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第四章 第三部
1 狂信者
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神官長はその時のことを思い出すと、今でも神が自分の祈りに答えて下さったことに驚愕し、奇跡が起きた感動に全身が震える。
「そうだ、それまでは先行きの見えない不安、この先もこれまで同じようにこの国にシャンタルの、女神の加護があるのだろうか、それとも人はすでに天に見放されたのではないか、その思いに胸狂おしくもだえ苦しむ日々、それがそのお声で一度に明るく開けたのだ」
神官長はうっとりとした顔で一度しっかりと目をつぶり、やがてゆっくりと開くと天を仰いでこう言った。
「私の、自分の使命を知ったのだ。そう、目覚めたのだ! 神よ、ありがとうございます、感謝いたします」
キリエが疑問に思ったことの答え、神官長が変わった原因がここにあった。
信じがたいことだが、神官長は神の声を聞き、その声に従うという「真の使命」を知り、目覚めたのだ。
元々はひっそりと学問ができればそれでいいと、奢侈に溺れることもなく、神殿での仕事も神官としての役目も苦にはならず、神官の見本のように清らかに静かに生きてきた神官長が、一時的なことであろうとその身に負うには重い神官長という責務を引き受けたことからその運命は変転していった。
あくまでも一時的な中継ぎでの神官長、そう思うからこそ引き受けただけで、本来はどこかの組織の頂点に立ちたいとか、権力を握りたいと思う種類の人間ではなかった。中継ぎを知りながら引き受けたのも、そうすることで組織が荒れることがなく、静かな生活を続けられる、2人の神官長候補の力関係がはっきりして上下が決まれば、その瞬間にもでも一神官に戻れる、長々と争いが続いて落ち着かない生活が長引くよりは、自分が引き受けることで一時的にでも冷静になれば、そう思ってのことであった。決して、間違えてもこの機会に自分が上に立ちたい、一度でもその地位を味わいたい、そう思ってのことではなかった。
元々の神官長という人は、トーヤが八年前に受けた印象のままの、事なかれ主義の人間であった。静かに読書と祈りの時間だけで人生を埋めたいと願う、そういう人間でしかなかったのだ。
神官長はこの十八年の間の苦悩と喜びをつらつらと思い出すと、ほおっと一つため息をついて、最後の一言を口にした。
「さあ、新しい時代のために、真に美しい女神の国のためにも次に向かって動かないとな。幸いにもあちらから手を差し伸べてくれたのだ、一つやりやすくなった。これもみな、天のご意思であろう」
そうして今日の当番の神官を呼び、出した食器を片付け、来客が正殿から戻ったら部屋まで案内するようにとにこやかに命じて部屋を出ていった。
ヌオリたちを見送ってから移動を開始したダルたちは、一度アランの部屋へ行き、もう少し元王宮衛士たちの動きに気をつけるためにもう一度ハリオを借りると告げ、王都へと戻って行った。
「あの時はどれだけ人数がいるか分からないってことで、俺と船長も一緒に連れてかれたけど、あの人に釘さされたからもうちょいここで待機かな」
見送った後、ディレンと2人残されたアランがそう言って、ベッドの上にのんびりと寝転がった。
昨日、アーリンが宮へ駆け戻ってダルに事情を話し、それを聞いたルギが手数にと、ディレンとアランを伴って一緒に王都のオーサ商会の持ち物である貸家へ駆けつけたのだ。
「事情が事情だけに衛士を連れて行くわけにもいかん、それでやむなく一緒に行ってもらったが、勝手に宮から出てもらっては困る状況は変わっていない、それは理解しておいてくれ」
戻った後ルギにそう言われ、アランとディレンはまた軟禁状態に戻された。
「ハリオ殿には月虹隊が力をお借りしているということ、あのことに関わりがない方ということで外に出てもらっているが、もしも何か変な動きがあるならその時にはまた、ここで大人しくしていただくことになる」
ルギはハリオとアーダが「黒のシャンタル」を巡る一連の出来事と関わりがないと思っている。当然だろう。まさか、あんな場所に召喚されて巻き込まれているなど想像もできまい。
「分かってるが、アルロス号の方は変に思いませんかね」
アランがその時のことを思いだし、憎々しげにそう言うと、
「ああ、それは大丈夫だ。この間衛士の方から伝言を頼んだ」
「いつの間に!」
「おまえさんがお手紙を書いてる時、呼ばれて俺だけが部屋を出たことがあったろうが」
「ああ」
確かにあった。というか、今も交代で話を聞きたいと呼ばれることがある。
「それだけじゃないしな」
ディレンが楽しそうにそう言って笑った。
「アランはお元気かしら」
この宮の主がちょこちょことそうおっしゃることから、マユリアの客室で何回か短く面会をしていた。
友人同士のおしゃべりということで、付き添いはいるが本当に軽く「お茶でも」そんな感じで短時間、おしゃべりを楽しみに来られる。
「次代様がご誕生になり、交代の後でマユリアにおなりになるまではこれといってなさることもないお方だ、お友達が気晴らしになってさしあげてくれてこちらも助かる」
ルギが皮肉そうにそう言ったことを思い出し、アランが嫌そうに顔をしかめ、それを見たディレンが楽しそうに笑った。
「そうだ、それまでは先行きの見えない不安、この先もこれまで同じようにこの国にシャンタルの、女神の加護があるのだろうか、それとも人はすでに天に見放されたのではないか、その思いに胸狂おしくもだえ苦しむ日々、それがそのお声で一度に明るく開けたのだ」
神官長はうっとりとした顔で一度しっかりと目をつぶり、やがてゆっくりと開くと天を仰いでこう言った。
「私の、自分の使命を知ったのだ。そう、目覚めたのだ! 神よ、ありがとうございます、感謝いたします」
キリエが疑問に思ったことの答え、神官長が変わった原因がここにあった。
信じがたいことだが、神官長は神の声を聞き、その声に従うという「真の使命」を知り、目覚めたのだ。
元々はひっそりと学問ができればそれでいいと、奢侈に溺れることもなく、神殿での仕事も神官としての役目も苦にはならず、神官の見本のように清らかに静かに生きてきた神官長が、一時的なことであろうとその身に負うには重い神官長という責務を引き受けたことからその運命は変転していった。
あくまでも一時的な中継ぎでの神官長、そう思うからこそ引き受けただけで、本来はどこかの組織の頂点に立ちたいとか、権力を握りたいと思う種類の人間ではなかった。中継ぎを知りながら引き受けたのも、そうすることで組織が荒れることがなく、静かな生活を続けられる、2人の神官長候補の力関係がはっきりして上下が決まれば、その瞬間にもでも一神官に戻れる、長々と争いが続いて落ち着かない生活が長引くよりは、自分が引き受けることで一時的にでも冷静になれば、そう思ってのことであった。決して、間違えてもこの機会に自分が上に立ちたい、一度でもその地位を味わいたい、そう思ってのことではなかった。
元々の神官長という人は、トーヤが八年前に受けた印象のままの、事なかれ主義の人間であった。静かに読書と祈りの時間だけで人生を埋めたいと願う、そういう人間でしかなかったのだ。
神官長はこの十八年の間の苦悩と喜びをつらつらと思い出すと、ほおっと一つため息をついて、最後の一言を口にした。
「さあ、新しい時代のために、真に美しい女神の国のためにも次に向かって動かないとな。幸いにもあちらから手を差し伸べてくれたのだ、一つやりやすくなった。これもみな、天のご意思であろう」
そうして今日の当番の神官を呼び、出した食器を片付け、来客が正殿から戻ったら部屋まで案内するようにとにこやかに命じて部屋を出ていった。
ヌオリたちを見送ってから移動を開始したダルたちは、一度アランの部屋へ行き、もう少し元王宮衛士たちの動きに気をつけるためにもう一度ハリオを借りると告げ、王都へと戻って行った。
「あの時はどれだけ人数がいるか分からないってことで、俺と船長も一緒に連れてかれたけど、あの人に釘さされたからもうちょいここで待機かな」
見送った後、ディレンと2人残されたアランがそう言って、ベッドの上にのんびりと寝転がった。
昨日、アーリンが宮へ駆け戻ってダルに事情を話し、それを聞いたルギが手数にと、ディレンとアランを伴って一緒に王都のオーサ商会の持ち物である貸家へ駆けつけたのだ。
「事情が事情だけに衛士を連れて行くわけにもいかん、それでやむなく一緒に行ってもらったが、勝手に宮から出てもらっては困る状況は変わっていない、それは理解しておいてくれ」
戻った後ルギにそう言われ、アランとディレンはまた軟禁状態に戻された。
「ハリオ殿には月虹隊が力をお借りしているということ、あのことに関わりがない方ということで外に出てもらっているが、もしも何か変な動きがあるならその時にはまた、ここで大人しくしていただくことになる」
ルギはハリオとアーダが「黒のシャンタル」を巡る一連の出来事と関わりがないと思っている。当然だろう。まさか、あんな場所に召喚されて巻き込まれているなど想像もできまい。
「分かってるが、アルロス号の方は変に思いませんかね」
アランがその時のことを思いだし、憎々しげにそう言うと、
「ああ、それは大丈夫だ。この間衛士の方から伝言を頼んだ」
「いつの間に!」
「おまえさんがお手紙を書いてる時、呼ばれて俺だけが部屋を出たことがあったろうが」
「ああ」
確かにあった。というか、今も交代で話を聞きたいと呼ばれることがある。
「それだけじゃないしな」
ディレンが楽しそうにそう言って笑った。
「アランはお元気かしら」
この宮の主がちょこちょことそうおっしゃることから、マユリアの客室で何回か短く面会をしていた。
友人同士のおしゃべりということで、付き添いはいるが本当に軽く「お茶でも」そんな感じで短時間、おしゃべりを楽しみに来られる。
「次代様がご誕生になり、交代の後でマユリアにおなりになるまではこれといってなさることもないお方だ、お友達が気晴らしになってさしあげてくれてこちらも助かる」
ルギが皮肉そうにそう言ったことを思い出し、アランが嫌そうに顔をしかめ、それを見たディレンが楽しそうに笑った。
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