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第五章 第二部
1 夢の中の手
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海の上での不思議な出来事をなんとか切り抜けたトーヤは、「マユリアの海」の沖を西へ向かい、あの洞窟の海につながる出口へとたどり着いた。
今日は洞窟へ続く崖の途中あたりまでの潮の高さだった。
初めて来た時と、ここからシャンタルを連れ出した時は大潮で出口のすぐそこまで水が来ていたし、ダルと一緒にキノスへ行った時には一番潮が引いている状態で砂浜が見えており、船が半分岸に乗り上げたような状態だった。
「これは、このぐらいの時はどこに繋いでおくんだっ、と」
トーヤが他の2艘をつないである先を見ると、どちらも満潮の時につないだままらしく、洞窟の入り口のすぐそば、崖を削った階段の始まりのところにある手すりにつないであるのが見えた。
トーヤはロープの先を持ったまま船を降り、階段を登って同じところにしっかりとロープを結びつけた。
「こんで大丈夫だろう」
トーヤはもう一度結び目を確認すると、洞窟を歩き始めた。カースへの出入り口を通り過ぎ、次の次の出入り口、初めてトーヤがダルに教えてもらったあそこの少し上を目指す。おそらく、そこでベルとシャンタルが待っているはずだ。
きっと海へ行ったトーヤのことを心配しているだろう。トーヤはできるだけ急いで洞窟を登る。
山の上にあるシャンタル宮、その西隣にある「聖なる湖」まで続いている洞窟だ、次の出入り口まではゆるやかに、そこを過ぎるとやや登りは急になる。今、トーヤの手元には松明も何もない。トーヤは暗闇の中、その坂道の角度だけを頼りに、壁に手をついて登り続けた。
途中、次のあまり使わない出入り口を通り過ぎる時だけは、外の月明かりがほんの少しだけ洞窟内を明るくしてくれた。雲のある今日のこと、本当にほんのり少しだけだったが、それでもやはりちょっとだけホッとさせられる。
ここまでくれば後は残り半分だ。そう思って歩き続けると、やっと遠くに明かりが見えてきた。
(シャンタルが作った魔法の明かりか、それとも……)
トーヤはそのあたりからは警戒しながらゆっくりと、足音を殺しながら進んでいった。
「まったくよお、いつまで待たせんだよ、トーヤのやつ」
ベルの声だ。トーヤはホッとして速度を早めた。
「勝手に一人で海になんて行きやがって、ほんっとに勝手なおっさ、いで!」
やっと手が届くところにベルの頭がやってきた。
「いっでえな!」
「うるせえよ、誰がおっさんだ!」
どちらもホッとしたような声、そしてそれを聞いてやはりホッとしたシャンタルが笑う声がした。
「どうなったんだ?」
「海の上からはカースをうろうろする衛士の松明が見えた」
「こっちには誰も来なかったよ」
「ってことは、やっぱりルギはここのことを言ってねえってことだな」
まあ、そうだろうとは思っていたが、確信が持ててやっとトーヤも本心からホッとする。
「けどさあ、万が一衛士たちがここに来るかもって思ったら、おれとシャンタルが海行った方がよかったんじゃねえの?」
「おまえは相変わらずだな、そしたら誰が船を操るんだよ」
「あ、そうか」
ベルは「てへっ」と自分で自分の頭を叩く。
「だったら、3人で海へ行った方がよかったんじゃないの?」
シャンタルがベルの頭を撫でながらそう聞いた。
「船が小さいし、もしも何かあった時には俺一人の方が切り抜けやすいと思ったんだよ。それに、3人一緒に捕まるより、二手に別れた方が後の動きが取りやすい。それにな、やっぱり俺一人でよかったんだ」
「なんだ、どした?」
ベルが心配そうな顔でトーヤに聞き、トーヤは海の上であったことを話した。
「げっ! なんだよそれ! なんだよそれ!」
「るせえなあ、俺にも分からねえっての」
「けど、けどさ!」
「だから、うるせえっての!」
「んが!」
トーヤがベルの鼻をつまんで黙らせた。
「おい」
「ん?」
トーヤがベルの鼻をつまんだままシャンタルに顔を向ける。
シャンタルは魔法で作った灯りを持った手を上に向けたまま、何もなかったようにいつもの顔をトーヤに向ける。
「おまえ、前に言ってたよな、水の中に引っ張った手はマユリアの手だったって」
「ああ」
何を言われたか分かったらしい。
八年前、ミーヤが怖さを知らぬシャンタルに溺れる怖さを教えようと、桶に入れた水に顔を漬けて溺れて見せた後、シャンタルもまた夢の中の水に飲み込まれ、部屋の中で溺れた。
その時にシャンタルは、
『誰かがシャンタルの手を掴つかんで水の中に引っ張ったの……』
そう言い、その手の持ち主を最初は、
『顔、見たことがある……お庭にも、『お茶会』にもいた……名前、トーヤって……』
と、トーヤだと言っていたのだが、そんなはずはないと思ったミーヤと話をするうちに思い出したのだ。
『マユリアだった……』
と。
「あの時は託宣に従っておまえのことを沈めるって言ってたのはマユリアだから、それでそう思ったんじゃないかと思ってた」
「そうだったね」
おそらく、そう聞かれたキリエも同じように思ったのだろう。
『さきほども申しました、何があろうともマユリアはシャンタルのためになさっていらっしゃいます、お信じください……』
そう言ってシャンタルをなだめようとした。
今日は洞窟へ続く崖の途中あたりまでの潮の高さだった。
初めて来た時と、ここからシャンタルを連れ出した時は大潮で出口のすぐそこまで水が来ていたし、ダルと一緒にキノスへ行った時には一番潮が引いている状態で砂浜が見えており、船が半分岸に乗り上げたような状態だった。
「これは、このぐらいの時はどこに繋いでおくんだっ、と」
トーヤが他の2艘をつないである先を見ると、どちらも満潮の時につないだままらしく、洞窟の入り口のすぐそば、崖を削った階段の始まりのところにある手すりにつないであるのが見えた。
トーヤはロープの先を持ったまま船を降り、階段を登って同じところにしっかりとロープを結びつけた。
「こんで大丈夫だろう」
トーヤはもう一度結び目を確認すると、洞窟を歩き始めた。カースへの出入り口を通り過ぎ、次の次の出入り口、初めてトーヤがダルに教えてもらったあそこの少し上を目指す。おそらく、そこでベルとシャンタルが待っているはずだ。
きっと海へ行ったトーヤのことを心配しているだろう。トーヤはできるだけ急いで洞窟を登る。
山の上にあるシャンタル宮、その西隣にある「聖なる湖」まで続いている洞窟だ、次の出入り口まではゆるやかに、そこを過ぎるとやや登りは急になる。今、トーヤの手元には松明も何もない。トーヤは暗闇の中、その坂道の角度だけを頼りに、壁に手をついて登り続けた。
途中、次のあまり使わない出入り口を通り過ぎる時だけは、外の月明かりがほんの少しだけ洞窟内を明るくしてくれた。雲のある今日のこと、本当にほんのり少しだけだったが、それでもやはりちょっとだけホッとさせられる。
ここまでくれば後は残り半分だ。そう思って歩き続けると、やっと遠くに明かりが見えてきた。
(シャンタルが作った魔法の明かりか、それとも……)
トーヤはそのあたりからは警戒しながらゆっくりと、足音を殺しながら進んでいった。
「まったくよお、いつまで待たせんだよ、トーヤのやつ」
ベルの声だ。トーヤはホッとして速度を早めた。
「勝手に一人で海になんて行きやがって、ほんっとに勝手なおっさ、いで!」
やっと手が届くところにベルの頭がやってきた。
「いっでえな!」
「うるせえよ、誰がおっさんだ!」
どちらもホッとしたような声、そしてそれを聞いてやはりホッとしたシャンタルが笑う声がした。
「どうなったんだ?」
「海の上からはカースをうろうろする衛士の松明が見えた」
「こっちには誰も来なかったよ」
「ってことは、やっぱりルギはここのことを言ってねえってことだな」
まあ、そうだろうとは思っていたが、確信が持ててやっとトーヤも本心からホッとする。
「けどさあ、万が一衛士たちがここに来るかもって思ったら、おれとシャンタルが海行った方がよかったんじゃねえの?」
「おまえは相変わらずだな、そしたら誰が船を操るんだよ」
「あ、そうか」
ベルは「てへっ」と自分で自分の頭を叩く。
「だったら、3人で海へ行った方がよかったんじゃないの?」
シャンタルがベルの頭を撫でながらそう聞いた。
「船が小さいし、もしも何かあった時には俺一人の方が切り抜けやすいと思ったんだよ。それに、3人一緒に捕まるより、二手に別れた方が後の動きが取りやすい。それにな、やっぱり俺一人でよかったんだ」
「なんだ、どした?」
ベルが心配そうな顔でトーヤに聞き、トーヤは海の上であったことを話した。
「げっ! なんだよそれ! なんだよそれ!」
「るせえなあ、俺にも分からねえっての」
「けど、けどさ!」
「だから、うるせえっての!」
「んが!」
トーヤがベルの鼻をつまんで黙らせた。
「おい」
「ん?」
トーヤがベルの鼻をつまんだままシャンタルに顔を向ける。
シャンタルは魔法で作った灯りを持った手を上に向けたまま、何もなかったようにいつもの顔をトーヤに向ける。
「おまえ、前に言ってたよな、水の中に引っ張った手はマユリアの手だったって」
「ああ」
何を言われたか分かったらしい。
八年前、ミーヤが怖さを知らぬシャンタルに溺れる怖さを教えようと、桶に入れた水に顔を漬けて溺れて見せた後、シャンタルもまた夢の中の水に飲み込まれ、部屋の中で溺れた。
その時にシャンタルは、
『誰かがシャンタルの手を掴つかんで水の中に引っ張ったの……』
そう言い、その手の持ち主を最初は、
『顔、見たことがある……お庭にも、『お茶会』にもいた……名前、トーヤって……』
と、トーヤだと言っていたのだが、そんなはずはないと思ったミーヤと話をするうちに思い出したのだ。
『マユリアだった……』
と。
「あの時は託宣に従っておまえのことを沈めるって言ってたのはマユリアだから、それでそう思ったんじゃないかと思ってた」
「そうだったね」
おそらく、そう聞かれたキリエも同じように思ったのだろう。
『さきほども申しました、何があろうともマユリアはシャンタルのためになさっていらっしゃいます、お信じください……』
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