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第四章 第四部
1 今の心の思うこと
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今までは、きっと聖なる空間であろうと思いながらも、どこか得体が知れずに不安を感じていた空間を、皆が今は共通の大事な場として認識をしていた。
『温かい……』
光がそうつぶやく。
『こんな温かい思いはどのくらいぶりでしょう』
光が微笑む。
『これから先、温かい話ばかりではありません。それはつらいことも話さねばなりません。ですが、それを乗り切る勇気をもらえました、ありがとう』
光がそう言う。
「そうか」
トーヤも短く答えた。
「だが、話してもらわんと話が進まん。続けてくれ」
『分かりました』
皆も頷き、もう一度聞く体勢に入った。
今度はトーヤだけに任せず、一人一人が皆で聞くのだという意識を感じる。
『黒のシャンタル』
光が言う。
『なにゆえ、黒のシャンタルだけが銀の髪、褐色の肌、緑の瞳を持ち、そして男性であるのか。それはマユリアの存在と関係があるのです』
「マユリアと?」
『そうです……』
声が少し言い淀むように、語尾が弱くなった。
『マユリアはその身を人の世に降ろし、その身は今はラーラという人として生きています』
「ああ、聞いた」
『マユリアがそうまでしてくれたのに、この世の淀みには到底及ばなかった』
「それなんだがな」
トーヤが聞く。
「淀みってのは一体なんなんだ?」
「うん、それわかんねえ。おれにも分かるように説明してくれ」
ベルも横からそう言う。
『二千年の昔、神々が神々の世界と人の世界を分けると決めた時、わたくしは人の世に残る道を選びました。その時、その後の人の世には戦が続くことが予測されたのです。そのために、わたくしは、わたくしが統べる世界には戦がないように、その思いを込め、閉じた空間を慈悲で満たしたのです』
「はい、そのおかげで、シャンタリオには戦と呼べるほどの戦はありませんでした」
「はい、そう聞いております」
「慈悲の国シャンタリオは周囲の国とも平和に交流を続けており、私の父も平和に交易をすることができております」
3人の侍女が口々にそう言う。
『ありがとう』
光が侍女たちに礼を言う。
「みな、この国が平和にあるのは女神と、その女神をその身に宿す代々のシャンタルのおかげ、そのシャンタルをそばでお支えするマユリアのおかげ、そう思っております」
「そのシャンタルにお仕えできること、侍女はみな、誇りに思っているのです」
『ありがとう。それはわたくしも、代々のシャンタルの内にいて感じていることです。侍女たちがどれほどの思いでこの国のためにその身を捧げてくれているのか、よく理解しています』
「あ、ありがとうございます!」
光の言葉にリルがそう言って頭を下げると、ミーヤとアーダも続いた。
その身を女神に、宮に捧げると決めた侍女に、誰かがそんな礼を言ってくれることなどない。
それはその者が決めたこと、当然のことと思われている。
侍女は民から尊ばれることはあっても、決して礼を言われる存在ではなかったのだ。
「まあ、そのおかげで二千年の間、戦がなかったってのは、そりゃもう奇跡だな。俺のいたアルディナじゃ、あっちこっち戦だらけだ。おかげで俺みたいなもんでも仕事があって生きてこれたってもんだがな」
「全くだな」
「でもなあ、それ、おかしくねえ?」
トーヤの言葉にアランがそう答えると、今度はベルがこう言い出した。
「一番えらいって光の神様、アルディナのいる世界だろ、おれたちがいたのって。なのにあっちは戦だらけ、なんでだ?」
『それは、アルディナは世界を閉じるということをなさらなかったからです』
「それはなんでなんだ?」
『アルディナのお心はわたくしには分かりません。ですが、わたくしが人の世に残ると決めたように、アルディナは神の世から人の世を見守ると決めた、それだけの違いだと思いますよ』
「そうなのか……」
なんとなくベルが腑に落ちないという顔になりながらも、
「そんじゃさ、なんで世界を閉じなかったら戦があって、閉じたらないんだ?」
『戦がなかったことについては、今のこの場と同じことだと思ってください』
「この場といっしょ?」
『そうです』
「どういうこと?」
ベルの素直な疑問に光が微笑ましそうに答える。
『この場は今、皆の穏やかな心に満たされています、わたくしの心にもその暖かな心が届きます。そうするとわたくしから慈悲の雨が降り、また皆の心に届き、皆の心がまたわたくしに届く』
「ああっ!」
ベルが分かった! という風に手を叩く。
「ありがとうって言ったら相手もありがとうって言って、それにまたありがとうって言ったらありがとうって返すってあれだ!」
「分かりにくいわ」
「いでっ!」
トーヤが軽くベルをはたく。
「なあなあ、こういうのは? おれが言ったことにトーヤがはたいたの、こういうのはまたはたいて返すってことになっていいのか?」
ベルがぶうぶう言うことに、光が愉快そうに、
『ベルの心にはトーヤに対する憎しみがありますか?』
と、聞いた。
「この野郎、とは思うけど、憎いとは思わないかなあ」
『ならばそれは今の心の思うこととなって返ってくると思いますよ』
「今の心の思うこと……」
