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第五章 第二部
3 二つの可能性
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「そういえば」
ほんのりと魔法の灯りに照らされながら、シャンタルがのんびりと口を開いた。
「トーヤに言われてよくよく思い出してたんだけど、あれ、やっぱりマユリアの手だったよ」
「はあっ!」
ベルがシャンタルの様子にイラッとして大きな声を出した。
「うん、間違いない、マユリアの手だったよ」
シャンタルはいつもの調子で、もしかしたら、思い出したことでスッキリしたかのようにニコニコしながらそう言った、ようにベルには聞こえた。
この状況でよくそんなことを、何もなかったかのように言えたもんだ! ベルはますますイラッとする。
「おまえなあ、そんな大事なこと、簡単に言うなよな!」
「え? でも本当の事だし」
「本当のことだってな、普通はもっと悩むだろうが、そんなこと分かったらよ! ええっ?」
ベルが珍しくシャンタルに正面から食ってかかり、
「おれ、おまえのそういうとこ、ほんっと、嫌いだ!」
「え!」
ベルの言葉にシャンタルが驚いた顔になる。ベルに嫌いと言われたことが本当にショックだったようだ。
その顔にまたベルも驚く。シャンタルがそんな顔になることなど、ほとんどない。いや、見たこともない顔だったかも知れない。それほどの顔にシャンタルがなったのだ。
「私は、ベルに嫌われたら生きていけないかも……」
シャンタルはそう言ってうなだれる。その手の上の魔法の灯りも、心なしか暗くなったようだ。
「ほいほい、そのへんで」
トーヤが雰囲気を変えようとしてか、茶化すようにそんな言い方をした。
「おまえな、分かってんだろ、シャンタルはこういうやつだって」
トーヤがそう言って、さっきどけたばかりの手を、もう一度ベルの頭に置いた。
「おまえもだ、ベルが本気でおまえのこと嫌いになるわけねえだろが」
そう言ってくるっとシャンタルに顔を向ける。
「まずな、シャンタルはそんな簡単に思ってねえよ。こう見えても困ってる。分かるだろ?」
トーヤの言葉にベルが黙ったまま、小さくコクリと頷いた。
「そんでな、ベルはおまえのことじゃなく、おまえのさっきの言い方が勘に触ったわけだ。けど、それはおまえのことが嫌いなんじゃなく、マユリアが好きだからだ。だからマユリアを悪く言われたように思ってその言い方が嫌いだって意味で言った。分かるか?」
トーヤの言葉に今度はシャンタルが黙ったまま、小さくコクリと頷いた。
「つまり、どっちも勘違いだ。分かったな?」
「……うん」
「……分かったよ」
トーヤはやれやれ、と思いながらなんとかその場を収めた。
「さて、そんじゃ本題に入るぞ。間違いなくマユリアの手だったんだな?」
「……うん」
シャンタルがベルを気にするようにして、小さく認める。
「それは、どういうことだと思う?」
「え?」
「いや、その手がマユリアだったこと、おまえはどう思う?」
「そう言われても……」
シャンタルが考え込む。
「その手はマユリアの手だったかも知れんが、本当にそうか?」
「え?」
「よく考えろ。その手はマユリアの手であり、他の人、と言っていいのかどうか分からんが、とにかく他人の手の可能性もある」
「あっ!」
察しのいいベルがそう声を上げた。
「もしかしたら、マユリアの体の元の持ち主!」
「そうだ」
「え、え、で、でもさ、それだったらあの女神様がシャンタルを湖の底まで引っ張ろうとしたってこと? そんなことするかなあ」
「言っただろうが」
トーヤはそう言って、軽く、本当に軽くデコピンをベルの額にかました。弱かったのでベルも特に何も反応しなかった。
「調べもせずにそう思い込むのは」
「ぐ、ぐ、ぐ、ぐのなんとか!」
「骨頂だ、覚えとけ」
「いでっ!」
今度のは少々力が入っていたようだ。
「ってことは、トーヤはあの女神様のことも疑ってるってことなのか?」
「当たり前だ」
ベルがおでこをさすりながら聞くと、トーヤはさも当然とそう答える。
「あんな一方的に、実はこうでしたー、ああでしたーって言ってこられて、それを全部まるごと信用しろって方が間違ってるだろが」
「いやいやいやいや、そうはいってもさすがに相手は神様だろうが!」
ベルが目を丸くしてそう言うと、いつものようにシャンタルが楽しそうに笑った。
「トーヤはすごいね。神様まで疑ってしまうんだから」
「当たり前だろうが」
トーヤはもう一度同じように答えたが、シャンタルにデコピンはしなかった。
「だから考えるぞ。おまえを引っ張った手がマユリアだったとしたら、それにはまず二つの可能性がある。第一は、本当にマユリアが引っ張った場合だ。もう一つはマユリアの体の元の持ち主、水底にいるって元祖シャンタルが引っ張った場合だ。現実的に考えると、マユリアがわざわざ湖に入っておまえを引っ張るって可能性は低いと思う。それに場所が場所だ、引っ張った本人が湖の底にいるってんだから、そっちが引っ張ったと考えた方が、辻褄が合うと思わねえか?」
トーヤの仮説にベルとシャンタルが顔を見合わせる。
「とりあえず、本家シャンタルが引っ張ったと仮定する。その上で考えろ、なんでそんなことをした? そんなことをするようなやつが、なんで俺たちとあんなところであんな話をした? さあ、どう思う?」
ほんのりと魔法の灯りに照らされながら、シャンタルがのんびりと口を開いた。
「トーヤに言われてよくよく思い出してたんだけど、あれ、やっぱりマユリアの手だったよ」
「はあっ!」
ベルがシャンタルの様子にイラッとして大きな声を出した。
「うん、間違いない、マユリアの手だったよ」
シャンタルはいつもの調子で、もしかしたら、思い出したことでスッキリしたかのようにニコニコしながらそう言った、ようにベルには聞こえた。
この状況でよくそんなことを、何もなかったかのように言えたもんだ! ベルはますますイラッとする。
「おまえなあ、そんな大事なこと、簡単に言うなよな!」
「え? でも本当の事だし」
「本当のことだってな、普通はもっと悩むだろうが、そんなこと分かったらよ! ええっ?」
ベルが珍しくシャンタルに正面から食ってかかり、
「おれ、おまえのそういうとこ、ほんっと、嫌いだ!」
「え!」
ベルの言葉にシャンタルが驚いた顔になる。ベルに嫌いと言われたことが本当にショックだったようだ。
その顔にまたベルも驚く。シャンタルがそんな顔になることなど、ほとんどない。いや、見たこともない顔だったかも知れない。それほどの顔にシャンタルがなったのだ。
「私は、ベルに嫌われたら生きていけないかも……」
シャンタルはそう言ってうなだれる。その手の上の魔法の灯りも、心なしか暗くなったようだ。
「ほいほい、そのへんで」
トーヤが雰囲気を変えようとしてか、茶化すようにそんな言い方をした。
「おまえな、分かってんだろ、シャンタルはこういうやつだって」
トーヤがそう言って、さっきどけたばかりの手を、もう一度ベルの頭に置いた。
「おまえもだ、ベルが本気でおまえのこと嫌いになるわけねえだろが」
そう言ってくるっとシャンタルに顔を向ける。
「まずな、シャンタルはそんな簡単に思ってねえよ。こう見えても困ってる。分かるだろ?」
トーヤの言葉にベルが黙ったまま、小さくコクリと頷いた。
「そんでな、ベルはおまえのことじゃなく、おまえのさっきの言い方が勘に触ったわけだ。けど、それはおまえのことが嫌いなんじゃなく、マユリアが好きだからだ。だからマユリアを悪く言われたように思ってその言い方が嫌いだって意味で言った。分かるか?」
トーヤの言葉に今度はシャンタルが黙ったまま、小さくコクリと頷いた。
「つまり、どっちも勘違いだ。分かったな?」
「……うん」
「……分かったよ」
トーヤはやれやれ、と思いながらなんとかその場を収めた。
「さて、そんじゃ本題に入るぞ。間違いなくマユリアの手だったんだな?」
「……うん」
シャンタルがベルを気にするようにして、小さく認める。
「それは、どういうことだと思う?」
「え?」
「いや、その手がマユリアだったこと、おまえはどう思う?」
「そう言われても……」
シャンタルが考え込む。
「その手はマユリアの手だったかも知れんが、本当にそうか?」
「え?」
「よく考えろ。その手はマユリアの手であり、他の人、と言っていいのかどうか分からんが、とにかく他人の手の可能性もある」
「あっ!」
察しのいいベルがそう声を上げた。
「もしかしたら、マユリアの体の元の持ち主!」
「そうだ」
「え、え、で、でもさ、それだったらあの女神様がシャンタルを湖の底まで引っ張ろうとしたってこと? そんなことするかなあ」
「言っただろうが」
トーヤはそう言って、軽く、本当に軽くデコピンをベルの額にかました。弱かったのでベルも特に何も反応しなかった。
「調べもせずにそう思い込むのは」
「ぐ、ぐ、ぐ、ぐのなんとか!」
「骨頂だ、覚えとけ」
「いでっ!」
今度のは少々力が入っていたようだ。
「ってことは、トーヤはあの女神様のことも疑ってるってことなのか?」
「当たり前だ」
ベルがおでこをさすりながら聞くと、トーヤはさも当然とそう答える。
「あんな一方的に、実はこうでしたー、ああでしたーって言ってこられて、それを全部まるごと信用しろって方が間違ってるだろが」
「いやいやいやいや、そうはいってもさすがに相手は神様だろうが!」
ベルが目を丸くしてそう言うと、いつものようにシャンタルが楽しそうに笑った。
「トーヤはすごいね。神様まで疑ってしまうんだから」
「当たり前だろうが」
トーヤはもう一度同じように答えたが、シャンタルにデコピンはしなかった。
「だから考えるぞ。おまえを引っ張った手がマユリアだったとしたら、それにはまず二つの可能性がある。第一は、本当にマユリアが引っ張った場合だ。もう一つはマユリアの体の元の持ち主、水底にいるって元祖シャンタルが引っ張った場合だ。現実的に考えると、マユリアがわざわざ湖に入っておまえを引っ張るって可能性は低いと思う。それに場所が場所だ、引っ張った本人が湖の底にいるってんだから、そっちが引っ張ったと考えた方が、辻褄が合うと思わねえか?」
トーヤの仮説にベルとシャンタルが顔を見合わせる。
「とりあえず、本家シャンタルが引っ張ったと仮定する。その上で考えろ、なんでそんなことをした? そんなことをするようなやつが、なんで俺たちとあんなところであんな話をした? さあ、どう思う?」
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