黒のシャンタル 第三話 シャンタリオの動乱

小椋夏己

文字の大きさ
上 下
340 / 488
第五章 第一部

21 覚悟の先に

しおりを挟む
「本当に頑固ですね……」

 セルマはそう言って、微笑ましそうに、だがどこかさびしそうに笑った。

「そうかも知れません」

 ミーヤも少しだけ笑いを浮かべる。

「ですが、覚悟や決意というものは、そんなに簡単にひるがえすものではないと思うのです。たとえそれが幼い日の幼い心で誓ったことでも」

 ミーヤは遠いあの日のことを思い出す。

 懐かしい故郷から王都へ出てきて、一月ほどの生活の後、侍女に選ばれたと告げられた日のことを。
 うれしさとさびしさがないまぜになり、もう二度と戻ることはない故郷を思い出して、心が引き裂かれそうになった時のことを。
 やりきれないほどのさびしさと同時に誇らしくもあり、自分は一生をここで過ごし、神にその身を捧げるのだと幼心おさなごころに誓ったことを。

「そうですね。分からないではないです。私もやはり、今から自分の道を違えることはできない……」

 セルマもミーヤの言葉に頷く。

「前に話しましたよね、私がなぜ侍女になったのかを」
「はい、お聞きしました」
「私は、あなたのように誰かの役に立ちたい、誰かを助けたい、そんな純粋な心で侍女になったのではありません。全ては家のため、家族のため、そう思ってひたすら学び、宮からの募集がある日のために努力をしました。そして望んだ通りに侍女になったのです。つまり、そこには私の意思、希望、そんなものはなかった。ですが、一度そうして選んだ道はもう変えられない。変えるつもりもありません。たとえそれが自分の選んだ道ではなかったとしても。だから、あなたの気持ちもなんとなく分かります」

 セルマはまたさびしげにそう言った。

「この一月ひとつきの間、生まれて初めて、自由に時間を過ごした気がします。思う存分読みたい本を読み、好きなだけ色々なことを考えることが出来て、あなたと色々な話をして、そして、不思議なことに、そんな時間を過ごすことで幸せを感じることができました。皮肉なことですが、今度のことで初めてそのような時間を持てたのです。そうして決められ、歩いてきた道の先に、こんな時間を過ごせた。思いもしなかった平穏な時間を。なんでしょうね、もうそれだけで充分なようにも思えます」

 セルマはそう言ったが、その後でため息を一つつくと、

「私は一体どうなるのでしょうね。キリエ殿を害した犯人はまだ捕まってはいないのでしょう?」
「ええ……」

 ミーヤは返事に困った。
 
 なぜなら、その犯人はこのセルマであると分かっているからだ。 

 先代、「黒のシャンタル」がその力を使い、2人の侍女見習いの記憶の中にあった香炉を届けた侍女の声がセルマであると断定をした。だからそれに間違いはない。

 だが、セルマにはそんなことは分からない。そんな不思議なことがあるとは、セルマでなくとも誰にでも考えることはできないだろう。だから、決定的な証拠のない状態では、あくまで自分ではないと言い張り続けるだろう。この先も何があろうと決してあの侍女が自分だと認めはしないはずだ。

 そしてそれは事実なのだ。それ以外になにも証拠はない。誰にもセルマが犯人であると断じることはできない。

「宮は、マユリアは、衛士は、私を一体どうするつもりなのでしょうね。この部屋から出された時、私の扱いは一体どうなるのか」

 それはミーヤも思っていたことである。

 ミーヤは最初はセルマと同じく、容疑者として懲罰を経てこの部屋へと入れられた。だがその後、いきなりキリエがこの部屋へやってきて、ミーヤの嫌疑は晴れたがそのままセルマの世話役をするようにと命じられ、そのままこの部屋へ残っている。

 マユリアのめいがあり、キリエが侍女には禁じられている「嘘をついて」まで、エリス様ご一行の逃亡劇がエリス様を狙う犯人をかく乱するためであったということになった。故に一行を手伝った、特に身分を偽っていたトーヤを宮へ引き入れたとする容疑が晴れ、ミーヤは元の侍女に戻ったのだ。
 
 だが、セルマに関しては、それ以降も全く何の処分はなく、かといって自由にするわけでもない。
 
 おそらく、交代の後、キリエ様は勇退なさってフウ様を次の侍女頭に指名されるはずだ。セルマ様を指名されることはない。だが、キリエ様が一線を退しりぞかれたならば、神官長が黙ってそのままフウ様が侍女頭になることを許すことはないだろう。だけど、そのままセルマ様を侍女頭に任命することも難しいように思う。

 ミーヤがそう考えていた時、

「もしかしたら、私は神官長に見捨てられたのかも知れませんね」
 
 と、セルマが言った。

 そうなのだろうか。
 
 交代の後、一体何がどうなるのかは全く分からない。

 おそらく大部分の者たちは、いつものように自然に交代を行われ、当代がまだ幼いながら8歳のマユリアとなられ、次代様がシャンタルになられると思っているはずだ。

 だが、自分たちのようにある秘密を知ってしまったものには、そう思うことはできない。

「一体どうなるのでしょうね」

 そう言いながらも感情が込められていないこの言葉に、ミーヤも答えることができなかった。

「どうなるのでしょう」

 ただ、ミーヤもセルマと同じ言葉を繰り返すだけだ。

 その日はすぐそこまで来ている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

閉じ込められた幼き聖女様《完結》

アーエル
ファンタジー
「ある男爵家の地下に歳をとらない少女が閉じ込められている」 ある若き当主がそう訴えた。 彼は幼き日に彼女に自然災害にあうと予知されて救われたらしい 「今度はあの方が救われる番です」 涙の訴えは聞き入れられた。 全6話 他社でも公開

Sword Survive

和泉茉樹
ファンタジー
 魔法が科学的に解析されている世界。  高校生で、魔法を使う素質が低いと認定されている都築睦月は、ある時、不思議な少女と出会う。  幻だと思っていた少女は、実際に睦月の前に現れると、超高位の魔法使いの遺産であるとされる「聖剣」そのものとなり、ここから睦月は騒動に巻き込まれていく。

玲子さんは自重しない~これもある種の異世界転生~

やみのよからす
ファンタジー
 病院で病死したはずの月島玲子二十五歳大学研究職。目を覚ますと、そこに広がるは広大な森林原野、後ろに控えるは赤いドラゴン(ニヤニヤ)、そんな自分は十歳の体に(材料が足りませんでした?!)。  時は、自分が死んでからなんと三千万年。舞台は太陽系から離れて二百二十五光年の一惑星。新しく作られた超科学なミラクルボディーに生前の記憶を再生され、地球で言うところの中世後半くらいの王国で生きていくことになりました。  べつに、言ってはいけないこと、やってはいけないことは決まっていません。ドラゴンからは、好きに生きて良いよとお墨付き。実現するのは、はたは理想の社会かデストピアか?。  月島玲子、自重はしません!。…とは思いつつ、小市民な私では、そんな世界でも暮らしていく内に周囲にいろいろ絆されていくわけで。スーパー玲子の明日はどっちだ? カクヨムにて一週間ほど先行投稿しています。 書き溜めは100話越えてます…

転生無双なんて大層なこと、できるわけないでしょう!〜公爵令息が家族、友達、精霊と送る仲良しスローライフ〜

西園寺わかば🌱
ファンタジー
転生したラインハルトはその際に超説明が適当な女神から、訳も分からず、チートスキルをもらう。 どこに転生するか、どんなスキルを貰ったのか、どんな身分に転生したのか全てを分からず転生したラインハルトが平和な?日常生活を送る話。 - カクヨム様にて、週間総合ランキングにランクインしました! - アルファポリス様にて、人気ランキング、HOTランキングにランクインしました! - この話はフィクションです。

天井の神と地上の悪魔

こみつ
ファンタジー
ある日突然、月と地球の間に、巨大な惑星があらわれた。 天変地異が地上を襲い、人々は逃げ惑う。 そんな中、園崎 八子(そのざき やこ)は、鉄筋のビルに逃げ込むが。

転生したらチートすぎて逆に怖い

至宝里清
ファンタジー
前世は苦労性のお姉ちゃん 愛されることを望んでいた… 神様のミスで刺されて転生! 運命の番と出会って…? 貰った能力は努力次第でスーパーチート! 番と幸せになるために無双します! 溺愛する家族もだいすき! 恋愛です! 無事1章完結しました!

荊軻断章

古崎慧
歴史・時代
戦国時代末期中国。燕国の楽士高漸離は、謎の旅人荊軻と出会う。音楽を介して深く結びつく二人だが、刺客として秦王(後の始皇帝)暗殺を強要された荊軻は一人旅立つ。 その後、荊軻の死を知った高漸離も秦へ向かい、そこで荊軻が再会を望みつつも果たせなかった彼の友人と出会う。 史記列伝荊軻の章で語られつつも正体が不明な、「荊軻の待ち人」について考えました。

処理中です...