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第五章 第二部
9 欲する物
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「えっ、でもさ、2人を水の底まで沈めようとしてたんだろ? それって殺意ってのがあるからじゃねえの?」
「いや、違うな。あの時は、その誰かは俺のことなんて何も思ってなかったな」
トーヤが見えない誰かを睨みつけるように、正面、暗い洞窟の壁を見つめながら言う。
「なんとも?」
「ああ。そいつは単にシャンタルが欲しかっただけだ。俺のことなんぞ微塵も意識になかっただろうさ」
「そうだね、私もそう思う」
シャンタルもトーヤの意見に頷く。
「相手がどういう意思を持っていたかなんてほとんど感じられなかった。もしも殺してやろうなんて強い意識があったとしたら、私はそのことを感じていたと思うよ」
「そ、そうなのかよ」
「おまえだって戦場で敵の殺気とかぐらい分かるだろうがよ」
「ああ、それはそうかな」
「おまえは勘が鋭いし、シャンタルの魔法もあるからその点は強みだが、やっぱり相手の殺気を読む必要があるから、そういうの分かるだろ?」
「うん」
戦場でベルとシャンタルは戦闘に参加しているわけではない。だがその近くには待機している。2人の他にもそういう者は何人もいて、自分の仲間のサポートをしたり、色々な役割を果たしている。
だが、戦闘員だけではなく、そういう者たちももちろん攻撃されることはあり、命を落とす者もいる。そんな時は相手に殺気を感じて素早く対応をしなければならない。
「そういう意思のようなものは何も感じなかったなあ、言われてみれば」
「そいつは俺のことはなんにも関係なかったんだよな、俺はいわばついでだ。逆に、どっちかってと、そんなやつに湖の中で死なれちゃ迷惑、ぐらいのことじゃねえのかな」
「そりゃ湖汚れるもんなあ」
ベルの言葉だが、トーヤもそう思うので手は出さなかった。
「じゃあ、なんでシャンタルを引っ張ったんだよ」
「なんとなくだが、単純に欲しかった、そんな感じじゃねえのか?」
「私もそんな気がするなあ」
「へ?」
言われてベルがうーんとうなりながら、
「けどさ、そうやって湖の底に引っ張ったら結局シャンタルは死ぬじゃん?」
「そうだね」
「まあ、そいつにはそういう感覚がなかったんだろうな」
「そういう感覚?」
「そうだ。人が水の底に沈むとどうなるかって感覚な」
「え~」
ベルがそんなことがあるのだろうか、と首を振り振り不思議そうにそう言う。
「おまえだって聞いただろうが、そういうやつがいたっての」
「へ?」
「おまえの目の前のやつだよ」
「あ、ああ!」
トーヤにそう言われて改めて思い出した。
「そういやキリエさんとミーヤさんに湖に沈むって言われてそうですか、って言ってたんだよあ、おまえ」
「そうなんだよねえ」
「びっくりするわ!」
「ほんとだよねえ」
いつものように、もうちょっとで転ぶところだった、レベルの会話になる。
「まあ、そういうこった」
トーヤも笑いながらそう言う。
「そいつがそんな感じなのと多分同じなんだろうな。それが神様ってのの感じ方なのかも知れねえ」
「なるほどなあ」
「だから、そいつが欲しくて引っ張って、その結果がどうなるとかは考えもしなかったんだろうよ。単に湖に来たからよしよしと思って引っ張ったんじゃねえかと思う」
「なんだかなあ」
ベルは呆れ顔だ。
「けどさあ、それで引っ張ってシャンタルが湖の底で死んでたら、どうなってたんだろうな」
「え?」
「もしも生きてるシャンタルの力が欲しかったんなら、そんなことして殺しちまったら意味ねえじゃん?」
「…………」
トーヤはまた黙って考える。
いつもベルはこうだ。考えのない発言を素直にすることで、新しい視点で物を見ることに気がつかされる。
「それが童子ってやつなのかねえ」
「え?」
「いや、なんでもねえ」
またトーヤはそうやって口を閉じた。
ベルが言う通りだ、もしもシャンタルが命を落としていたらその力ってのはどうなってたんだ?
