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第四章 第二部
16 前の宮の客
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「なんにしても、今は何もかも推測の域を出ない、キリエさんのことも気にかけながら、神官長の動きを見張るしかないな」
ディレンがそう言って、
「とにかくもう時間も遅くなってきた、いつまでもミーヤさんがこの部屋にいるのもあんまり良くなかろう」
とも言う。
「そうですね、そろそろ部屋に戻らないとセルマ様が不審に思うかも知れません」
「そうじゃなく、男2人の部屋にいつまでもこんな魅力的なお嬢さんがいるってのもな」
「まあ」
ディレンがいたずらっぽくそう言って片目を閉じて見せ、ミーヤを笑わせた。
そうしてくれているのだとミーヤにもアランにも分かった。
こんな状況だからこそ、あえてそうして空気を和ませてくれているのだ。
「なんか、そういうとこトーヤにもちょっと似てますよね。いや、逆か、トーヤがディレンさんの影響受けてんのかもな」
「あいつが俺にか? まさかそんなことはなかろう。あいつは何しろ俺を目の上のたんこぶとしか見てねえだろう。ミーヤを、あ、あっちのミーヤな、俺に取られた、ガキの頃はそう思ってただろうしな」
「そうなんですか」
「トーヤの子どもの頃か~どんなだったんだろうな」
「また色々話してやるよ」
「すげえ嫌がると思いますが」
「まあ」
ディレンとアランの会話にミーヤも思わず顔がほころぶ。
本当に、どんな子どもだったのだろう。本人からちらりと聞いた過去の話によると、ミーヤには、とても楽しく幸せな子ども時代であったとは思えるものではなかった。それでも、その時代のトーヤのそばにディレンのような人がいてくれた、そのおかげで、ほんの少しだがトーヤの過去に色がついたように思えた。
「私も楽しみにしています、また色々聞かせてください」
「ああ、一段落したらあんなこともこんなことも嫌がることも、全部話してあげますよ」
「そりゃ楽しみだなあ、ベルが大喜びしそうだ」
「そうですね」
ミーヤはクスクスと笑ってアランに同意する。
今はこれ以上のことはできない状況で、息が詰まるような状況で、一つ大きく息を吸え、ミーヤは少しだけ肩の力が抜けたと思った。
「では、本日の御用はこれですべてお済みでしょうか」
「ああ」
「はい、また明日よろしくお願いします」
「分かりました。では失礼いたします、おやすみなさい」
そうして長かった一日が終わった。
翌朝、朝食を済ませると、アーリンはダルと一緒にダルの部屋から外へと出た。ものすごく出たくなさそうに、もっと滞在したそうにしながら。
「また来ればいいだろ」
アーリンに、すねている子どもをあやすように、ダルが笑いながらそう言った。
「え、いいんですか!」
「なんでもかんでも遊びにってのは無理だけど、まあ仕事のある時とかは時々他の月虹兵も泊まったりしてるよ」
「そうなんですか!」
アーリンはもう朝だというのに、夜中の雲一つない空の中で輝く星のように目を輝かせている。
「ってことで、今日はここまで。また今度ね」
「はい」
そんな話をしていると、ダルの部屋の隣、トーヤの部屋とは反対の方からハリオが出てきた。
「あれ、そこの部屋にいたの?」
「はい、あれからここで隊長とちょっと話をして、それでそのままここに泊まることになりまして、アーダさんが世話をしてくれてました」
キリエがアランとディレンに話を聞くためにハリオをこちらに移動させたのだ。キリエもルギもハリオが大きな秘密を知っている一人だとは知らない。同じくアーダも話を知らないと思っているのでハリオの世話役にしてアーダも遠ざけていた。
「じゃああの部屋まで一緒に行こうか。俺たちも挨拶してから本部に行こうと思ってたんだ」
「そうなんですか、じゃあ一緒に」
3人で揃って歩き出そうとしたその時、ハリオがいた部屋のさらに隣の部屋の扉が開き、中から2人の男が出てきた。身に付けているのはいかにも貴族らしい、トーヤが以前着せられて嫌がっていた「大臣のおっさんのような服」であるところから、それなりの身分であろうと思われるまだ若い男2人であった。
2人と3人の目が合った。一番に動いたのはダルであった。
ダルが細長い体をいつものように二つ折りにはせず、軽く会釈をして2人の貴族らしい男に道を譲ると、アーリンも続いて同じように会釈をし、ダルの少し後ろで立ち止まった。
この国の礼儀などは全く分からないハリオも2人に続いて同じように真似をした。こういう場合、郷に入っては郷に従え、そうしておくに限ることを世界中を旅してきてよく分かっている。
2人の若い貴族は特に会釈もせず、ちらりと3人を見定めて、それが当然というように優雅に身を翻して客殿の方向へと進んでいった。
こちらの3人はしばらくその後姿を見送ってから、ゆっくりと追いつかぬようにその後を進みだした。
「俺の隣の部屋にも人がいたんですね」
ハリオが前の男たちには届かないぐらいの声でそう言う。
「そうだね」
ダルはあの男たちが誰なのか推測はついていたが、あえて言わずに軽くハリオに相槌を打った。
「誰なんでしょうね」
アーリンがやはり小さな声でダルに聞くが、
「さあ。でも誰だとしても、俺たちには関係ない人たちだよ、きっと」
ダルはそう答え、そこであの男たちの話を終えた。
ディレンがそう言って、
「とにかくもう時間も遅くなってきた、いつまでもミーヤさんがこの部屋にいるのもあんまり良くなかろう」
とも言う。
「そうですね、そろそろ部屋に戻らないとセルマ様が不審に思うかも知れません」
「そうじゃなく、男2人の部屋にいつまでもこんな魅力的なお嬢さんがいるってのもな」
「まあ」
ディレンがいたずらっぽくそう言って片目を閉じて見せ、ミーヤを笑わせた。
そうしてくれているのだとミーヤにもアランにも分かった。
こんな状況だからこそ、あえてそうして空気を和ませてくれているのだ。
「なんか、そういうとこトーヤにもちょっと似てますよね。いや、逆か、トーヤがディレンさんの影響受けてんのかもな」
「あいつが俺にか? まさかそんなことはなかろう。あいつは何しろ俺を目の上のたんこぶとしか見てねえだろう。ミーヤを、あ、あっちのミーヤな、俺に取られた、ガキの頃はそう思ってただろうしな」
「そうなんですか」
「トーヤの子どもの頃か~どんなだったんだろうな」
「また色々話してやるよ」
「すげえ嫌がると思いますが」
「まあ」
ディレンとアランの会話にミーヤも思わず顔がほころぶ。
本当に、どんな子どもだったのだろう。本人からちらりと聞いた過去の話によると、ミーヤには、とても楽しく幸せな子ども時代であったとは思えるものではなかった。それでも、その時代のトーヤのそばにディレンのような人がいてくれた、そのおかげで、ほんの少しだがトーヤの過去に色がついたように思えた。
「私も楽しみにしています、また色々聞かせてください」
「ああ、一段落したらあんなこともこんなことも嫌がることも、全部話してあげますよ」
「そりゃ楽しみだなあ、ベルが大喜びしそうだ」
「そうですね」
ミーヤはクスクスと笑ってアランに同意する。
今はこれ以上のことはできない状況で、息が詰まるような状況で、一つ大きく息を吸え、ミーヤは少しだけ肩の力が抜けたと思った。
「では、本日の御用はこれですべてお済みでしょうか」
「ああ」
「はい、また明日よろしくお願いします」
「分かりました。では失礼いたします、おやすみなさい」
そうして長かった一日が終わった。
翌朝、朝食を済ませると、アーリンはダルと一緒にダルの部屋から外へと出た。ものすごく出たくなさそうに、もっと滞在したそうにしながら。
「また来ればいいだろ」
アーリンに、すねている子どもをあやすように、ダルが笑いながらそう言った。
「え、いいんですか!」
「なんでもかんでも遊びにってのは無理だけど、まあ仕事のある時とかは時々他の月虹兵も泊まったりしてるよ」
「そうなんですか!」
アーリンはもう朝だというのに、夜中の雲一つない空の中で輝く星のように目を輝かせている。
「ってことで、今日はここまで。また今度ね」
「はい」
そんな話をしていると、ダルの部屋の隣、トーヤの部屋とは反対の方からハリオが出てきた。
「あれ、そこの部屋にいたの?」
「はい、あれからここで隊長とちょっと話をして、それでそのままここに泊まることになりまして、アーダさんが世話をしてくれてました」
キリエがアランとディレンに話を聞くためにハリオをこちらに移動させたのだ。キリエもルギもハリオが大きな秘密を知っている一人だとは知らない。同じくアーダも話を知らないと思っているのでハリオの世話役にしてアーダも遠ざけていた。
「じゃああの部屋まで一緒に行こうか。俺たちも挨拶してから本部に行こうと思ってたんだ」
「そうなんですか、じゃあ一緒に」
3人で揃って歩き出そうとしたその時、ハリオがいた部屋のさらに隣の部屋の扉が開き、中から2人の男が出てきた。身に付けているのはいかにも貴族らしい、トーヤが以前着せられて嫌がっていた「大臣のおっさんのような服」であるところから、それなりの身分であろうと思われるまだ若い男2人であった。
2人と3人の目が合った。一番に動いたのはダルであった。
ダルが細長い体をいつものように二つ折りにはせず、軽く会釈をして2人の貴族らしい男に道を譲ると、アーリンも続いて同じように会釈をし、ダルの少し後ろで立ち止まった。
この国の礼儀などは全く分からないハリオも2人に続いて同じように真似をした。こういう場合、郷に入っては郷に従え、そうしておくに限ることを世界中を旅してきてよく分かっている。
2人の若い貴族は特に会釈もせず、ちらりと3人を見定めて、それが当然というように優雅に身を翻して客殿の方向へと進んでいった。
こちらの3人はしばらくその後姿を見送ってから、ゆっくりと追いつかぬようにその後を進みだした。
「俺の隣の部屋にも人がいたんですね」
ハリオが前の男たちには届かないぐらいの声でそう言う。
「そうだね」
ダルはあの男たちが誰なのか推測はついていたが、あえて言わずに軽くハリオに相槌を打った。
「誰なんでしょうね」
アーリンがやはり小さな声でダルに聞くが、
「さあ。でも誰だとしても、俺たちには関係ない人たちだよ、きっと」
ダルはそう答え、そこであの男たちの話を終えた。
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