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第五章 第二部

10 穢れの影響

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「染まらない、そういや兄貴言ってた」

 ベルもアランの言葉を思い出した。

『おそらく、何者にも染まらない、穢れにもその他の何にもな。何があろうとこいつはこいつだ。だからそのために神様はトーヤにシャンタルを預けたんじゃねえのか? あえて一番穢れのあるだろう場所に置くためにな』

「まあ、そのために戦場に連れてったってのは穿うがち過ぎる気もするが、そうでないと穢れに触れて弱るって神様をそんな場所には連れてけねえよな」
「それなんだけどさ、シャンタルとマユリアって元々は2人で1人ってことだよな?」

 またベルがそんなことを言い出したのでトーヤは少し緊張する。

「元々の神様の体としては、ってことだったけどな」
「うん」
「なんだ、何がひっかかる」
「いや、ひっかかるってんじゃなくてさ、あの光が言ってただろ、世界が2つに分かれて光と闇になったって」
「ああ」
「じゃあ、シャンタルがなににも染まらないってことは、マユリアは染まり放題なわけ?」
「はあっ!?」
「いや、だってそうならねえ? 分けるのに正反対にしたとか言ってたじゃん」
「…………」

 表現はともかく、ベルに言われてそういう可能性もあるのかとトーヤは思った。

「なんか、おれの勝手な想像なんだけどさ、穢れで体が悪くなるって印象じゃねえんだよな、マユリア。そういうので体悪くした人ってのは見たことねえけどさ、もっとやせて、弱って、年よりも老けて見えるんじゃねえか、美人がそうなるってのはかわいそうだって、おれ、思ってたもん」
「そうだな」

 トーヤも認める。

 トーヤは思い出していた。あちらのミーヤが病を得て、数年に渡って少しずつ衰えていった時のことを。トーヤやディレン、それから他の旦那や姉妹分たちができるだけのことをしたからか、ミーヤは亡くなった時にかなり痩せてはいたが、そこまで醜くはならずに済んだと思う。だが、他の病で亡くなった娼婦たちの中には、まるで老婆のようにやせ衰え、見るも気の毒な最期を迎えた者も少なくはなかった。

「本当なら八年前に交代のはず。その八年を大丈夫なのかと心配していたが、見たところ、確かに全く問題はなさそうだった」
「そうだよな、具合悪そうでもないし、めちゃくちゃきれいなだけじゃん」
「ああ」
「けどさ、トーヤが言ってたじゃん? じゃこう、ってのがどうのって」
「ああ」
 
 トーヤも思い出していた。八年ぶりにマユリアを見て、健康を損ねるどころか前よりもつややかに美しさを増していると思ったことを。

『聖なる美しさにほんの少し穢れが混じったら、さらに美しくなったってのか……』

 アランがシャンタルによって見せられた以前のマユリアと、自分が実際に見たマユリアを比べてそう言った。

 では「穢れ」が影響を与えるというのは、普通に病になるというのとは違うのだろうか。

「穢れがどういう影響を与えてんだろうな、マユリアに」
「ってかさ、本当に穢れっての関係あんの?」
「は?」
「十年でだめになるって、それ、本当にあんの?」

 トーヤはまたベルの言葉に言葉を失う。

「それさ、言い伝えだけで実際にそれ以上の間、体を貸してたやつっていねえんだろ? 十年でだめになるって思って交代してたけどさ、マユリアなってねえじゃん」
「いや、けど穢れの影響は」
「それだってさ、本当にその影響なのか?」
「…………」

 トーヤは答えられなかった。

「トーヤだって言われただけで、そうなんだなって思ってただけじゃん? 本当はさ、交代なんかしなくても、何十年も大丈夫なのかも知れねえぜ?」

 思ってもみなかったことをベルに言われてしまった。

「こんなことこそ、あの光に聞いてみりゃいいんだろうけどさあ、呼ばれないと聞けねえもんなあ」

 ベルが悔しそうにそう言った。

「どうやりゃ呼べるんだと思う? ってかさ、トーヤは一体何持ってんのさ? ミーヤさんはフェイだろ、リルはおれが作った青い鳥、そんでトーヤもなんか持ってたよな?」
「ああ」

 言われて、まだその話はしてなかったことを思い出す。

「3人が揃ってる時にって思ってたんだが、ここでその話が出たってことは、話せってことなのかもな」
「時が満ちるってやつか」
「そういうこった」

 そしてトーヤは2人に御祭神にもらった石だということを話した。

「ってことは、それに来てくれって言ったら来てくれんじゃねえの?」
「いや、無理だろう」

 あの時、光はこう言った。

『あなた方が真実に気づいた時、もう一度だけお会いできると思います』

「だからな、もしも本当は穢れの影響なんてねえんじゃねえの、ってのが本当だとしたら会える可能性はある」
「はあ、なるほど」
「だけど、もっと違うことな気がする」
「真実はってこと?」

 シャンタルがトーヤに聞いた。

「そうだ」
「じゃあ真実ってなんなんだよ」
「分からん。けど、惜しいとこ、近いとこまでは来てる気がすんだけどなあ」
 
 トーヤがそう言ってガリガリと頭をかいた。

「あの光が怖がってる誰かか何か、それと海で俺を引っ張った何か、湖でシャンタルを引っ張った誰か、それは多分同じやつだ。そこまで話は進んだ気がするんだよな」

 トーヤの言葉にベルとシャンタルも顔を見合わせてから頷いた。
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