3人の話を総合すると、神官長は確かにこの国の未来のことを憂え、それ故に今のような無茶をしているのだ、それだけは理解できた。
そこにはまだ自分が知らぬ秘密がある。もしかするとこの目の前の老人は、その秘密を自分に伝えてでも思いを叶えようとするかも知れない。
聞きたくないとマユリアは思った。その秘密は、もっと違う誰かから聞きたい。それが誰かは分からないが、とにかく神官長の口からは聞きたくはない。
「キリエ殿とルギ隊長とはお話しいただけたでしょうか」
「ええ、色々と話を聞きました」
「そうですか。それで、どのように受け止められました」
「あなたがこの国の先行きを心配してくれている、それはとてもよく分かりました」
「それはようございました」
神官長はニコニコと笑うと、
「最後のシャンタル」
そうつぶやいた。
「そのことをキリエ殿にお聞きになられましたでしょうか」
「ええ」
「では、何故、次代様が最後のシャンタルであるかの理由はお聞きになられましたでしょうか?」
ああ、やはり神官長は話すつもりなのだ。マユリアは確信した。
「いいえ」
聞きたくない。この者の口からその秘密とやらを聞くつもりはない。
そう思った時、マユリアの世界がすうっと一回り小さくなった。
「よかったわ、一体どうなさったのかとそれは心配していました」
「ご心配をおかけいたしました、ですが、もう大丈夫です」
「本当に大丈夫なのですか? こんなことはないことなので、わたくしもどうすればいいのかと震える思いでした」
「ラーラ様はずっとマユリアのために祈っていらっしゃったのよ」
「ええ、それはシャンタルもでしょう」
マユリアは小さな妹と姉とも母とも慕う方のお気持ちを、暖かく、うれしく、そして申し訳なく受け取った。
「ですが、ほら、もうこんなに元気になりました。お二人共、本当に心配をおかけいたしました」
美しい女神がお二人をギュッと優しく、柔らかく抱きしめる。
小さな主は、その時になってやっと、そのぬくもりの中でお元気になられたのだと実感し、思わずほろりと涙ぐんだ。
マユリアはラーラ様と当代シャンタルに全快の報告に行き、お昼を一緒にいただいた後、シャンタルのお昼寝の時間までを一緒に過ごし、その後で自室へと戻った。戻ると、やはり予想通り、神官長からの面会申請が届いていた。
「いかがなさいますか」
本日の担当侍女が困ったような顔でそう聞いてきた。
ここ数日、体調不良のことは告げず、誰とも面会はしないと断り続けてきたので、侍女たちにも色々と圧力がかかっているのだろう。
「分かりました、会いましょう。この後、夕食前に半刻ほどなら時間が取れると伝えて下さい」
「分かりました」
担当侍女はホッとしたように正式の礼をして下がっていった。
今は宮の中が不安定だ。取次役のセルマが謹慎中で、元の通りにキリエの元で規律正しく動いてるとはいえ、すでに侍女頭の勇退と交代の噂は広まっている。そしてそれは近々事実となることだ。侍女たちは皆、自分がこの先どうすればいいのか、不安に思い、戸惑っている。
何しろ宮は普通の職場とは違う。普通の仕事ならば、どうしても嫌だったり、合わない人間がいるなら辞めるとか、同じ業種の違う職場に移動するとかもできるが、宮ではその後もずっとここで一生を過ごさなければならない。誓いを立ててしまったら、何があってももう辞めることも出ることもできない。自分の命がある限りはずっと。
それだけに、もしもキリエが退いた後、またセルマが戻るようなことがあればと、恐れおののく者がいる。もしもセルマではなく他の誰かが侍女頭を引き継ぐとしても、今回は誰がそうなるのかの予想が全くつかない。
あの時、キリエが侍女頭の交代を言上し、当代がそれを認めたら、その時に次の侍女頭が誰かを伝えたはずなのだが、途中であんなことになったことから、マユリアもまだ次の侍女頭に誰を指名するかは知らなかった。
一体キリエは誰を次の侍女頭に指名しようとしているのだろう。マユリアがそんなことを考えていると、神官長が応接へと案内されてきた。
「この度はありがとうございます。もしかして、もうお会いいただけないのではと思っておりました」
神官長は正式の礼をとり、深々と頭を下げる。
「そのようなことはいたしません。どうぞ、おかけなさい」
「はい、ありがとうございます」
神官長はテーブルのところの椅子につくと、もう一度深々と頭を下げた。
「それで、今日はどのようなお話でしょう」
「はい」
淡々と聞くマユリアに、神官長がまたもう一度頭を下げ、上げてから答えた。
「あの、例のお話でございます」
「例の話とはどの例の話でしょう」
「いやあ」
神官長がなんとなく言いにくそうにそう言ってから、
「この国のこれからの形のことでございます」
そう答えた。
マユリアは思い出す。あの日、この老神官が自分の衣装の裾を必死に掴み、懇願したあの時のことを。
そして自分はキリエとルギにどんな話をしたかを聞いた。
3人の話を総合すると、神官長は確かにこの国の未来のことを憂え、それ故に今のような無茶をしているのだ、それだけは理解できた。
そこにはまだ自分が知らぬ秘密がある。もしかするとこの目の前の老人は、その秘密を自分に伝えてでも思いを叶えようとするかも知れない。
聞きたくないとマユリアは思った。その秘密は、もっと違う誰かから聞きたい。それが誰かは分からないが、とにかく神官長の口からは聞きたくはない。
「キリエ殿とルギ隊長とはお話しいただけたでしょうか」
「ええ、色々と話を聞きました」
「そうですか。それで、どのように受け止められました」
「あなたがこの国の先行きを心配してくれている、それはとてもよく分かりました」
「それはようございました」
神官長はニコニコと笑うと、
「最後のシャンタル」
そうつぶやいた。
「そのことをキリエ殿にお聞きになられましたでしょうか」
「ええ」
「では、何故、次代様が最後のシャンタルであるかの理由はお聞きになられましたでしょうか?」
ああ、やはり神官長は話すつもりなのだ。マユリアは確信した。
「いいえ」
聞きたくない。この者の口からその秘密とやらを聞くつもりはない。
そう思った時、マユリアの世界がすうっと一回り小さくなった。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。


三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
【書籍化進行中、完結】私だけが知らない
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる