黒のシャンタル 第三話 シャンタリオの動乱

小椋夏己

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第五章 第一部

 6 誰の望む未来が

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 キリエとルギはそうしてマユリアの話を全部聞き終えた。

「わたくしが受けた印象を話します」

 語り終えたマユリアがそう続ける。

「神官長という人物は、まことに勤勉、真面目な人間です。本人が申す通り、貧しい家に生まれ、勉学ができるという理由で幼くして神殿に入りました。学問だけできればそれでよかった、本人もそう言っておりました。それはきっと、本心なのでしょう。ですが……」

 マユリアがふっと憐れむような視線を床に落とした。

「真面目ゆえ、自分にその学問の機会を、学ぶことのできる人生を与えてくれた神殿、その神殿がお守りするシャンタルとマユリアを、外の国の方が神聖な存在ではなく、興味本位、時に欲に満ちた視線で見ることに我慢がならなかった。どうすれば自分が奉じる神を神として見てもらえるか、そう考え続けたのでしょう。その結果が、マユリアが神の座から一段降り、人の世の最高権力者である王と同じ立場であると、そのような人たちに知らしめたい、そのような気持ちになったのではと思います」

 キリエとルギは黙ってあるじの言葉を聞いている。

「そこに、わたくしが知らぬ秘密とやらが重なり、あのように強引に話を進めようとしているのでしょう。もしかすると、ルギの申す通りに心の病やも知れません」

 キリエもルギも言葉なくマユリアを見る。

 神官長は心の病などではない。キリエとルギはそう思っていた。
 それは、自分に持ちかけてきた話を思い出せばよく分かった。

 いや、もしかすると病であるのかも知れないが、病と呼ぶにはあまりにもその行動は計画的で、大胆だ。
 おそらく、現国王の反乱にも手を貸しているだろう。事なかれ主義を絵に描いたような人間が、なぜ今のように変わったのか。

 神官長は、正気のまま、この国の将来のための計画を立て、実行しようとしている。そのことがなんとも不気味で恐ろしい。そう思う。

「そのきっかけは」

 マユリアが自分の考えを続けて述べる。

「きっと八年前のことを、どの程度かは分かりませんが知ったこと。それからわたくしの知らぬ秘密を知ったこと。この二つからだと思うのですが、思い起こせば、先代が亡くなったと伝えた時には、まだ以前のままの神官長だったと思います。そこから考えると、やはり湖に浮かぶ棺を見たことから、ずっと心に秘めていたことを実行に移そうと思ったのではないかと思います」

 マユリアの言葉にキリエとルギも頷いて同意をしめす。

「先ほどはもう触れぬと申しましたが、そしておそらく、そこにわたくしが知らぬ秘密というのも関係しているのでしょう。ということは、それも八年前に起きたことと関係しているのかも知れませんね」

 その言葉にキリエもルギも答えない。

 キリエは知っているからだ、マユリアが知らぬ秘密、マユリアと「黒のシャンタル」と当代シャンタル、そしてまだお生まれではない次代様の両親が、同じ夫婦だということを。 
 もちろん神官長も知っている。だからそれは、八年前以降に起きたことではない。
 だが、マユリアの言葉に反応することはできない。ただ答えず聞いているだけしかできない。

 そしてルギは知らぬことだ。だから答えようがない。それだけだ。

 マユリアは反応のない2人を見ながら、なぜ答えないのかを理解した。

「わたくしたちは神官長を止めなければならないのか、それとも、その道こそがこれからのこの国の進むべき道なのか」

 キリエもルギも主の言葉に驚き、それを隠すことが出来ない。

「マユリア、それは一体……」

 キリエは主にそう問いかけ、ルギは黙ってマユリアを見つめる。

「驚くことはありません。思い出してください、八年前のことを」

 言われて2人も思い出す。
 いや、知っていた。分かっていた。

『シャンタルの運命が、生きるべきものか死すべきものか、それはわたくしたちがそうしたいと思って進めた先にあってはいけないからです』

 トーヤがマユリアのその言葉を聞いて怒り、あの二つ目の条件を出したのだ。

『黒のシャンタルに心を開いてもらいたい』

 自分の意思を持たず、ただ託宣をするためだけに存在をするような、あの時の「黒のシャンタル」にトーヤはそう言ったのだ。

 あの時は誰もが不可能だと思っていた。
 そう分かった上で、トーヤが黒のシャンタルを見捨てるためにそんな条件を出したのだと思っていた。

「ですが、結果はどうです。先代はご自分を取り戻され、そして試練を乗り越えられました」

 そうだった。
 
『おまえが自分で決めるんだ、生きるか死ぬかをな……おまえが頼まない限り、俺はおまえを助けない……分かったな?』

 トーヤがそう言って先代に、黒のシャンタルに宣言をした。

「皆、必死に自分のできることをやりました。キリエも、ルギも、ラーラ様も、そして他の者や、もちろんわたくしも」

 思い出す。 
 あの頃の、暗闇の中を必死に手探りで進んでいたあの感覚を。

「この先の未来がどうなっているかは誰にも分からない。結果として、もしかすると神官長の望む未来が開ける可能性もある、ということです」

 キリエとルギが黙ってマユリアの顔を見る。

「わたくしたちにできるのは、やはり今できることをやるだけなのでしょうね」

 主はそう言って話を締めくくった。
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