271 / 488
第四章 第二部
21 辿り着いた者
しおりを挟む
神官長は一度だけ会ったトーヤのことを思い出し、顔をしかめた。
なんとも礼儀知らず、品のない男だった。託宣がなければとてもそんな選ばれた人間には思えなかった。
まず大臣がいくつか質問をしたのだが、名前と年齢を答えた後は、質問の度に吐き出すように、
「さあね」
「どうだかな」
「ここに来たばっかりなのにそんなこと知るわけないだろ」
などとふてくされたように答えるもので、大臣が顔を真赤にして憤慨をしていたのを思い出す。
神官長は腐っても託宣の客人であること、そして3人続けて同じ親御様が選ばれたという事実から、このような者でももしかすると国のために、国の危機を救うためにやってきたものかも知れないと自分に言い聞かせ、トーヤを丁寧に遇し、託宣について知っていることなどがないか聞き出そうとしたが、本当に何も知らないらしいと分かって、それ以上のことを聞くのはやめた。
神に選ばれたからといって、その者が神のご意思を全て知る必要はない。それは特に必要ではない、人は所詮人でしかないのだから。
そのような考えから、神官長は一応聞くだけのことを聞いて、確認をしただけであった。知らぬと分かればそれでもういい。
「だがまあ、色々と助けになってくれたことは事実かも知れん」
神官長は当時と今の宮と神殿の関係性の変化、神殿が、神官が、以前よりも尊ばれることとなった変化については好ましく思っている。嵐の夜にやってきた託宣の客人も、もしかするとその運命の変化に関わっているのかもとは思っていた。
だが当時は、神がなさることを人である我が身に分かるはずがないと、その時一度だけ、いくつかの質問をしただけでそれ以降トーヤとの関わりを持つこともしなかった。
そしてその後、交代の日に先代シャンタルが亡くなり、その翌日、聖なる湖でルギと共に棺を沈めている姿を見るまで、トーヤのことはすっかり忘れていたと言ってもいい。
だが今は違う。
「あの男が先代と共に帰ってきている」
神官長はそう確信していた。
八年前、見てしまったことの恐ろしさから高熱を出して寝付き、回復した後も、時を、日を、恐れながらビクビクと生きてきたが、そのことを誰かに確かめることもできずにいた。そうしている間に宮と神殿の関係性が少しずつ変わってきたのだ。
「宮の仕事のことで神官を少し貸していただきたい」
侍女頭からそのような要望があり、否も応もなく答えていくうちに、段々と神殿が、神官が、宮から頼られるようになっていったのだ。
先代の死に一番衝撃を受けていたのは、何よりもそばにいた侍女たちだったのだ。なんとなく宮の中が落ち着かず、まだほとんど姿を見ることもなく、奥宮の自室でばかり過ごされる赤子の当代シャンタルではなく、亡くなられる前の数日の、あの愛らしかったお姿、お声、自分の名を呼んで微笑んでくださった表情などを思い出しては悲しみ、涙に暮れる侍女たちには失敗も増え、宮の空気が沈み込んでいった。
自然、業務も怠りがちになり、侍女頭のキリエも侍女たちの気持ちが分かるだけに、無益な叱責をすることもできず、仕方なく業務の一部を手伝ってくれるように神殿に要請をしたのだった。
神官たちが侍女に力を貸すうちに、侍女、特に若い者、その後の募集で入った者たちから、神官たちが一部の仕事を引き受けることを当然と考えるような空気が広がり始めた。細かい作業だけではなく、宮には数人がかりで行うような大掛かりな作業もある。男性で女性より力のある神官たちがそのような用から引き受けてくれるようになり、体力的に大変な作業を肩代わりしてくれるようになった。そうして、いつからかそれは神官の仕事となっていった。人とは、楽に流れるものなのだ。
宮と神殿の関係が落ち着いていく中で、おそらく唯一、神官長だけが荒れ狂う嵐のような心を抱え、日に日に心身がすり減っていくのを感じていた。