ベルがう~んと考えこみ、
「トーヤのこと、嫌いじゃないから同じこと繰り返してんだな、多分」
と、結論を出した。
『温かい……』
光がそうつぶやく。
『こんな温かい思いはどのくらいぶりでしょう』
光が微笑む。
『これから先、温かい話ばかりではありません。それはつらいことも話さねばなりません。ですが、それを乗り切る勇気をもらえました、ありがとう』
光がそう言う。
「そうか」
トーヤも短く答えた。
「だが、話してもらわんと話が進まん。続けてくれ」
『分かりました』
皆も頷き、もう一度聞く体勢に入った。
今度はトーヤだけに任せず、一人一人が皆で聞くのだという意識を感じる。
『黒のシャンタル』
光が言う。
『なにゆえ、黒のシャンタルだけが銀の髪、褐色の肌、緑の瞳を持ち、そして男性であるのか。それはマユリアの存在と関係があるのです』
「マユリアと?」
『そうです……』
声が少し言い淀むように、語尾が弱くなった。
『マユリアはその身を人の世に降ろし、その身は今はラーラという人として生きています』
「ああ、聞いた」
『マユリアがそうまでしてくれたのに、この世の淀みには到底及ばなかった』
「それなんだがな」
トーヤが聞く。
「淀みってのは一体なんなんだ?」
「うん、それわかんねえ。おれにも分かるように説明してくれ」
ベルも横からそう言う。
『二千年の昔、神々が神々の世界と人の世界を分けると決めた時、わたくしは人の世に残る道を選びました。その時、その後の人の世には戦が続くことが予測されたのです。そのために、わたくしは、わたくしが統べる世界には戦がないように、その思いを込め、閉じた空間を慈悲で満たしたのです』
「はい、そのおかげで、シャンタリオには戦と呼べるほどの戦はありませんでした」
「はい、そう聞いております」
「慈悲の国シャンタリオは周囲の国とも平和に交流を続けており、私の父も平和に交易をすることができております」
3人の侍女が口々にそう言う。
『ありがとう』
光が侍女たちに礼を言う。
「みな、この国が平和にあるのは女神と、その女神をその身に宿す代々のシャンタルのおかげ、そのシャンタルをそばでお支えするマユリアのおかげ、そう思っております」
「そのシャンタルにお仕えできること、侍女はみな、誇りに思っているのです」
『ありがとう。それはわたくしも、代々のシャンタルの内にいて感じていることです。侍女たちがどれほどの思いでこの国のためにその身を捧げてくれているのか、よく理解しています』
「あ、ありがとうございます!」
光の言葉にリルがそう言って頭を下げると、ミーヤとアーダも続いた。
その身を女神に、宮に捧げると決めた侍女に、誰かがそんな礼を言ってくれることなどない。
それはその者が決めたこと、当然のことと思われている。
侍女は民から尊ばれることはあっても、決して礼を言われる存在ではなかったのだ。
「まあ、そのおかげで二千年の間、戦がなかったってのは、そりゃもう奇跡だな。俺のいたアルディナじゃ、あっちこっち戦だらけだ。おかげで俺みたいなもんでも仕事があって生きてこれたってもんだがな」
「全くだな」
「でもなあ、それ、おかしくねえ?」
トーヤの言葉にアランがそう答えると、今度はベルがこう言い出した。
「一番えらいって光の神様、アルディナのいる世界だろ、おれたちがいたのって。なのにあっちは戦だらけ、なんでだ?」
『それは、アルディナは世界を閉じるということをなさらなかったからです』
「それはなんでなんだ?」
『アルディナのお心はわたくしには分かりません。ですが、わたくしが人の世に残ると決めたように、アルディナは神の世から人の世を見守ると決めた、それだけの違いだと思いますよ』
「そうなのか……」
なんとなくベルが腑に落ちないという顔になりながらも、
「そんじゃさ、なんで世界を閉じなかったら戦があって、閉じたらないんだ?」
『戦がなかったことについては、今のこの場と同じことだと思ってください』
「この場といっしょ?」
『そうです』
「どういうこと?」
ベルの素直な疑問に光が微笑ましそうに答える。
『この場は今、皆の穏やかな心に満たされています、わたくしの心にもその暖かな心が届きます。そうするとわたくしから慈悲の雨が降り、また皆の心に届き、皆の心がまたわたくしに届く』
「ああっ!」
ベルが分かった! という風に手を叩く。
「ありがとうって言ったら相手もありがとうって言って、それにまたありがとうって言ったらありがとうって返すってあれだ!」
「分かりにくいわ」
「いでっ!」
トーヤが軽くベルをはたく。
「なあなあ、こういうのは? おれが言ったことにトーヤがはたいたの、こういうのはまたはたいて返すってことになっていいのか?」
ベルがぶうぶう言うことに、光が愉快そうに、
『ベルの心にはトーヤに対する憎しみがありますか?』
と、聞いた。
「この野郎、とは思うけど、憎いとは思わないかなあ」
『ならばそれは今の心の思うこととなって返ってくると思いますよ』
「今の心の思うこと……」
ベルがう~んと考えこみ、
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と、結論を出した。
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