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第四章 第一部 最後のシャンタル
18 ベルの疑問
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「聞きたいって言えばさ」
「なんだよ……」
脱力して物を言うのもだるいという様子のトーヤに、ベルが両眉の間を寄せながら聞く。
「前も言われたんだけどさ、おれ……あれ、なんだろな、『どうじ』ってやつ」
「ああ」
言われてトーヤも思い出した。
『童子』
確かに前もあの不思議な光はベルのことをそう呼んでいた。そして、その単語自体はなんとなく耳にしたことはあるが使ったことはない、そのぐらいの言葉と認識していた。
「あれじゃねえの、ガキってこと」
「そうなのかな」
「相手は何しろ神様だからな、おまえのことガキって呼べなくてそう呼んでんだろ」
「そうなのか」
なんとなくベルががっかりする。
「なんか、特別~みたいな感じでちょっと気になったんだよ」
「まあ気にするな」
考え込むベルの頭にトーヤがとん、っとやさしく左手を置いた。
「童子……」
入れ替わるようにシャンタルがなんとなく真面目な顔でそうつぶやく。
「なんだ、なんか気になるのか?」
そんなことより自分のことをもっと気になれよ、そう思いながらトーヤが聞く。
「うん、気になる……」
「なんだと」
そう言い出すのなら話は別だ。トーヤが真剣な顔になって話を続ける。
「おまえがひっかかるって言い出すと俺も気になるな。何がどう気になる?」
「うん、ちょっと待って。色々思い出してる……」
「それほどのことか」
トーヤがさらに真剣な表情になる。
「童子って神様の使いとか、天で神様のそばにいる子ども、みたいな意味だった気がする」
「おい……」
「おお!!」
もちろん最初がトーヤ、次がベルの上げた声だ。
「いやいやいやいや、やっぱそういうのあっちゃったりする!? やっぱおれすげえ!」
「おまえちょっと黙ってろ」
いつものように張り倒すのではなく、真面目にトーヤがベルを黙らせる。
ベルもさすがに何かを感じてそのまま黙った。
そばにいたダルの家族も黙って耳を傾ける。
「初めてベルに会った時、私も似たようなことを感じたのを思い出したんだ」
沈黙の中、シャンタルが記憶を辿るようにゆっくりと話し始める。
「あの時、新しい場所に行くために、私たちは急いでいた」
私たちとはシャンタルとトーヤだ。
「そこは、数日前に戦が終わったばかり、あちこちにベルみたいな子どもはたくさんいて、それまではその子たちの助けての声を聞かない振りで通り過ぎてきた。トーヤが言うように、キリがないから。いくらつらくても全員を助けることはできない。それまでの年月の間にトーヤにそう言われて、そして私も聞こえなくする訓練をして、そうしてその場を通り過ぎるようにしていたんだ」
「そうだったな……」
トーヤもその頃のことを思い出す。
あることから戦場へ戻ることになった。その時、シャンタルが目にする人、物、全てを助けたがったのだ。だが、戦場というのは自分の命一つすら守るのが大変な場所だ。ましてや、不思議な力を持つとはいえ、トーヤはシャンタルのことも守らねばならない。他の命のことを気にしている余裕は全くない。
「トーヤに何度も言われてやっとそうすることに少しは慣れたと思う。それでも、いつもそんな人たちの横を通り過ぎるのはつらかった」
初めてシャンタルがその時の気持ちを口にした。
トーヤもつらかろうとは思ってはいたが、それでもこうして直接聞いたのは初めてで少し驚く。
「うん、つらかったんだよ。でも仕方なかった。私も自分の命を守らなければいけなかったしね。どうやってももう一度この国に守る、マユリアとの約束を守る、そう決めて、そして見ない振りをしていたんだ。なのに……」
シャンタルが思い出し、軽く目を閉じて上を向く。
なんとも美しく神秘的な横顔であった。
「あの日、雨上がりの草原を通りがかった。それまでの助けの声を求める道を通り抜け、誰もいない草原を歩き出して私はホッとしていた。申し訳ないと思う気持ちと同じぐらいホッとしていた。そしてそのことがまたつらかった」
シャンタルが目を閉じ、静かに思い出しながら語り続ける。
「最初は風が吹いたのかと思った。どこかから何かが聞こえた。最初は音か声かも分からなかった。それで声が聞こえないかとトーヤに聞いたら、聞こえなかった、気のせいじゃないか、そう言われて一度はそうかと思ったんだ。それでもなぜか気になって気になって、その何かが聞こえたと思える方向を向いて耳をすませたら、そうしたら確かに聞こえたんだ、誰かの声が」
ざわざわと揺れる草の声、露に濡れた匂い。
シャンタルの目に耳に五感に、その時のことが蘇る。
「最初は何を言っているか分からなかった。それでもっと耳をすませたら、そうしたらその声はこう言った。来て、って……」
「え?」
ベルが驚いて声を出す。
「おれ、多分そんなこと言ってない。ってか、そんなに大きな声で誰かも呼んでないと思う」
ベルの口調は明らかに戸惑っていた。
「うん、そうなんだろうね」
シャンタルが目を開け、やさしくベルを見て微笑む。
「もしかしたらベルの声じゃなく、ベルのところに行くようにと他の誰かが言ったのかも知れない。でもその声のおかげで私はベルに見つけてもらうことができたんだよ」
――――――――――――――――――――――――――――――――
シャンタルが語る草原での出会いの物語が外伝の「銀色の魔法使い」になります。
どんな時にどんな感じで出会ったのか、ぜひご一読ください。
当時10歳のベルの目で見た出会いの物語、30話です。
「なんだよ……」
脱力して物を言うのもだるいという様子のトーヤに、ベルが両眉の間を寄せながら聞く。
「前も言われたんだけどさ、おれ……あれ、なんだろな、『どうじ』ってやつ」
「ああ」
言われてトーヤも思い出した。
『童子』
確かに前もあの不思議な光はベルのことをそう呼んでいた。そして、その単語自体はなんとなく耳にしたことはあるが使ったことはない、そのぐらいの言葉と認識していた。
「あれじゃねえの、ガキってこと」
「そうなのかな」
「相手は何しろ神様だからな、おまえのことガキって呼べなくてそう呼んでんだろ」
「そうなのか」
なんとなくベルががっかりする。
「なんか、特別~みたいな感じでちょっと気になったんだよ」
「まあ気にするな」
考え込むベルの頭にトーヤがとん、っとやさしく左手を置いた。
「童子……」
入れ替わるようにシャンタルがなんとなく真面目な顔でそうつぶやく。
「なんだ、なんか気になるのか?」
そんなことより自分のことをもっと気になれよ、そう思いながらトーヤが聞く。
「うん、気になる……」
「なんだと」
そう言い出すのなら話は別だ。トーヤが真剣な顔になって話を続ける。
「おまえがひっかかるって言い出すと俺も気になるな。何がどう気になる?」
「うん、ちょっと待って。色々思い出してる……」
「それほどのことか」
トーヤがさらに真剣な表情になる。
「童子って神様の使いとか、天で神様のそばにいる子ども、みたいな意味だった気がする」
「おい……」
「おお!!」
もちろん最初がトーヤ、次がベルの上げた声だ。
「いやいやいやいや、やっぱそういうのあっちゃったりする!? やっぱおれすげえ!」
「おまえちょっと黙ってろ」
いつものように張り倒すのではなく、真面目にトーヤがベルを黙らせる。
ベルもさすがに何かを感じてそのまま黙った。
そばにいたダルの家族も黙って耳を傾ける。
「初めてベルに会った時、私も似たようなことを感じたのを思い出したんだ」
沈黙の中、シャンタルが記憶を辿るようにゆっくりと話し始める。
「あの時、新しい場所に行くために、私たちは急いでいた」
私たちとはシャンタルとトーヤだ。
「そこは、数日前に戦が終わったばかり、あちこちにベルみたいな子どもはたくさんいて、それまではその子たちの助けての声を聞かない振りで通り過ぎてきた。トーヤが言うように、キリがないから。いくらつらくても全員を助けることはできない。それまでの年月の間にトーヤにそう言われて、そして私も聞こえなくする訓練をして、そうしてその場を通り過ぎるようにしていたんだ」
「そうだったな……」
トーヤもその頃のことを思い出す。
あることから戦場へ戻ることになった。その時、シャンタルが目にする人、物、全てを助けたがったのだ。だが、戦場というのは自分の命一つすら守るのが大変な場所だ。ましてや、不思議な力を持つとはいえ、トーヤはシャンタルのことも守らねばならない。他の命のことを気にしている余裕は全くない。
「トーヤに何度も言われてやっとそうすることに少しは慣れたと思う。それでも、いつもそんな人たちの横を通り過ぎるのはつらかった」
初めてシャンタルがその時の気持ちを口にした。
トーヤもつらかろうとは思ってはいたが、それでもこうして直接聞いたのは初めてで少し驚く。
「うん、つらかったんだよ。でも仕方なかった。私も自分の命を守らなければいけなかったしね。どうやってももう一度この国に守る、マユリアとの約束を守る、そう決めて、そして見ない振りをしていたんだ。なのに……」
シャンタルが思い出し、軽く目を閉じて上を向く。
なんとも美しく神秘的な横顔であった。
「あの日、雨上がりの草原を通りがかった。それまでの助けの声を求める道を通り抜け、誰もいない草原を歩き出して私はホッとしていた。申し訳ないと思う気持ちと同じぐらいホッとしていた。そしてそのことがまたつらかった」
シャンタルが目を閉じ、静かに思い出しながら語り続ける。
「最初は風が吹いたのかと思った。どこかから何かが聞こえた。最初は音か声かも分からなかった。それで声が聞こえないかとトーヤに聞いたら、聞こえなかった、気のせいじゃないか、そう言われて一度はそうかと思ったんだ。それでもなぜか気になって気になって、その何かが聞こえたと思える方向を向いて耳をすませたら、そうしたら確かに聞こえたんだ、誰かの声が」
ざわざわと揺れる草の声、露に濡れた匂い。
シャンタルの目に耳に五感に、その時のことが蘇る。
「最初は何を言っているか分からなかった。それでもっと耳をすませたら、そうしたらその声はこう言った。来て、って……」
「え?」
ベルが驚いて声を出す。
「おれ、多分そんなこと言ってない。ってか、そんなに大きな声で誰かも呼んでないと思う」
ベルの口調は明らかに戸惑っていた。
「うん、そうなんだろうね」
シャンタルが目を開け、やさしくベルを見て微笑む。
「もしかしたらベルの声じゃなく、ベルのところに行くようにと他の誰かが言ったのかも知れない。でもその声のおかげで私はベルに見つけてもらうことができたんだよ」
――――――――――――――――――――――――――――――――
シャンタルが語る草原での出会いの物語が外伝の「銀色の魔法使い」になります。
どんな時にどんな感じで出会ったのか、ぜひご一読ください。
当時10歳のベルの目で見た出会いの物語、30話です。
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