黒のシャンタル 第三話 シャンタリオの動乱

小椋夏己

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第五章 第二部

13 アーダの悩み

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「え、あ、そうなんですか……」

 アーダはアランの説明に戸惑っている。

(そりゃそうだよなあ)

 あんな形でこの宮から飛び出していった3人がこんな形で戻ってきたなんて、アランだって驚いているのだ。アーダにしてみればどう受け止めていいか分からなくても仕方がない。

 アーダは客室係から「中の国から来られたエリス様ご一行」の担当となり、そのままその設定を信じて世話をしてくれていた。ベルとも同じ侍女、年齢も近いということから親しく接し、友人といえる仲になっていた。

 だがそれは全部嘘であった。「エリス様」はあろうことか、八年前に「聖なる湖」で眠りにつかれたはずの先代シャンタルであり、しかも男性であったという事実。ベルも同じぐらいの年齢だと思っていたら4つも年下の13歳、しかも実際は実戦には参加しないものの今も傭兵仲間だと聞いて驚いた。

 アランやミーヤから色々と事情を聞き、そのことに納得をしてはいても、あの不思議な空間でさらに「童子」という存在だと知り、さらにそこでのあのはっちゃけた言動。実際にもう一度顔を合わせた時、どう接すればいいのか考えてしまっても無理はない。

 さらに「黒のシャンタル」だ。亡くなったと思っていた先代がそのような形で存命だと知っただけでも衝撃が大きいというのに、加えてあの性格。アランが「能天気を絵に描いたような」と言っていたが、まさにそんなお方だった。それが、マユリアとお二人で元は一人の神だったとか。どれか一つとっても受け止めるのに苦労するような要素が詰まりに詰まったお方なのだ。一体どうお話しさせていただけばいいのだろう。

 それから「ルーク様」だと思っていたトーヤ様だ。「託宣の客人」という方だと、宮に入って間もない幼い時になんとなく話を聞いたことはあったが、まるで伝説の中の方のように思っていた。それが、やはりあのような方だと知り、困惑している。ルークの時には一言も話さなかったので、余計にその差に驚いた。かなり荒っぽく、神様にまでケンカを売っていた。
 アランとベル、それから先代と4人のリーダーとして戦場を渡っていたということで、それはそれですごい方なのだろうとは思うのだが、もしも2人だけで話せと言われたら、やはり自分はかなり気後れがする。いや、正直に言って怖いと思う。あの方のお世話を一人でなさっていたミーヤ様はすごい方だと思う。

 そしてそのミーヤ様もだ。まさか、そんなに深くこの問題に関わっていらっしゃったなど、思いもしなかった。いつも穏やかでお優しくて、お姉様のように思っていたのに、トーヤ様とのあのやり取りや感情を露わになさる様子など、かなり思っていたのとは違う部分をお持ちの方だと知ってしまった。いや、知ったからといってそれでミーヤ様を嫌いになるなどないのだが、なんだろう、もっと人間らしいと言ったらいいのだろうか、そんな部分を見てしまった気がする。

 そんなもろもろのことが頭の中でぐるぐると回り、何をどうすればいいのかとアーダは悩んだ。
 決して彼らのことを嫌いだとか、嫌だとか思っているわけではない。
 どういう理由か、自分も今はその不思議な運命に巻き込まれた一人であるとの自覚もある。
 そして、「中の国のご一行」として接していた時に感じていた親近感、お守りしなければという意識が消えたわけではない。

 だがそれでも、やはり困っているのには違いない。
 だけど、だけどそれは、何度も考えるが、決して嫌いなわけではないのだ。

 頭の中が満杯になったアーダの口から、思わずこんな言葉が飛び出していた。

「いえ、違うんです!」
「えっ!」

 いきなりアーダがそう言って、急いで両手で口を押さえ、アランも驚いてそう言ってしまった。

「あ、あの、申し訳ありません」

 急いでアーダがそう言って頭を下げるが、

「いや、あの、大丈夫です。そりゃねえ、困りますよね、いきなりそんな話をされても」
「あの、はい、そうなんです。申し訳ありません」

 今日の昼はアーダがアラン、ディレン、ハリオの世話係の当番であった。ミーヤはアーダと兼任で月虹隊と、それから今もなお謹慎中のセルマの世話係でもある。それでできるかぎりこちらのことはアーダが引き受けるからと言ってあったのだが、せめてミーヤの担当の時に帰ってきてくれて、それで落ち着いてから自分に話をしてもらえれば助かったのに、という気持ちは消すことができない。

「まあ、とりあえず、じゃあベルから」

 アランはそう言って侍女部屋の扉を開けてベルを応接へと呼んだ。

 アーダの目の前に、侍女の扮装とは全く違う、あの空間で見た男の子のような姿のベルが、おずおずと姿を現した。

「…………」
「…………」

 2人ともしばらくの間無言で互いの顔を見ていたが、

「あの、ごめんな叩いて。痛くなってなかった?」
 
 ベルが困ったようにそう言う顔を見て、

「いいえ、大丈夫でしたよ」

 そう言った途端、アーダはなんだか心の中がほぐれた気がした。

 この瞳。純粋な濃茶の瞳。ああ、同じ子だ。お友達になったあのベルだ。

「おかえりなさい」

 アーダがそう言うと、ベルもホッとしたように、

「うん、ただいま。またよろしく」
  
 そう言った。
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