そしてある日、とうとう神官長は神に自分の思いの丈をぶつけることとなった。
神官長は正殿に誰も入らぬように、おこもりをすると告げて中に入り、神のご意思を、本当のことを教えて欲しいと嘆願した。
あの、トーヤが不思議な語らいをした光る石、御神体に、自分が見たことを告げ、なぜこんなに苦しまなければいけないのかと、切々と訴えた。
神は何も答えてくれなかった。
神官長の血を吐くような訴えにも、御神体は静かに光り続け、何一つ答えてくれなかった。
しばらく訴え続け、もうこれ以上は本当に喉から血を吐く、そこまで訴え続け、神官長の体力は尽きた。
「どうしてお答えいただけないのです、神よ、シャンタルよ、ではなぜあのような物を見せたのです、あのような秘密を知らせたのです」
力尽き、床に崩折れるようにして、神官長は答えをもらうことを諦め、正殿から出ると、何事もなかったように普通の生活に戻った。
何もかも諦めたのだ。
すると、
「ようやくお言葉を頂けたのだ、神から。おまえの気持ちはよく分かった、おまえが知っていることもよく分かった、おまえはようやくたどり着いた、時が、満ちたのだ、と」
神官長は恍惚とした表情でその奇跡の瞬間を思い出していた。
なんとも礼儀知らず、品のない男だった。託宣がなければとてもそんな選ばれた人間には思えなかった。
まず大臣がいくつか質問をしたのだが、名前と年齢を答えた後は、質問の度に吐き出すように、
「さあね」
「どうだかな」
「ここに来たばっかりなのにそんなこと知るわけないだろ」
などとふてくされたように答えるもので、大臣が顔を真赤にして憤慨をしていたのを思い出す。
神官長は腐っても託宣の客人であること、そして3人続けて同じ親御様が選ばれたという事実から、このような者でももしかすると国のために、国の危機を救うためにやってきたものかも知れないと自分に言い聞かせ、トーヤを丁寧に遇し、託宣について知っていることなどがないか聞き出そうとしたが、本当に何も知らないらしいと分かって、それ以上のことを聞くのはやめた。
神に選ばれたからといって、その者が神のご意思を全て知る必要はない。それは特に必要ではない、人は所詮人でしかないのだから。
そのような考えから、神官長は一応聞くだけのことを聞いて、確認をしただけであった。知らぬと分かればそれでもういい。
「だがまあ、色々と助けになってくれたことは事実かも知れん」
神官長は当時と今の宮と神殿の関係性の変化、神殿が、神官が、以前よりも尊ばれることとなった変化については好ましく思っている。嵐の夜にやってきた託宣の客人も、もしかするとその運命の変化に関わっているのかもとは思っていた。
だが当時は、神がなさることを人である我が身に分かるはずがないと、その時一度だけ、いくつかの質問をしただけでそれ以降トーヤとの関わりを持つこともしなかった。
そしてその後、交代の日に先代シャンタルが亡くなり、その翌日、聖なる湖でルギと共に棺を沈めている姿を見るまで、トーヤのことはすっかり忘れていたと言ってもいい。
だが今は違う。
「あの男が先代と共に帰ってきている」
神官長はそう確信していた。
八年前、見てしまったことの恐ろしさから高熱を出して寝付き、回復した後も、時を、日を、恐れながらビクビクと生きてきたが、そのことを誰かに確かめることもできずにいた。そうしている間に宮と神殿の関係性が少しずつ変わってきたのだ。
「宮の仕事のことで神官を少し貸していただきたい」
侍女頭からそのような要望があり、否も応もなく答えていくうちに、段々と神殿が、神官が、宮から頼られるようになっていったのだ。
先代の死に一番衝撃を受けていたのは、何よりもそばにいた侍女たちだったのだ。なんとなく宮の中が落ち着かず、まだほとんど姿を見ることもなく、奥宮の自室でばかり過ごされる赤子の当代シャンタルではなく、亡くなられる前の数日の、あの愛らしかったお姿、お声、自分の名を呼んで微笑んでくださった表情などを思い出しては悲しみ、涙に暮れる侍女たちには失敗も増え、宮の空気が沈み込んでいった。
