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第五章 第三部
8 熱の理由
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「とりあえず、マユリアの中に誰かが入ったと仮定して、それがその懲罰房の中だったとする。ってことは、それは、その侍女たちか?」
「可能性はある。なんでかってと、マユリアの海の沖でなんとなくその気配も感じた」
あの懲罰房の一瞬、おそらく、あの光にもらった石がトーヤに何かのために伝えてきた。ならば、それはきっと関係があるのだろうとは思う。
「けどな、あれだけじゃなかった。それも確かだ」
「じゃあ、その懲罰房の侍女たちと、もうひとつの何かがマユリアの中にいるってことか?」
「分からん」
本当に分からない。
「あの、その懲罰房なんですが、あれは一体なんだったんですか?」
「あれ、聞いてなかったのか」
「はい。キリエ様はあのベルが作った青い鳥を持ってきてくださっただけで、その後の説明はとくになくて」
「そうか」
「そういうことを話す時間もなかったですし」
「そうか」
あの時、トーヤはキリエから次の侍女頭になる者の試練について聞いた。あの部屋で一日過ごし、影響がない者が後継者となれる。それはおそらく宮の者に話してはいけないことだろう。
「悪いが、それはおそらく俺があんたに話しちゃいかんことだと思う。この宮の決まりというか、なんというか。もしも話していいのなら、キリエさんからあんたに話があるだろう」
「そうなんですか」
そう聞くとミーヤはもうそれ以上尋ねてこなかった。侍女ならばそれは当然のことだからだ。
トーヤはそのことをなんとなくさびしく感じた。ミーヤは侍女なのだと、あらためて感じたようで。
「そういや、懲罰房のこともほとんどそのままになってたな。こんな奇妙なこともな」
「ええ」
「とにかく、マユリアが懲罰房で俺がシャンタルをはねつけた影響を受けた、このことは覚えておいた方がいいだろ」
「そうだな」
「分かりました」
「そんで、そのことは、今はどう考えてもどうにもならん。マユリアに聞くわけにもいかんし、キリエさんやルギにも今はまだ俺らが戻ってることは知られない方がいいだろうしな」
そう言いながらトーヤはあらためてこう言った。
「考えてみりゃ、宮の中そのものが変になっちまってたんだよな」
「けど、それはあの神官長が力を持って、神殿が出張ってきて、セルマって取次役が権力を握ろうとしたから、なんだろ?」
「そう思ってた、そういうのはあっちじゃよくあることだしな」
「そうだな」
そうだ、アルディナでは、いや、アルディナじゃなくても、シャンタリオ以外ではごく普通にあることだ、権力争いなど。だからここでもあってもおかしくない、そう思ってた。そもそもトーヤはそんなこともあるのではないか、そう予測して様子を見ながら戻ってきたのだ、エリス様御一行として。
「だから変だと思わなかったんだよなあ。けど、もしもそれもその影響だったらどうだ」
「ありえるな」
「つまり、神官長もその影響を受けた、いや、もしかしたらそいつと組んでるってこともありえるってことか?」
「あの、それは一体どういうことなんでしょうか」
「あの光が俺らにやったように、マユリアの中にいるやつが神官長にもこっそりお話してるかも、ってこった」
「そんなこと!」
ミーヤがそう言うと、
「おっと、気持ちは分かるがそれは後だ。さっきも言っただろ、ないことだと思いたい気持ちは分かるが、そう言ったら話は進まない」
「……そうでしたね」
そうしてトーヤが落ち着かせた。
「大体のことは五年前と三年前に何か動きがあった、ってことなんだが、それ以前に神官長に何かなかったか?」
「何か、とは」
「うーん、なんだろうな、何かだよ」
「そんなことを言われても……」
「とりあえず、俺らはここにいなかった、その間のことが分かるのはあんただけなんだよ、何でもいいから思い出せることはないか?」
「何しろ八年ですからねえ……」
そう言いながらミーヤが必死に何かを思い出そうとする。
「リルとダルとアーダにも聞いてみた方がいいだろけど、今ここにいるのはあんだたけだからなあ」
「ええ、思い出してはみますが、何か、何か……神官長に……」
少し考えてミーヤがふっと顔を上げた。
「そういえば、トーヤたちがこの国を出ていった翌日から、しばらく神官長が熱を出して寝込んでいらっしゃいました」
「なんだと!」
「きゃっ!」
トーヤが思わず両手でミーヤの両方の二の腕をつかんだ。
「あ、すまん!」
「いえ……」
トーヤがパッと手を放し、何か言う前に路線が戻ったのでアランも今回は何も言わずに黙っている。
「その、神官長が熱を出したのか」
「ええ」
「あの湖に棺桶を沈めた翌日にか」
「はい」
「そんでどうなった」
「はい、お年もそれなりにとっていらっしゃるし、心配はしたのですが、数日後にお元気になられました。宮の中も、よくないことが続かなくてよかった、そんな空気になりましたので、よく覚えています」
「そうか」
トーヤがアランに、
「ただの熱や風邪だと思うか?」
と聞くと、アランも少し考えて、
「そうかも知れん。何しろ冬の湖でシャンタルの葬式ってのをやったんだろ? そんなか弱い神官長なら熱ぐらい出しても変じゃない。だけど、そう流すにはちょっと気になるな」
そう言い、トーヤも頷いた。
「可能性はある。なんでかってと、マユリアの海の沖でなんとなくその気配も感じた」
あの懲罰房の一瞬、おそらく、あの光にもらった石がトーヤに何かのために伝えてきた。ならば、それはきっと関係があるのだろうとは思う。
「けどな、あれだけじゃなかった。それも確かだ」
「じゃあ、その懲罰房の侍女たちと、もうひとつの何かがマユリアの中にいるってことか?」
「分からん」
本当に分からない。
「あの、その懲罰房なんですが、あれは一体なんだったんですか?」
「あれ、聞いてなかったのか」
「はい。キリエ様はあのベルが作った青い鳥を持ってきてくださっただけで、その後の説明はとくになくて」
「そうか」
「そういうことを話す時間もなかったですし」
「そうか」
あの時、トーヤはキリエから次の侍女頭になる者の試練について聞いた。あの部屋で一日過ごし、影響がない者が後継者となれる。それはおそらく宮の者に話してはいけないことだろう。
「悪いが、それはおそらく俺があんたに話しちゃいかんことだと思う。この宮の決まりというか、なんというか。もしも話していいのなら、キリエさんからあんたに話があるだろう」
「そうなんですか」
そう聞くとミーヤはもうそれ以上尋ねてこなかった。侍女ならばそれは当然のことだからだ。
トーヤはそのことをなんとなくさびしく感じた。ミーヤは侍女なのだと、あらためて感じたようで。
「そういや、懲罰房のこともほとんどそのままになってたな。こんな奇妙なこともな」
「ええ」
「とにかく、マユリアが懲罰房で俺がシャンタルをはねつけた影響を受けた、このことは覚えておいた方がいいだろ」
「そうだな」
「分かりました」
「そんで、そのことは、今はどう考えてもどうにもならん。マユリアに聞くわけにもいかんし、キリエさんやルギにも今はまだ俺らが戻ってることは知られない方がいいだろうしな」
そう言いながらトーヤはあらためてこう言った。
「考えてみりゃ、宮の中そのものが変になっちまってたんだよな」
「けど、それはあの神官長が力を持って、神殿が出張ってきて、セルマって取次役が権力を握ろうとしたから、なんだろ?」
「そう思ってた、そういうのはあっちじゃよくあることだしな」
「そうだな」
そうだ、アルディナでは、いや、アルディナじゃなくても、シャンタリオ以外ではごく普通にあることだ、権力争いなど。だからここでもあってもおかしくない、そう思ってた。そもそもトーヤはそんなこともあるのではないか、そう予測して様子を見ながら戻ってきたのだ、エリス様御一行として。
「だから変だと思わなかったんだよなあ。けど、もしもそれもその影響だったらどうだ」
「ありえるな」
「つまり、神官長もその影響を受けた、いや、もしかしたらそいつと組んでるってこともありえるってことか?」
「あの、それは一体どういうことなんでしょうか」
「あの光が俺らにやったように、マユリアの中にいるやつが神官長にもこっそりお話してるかも、ってこった」
「そんなこと!」
ミーヤがそう言うと、
「おっと、気持ちは分かるがそれは後だ。さっきも言っただろ、ないことだと思いたい気持ちは分かるが、そう言ったら話は進まない」
「……そうでしたね」
そうしてトーヤが落ち着かせた。
「大体のことは五年前と三年前に何か動きがあった、ってことなんだが、それ以前に神官長に何かなかったか?」
「何か、とは」
「うーん、なんだろうな、何かだよ」
「そんなことを言われても……」
「とりあえず、俺らはここにいなかった、その間のことが分かるのはあんただけなんだよ、何でもいいから思い出せることはないか?」
「何しろ八年ですからねえ……」
そう言いながらミーヤが必死に何かを思い出そうとする。
「リルとダルとアーダにも聞いてみた方がいいだろけど、今ここにいるのはあんだたけだからなあ」
「ええ、思い出してはみますが、何か、何か……神官長に……」
少し考えてミーヤがふっと顔を上げた。
「そういえば、トーヤたちがこの国を出ていった翌日から、しばらく神官長が熱を出して寝込んでいらっしゃいました」
「なんだと!」
「きゃっ!」
トーヤが思わず両手でミーヤの両方の二の腕をつかんだ。
「あ、すまん!」
「いえ……」
トーヤがパッと手を放し、何か言う前に路線が戻ったのでアランも今回は何も言わずに黙っている。
「その、神官長が熱を出したのか」
「ええ」
「あの湖に棺桶を沈めた翌日にか」
「はい」
「そんでどうなった」
「はい、お年もそれなりにとっていらっしゃるし、心配はしたのですが、数日後にお元気になられました。宮の中も、よくないことが続かなくてよかった、そんな空気になりましたので、よく覚えています」
「そうか」
トーヤがアランに、
「ただの熱や風邪だと思うか?」
と聞くと、アランも少し考えて、
「そうかも知れん。何しろ冬の湖でシャンタルの葬式ってのをやったんだろ? そんなか弱い神官長なら熱ぐらい出しても変じゃない。だけど、そう流すにはちょっと気になるな」
そう言い、トーヤも頷いた。
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