託宣では力がでかいから沈まないといけないって話だったよな。
ってことは、相手はそれを知っててシャンタルを引っ張ったってことだ。
それは単に昔のシャンタルがそうだったように死というものが分かっていなかったからなのか、それともシャンタルの命があろうがなかろうが関係ない話だったのか。
「そいつは、シャンタルの一体何を欲しがったんだ?」
「え?」
「おまえが言ったように、こいつが死んじまったらどうもこうもないって俺も思う」
「うん、だよな」
「ああ」
「力?」
シャンタルがトーヤが考えていたのと同じことを思いつく。
「あの光によると、私とマユリア、というか今のマユリアの体に分かれたのは、一人では人の身として受け止めきれなかったからって言ってたよね」
相変わらず自分のことを他人事のように淡々と話すシャンタルだ。
「でも、私にそんな力ってあるのかなあ。使えるのって治癒魔法と、手出しさせないようにするぐらいだよ?」
「そんだけつかえりゃ、けっこう十分って思うけどな」
ベルが呆れるようにそう言った。
「アランが言ってた。おまえは何者にも染まらないってな。それは、考えてみりゃすごいことなのかも知れねえ」
トーヤがアランの言葉をふと思い出した。
「いや、違うな。あの時は、その誰かは俺のことなんて何も思ってなかったな」
トーヤが見えない誰かを睨みつけるように、正面、暗い洞窟の壁を見つめながら言う。
「なんとも?」
「ああ。そいつは単にシャンタルが欲しかっただけだ。俺のことなんぞ微塵も意識になかっただろうさ」
「そうだね、私もそう思う」
シャンタルもトーヤの意見に頷く。
「相手がどういう意思を持っていたかなんてほとんど感じられなかった。もしも殺してやろうなんて強い意識があったとしたら、私はそのことを感じていたと思うよ」
「そ、そうなのかよ」
「おまえだって戦場で敵の殺気とかぐらい分かるだろうがよ」
「ああ、それはそうかな」
「おまえは勘が鋭いし、シャンタルの魔法もあるからその点は強みだが、やっぱり相手の殺気を読む必要があるから、そういうの分かるだろ?」
「うん」
戦場でベルとシャンタルは戦闘に参加しているわけではない。だがその近くには待機している。2人の他にもそういう者は何人もいて、自分の仲間のサポートをしたり、色々な役割を果たしている。
だが、戦闘員だけではなく、そういう者たちももちろん攻撃されることはあり、命を落とす者もいる。そんな時は相手に殺気を感じて素早く対応をしなければならない。
「そういう意思のようなものは何も感じなかったなあ、言われてみれば」
「そいつは俺のことはなんにも関係なかったんだよな、俺はいわばついでだ。逆に、どっちかってと、そんなやつに湖の中で死なれちゃ迷惑、ぐらいのことじゃねえのかな」
「そりゃ湖汚れるもんなあ」
ベルの言葉だが、トーヤもそう思うので手は出さなかった。
「じゃあ、なんでシャンタルを引っ張ったんだよ」
「なんとなくだが、単純に欲しかった、そんな感じじゃねえのか?」
「私もそんな気がするなあ」
「へ?」
言われてベルがうーんとうなりながら、
「けどさ、そうやって湖の底に引っ張ったら結局シャンタルは死ぬじゃん?」
「そうだね」
「まあ、そいつにはそういう感覚がなかったんだろうな」
「そういう感覚?」
「そうだ。人が水の底に沈むとどうなるかって感覚な」
「え~」
ベルがそんなことがあるのだろうか、と首を振り振り不思議そうにそう言う。
「おまえだって聞いただろうが、そういうやつがいたっての」
「へ?」
「おまえの目の前のやつだよ」
「あ、ああ!」
トーヤにそう言われて改めて思い出した。
「そういやキリエさんとミーヤさんに湖に沈むって言われてそうですか、って言ってたんだよあ、おまえ」
「そうなんだよねえ」
「びっくりするわ!」
「ほんとだよねえ」
いつものように、もうちょっとで転ぶところだった、レベルの会話になる。
「まあ、そういうこった」
トーヤも笑いながらそう言う。
「そいつがそんな感じなのと多分同じなんだろうな。それが神様ってのの感じ方なのかも知れねえ」
「なるほどなあ」
「だから、そいつが欲しくて引っ張って、その結果がどうなるとかは考えもしなかったんだろうよ。単に湖に来たからよしよしと思って引っ張ったんじゃねえかと思う」
「なんだかなあ」
ベルは呆れ顔だ。
「けどさあ、それで引っ張ってシャンタルが湖の底で死んでたら、どうなってたんだろうな」
「え?」
「もしも生きてるシャンタルの力が欲しかったんなら、そんなことして殺しちまったら意味ねえじゃん?」
「…………」
トーヤはまた黙って考える。
いつもベルはこうだ。考えのない発言を素直にすることで、新しい視点で物を見ることに気がつかされる。
「それが童子ってやつなのかねえ」
「え?」
「いや、なんでもねえ」
またトーヤはそうやって口を閉じた。
ベルが言う通りだ、もしもシャンタルが命を落としていたらその力ってのはどうなってたんだ?
託宣では力がでかいから沈まないといけないって話だったよな。
ってことは、相手はそれを知っててシャンタルを引っ張ったってことだ。
それは単に昔のシャンタルがそうだったように死というものが分かっていなかったからなのか、それともシャンタルの命があろうがなかろうが関係ない話だったのか。
「そいつは、シャンタルの一体何を欲しがったんだ?」
「え?」
「おまえが言ったように、こいつが死んじまったらどうもこうもないって俺も思う」
「うん、だよな」
「ああ」
「力?」
シャンタルがトーヤが考えていたのと同じことを思いつく。
「あの光によると、私とマユリア、というか今のマユリアの体に分かれたのは、一人では人の身として受け止めきれなかったからって言ってたよね」
相変わらず自分のことを他人事のように淡々と話すシャンタルだ。
「でも、私にそんな力ってあるのかなあ。使えるのって治癒魔法と、手出しさせないようにするぐらいだよ?」
「そんだけつかえりゃ、けっこう十分って思うけどな」
ベルが呆れるようにそう言った。
「アランが言ってた。おまえは何者にも染まらないってな。それは、考えてみりゃすごいことなのかも知れねえ」
トーヤがアランの言葉をふと思い出した。
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