黒のシャンタル 第三話 シャンタリオの動乱

小椋夏己

文字の大きさ
上 下
297 / 488
第四章 第四部

 1 今の心の思うこと

しおりを挟む
 今までは、きっと聖なる空間であろうと思いながらも、どこか得体が知れずに不安を感じていた空間を、皆が今は共通の大事な場として認識をしていた。

『温かい……』

 光がそうつぶやく。

『こんな温かい思いはどのくらいぶりでしょう』

 光が微笑む。

『これから先、温かい話ばかりではありません。それはつらいことも話さねばなりません。ですが、それを乗り切る勇気をもらえました、ありがとう』

 光がそう言う。

「そうか」

 トーヤも短く答えた。

「だが、話してもらわんと話が進まん。続けてくれ」

『分かりました』

 皆もうなずき、もう一度聞く体勢に入った。
 今度はトーヤだけに任せず、一人一人が皆で聞くのだという意識を感じる。

『黒のシャンタル』

 光が言う。

『なにゆえ、黒のシャンタルだけが銀の髪、褐色の肌、緑の瞳を持ち、そして男性であるのか。それはマユリアの存在と関係があるのです』

「マユリアと?」

『そうです……』

 声が少し言い淀むように、語尾が弱くなった。

『マユリアはその身を人の世に降ろし、その身は今はラーラという人として生きています』

「ああ、聞いた」

『マユリアがそうまでしてくれたのに、この世の淀みには到底及ばなかった』

「それなんだがな」

 トーヤが聞く。

「淀みってのは一体なんなんだ?」
「うん、それわかんねえ。おれにも分かるように説明してくれ」

 ベルも横からそう言う。

『二千年の昔、神々が神々の世界と人の世界を分けると決めた時、わたくしは人の世に残る道を選びました。その時、そののちの人の世には戦が続くことが予測されたのです。そのために、わたくしは、わたくしが統べる世界には戦がないように、その思いを込め、閉じた空間を慈悲で満たしたのです』

「はい、そのおかげで、シャンタリオには戦と呼べるほどの戦はありませんでした」
「はい、そう聞いております」
「慈悲の国シャンタリオは周囲の国とも平和に交流を続けており、私の父も平和に交易をすることができております」

 3人の侍女が口々にそう言う。

『ありがとう』

 光が侍女たちに礼を言う。

「みな、この国が平和にあるのは女神と、その女神をその身に宿す代々のシャンタルのおかげ、そのシャンタルをそばでお支えするマユリアのおかげ、そう思っております」
「そのシャンタルにお仕えできること、侍女はみな、誇りに思っているのです」

『ありがとう。それはわたくしも、代々のシャンタルの内にいて感じていることです。侍女たちがどれほどの思いでこの国のためにその身を捧げてくれているのか、よく理解しています』

「あ、ありがとうございます!」

 光の言葉にリルがそう言って頭を下げると、ミーヤとアーダも続いた。
 
 その身を女神に、宮に捧げると決めた侍女に、誰かがそんな礼を言ってくれることなどない。
 それはその者が決めたこと、当然のことと思われている。
 侍女は民から尊ばれることはあっても、決して礼を言われる存在ではなかったのだ。

「まあ、そのおかげで二千年の間、戦がなかったってのは、そりゃもう奇跡だな。俺のいたアルディナじゃ、あっちこっち戦だらけだ。おかげで俺みたいなもんでも仕事があって生きてこれたってもんだがな」
「全くだな」
「でもなあ、それ、おかしくねえ?」

 トーヤの言葉にアランがそう答えると、今度はベルがこう言い出した。

「一番えらいって光の神様、アルディナのいる世界だろ、おれたちがいたのって。なのにあっちは戦だらけ、なんでだ?」

『それは、アルディナは世界を閉じるということをなさらなかったからです』

「それはなんでなんだ?」

『アルディナのお心はわたくしには分かりません。ですが、わたくしが人の世に残ると決めたように、アルディナは神の世から人の世を見守ると決めた、それだけの違いだと思いますよ』

「そうなのか……」

 なんとなくベルが腑に落ちないという顔になりながらも、

「そんじゃさ、なんで世界を閉じなかったら戦があって、閉じたらないんだ?」

『戦がなかったことについては、今のこの場と同じことだと思ってください』

「この場といっしょ?」

『そうです』

「どういうこと?」

 ベルの素直な疑問に光が微笑ましそうに答える。

『この場は今、皆の穏やかな心に満たされています、わたくしの心にもその暖かな心が届きます。そうするとわたくしから慈悲の雨が降り、また皆の心に届き、皆の心がまたわたくしに届く』

「ああっ!」

 ベルが分かった! という風に手を叩く。

「ありがとうって言ったら相手もありがとうって言って、それにまたありがとうって言ったらありがとうって返すってあれだ!」
「分かりにくいわ」
「いでっ!」

 トーヤが軽くベルをはたく。

「なあなあ、こういうのは? おれが言ったことにトーヤがはたいたの、こういうのはまたはたいて返すってことになっていいのか?」

 ベルがぶうぶう言うことに、光が愉快そうに、

『ベルの心にはトーヤに対する憎しみがありますか?』

 と、聞いた。

「この野郎、とは思うけど、憎いとは思わないかなあ」

『ならばそれは今の心の思うこととなって返ってくると思いますよ』

「今の心の思うこと……」

 ベルがう~んと考えこみ、

「トーヤのこと、嫌いじゃないから同じこと繰り返してんだな、多分」

 と、結論を出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

巻き込まれた薬師の日常

白髭
ファンタジー
商人見習いの少年に憑依した薬師の研究・開発日誌です。自分の居場所を見つけたい、認められたい。その心が原動力となり、工夫を凝らしながら商品開発をしていきます。巻き込まれた薬師は、いつの間にか周りを巻き込み、人脈と産業の輪を広げていく。現在3章継続中です。【カクヨムでも掲載しています】レイティングは念の為です。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

処理中です...