311 / 488
第四章 第四部
15 シャンタリオの産業
しおりを挟む
「では、先代は湖にはいらっしゃらない、そうお認めになったと思っていいのですね?」
「勘違いをしないでください」
マユリアは表情を変えず、静かに続ける。
「ご先代が今どこにいらっしゃるのか、わたくしもこの八年はお会いしておりませんので、どことお答えすることは叶いません。そして今気になっているのは、あなたが先ほどおっしゃった、この国の先に起こるだろうという、不穏な出来事です」
マユリアは一度そこで言葉を切ると、じっとまっすぐに神官長を見つめた。
「なぜそのようなことを思いついたのでしょう? そして今、本当に民はそのようなことを起こそうと思うほどの不安を抱えているのですか? そのあたりのことをお聞きしたいのです」
神官長はマユリアの厳しい言葉に一瞬たじろぎ、そしてクッと歯を噛み締めた。
「いやいや、これは手強い……」
「え?」
「いえ、こちらのことです。申し訳ありません」
神官長はゆるく笑みを浮かべると、座ったままで軽く頭を下げた。
「お答えしたいと思います。まず、なぜそのようなことを思いついたかと申しますと、物の本によります」
「物の本?」
「はい。不肖の身ながら私は、このシャンタルの神域のみならず、遠くアルディナやそれまでにある中の国、またその反対の東の国や、その他の遠くの国、あらゆる場所から集められた、手に入るだけの書物を網羅している、そのような自信がございます」
「そうらしいですね、わたくしもそう聞いております。神官長ほどの博識はこの国にはおらぬ、と」
「おお、ありがとうございます!」
神官長が感激したような表情で深く頭を下げた。
「マユリアにもそのようにお認めいただけるとは、なんという……」
神官長がその先の言葉をとても口にできない、そんな様子で両手で胸を押さえる。
マユリアは黙ってその様子を見ていたが、
「では、その知識から導き出した予測を聞かせてください。何故、そのような結論が出たのかを」
「はい、承知いたしました」
そう冷静に尋ね、神官長も丁寧に答えた。
「まず申し上げなくてはいけないことは、マユリアはこの国が何故、二千年の長きに渡り平和な国であったのかをご存知でしょうか?」
「この国が平和であった理由ですか」
マユリアは意外そうな顔になった。
「それは女神シャンタルのご加護ゆえでしょう。シャンタルがその身をこの人の世に置いてくださり、慈悲の心でお守りくださったからでしょう」
それはマユリアにとっては至極当然なことであった。
「その為にこの宮はあるのです。この国が、この神域が平和であるように。そのために代々のシャンタルがおられ、その身をお守りするために代々の侍女たちがいるのです」
神官長はふっと軽く微笑んだ。
「もちろんでございます。シャンタルのご加護ゆえ。もちろんその通り。ですが、それだけではございません」
「それだけではない?」
「はい」
神官長が恭しく頭を下げる。
「それはこの国が豊かだからです」
そう言われて、マユリアにも神官長が何を言いたいのかが分かった。
「それはその通りですね」
認めるしかない、シャンタリオは豊かだ。
個人差というものはあれど、国そのものは豊かだった。
「では、何故この国が豊かだったかお分かりでしょうか?」
「それは宝石が豊富に取れるからだと聞いたことがあります」
シャンタリオからは質の良い宝石が豊富に出る。その宝石を他国に売ることで潤っている。
「確かにその通りです。宝石だけではありません、金、銀、銅、その他にも鉱物が豊富に算出されます」
「そうなのですね」
「はい。そしてそれを使用した商品、例えば細工物、宝飾品などを作る技術が向上し、腕のいい職人が増えるとさらにより良い商品が生まれる。ますます他国に求められ、高額で取引をされる。大商会が生まれ、育ち、さらに国を潤わせる」
シャンタリオはほとんど他国との交流ということをしてこなかった国だ。鎖国というまでではないが、最低必要なだけの交流以上のことを求めてはこなかった。
それでも商人達は富を求めて船を出し、神域外の知識や宝物などを持ち込む。そのおかげで国はさらに発展することができる。
「産業が栄えると国も栄えるというわけです」
マユリアは神官長の言葉を黙って聞いている。
確かにその通りだ。
宮が、今のように豊かにいられることの基盤には、産業が栄えているという事実がある。
「ですが、この国の一番の産業は宝石でも宝飾品でもありません。他にあるのです」
「宝石でも宝飾品でもない?」
他に何があっただろうとマユリアは少し考えていたが、
「それ以外の産業……思い浮かびませんが、他に何があると言うのです」
と、神官長に尋ねた。
神官長がゆっくりと笑う。
それこそが神官長が欲しかった言葉だ。
「はい、お教えいたします。それはシャンタルです」
「え?」
「生きた女神がいる、そのことがこの国の一番大きな産業なのです」
意外な言葉にマユリアが動きを止めた。
「なんでしょう、とても失礼な言葉を耳にしている気がします……」
心に思うことが言葉となって素直に流れ出た。
「はい、そうお思いになっても仕方がないと思います。ですが事実なのです」
神官長が微笑みながらそう答えた。
「勘違いをしないでください」
マユリアは表情を変えず、静かに続ける。
「ご先代が今どこにいらっしゃるのか、わたくしもこの八年はお会いしておりませんので、どことお答えすることは叶いません。そして今気になっているのは、あなたが先ほどおっしゃった、この国の先に起こるだろうという、不穏な出来事です」
マユリアは一度そこで言葉を切ると、じっとまっすぐに神官長を見つめた。
「なぜそのようなことを思いついたのでしょう? そして今、本当に民はそのようなことを起こそうと思うほどの不安を抱えているのですか? そのあたりのことをお聞きしたいのです」
神官長はマユリアの厳しい言葉に一瞬たじろぎ、そしてクッと歯を噛み締めた。
「いやいや、これは手強い……」
「え?」
「いえ、こちらのことです。申し訳ありません」
神官長はゆるく笑みを浮かべると、座ったままで軽く頭を下げた。
「お答えしたいと思います。まず、なぜそのようなことを思いついたかと申しますと、物の本によります」
「物の本?」
「はい。不肖の身ながら私は、このシャンタルの神域のみならず、遠くアルディナやそれまでにある中の国、またその反対の東の国や、その他の遠くの国、あらゆる場所から集められた、手に入るだけの書物を網羅している、そのような自信がございます」
「そうらしいですね、わたくしもそう聞いております。神官長ほどの博識はこの国にはおらぬ、と」
「おお、ありがとうございます!」
神官長が感激したような表情で深く頭を下げた。
「マユリアにもそのようにお認めいただけるとは、なんという……」
神官長がその先の言葉をとても口にできない、そんな様子で両手で胸を押さえる。
マユリアは黙ってその様子を見ていたが、
「では、その知識から導き出した予測を聞かせてください。何故、そのような結論が出たのかを」
「はい、承知いたしました」
そう冷静に尋ね、神官長も丁寧に答えた。
「まず申し上げなくてはいけないことは、マユリアはこの国が何故、二千年の長きに渡り平和な国であったのかをご存知でしょうか?」
「この国が平和であった理由ですか」
マユリアは意外そうな顔になった。
「それは女神シャンタルのご加護ゆえでしょう。シャンタルがその身をこの人の世に置いてくださり、慈悲の心でお守りくださったからでしょう」
それはマユリアにとっては至極当然なことであった。
「その為にこの宮はあるのです。この国が、この神域が平和であるように。そのために代々のシャンタルがおられ、その身をお守りするために代々の侍女たちがいるのです」
神官長はふっと軽く微笑んだ。
「もちろんでございます。シャンタルのご加護ゆえ。もちろんその通り。ですが、それだけではございません」
「それだけではない?」
「はい」
神官長が恭しく頭を下げる。
「それはこの国が豊かだからです」
そう言われて、マユリアにも神官長が何を言いたいのかが分かった。
「それはその通りですね」
認めるしかない、シャンタリオは豊かだ。
個人差というものはあれど、国そのものは豊かだった。
「では、何故この国が豊かだったかお分かりでしょうか?」
「それは宝石が豊富に取れるからだと聞いたことがあります」
シャンタリオからは質の良い宝石が豊富に出る。その宝石を他国に売ることで潤っている。
「確かにその通りです。宝石だけではありません、金、銀、銅、その他にも鉱物が豊富に算出されます」
「そうなのですね」
「はい。そしてそれを使用した商品、例えば細工物、宝飾品などを作る技術が向上し、腕のいい職人が増えるとさらにより良い商品が生まれる。ますます他国に求められ、高額で取引をされる。大商会が生まれ、育ち、さらに国を潤わせる」
シャンタリオはほとんど他国との交流ということをしてこなかった国だ。鎖国というまでではないが、最低必要なだけの交流以上のことを求めてはこなかった。
それでも商人達は富を求めて船を出し、神域外の知識や宝物などを持ち込む。そのおかげで国はさらに発展することができる。
「産業が栄えると国も栄えるというわけです」
マユリアは神官長の言葉を黙って聞いている。
確かにその通りだ。
宮が、今のように豊かにいられることの基盤には、産業が栄えているという事実がある。
「ですが、この国の一番の産業は宝石でも宝飾品でもありません。他にあるのです」
「宝石でも宝飾品でもない?」
他に何があっただろうとマユリアは少し考えていたが、
「それ以外の産業……思い浮かびませんが、他に何があると言うのです」
と、神官長に尋ねた。
神官長がゆっくりと笑う。
それこそが神官長が欲しかった言葉だ。
「はい、お教えいたします。それはシャンタルです」
「え?」
「生きた女神がいる、そのことがこの国の一番大きな産業なのです」
意外な言葉にマユリアが動きを止めた。
「なんでしょう、とても失礼な言葉を耳にしている気がします……」
心に思うことが言葉となって素直に流れ出た。
「はい、そうお思いになっても仕方がないと思います。ですが事実なのです」
神官長が微笑みながらそう答えた。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
悲恋を気取った侯爵夫人の末路
三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵夫人のプリシアは、貴族令嬢と騎士の悲恋を描いた有名なロマンス小説のモデルとして持て囃されていた。
順風満帆だった彼女の人生は、ある日突然に終わりを告げる。
悲恋のヒロインを気取っていた彼女が犯した過ちとは──?
カクヨムにも公開してます。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
王妃から夜伽を命じられたメイドのささやかな復讐
当麻月菜
恋愛
没落した貴族令嬢という過去を隠して、ロッタは王宮でメイドとして日々業務に勤しむ毎日。
でもある日、子宝に恵まれない王妃のマルガリータから国王との夜伽を命じられてしまう。
その理由は、ロッタとマルガリータの髪と目の色が同じという至極単純なもの。
ただし、夜伽を務めてもらうが側室として召し上げることは無い。所謂、使い捨ての世継ぎ製造機になれと言われたのだ。
馬鹿馬鹿しい話であるが、これは王命─── 断れば即、極刑。逃げても、極刑。
途方に暮れたロッタだけれど、そこに友人のアサギが現れて、この危機を切り抜けるとんでもない策を教えてくれるのだが……。
王太子の子を孕まされてました
杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。
※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる