255 / 488
第四章 第二部
5 解雇された男
しおりを挟む
「そうそう、そういう話でした。で、なんでその話を本当だって言えるんです?」
ハリオがにこやかに男に水を向けた。
男は当然だろうが気にいらなさそうな顔を横に向け、言い渋っているようだったが、色々と考えたのだろう、渋々のようにだが口を開くことにしたようだ。
「俺は元王宮衛士なんだよ」
「なんですって!」
アーリンが驚いて声を上げた。
「元ってことはやめたんですか? 王宮衛士なんてそう簡単になれるもんじゃないし、やめる人がいるなんて思いもしなかったですよ」
「自分でやめたわけじゃない!」
男がキッと眼尻を上げてアーリンに言い返す。
「やめさせられたんがよ! 俺だって一生を王宮衛士として王宮にお仕えするつもりだった!」
悔しそうなその瞳に薄っすらと涙が浮かんでいるのが見られた。
「やめさせられたって、一体何をしたんです?」
ハリオがなだめるように少し柔らかく男に聞いた。
「何もしてない!」
「いや、なんもなしにそんなことあり得ないでしょう」
「だが事実なんだよ!」
男が血走る目で声を荒げる。
「なんもしてないのにな、いきなりおまえは王宮衛士らしからぬ振る舞いをした、だからやめろ、そう言われてクビになったんだよ! いくら理由を聞いても返ってくるのはその言葉だけだ! 誓って言うが、そんな振る舞いなどやったこともない、真面目に王宮にお仕えしてた! それにそうやってやめさせられたのは俺だけじゃない、この数年で何人もそうやってクビになって、中にはそれが原因で命を絶った奴もいるんだ!」
驚くような話が出てきた。
「えっと、それこそそれ本当? なんですが」
「本当だよ!」
ハリオが「う~ん」と言いながら真偽の程を測りかねる。
ハリオには何よりこの国についての知識がない。王宮衛士という職務についてどう捉えればいいのかも分からない。アーリンが驚いたように自分からやめる人間などいないような名誉な役職なのか、それとも実際にはアーリンのような一般人が知らないだけでちょこちょことある話なのか。それにこの男だって、本人がそう主張するように、やめさせられるようなことなどやらないような真面目な人間なのか、それとも原因になる何らかのよろしくはない行いをしていたのか、本当のところは何も分からない。
考えても何も分からないので、ハリオはしばらくの間、まだ王宮衛士についてなんらかの情報を持っているであろうアーリンに会話を任せることにした。アーリンに目配せするとアーリンもこくりと軽く頷いた。話の聞き手を交代する。
「あの、それで仕返しのためにあんな噂を流してるんですか?」
「そういう部分も多少はないではない」
男が素直に認める。
「けどな、それ以上にそういうことをする今の王様を許せないって気持ちの方が大きい。あの方のおかげでこの国の先行きは真っ暗だよ。ある方に聞いたんだがな、あの反逆を成功させるために、自分の言うことを聞く人間だけに入れ替えるために、忠誠心の強い衛士はなんだかんだ理由をつけてはやめさせていってたって話だ」
「え、まさかそんなこと」
アーリンが目を丸くてして驚くが、
「本当のことだ」
男がとても嘘だとは思えない真剣な口調でそう言うので、アーリンもどう言っていいのか分からず黙ってしまった。
「俺もその前からちょこちょことやめた奴の話を耳にして、まさか自分の意思じゃなくて王宮を辞しているなんぞ思わなかったからな、なんでだろうって不思議に思ってたもんだよ。だけどそうじゃなかった、みんなそうやってやめさせられてたんだって知った。そうやって自分の野望のために罪もない王宮衛士を切り捨てる、それも父王にマユリアを奪われまいと女神欲しさにな。そんな身勝手、非情な方が上に立って、この国の行き先はどうなると思う?」
男の言葉にハリオとアーリンは顔を見合わせた。男の言葉が本当だとしたら、それは確かにそんな者を上に立たせておいてはたまらない、そんな気持ちになろうと言うものだ。
時刻はまだ昼過ぎ、冬近い季節とはいえまだまだ日は高く外は明るいはずだが、板戸を締め切っているので室内は暗い。差し込む日のおかげでまだなんとか互いの顔が分かるぐらいではあるが。
座って話をするだけなら灯りは必要なかろうと、ランプもろうそくも点けてはいないので男の表情ははっきりとは見えないが、それでも分かる、どれほど絶望に暗く沈み、どれほど怒りに赤く染まっているのかが。
「ランプ点けますね」
アーリンが煮こごったような空気を動かしたいかのようにそう言って、ランプを探す。
カチッ、カチッ
火打ち石の音がして暗い室内に火花が弾け、いくつ目かの火花が火口に移り、か弱い火の子どもが生まれた。
アーリンが火口をふうふうと吹きながら附木に移すと、やっと小さな炎が燃え上がり、ランプの芯に移され、もう少し大きな安定した炎が燃え上がる。やっと3人の男の顔が丸い灯りの中に浮かび上がった。
普段は使っていない空き家、台所のかまどにも、暖を取る火桶にも火が入っていないので、この家の中に灯りが灯るのは久しぶりだった。
ハリオがにこやかに男に水を向けた。
男は当然だろうが気にいらなさそうな顔を横に向け、言い渋っているようだったが、色々と考えたのだろう、渋々のようにだが口を開くことにしたようだ。
「俺は元王宮衛士なんだよ」
「なんですって!」
アーリンが驚いて声を上げた。
「元ってことはやめたんですか? 王宮衛士なんてそう簡単になれるもんじゃないし、やめる人がいるなんて思いもしなかったですよ」
「自分でやめたわけじゃない!」
男がキッと眼尻を上げてアーリンに言い返す。
「やめさせられたんがよ! 俺だって一生を王宮衛士として王宮にお仕えするつもりだった!」
悔しそうなその瞳に薄っすらと涙が浮かんでいるのが見られた。
「やめさせられたって、一体何をしたんです?」
ハリオがなだめるように少し柔らかく男に聞いた。
「何もしてない!」
「いや、なんもなしにそんなことあり得ないでしょう」
「だが事実なんだよ!」
男が血走る目で声を荒げる。
「なんもしてないのにな、いきなりおまえは王宮衛士らしからぬ振る舞いをした、だからやめろ、そう言われてクビになったんだよ! いくら理由を聞いても返ってくるのはその言葉だけだ! 誓って言うが、そんな振る舞いなどやったこともない、真面目に王宮にお仕えしてた! それにそうやってやめさせられたのは俺だけじゃない、この数年で何人もそうやってクビになって、中にはそれが原因で命を絶った奴もいるんだ!」
驚くような話が出てきた。
「えっと、それこそそれ本当? なんですが」
「本当だよ!」
ハリオが「う~ん」と言いながら真偽の程を測りかねる。
ハリオには何よりこの国についての知識がない。王宮衛士という職務についてどう捉えればいいのかも分からない。アーリンが驚いたように自分からやめる人間などいないような名誉な役職なのか、それとも実際にはアーリンのような一般人が知らないだけでちょこちょことある話なのか。それにこの男だって、本人がそう主張するように、やめさせられるようなことなどやらないような真面目な人間なのか、それとも原因になる何らかのよろしくはない行いをしていたのか、本当のところは何も分からない。
考えても何も分からないので、ハリオはしばらくの間、まだ王宮衛士についてなんらかの情報を持っているであろうアーリンに会話を任せることにした。アーリンに目配せするとアーリンもこくりと軽く頷いた。話の聞き手を交代する。
「あの、それで仕返しのためにあんな噂を流してるんですか?」
「そういう部分も多少はないではない」
男が素直に認める。
「けどな、それ以上にそういうことをする今の王様を許せないって気持ちの方が大きい。あの方のおかげでこの国の先行きは真っ暗だよ。ある方に聞いたんだがな、あの反逆を成功させるために、自分の言うことを聞く人間だけに入れ替えるために、忠誠心の強い衛士はなんだかんだ理由をつけてはやめさせていってたって話だ」
「え、まさかそんなこと」
アーリンが目を丸くてして驚くが、
「本当のことだ」
男がとても嘘だとは思えない真剣な口調でそう言うので、アーリンもどう言っていいのか分からず黙ってしまった。
「俺もその前からちょこちょことやめた奴の話を耳にして、まさか自分の意思じゃなくて王宮を辞しているなんぞ思わなかったからな、なんでだろうって不思議に思ってたもんだよ。だけどそうじゃなかった、みんなそうやってやめさせられてたんだって知った。そうやって自分の野望のために罪もない王宮衛士を切り捨てる、それも父王にマユリアを奪われまいと女神欲しさにな。そんな身勝手、非情な方が上に立って、この国の行き先はどうなると思う?」
男の言葉にハリオとアーリンは顔を見合わせた。男の言葉が本当だとしたら、それは確かにそんな者を上に立たせておいてはたまらない、そんな気持ちになろうと言うものだ。
時刻はまだ昼過ぎ、冬近い季節とはいえまだまだ日は高く外は明るいはずだが、板戸を締め切っているので室内は暗い。差し込む日のおかげでまだなんとか互いの顔が分かるぐらいではあるが。
座って話をするだけなら灯りは必要なかろうと、ランプもろうそくも点けてはいないので男の表情ははっきりとは見えないが、それでも分かる、どれほど絶望に暗く沈み、どれほど怒りに赤く染まっているのかが。
「ランプ点けますね」
アーリンが煮こごったような空気を動かしたいかのようにそう言って、ランプを探す。
カチッ、カチッ
火打ち石の音がして暗い室内に火花が弾け、いくつ目かの火花が火口に移り、か弱い火の子どもが生まれた。
アーリンが火口をふうふうと吹きながら附木に移すと、やっと小さな炎が燃え上がり、ランプの芯に移され、もう少し大きな安定した炎が燃え上がる。やっと3人の男の顔が丸い灯りの中に浮かび上がった。
普段は使っていない空き家、台所のかまどにも、暖を取る火桶にも火が入っていないので、この家の中に灯りが灯るのは久しぶりだった。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
男女比世界は大変らしい。(ただしイケメンに限る)
@aozora
ファンタジー
ひろし君は狂喜した。「俺ってこの世界の主役じゃね?」
このお話は、男女比が狂った世界で女性に優しくハーレムを目指して邁進する男の物語…ではなく、そんな彼を端から見ながら「頑張れ~」と気のない声援を送る男の物語である。
「第一章 男女比世界へようこそ」完結しました。
男女比世界での脇役少年の日常が描かれています。
「第二章 中二病には罹りませんー中学校編ー」完結しました。
青年になって行く佐々木君、いろんな人との交流が彼を成長させていきます。
ここから何故かあやかし現代ファンタジーに・・・。どうしてこうなった。
「カクヨム」さんが先行投稿になります。

放課後はダンジョンに行って憂さ晴らしのつもりがいつの間にか学園最強になってたことに気が付かなかった
uni
ファンタジー
** そんなとこ誰も行かない、誰も来ないからこそボクの逃げ場だった。だからこそ、ボクだけが、その穴と出会えた。ボクはそこから人生が変わったんだと思う。 **
裕太。おとなしい子。いじめに巻き込まれるから、と友人を自分から遠ざけられる優しい子。
でも、大人は当てにならない、とわかるくらいの聡明さは持っている子。
偶然?必然?何が作用したのだろうか、彼は穴を見つけた。彼だけが見つけられる場所で。
中学3年のときから、彼のちいさな冒険は始まった。日常+放課後のダンジョン。
(不定期連載になります)
亡国の草笛
うらたきよひこ
ファンタジー
兄を追い行き倒れた少年が拾われた先は……
大好きだった兄を追って家を出た少年エリッツは国の中心たる街につくや行き倒れてしまう。最後にすがりついた手は兄に似た大きな手のひらだった。その出会いからエリッツは国をゆるがす謀略に巻きこまれていく。
※BL要素を含むファンタジー小説です。苦手な方はご注意ください。

愛しくない、あなた
野村にれ
恋愛
結婚式を八日後に控えたアイルーンは、婚約者に番が見付かり、
結婚式はおろか、婚約も白紙になった。
行き場のなくした思いを抱えたまま、
今度はアイルーンが竜帝国のディオエル皇帝の番だと言われ、
妃になって欲しいと願われることに。
周りは落ち込むアイルーンを愛してくれる人が見付かった、
これが運命だったのだと喜んでいたが、
竜帝国にアイルーンの居場所などなかった。

惣菜パン無双 〜固いパンしかない異世界で美味しいパンを作りたい〜
甲殻類パエリア
ファンタジー
どこにでもいる普通のサラリーマンだった深海玲司は仕事帰りに雷に打たれて命を落とし、異世界に転生してしまう。
秀でた能力もなく前世と同じ平凡な男、「レイ」としてのんびり生きるつもりが、彼には一つだけ我慢ならないことがあった。
——パンである。
異世界のパンは固くて味気のない、スープに浸さなければ食べられないものばかりで、それを主食として食べなければならない生活にうんざりしていた。
というのも、レイの前世は平凡ながら無類のパン好きだったのである。パン好きと言っても高級なパンを買って食べるわけではなく、さまざまな「菓子パン」や「惣菜パン」を自ら作り上げ、一人ひっそりとそれを食べることが至上の喜びだったのである。
そんな前世を持つレイが固くて味気ないパンしかない世界に耐えられるはずもなく、美味しいパンを求めて生まれ育った村から旅立つことに——。
『エンプセル』~人外少女をめぐって愛憎渦巻く近未来ダークファンタジー~
うろこ道
SF
【毎日更新•完結確約】
高校2年生の美月は、目覚めてすぐに異変に気づいた。
自分の部屋であるのに妙に違っていてーー
ーーそこに現れたのは見知らぬ男だった。
男は容姿も雰囲気も不気味で恐ろしく、美月は震え上がる。
そんな美月に男は言った。
「ここで俺と暮らすんだ。二人きりでな」
そこは未来に起こった大戦後の日本だった。
原因不明の奇病、異常進化した生物に支配されーー日本人は地下に都市を作り、そこに潜ったのだという。
男は日本人が捨てた地上で、ひとりきりで孤独に暮らしていた。
美月は、男の孤独を癒すために「創られた」のだった。
人でないものとして生まれなおした少女は、やがて人間の欲望の渦に巻き込まれてゆく。
異形人外少女をめぐって愛憎渦巻く近未来ダークファンタジー。
※九章と十章、性的•グロテスク表現ありです。
※挿絵は全部自分で描いています。

【後日談完結】10日間の異世界旅行~帰れなくなった二人の異世界冒険譚~
ばいむ
ファンタジー
剣と魔法の世界であるライハンドリア・・・。魔獣と言われるモンスターがおり、剣と魔法でそれを倒す冒険者と言われる人達がいる世界。
高校の休み時間に突然その世界に行くことになってしまった。この世界での生活は10日間と言われ、混乱しながらも楽しむことにしたが、なぜか戻ることができなかった。
特殊な能力を授かるわけでもなく、生きるための力をつけるには自ら鍛錬しなければならなかった。魔獣を狩り、いろいろな遺跡を訪ね、いろいろな人と出会った。何度か死にそうになったこともあったが、多くの人に助けられながらも少しずつ成長していった。
冒険をともにするのは同じく異世界に転移してきた女性・ジェニファー。彼女と出会い、そして・・・。
初投稿というか、初作品というか、まともな初執筆品です。
今までこういうものをまともに書いたこともなかったのでいろいろと変なところがあるかもしれませんがご了承ください。
誤字脱字等あれば連絡をお願いします。
感想やレビューをいただけるととてもうれしいです。書くときの参考にさせていただきます。
おもしろかっただけでも励みになります。
2021/6/27 無事に完結しました。
2021/9/10 後日談の追加開始
2022/2/18 後日談完結

あなたを忘れる魔法があれば
美緒
恋愛
乙女ゲームの攻略対象の婚約者として転生した私、ディアナ・クリストハルト。
ただ、ゲームの舞台は他国の為、ゲームには婚約者がいるという事でしか登場しない名前のないモブ。
私は、ゲームの強制力により、好きになった方を奪われるしかないのでしょうか――?
これは、「あなたを忘れる魔法があれば」をテーマに書いてみたものです――が、何か違うような??
R15、残酷描写ありは保険。乙女ゲーム要素も空気に近いです。
※小説家になろう、カクヨムにも掲載してます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる