黒のシャンタル 第三話 シャンタリオの動乱

小椋夏己

文字の大きさ
上 下
313 / 488
第四章 第四部

17 国を動かす者

しおりを挟む
 マユリアは神官長の言葉を聞き終えると、さっと立ち上がった。

「申したはずです。シャンタルをおとしめるような言葉が続くなら席を立つと」

 マユリアはそれだけを口にすると、衣装の裾をひるがえし、神官長に背を向けた。

「お待ち下さい!」

 神官長は大きな声でマユリアの後ろ姿に引き止める声をかけた。

「それで本当によろしいのですか!」

 マユリアはそのまま部屋の奥へと向かってゆっくりと進む。

「誠にシャンタルを貶めるのは、そのように見ぬ、聞かぬ振りをして、シャンタルに向けられる無礼な目を許し続けることではないのですか!」

 神官長が必死にそう声を絞ると、マユリアが足を止めた。

「マユリアがいくらお気持ちを害し、不愉快だとおっしゃっても、現実にそういう目的でシャンタルへの託宣を求める者はおるのです! それを知らぬ顔をして許し続ける、それこそがシャンタルを貶めることになるのではないですか!」

 マユリアが黙ったままその場にとどまった。

「ご不快に思われたのならどのようにでも謝罪いたします! 必要なら私のこの、先の短い命を捧げてもいい! ですが、このことだけはお聞きいただきたいのです! それが事実です! 悲しいかな、そのような目でシャンタルを、そしてマユリアを見る者がおる、それは本当のことなのです! 私はそのような無礼を許さぬために! シャンタルをしんたっとぶために! 今、こうして、あえて厳しい言葉をマユリアにお届けしているのです!」

 椅子から体を起こして叫び続けていた神官長が、姿勢を崩して床の上に崩折くずおれた。
 神官長は肩ではあはあと息をし、それでも顔だけはマユリアに向けて声を上げ続ける。

「お願いです、もう少しだけ、この老いぼれの言葉をお聞きください! 私はこの国を、まことの女神の国にしたいのです! そのことをルギ隊長にも申し上げました!」

 この名がマユリアの足を完全に止めた。

 マユリアがゆっくりと振り返り、神官長へ視線を落とした。

「ルギ隊長にも申し上げました!」

 神官長がもう一度繰り返す。

「ルギに、ですか」
「はい!」

 マユリアが不審そうに、だが少し考えるような表情になる。

「ルギからは、そのようなこと、聞いたことがありませんが」
「それは、ルギ隊長がまだ本当の意味では受け入れてくださっていないからです!」

 神官長は床に這いつくばったまま、必死にマユリアに訴え続ける。

「本当にルギ隊長には以前、申し上げました! ですが、相手にしてくださいませんでした!」
「そうでしょうね……」

 ルギが相手にしなかったと聞き、マユリアはホッとしたようだ。

「ルギは、なんと言っていました」
「はい、ルギ隊長は、私が心の病である、そうおっしゃいました」
「まあ」

 マユリアはそれを聞いて少しだけ微笑んだ。

「ごめんなさい。でもルギらしいと思ったもので」
「さようですか」

 神官長はマユリアが笑ってくれたことで少しだけホッとしていた。
 これならまだ話を続けられる、そう感じた。

「ルギ隊長のおっしゃることももっともだと思います」

 神官長は神妙な面持ちでそう言ってうなだれる。

「私は、焦っておりました。そこでいきなりそのような話をしても、分かってもらえるはずがなかったのです。もっと、時間をかけ、私が思っていること、先ほどマユリアにお話したような、今のこの国の状況などを、じっくりと話をして、それからにするべきでした」

 神官長は床に倒れた姿勢のまま、とつとつと語り続ける。
 その姿を見かねたマユリアが声をかけた。

「お座りなさい」
「は、はい! あ、ありがとうございます!」

 神官長は急いで裾を払い、元のように椅子に座り直した。

 マユリアはその場に立ったままじっと神官長を見ながら、そして聞いた。

「一体ルギにどのような話をしたのです」
「は、はい、お答えいたします……」

 答えると言いながら、神官長はじっとマユリアを見て続けようとはしない。
 
 それはそうだろう。
 神官長が椅子に座り、神であるマユリアを立たせたままで話などできない。

 マユリアはそれを理解し、小さく一つため息をつくと、自分も元のように座り直した。

「続けてください」
「は、はい!」

 神官長はもう一度深く頭を下げると話を続ける。

「ルギ隊長にはこの国、シャンタリオは女神が統べる国である、そう申し上げました」

 マユリアはそのことに返事をしなかった。
 それは答える必要もないこと。
 この国は生き神シャンタルが統べる国、今さらあらためて口にする必要もない事実であった。

「だが、実はそうではない、そう申し上げました」
「そうではない?」
「はい、そうです」

 神官長はマユリアが自分の話を聞く気になったと理解し、落ち着いて話を続ける。

「確かにシャンタルは唯一この国の頂点におられる尊いお方。そしてマユリアはそれに継ぐ地位のお方。これは間違いのないことです。ですが、本当にこの国を動かすのは王家のお方、違いますでしょうか?」

 マユリアは少し考えて、

「いえ、違いませんね。ですが、そのことに何か問題が?」
「はい、あります」

 神官長はゆっくりと頭を上下すると、

「それこそが、外の国から見てシャンタルが軽んじられる原因だからです」

 マユリアを見つめ、きっぱりとそう答えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【祝・追放100回記念】自分を追放した奴らのスキルを全部使えるようになりました!

高見南純平
ファンタジー
最弱ヒーラーのララクは、ついに冒険者パーティーを100回も追放されてしまう。しかし、そこで条件を満たしたことによって新スキルが覚醒!そのスキル内容は【今まで追放してきた冒険者のスキルを使えるようになる】というとんでもスキルだった! ララクは、他人のスキルを組み合わせて超万能最強冒険者へと成り上がっていく!

天と地と空間と海

モモん
ファンタジー
 この世界とは違う、もう一つの世界。  そこでは、人間の体内に魔力が存在し、魔法が使われていた。  そんな世界に生まれた真藤 仁は、魔法学校初等部に通う13才。  魔法と科学が混在する世界は、まだ日本列島も統一されておらず、ヤマトにトサが併合され、更にエゾとヒゴとの交渉が進められていた。  そこに干渉するシベリアとコークリをも巻き込んだ、混乱の舞台が幕をあける。

伯爵夫人のお気に入り

つくも茄子
ファンタジー
プライド伯爵令嬢、ユースティティアは僅か二歳で大病を患い入院を余儀なくされた。悲しみにくれる伯爵夫人は、遠縁の少女を娘代わりに可愛がっていた。 数年後、全快した娘が屋敷に戻ってきた時。 喜ぶ伯爵夫人。 伯爵夫人を慕う少女。 静観する伯爵。 三者三様の想いが交差する。 歪な家族の形。 「この家族ごっこはいつまで続けるおつもりですか?お父様」 「お人形遊びはいい加減卒業なさってください、お母様」 「家族?いいえ、貴方は他所の子です」 ユースティティアは、そんな家族の形に呆れていた。 「可愛いあの子は、伯爵夫人のお気に入り」から「伯爵夫人のお気に入り」にタイトルを変更します。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

悪役令嬢カテリーナでございます。

くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ…… 気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。 どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。 40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。 ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。 40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。

勘当貴族なオレのクズギフトが強すぎる! ×ランクだと思ってたギフトは、オレだけ使える無敵の能力でした

赤白玉ゆずる
ファンタジー
【コミックス第1巻発売中です!】 皆様どうぞよろしくお願いいたします。 【10/23コミカライズ開始!】 『勘当貴族なオレのクズギフトが強すぎる!』のコミカライズが連載開始されました! 颯希先生が描いてくださるリュークやアニスたちが本当に素敵なので、是非ご覧になってくださいませ。 【第2巻が発売されました!】 今回も改稿や修正を頑張りましたので、皆様どうぞよろしくお願いいたします。 イラストは蓮禾先生が担当してくださいました。サクヤとポンタ超可愛いですよ。ゾンダールもシブカッコイイです! 素晴らしいイラストの数々が載っておりますので、是非見ていただけたら嬉しいです。 【ストーリー紹介】 幼い頃、孤児院から引き取られた主人公リュークは、養父となった侯爵から酷い扱いを受けていた。 そんなある日、リュークは『スマホ』という史上初の『Xランク』スキルを授かる。 養父は『Xランク』をただの『バツランク』だと馬鹿にし、リュークをきつくぶん殴ったうえ、親子の縁を切って家から追い出す。 だが本当は『Extraランク』という意味で、超絶ぶっちぎりの能力を持っていた。 『スマホ』の能力――それは鑑定、検索、マップ機能、動物の言葉が翻訳ができるほか、他人やモンスターの持つスキル・魔法などをコピーして取得が可能なうえ、写真に撮ったものを現物として出せたり、合成することで強力な魔導装備すら製作できる最凶のものだった。 貴族家から放り出されたリュークは、朱鷺色の髪をした天才美少女剣士アニスと出会う。 『剣姫』の二つ名を持つアニスは雲の上の存在だったが、『スマホ』の力でリュークは成り上がり、徐々にその関係は接近していく。 『スマホ』はリュークの成長とともにさらに進化し、最弱の男はいつしか世界最強の存在へ……。 どん底だった主人公が一発逆転する物語です。 ※別小説『ぶっ壊れ錬金術師(チート・アルケミスト)はいつか本気を出してみたい 魔導と科学を極めたら異世界最強になったので、自由気ままに生きていきます』も書いてますので、そちらもどうぞよろしくお願いいたします。

散々利用されてから勇者パーティーを追い出された…が、元勇者パーティーは僕の本当の能力を知らない。

アノマロカリス
ファンタジー
僕こと…ディスト・ランゼウスは、経験値を倍増させてパーティーの成長を急成長させるスキルを持っていた。 それにあやかった剣士ディランは、僕と共にパーティーを集めて成長して行き…数々の魔王軍の配下を討伐して行き、なんと勇者の称号を得る事になった。 するとディランは、勇者の称号を得てからというもの…態度が横柄になり、更にはパーティーメンバー達も調子付いて行った。 それからと言うもの、調子付いた勇者ディランとパーティーメンバー達は、レベルの上がらないサポート役の僕を邪険にし始めていき… 遂には、役立たずは不要と言って僕を追い出したのだった。 ……とまぁ、ここまでは良くある話。 僕が抜けた勇者ディランとパーティーメンバー達は、その後も活躍し続けていき… 遂には、大魔王ドゥルガディスが収める魔大陸を攻略すると言う話になっていた。 「おやおや…もう魔大陸に上陸すると言う話になったのか、ならば…そろそろ僕の本来のスキルを発動するとしますか!」 それから数日後に、ディランとパーティーメンバー達が魔大陸に侵攻し始めたという話を聞いた。 なので、それと同時に…僕の本来のスキルを発動すると…? 2月11日にHOTランキング男性向けで1位になりました。 皆様お陰です、有り難う御座います。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

処理中です...