黒のシャンタル 第三話 シャンタリオの動乱

小椋夏己

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第五章 第一部

 3 絶望の種

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「そうですか」

 マユリアはその一言だけを口にした。

 キリエは決して嘘をつかない。
 では、それは事実なのだろう。

「次代様が最後のシャンタルになる可能性が高い、そういうことなのですか」
「はい、おそらくは」
「そうですか」

 どう受け止めればいいのだろうか。
 マユリアは次にどう言えばいいのかを少しの間考えた。

「それは、どのような理由でそうなるのかが分かっているのですか?」
「はい。分かっております」

 キリエが即答する。

「分かっているのですね」
「はい」
「では、その理由を教えてください」
「それは申せません」

 またキリエが即答をする。

「そのような重要なことを、分かっていながら言えないということなのですか?」
「はい、おっしゃる通りです」

 マユリアは記憶を辿たどっていた。
 八年前のある時の記憶を。

『おそらく、それはわたくしが知らない秘密なのでしょうね』

 あの日、二つの託宣を告げ、「黒のシャンタル」の運命を告げたあの時、マユリアはそう口にしたことを思い出す。

「わたくしが知らない秘密」

 マユリアがつぶやく。

「あの時、トーヤがこう言いました。全てを知っていたのはラーラ様だけ、と」
「はい」

 キリエも認める。

「おまえも、あの時に全てを知ったのでしたね」
「はい」
「わたくしが知らない秘密」

 もう一度マユリアがそう口にした。

「ではそれは、わたくしが知ってはいけない秘密になるのでしょう」

 キリエは答えない。

「分かりました。ありがとう」

 マユリアもそれ以上はもう何も聞こうとはしなかった。

「では、他のことを聞いてもいいですか?」
「はい、なんなりと。お答えできることならば、何でもお答えいたします」

 キリエが正面からマユリアを見つめながらそう答えた。

「その為に、トーヤは、トーヤたちは動いている。そうなのですか?」

 マユリアの問いに、キリエは少しだけ考えて、

「そうだと思いたい、そう思っております」

 と、正直に今の気持ちを答えた。

「では、トーヤはおまえにも、どこでどうしているか伝えてはきていないのですね?」
「はい」

 そうだ、その為に知らぬようにしてあるのだ。
 中の国御一行様も知らぬ人、事情のある気の毒な御婦人として接してきたのだ。
 
 そして今もまだ、正式には、トーヤの正体はバレてしまったが、他の3人のことは知らぬ人のままなのだ。

 親御様のことを心配なさって宮を尋ねてきたお父上も、あの中身の方はリュセルスに住まう家具職人のラデルという方だ。

 次代様のお父上がマユリアの実父であるということは、秘密の中の秘密である。おそらく、神官長もそこまでは伝えていないだろう。
 
「神官長はわたくしにこう申しました」
 
 マユリアの言葉でキリエは視線をあるじに向けた。

「この国は先がない、と」

 マユリアのまっすぐな視線とキリエのまっすぐな視線が合った。

「これは本当のことだと思いますか?」
「いいえ」

 キリエがきっぱりと答えた。

「次代様がまことに最後のシャンタルであるならば、神官長のこの言葉は当たっているようにも思えます」
「はい。ですが、シャンタルが最後であること、それがすなわちこの国の終わりではないかと」

 キリエの言葉にマユリアが驚いた顔になる。

「シャンタルの終わりがこの国の終わりではない……」
「はい」

 もう一度キリエがきっぱりと答えた。

「そのための助け手たすけで、そのための黒のシャンタルであると私は思います」

 マユリアがじっとキリエを見つめた。

「もしかすると、終わらせるための助け手、黒のシャンタルの可能性もあるのではないですか?」
「はい、確かにその可能性もございます。ですが、八年前のことを思い出してください」
「八年前を?」
「はい。あの時、皆が一度は絶望の淵に沈んだのではないでしょうか」

 マユリアがキリエをじっと見たまま、あの時ことを思いだした。

『そう、黒のシャンタルに心を開いてもらいたい。そうだな、本人が直接俺に助けてくれって言ってくれりゃそんだけでいい。簡単だろ?』

 トーヤがつきつけた二つ目の条件、残酷な条件。

 ラーラ様は絶望して泣き崩れ、ネイとタリアはトーヤを悪魔と罵った。

 そしてルギは……

『どうぞご命令ください、俺に、あの悪魔を滅せよと』

 ルギは、トーヤを手にかける、そう宣言をした。

『憎しみに目をくらませてはいけません』

 マユリアはルギたちにそう言いながらも、トーヤを信じながらも、それでもやはり、心の中に絶望の種が生まれたことを感じていた。

『クロノシャンタルハ、スクワレヌ』

『クロノシャンタルハ、セイナルミズウミニ、シズム、ウンメイ』

 そんな声が心の奥からささやきかけてきた。
 
 そんな時、あの時もやはりキリエがこう言ったのだ。

『あの男はおまえたちが思っているような人間ではありません』

『ああ見えて情に厚い信用のできる人間です』

『私にはあの男の言いたいことが分かる気がします』

 キリエはトーヤという人間を見てきて、その本当の気持ちを理解していた。

「そうでしたね……」

 そのキリエの声が、マユリアの中の絶望の種を封印してくれた。
 そして、信じることに決めたのだ。

「そうでした。最後の最後まで諦めない、そう決めたのでした」
 
 あの時と同じことが、今、繰り返されようとしているのだ。
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