上 下
366 / 488
第五章 第三部

 4 中にいるもの

しおりを挟む
「マユリアの中にいる誰か」

 ミーヤがトーヤの言葉を受け入れられず、ふるふると力なく首を振るばかりの横で、アランが冷静にトーヤの言葉の意味を考えている。

「ってことは、トーヤはマユリアが誰かに乗っ取られてるって考えてるのか?」
「いや、それも違う」

 トーヤがアランの言葉に答え、ミーヤも顔をトーヤに向けた。

「こっちに帰ってきてから見たマユリアは、前と同じだった。他の誰かみたいには思えなかった」
「もちろんです」

 ミーヤがしっかりと頷く。

「私はシャンタルとトーヤがあちらに行った後も、マユリアとお話しさせていただいていました。でもずっとあのまま、お変わりのないマユリアのままでした今もそうです。そしてリルやダルももちろんそのことを知っています。キリエ様だって――」
「ちょっと待てって」

 マユリア弁護のために次々に話し続けるミーヤをトーヤが止める。

「あんたの気持ちは分かる。それに俺だって言ってるだろ、マユリアは変わってねえって」
「それはそうですが」
「とりあえず落ち着いて話の続きを聞いてくれ。あんたの言い分は聞かなくても分かるが、聞いてほしかったら後で聞く」
「分かりました」

 ミーヤが不服な顔をしながら、それでもそう言って言葉を止めた。

 その少しすねたようなふくれたような顔、少しだけ唇をギュッとつぶり、口角をやや下げてちょっとだけ上目遣いにこちらを見る目、何度も見て、何年もの間見たいと思っていた顔だったと、トーヤが思わず頬を緩ませた。

「なんなんですか?」
「いや、別に」
「言いたいことがあるならおっしゃってください」
「なんもねえって」
「ありそうですけどね」
「いや、ねえって」

 トーヤがうれしそうにそう言って、それにミーヤが不審そうに、だがやっぱりこちらもなんとなく楽しそうにやり取りをしている。

(俺は一体何を見せられてんだよ)

 アランが心の中でそう思いながら、表情には出さず、

「まあ、とりあえずトーヤの言い分を聞いてみませんか、言いたいことがあるならそれからってことで。何しろ大事なことだし」

 と、隊長出動でそう言うと、ミーヤも分かりましたと口を閉じた。

「分かった、話を戻すぞ」
「ああ、ほんとに、頼むぜ」

 アランはちょっと皮肉を込めた口調でそう言ったのだが、トーヤはそれを感じているのかいないのか、アランをチラッと見て知らん顔で話を始めた。

「これもあの光が言ったことだ、覚えてるか、最後に言ったこと」
「最後に言ったこと、ですか」
「最後に、なんだったかな」
「あの、もしかして」

 ミーヤが何かを思い出したように顔を曇らせる。

「思い出したか?」
「マユリアを、助けてください、それでしょうか」
「ああ、それだ」
「確かに言ってたな」
「言ってただろ」

 ミーヤもアランもしっかりと思い出す。

「ずっとそれが引っかかってた。敵が誰かは言えないと言いながらはっきりとそう言って、その後で俺たちが真実に気がついた時にもう一度会える、そう言ってた」
「確かにそうでした」
「そうだったな」
「覚えてるだろ? そんな大事なことを、消える直前についでみたいに」
「確かに最後に急いでぶち込むようにそう言ってったな」
「つまり、それが真実ってやつにつながってる、そう思えねえか?」

 言われてみると確かにそんな感じがする。

「あの時はそれだけでは一体なんのことだか分からなかった。けど、あの海の上のことと、今度のシャンタルのことでなんとなくつながった気がした」
「どうつながったんでしょう」
「まずはあの気配だ。間違いなく、八年前にシャンタルを引っ張ったやつだ」
「それがマユリアだって言うんですか?」

 またミーヤが受け入れられないという顔になる。

「間違いない。なんでかってとな、シャンタルがそう言ってる」
「ええっ!」
「シャンタルがそう言ったのか?」
「ああ、洞窟の中でシャンタルとベルに沖でのことを話してて、あの時引っ張ったやつの手が誰の手か思い出せ、そう言ったら間違いないとさ」
「そんな……」

 ミーヤが泣きそうな顔になる。

「そんな顔すんなって、まだマユリアだって決まったわけじゃねえからよ」
「でもシャンタルがマユリアに引っ張られた、そう言ってんだろ?」
「だからって、それがマユリアと決まったこっちゃないだろうが」
「なんか、よう分からんな」

 アランがトーヤの言い分に眉を寄せた。

「俺はマユリアを信用してる。なんでかってと、それがさっきの光の言葉だ。もしもマユリアがあいつに何かやろうとしてたら、光はマユリアを助けてくれなんぞ言わんだろう」
「それは確かに」
 
 トーヤの言葉にアランも頷き、ミーヤがホッとした顔になる。

「けどマユリアがシャンタルを引っ張った、それも事実だ。そして俺のことを多分同じやつが襲ってきた。ってことは、誰かか何かがいるんだよ、マユリアの中に。それが今までのことを見てきた俺の結論だ。もちろん、絶対にそれが正しいというわけじゃねえ、今の段階でそれなら辻褄が合う、そういうこった」

 トーヤの出した結論にアランも少し考えて、

「なるほどな、そういう可能性もないことないな」

 と、受け入れた。

 ミーヤはやはりまだ受け入れられないという顔でじっと黙ってしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ハイスペな車と廃番勇者の少年との気長な旅をするメガネのおっさん

夕刻の灯
ファンタジー
ある日…神は、こう神託を人々に伝えました。 『勇者によって、平和になったこの世界には、勇者はもう必要ありません。なので、勇者が産まれる事はないでしょう…』 その神託から時が流れた。 勇者が産まれるはずが無い世界の片隅に 1人の少年が勇者の称号を持って産まれた。 そこからこの世界の歯車があちらこちらで狂い回り始める。 買ったばかりの新車の車を事故らせた。 アラサーのメガネのおっさん 崖下に落ちた〜‼︎ っと思ったら、異世界の森の中でした。 買ったばかりの新車の車は、いろんな意味で ハイスペな車に変わってました。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

処理中です...