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第五章 第二部
18 危険な思い込み
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「もしかしたら使えるかも知れんな」
ヌオリがふと、思いついたように言う。
「何がでしょうか」
「そうまでして隠したいことがあるわけだ。うまく話を持っていけば、宮の協力を得られるかも知れないぞ」
つまり、宮の弱みを握れるかも知れない、そういうことだ。
ヌオリの言葉に仲間たちは顔を見合わせた。そんな宮を脅すようなことをして大丈夫なのか、皆、心の中に思っているが口には出せない、そんな顔をしている。
「なに、恐れることはない」
ヌオリが自信たっぷりに仲間たちに言う。
「我々はこの国にとって正しいことをしようとしているのだ。それに、そのような機会をくれたということは、これも天が我々に道をお示しになったことだ、そうとも思えないか?」
あくまで強気のヌオリにそう押されて、あの部屋とそこに出入りする侍女のことを調べることになった。
一人がセルマのいる部屋の前の衛士に話を聞きに行ったが、
「任務に関することはお話できません」
と、何も話してくれそうにはない。
「色々となだめすかしたりもしたのですが、衛士というのはなんというか、融通の利かないものですなあ」
「まあ、そのぐらいでいてくれないと困るだろう。王宮衛士を見てみろ、おかげで今の有様だ」
ヌオリが憎々しげにそう言う。王宮衛士の大部分がこの数年の間に皇太子派ばかりにされていたことは、すでにヌオリたちの耳にも入っている。そのためにどれほど非道なことをしたかも、そのためにあのような悲劇が起きたということも、ヌオリたちはすでに知っている。
「ただ、見ていましたところ、あのオレンジの侍女がいつ出入りするかは分かりました」
「ほう」
「あの侍女は、朝になるとあの部屋から出て、夕方にはまたあそこに戻るようです」
「なんだと?」
ヌオリが驚きで目を丸くした。
「つまり、あの侍女はあの部屋で寝泊まりしている、そういうことか」
「そうなるかと」
「ふうむ」
ヌオリが少し考えて、ニヤリと笑いを浮かべた。
「なるほど、そういうことか。カベリ」
「なんでしょう」
「おまえの妹が侍女をやっていた時、その侍女が託宣の客人の世話役だったと言っていたな」
「ええ」
「つまり、そういうことだよ」
ヌオリがニヤニヤとうれしそうに続ける。
「その侍女は、今も変わらず、その客人の世話役、ということだ」
「あ、ああ」
そこまで言われて仲間たちも意味が分かったようだ。
「夜になると部屋に戻り、朝になると出てきて侍女の普通の務めを続ける。いやいや、朝も夜も、働き者の侍女だな」
若い貴族の子息たちが、意味ありげに笑い合う。
「なるほど、それを隠したいがためにあのように衛士を立て、その男が宮の内をうろうろしないように見張っているというわけか、いやはや」
「まさか、このシャンタル宮でそのようなことがあろうとは」
「いやあ、あるのではないか? ただ、公にはできぬだけで」
「そういえば、妹からそのような話も聞いたな」
と、カベリが元侍女であった妹が色々と話してくれたことを思い出した。
「あくまで噂、まさかそんなことはあるまいと妹は言っておったのですが」
侍女は宮へ入る時に宮で見聞きした事は一切口にしない、と誓うのだが、やはり中には必ずしもそれを守り切ることのできない者がいるのも事実だ。カベリの妹も、大部分のことについては言わずにいたようだが、さすがに「託宣の客人」とその世話役となった「侍女ミーヤ」のことについては、思わず話をしてしまったようだ。
「その、言いにくいことなのですが、その託宣の客人が宮で良からぬ行いをせぬように、その侍女を慰めとして与えているのだ、との噂があったとのことでした」
その言葉を聞き、ヌオリも他の者もやはりか、という顔になる。
「これでも決まりだな。あの部屋にはその託宣の客人という傭兵の男がいる。そしてなぜだか宮はそのことを隠すために、あのように衛士を置いて見張っている」
前国王派の若い貴族たちの間で、それはすでに事実となっていた。
「宮から前国王に王座を返すようにと命じてもらえれば、皇太子だとて従わぬわけにはいかないだろう」
「そうですよね」
「今の侍女頭キリエは交代の後には隠居するだろうとの話だ。長年に渡ってこの宮に君臨していた鋼鉄の侍女頭も寄る年波には勝てぬということだな」
「では、その前に自分の栄光に傷をつけぬようにと話を持っていけば」
「ああ、そういうことだな」
どんどんと自分たちの推測が事実であると確信していく。中心で話をまとめるヌオリの意見が正しいと全員で思い込んでいく。誰も冷静に状況を分析し、勝手な思い込みで話を進めぬようにと言う者がいない。
「まずはその侍女からだが、そんな役割を背負っている女だ、かなりの美人なんだろうな」
「いえ、それほどの美女とも見えませんでした」
「ほう。ではあれか、よほど具合がいいのかな」
ヌオリが下卑た冗談を口にすると、
「そうかも知れませんな」
と、他の者たちも笑いながら同意する。
「何にしろ、託宣の客人という男がそこまで気に入って専任としている女だ、どんな女か興味はある。早速明日にでも話を聞いてみよう」
「今日はもうあの部屋に戻ったようです」
また若い貴族たちが意味ありげに笑い合った。
ヌオリがふと、思いついたように言う。
「何がでしょうか」
「そうまでして隠したいことがあるわけだ。うまく話を持っていけば、宮の協力を得られるかも知れないぞ」
つまり、宮の弱みを握れるかも知れない、そういうことだ。
ヌオリの言葉に仲間たちは顔を見合わせた。そんな宮を脅すようなことをして大丈夫なのか、皆、心の中に思っているが口には出せない、そんな顔をしている。
「なに、恐れることはない」
ヌオリが自信たっぷりに仲間たちに言う。
「我々はこの国にとって正しいことをしようとしているのだ。それに、そのような機会をくれたということは、これも天が我々に道をお示しになったことだ、そうとも思えないか?」
あくまで強気のヌオリにそう押されて、あの部屋とそこに出入りする侍女のことを調べることになった。
一人がセルマのいる部屋の前の衛士に話を聞きに行ったが、
「任務に関することはお話できません」
と、何も話してくれそうにはない。
「色々となだめすかしたりもしたのですが、衛士というのはなんというか、融通の利かないものですなあ」
「まあ、そのぐらいでいてくれないと困るだろう。王宮衛士を見てみろ、おかげで今の有様だ」
ヌオリが憎々しげにそう言う。王宮衛士の大部分がこの数年の間に皇太子派ばかりにされていたことは、すでにヌオリたちの耳にも入っている。そのためにどれほど非道なことをしたかも、そのためにあのような悲劇が起きたということも、ヌオリたちはすでに知っている。
「ただ、見ていましたところ、あのオレンジの侍女がいつ出入りするかは分かりました」
「ほう」
「あの侍女は、朝になるとあの部屋から出て、夕方にはまたあそこに戻るようです」
「なんだと?」
ヌオリが驚きで目を丸くした。
「つまり、あの侍女はあの部屋で寝泊まりしている、そういうことか」
「そうなるかと」
「ふうむ」
ヌオリが少し考えて、ニヤリと笑いを浮かべた。
「なるほど、そういうことか。カベリ」
「なんでしょう」
「おまえの妹が侍女をやっていた時、その侍女が託宣の客人の世話役だったと言っていたな」
「ええ」
「つまり、そういうことだよ」
ヌオリがニヤニヤとうれしそうに続ける。
「その侍女は、今も変わらず、その客人の世話役、ということだ」
「あ、ああ」
そこまで言われて仲間たちも意味が分かったようだ。
「夜になると部屋に戻り、朝になると出てきて侍女の普通の務めを続ける。いやいや、朝も夜も、働き者の侍女だな」
若い貴族の子息たちが、意味ありげに笑い合う。
「なるほど、それを隠したいがためにあのように衛士を立て、その男が宮の内をうろうろしないように見張っているというわけか、いやはや」
「まさか、このシャンタル宮でそのようなことがあろうとは」
「いやあ、あるのではないか? ただ、公にはできぬだけで」
「そういえば、妹からそのような話も聞いたな」
と、カベリが元侍女であった妹が色々と話してくれたことを思い出した。
「あくまで噂、まさかそんなことはあるまいと妹は言っておったのですが」
侍女は宮へ入る時に宮で見聞きした事は一切口にしない、と誓うのだが、やはり中には必ずしもそれを守り切ることのできない者がいるのも事実だ。カベリの妹も、大部分のことについては言わずにいたようだが、さすがに「託宣の客人」とその世話役となった「侍女ミーヤ」のことについては、思わず話をしてしまったようだ。
「その、言いにくいことなのですが、その託宣の客人が宮で良からぬ行いをせぬように、その侍女を慰めとして与えているのだ、との噂があったとのことでした」
その言葉を聞き、ヌオリも他の者もやはりか、という顔になる。
「これでも決まりだな。あの部屋にはその託宣の客人という傭兵の男がいる。そしてなぜだか宮はそのことを隠すために、あのように衛士を置いて見張っている」
前国王派の若い貴族たちの間で、それはすでに事実となっていた。
「宮から前国王に王座を返すようにと命じてもらえれば、皇太子だとて従わぬわけにはいかないだろう」
「そうですよね」
「今の侍女頭キリエは交代の後には隠居するだろうとの話だ。長年に渡ってこの宮に君臨していた鋼鉄の侍女頭も寄る年波には勝てぬということだな」
「では、その前に自分の栄光に傷をつけぬようにと話を持っていけば」
「ああ、そういうことだな」
どんどんと自分たちの推測が事実であると確信していく。中心で話をまとめるヌオリの意見が正しいと全員で思い込んでいく。誰も冷静に状況を分析し、勝手な思い込みで話を進めぬようにと言う者がいない。
「まずはその侍女からだが、そんな役割を背負っている女だ、かなりの美人なんだろうな」
「いえ、それほどの美女とも見えませんでした」
「ほう。ではあれか、よほど具合がいいのかな」
ヌオリが下卑た冗談を口にすると、
「そうかも知れませんな」
と、他の者たちも笑いながら同意する。
「何にしろ、託宣の客人という男がそこまで気に入って専任としている女だ、どんな女か興味はある。早速明日にでも話を聞いてみよう」
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