自然、業務も怠りがちになり、侍女頭のキリエも侍女たちの気持ちが分かるだけに、無益な叱責をすることもできず、仕方なく業務の一部を手伝ってくれるように神殿に要請をしたのだった。
神官たちが侍女に力を貸すうちに、侍女、特に若い者、その後の募集で入った者たちから、神官たちが一部の仕事を引き受けることを当然と考えるような空気が広がり始めた。細かい作業だけではなく、宮には数人がかりで行うような大掛かりな作業もある。男性で女性より力のある神官たちがそのような用から引き受けてくれるようになり、体力的に大変な作業を肩代わりしてくれるようになった。そうして、いつからかそれは神官の仕事となっていった。人とは、楽に流れるものなのだ。
宮と神殿の関係が落ち着いていく中で、おそらく唯一、神官長だけが荒れ狂う嵐のような心を抱え、日に日に心身がすり減っていくのを感じていた。
そしてある日、とうとう神官長は神に自分の思いの丈をぶつけることとなった。
神官長は正殿に誰も入らぬように、おこもりをすると告げて中に入り、神のご意思を、本当のことを教えて欲しいと嘆願した。
あの、トーヤが不思議な語らいをした光る石、御神体に、自分が見たことを告げ、なぜこんなに苦しまなければいけないのかと、切々と訴えた。
神は何も答えてくれなかった。
神官長の血を吐くような訴えにも、御神体は静かに光り続け、何一つ答えてくれなかった。
しばらく訴え続け、もうこれ以上は本当に喉から血を吐く、そこまで訴え続け、神官長の体力は尽きた。
「どうしてお答えいただけないのです、神よ、シャンタルよ、ではなぜあのような物を見せたのです、あのような秘密を知らせたのです」
力尽き、床に崩折れるようにして、神官長は答えをもらうことを諦め、正殿から出ると、何事もなかったように普通の生活に戻った。
何もかも諦めたのだ。
すると、
「ようやくお言葉を頂けたのだ、神から。おまえの気持ちはよく分かった、おまえが知っていることもよく分かった、おまえはようやくたどり着いた、時が、満ちたのだ、と」
神官長は恍惚とした表情でその奇跡の瞬間を思い出していた。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
王太子さま、側室さまがご懐妊です
家紋武範
恋愛
王太子の第二夫人が子どもを宿した。
愛する彼女を妃としたい王太子。
本妻である第一夫人は政略結婚の醜女。
そして国を奪い女王として君臨するとの噂もある。
あやしき第一夫人をどうにかして廃したいのであった。
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
森に捨てられた俺、転生特典【重力】で世界最強~森を出て自由に世界を旅しよう! 貴族とか王族とか絡んでくるけど暴力、脅しで解決です!~
WING/空埼 裕@書籍発売中
ファンタジー
事故で死んで異世界に転生した。
十年後に親によって俺、テオは奴隷商に売られた。
三年後、奴隷商で売れ残った俺は廃棄処分と称されて魔物がひしめく『魔の森』に捨てられてしまう。
強力な魔物が日夜縄張り争いをする中、俺も生き抜くために神様から貰った転生特典の【重力】を使って魔物を倒してレベルを上げる日々。
そして五年後、ラスボスらしき美女、エイシアスを仲間にして、レベルがカンスト俺たちは森を出ることに。
色々と不幸に遇った主人公が、自由気ままに世界を旅して貴族とか王族とか絡んでくるが暴力と脅しで解決してしまう!
「自由ってのは、力で手に入れるものだろ? だから俺は遠慮しない」
運命に裏切られた少年が、暴力と脅迫で世界をねじ伏せる! 不遇から始まる、最強無双の異世界冒険譚!
◇9/25 HOTランキング(男性向け)1位
◇9/26 ファンタジー4位
◇月間ファンタジー30位
魔王様は聖女の異世界アロママッサージがお気に入り★
唯緒シズサ
ファンタジー
「年をとったほうは殺せ」
女子高生と共に異世界に召喚された宇田麗良は「瘴気に侵される大地を癒す聖女についてきた邪魔な人間」として召喚主から殺されそうになる。
逃げる途中で瀕死の重傷を負ったレイラを助けたのは無表情で冷酷無慈悲な魔王だった。
レイラは魔王から自分の方に聖女の力がそなわっていることを教えられる。
聖女の力を魔王に貸し、瘴気の穴を浄化することを条件に元の世界に戻してもらう約束を交わす。
魔王ははっきりと言わないが、瘴気の穴をあけてまわっているのは魔女で、魔王と何か関係があるようだった。
ある日、瘴気と激務で疲れのたまっている魔王を「聖女の癒しの力」と「アロママッサージ」で癒す。
魔王はレイラの「アロママッサージ」の気持ちよさを非常に気に入り、毎夜、催促するように。
魔王の部下には毎夜、ベッドで「聖女が魔王を気持ちよくさせている」という噂も広がっているようで……魔王のお気に入りになっていくレイラは、元の世界に帰れるのか?
アロママッサージが得意な異世界から来た聖女と、マッサージで気持ちよくなっていく魔王の「健全な」恋愛物語です。
異世界のんびり冒険日記
リリィ903
ファンタジー
牧野伸晃(マキノ ノブアキ)は30歳童貞のサラリーマン。
精神を病んでしまい、会社を休職して病院に通いながら日々を過ごしていた。
とある晴れた日、気分転換にと外に出て自宅近くのコンビニに寄った帰りに雷に撃たれて…
================================
初投稿です!
最近、異世界転生モノにはまってるので自分で書いてみようと思いました。
皆さん、どうか暖かく見守ってくださいm(._.)m
感想もお待ちしております!
さようなら、家族の皆さま~不要だと捨てられた妻は、精霊王の愛し子でした~
みなと
ファンタジー
目が覚めた私は、ぼんやりする頭で考えた。
生まれた息子は乳母と義母、父親である夫には懐いている。私のことは、無関心。むしろ馬鹿にする対象でしかない。
夫は、私の実家の資産にしか興味は無い。
なら、私は何に興味を持てばいいのかしら。
きっと、私が生きているのが邪魔な人がいるんでしょうね。
お生憎様、死んでやるつもりなんてないの。
やっと、私は『私』をやり直せる。
死の淵から舞い戻った私は、遅ればせながら『自分』をやり直して楽しく生きていきましょう。
危険な森で目指せ快適異世界生活!
ハラーマル
ファンタジー
初めての彼氏との誕生日デート中、彼氏に裏切られた私は、貞操を守るため、展望台から飛び降りて・・・
気がつくと、薄暗い洞窟の中で、よくわかんない種族に転生していました!
2人の子どもを助けて、一緒に森で生活することに・・・
だけどその森が、実は誰も生きて帰らないという危険な森で・・・
出会った子ども達と、謎種族のスキルや魔法、持ち前の明るさと行動力で、危険な森で快適な生活を目指します!
♢ ♢ ♢
所謂、異世界転生ものです。
初めての投稿なので、色々不備もあると思いますが。軽い気持ちで読んでくださると幸いです。
誤字や、読みにくいところは見つけ次第修正しています。
内容を大きく変更した場合には、お知らせ致しますので、確認していただけると嬉しいです。
「小説家になろう」様「カクヨム」様でも連載させていただいています。
※7月10日、「カクヨム」様の投稿について、アカウントを作成し直しました。
司書ですが、何か?
みつまめ つぼみ
ファンタジー
16歳の小さな司書ヴィルマが、王侯貴族が通う王立魔導学院付属図書館で仲間と一緒に仕事を頑張るお話です。
ほのぼの日常系と思わせつつ、ちょこちょこドラマティックなことも起こります。ロマンスはふんわり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる