上 下
248 / 488
第四章 第一部 最後のシャンタル

18 ベルの疑問

しおりを挟む
「聞きたいって言えばさ」
「なんだよ……」
 
 脱力して物を言うのもだるいという様子のトーヤに、ベルが両眉りょうまゆの間を寄せながら聞く。

「前も言われたんだけどさ、おれ……あれ、なんだろな、『どうじ』ってやつ」
「ああ」

 言われてトーヤも思い出した。

童子どうじ

 確かに前もあの不思議な光はベルのことをそう呼んでいた。そして、その単語自体はなんとなく耳にしたことはあるが使ったことはない、そのぐらいの言葉と認識していた。

「あれじゃねえの、ガキってこと」
「そうなのかな」
「相手は何しろ神様だからな、おまえのことガキって呼べなくてそう呼んでんだろ」
「そうなのか」

 なんとなくベルががっかりする。

「なんか、特別~みたいな感じでちょっと気になったんだよ」
「まあ気にするな」

 考え込むベルの頭にトーヤがとん、っとやさしく左手を置いた。

「童子……」
 
 入れ替わるようにシャンタルがなんとなく真面目な顔でそうつぶやく。

「なんだ、なんか気になるのか?」

 そんなことより自分のことをもっと気になれよ、そう思いながらトーヤが聞く。

「うん、気になる……」
「なんだと」

 そう言い出すのなら話は別だ。トーヤが真剣な顔になって話を続ける。

「おまえがひっかかるって言い出すと俺も気になるな。何がどう気になる?」
「うん、ちょっと待って。色々思い出してる……」
「それほどのことか」

 トーヤがさらに真剣な表情になる。

「童子って神様の使いとか、天で神様のそばにいる子ども、みたいな意味だった気がする」
「おい……」
「おお!!」

 もちろん最初がトーヤ、次がベルの上げた声だ。

「いやいやいやいや、やっぱそういうのあっちゃったりする!? やっぱおれすげえ!」
「おまえちょっと黙ってろ」

 いつものように張り倒すのではなく、真面目にトーヤがベルを黙らせる。
 ベルもさすがに何かを感じてそのまま黙った。
 そばにいたダルの家族も黙って耳を傾ける。

「初めてベルに会った時、私も似たようなことを感じたのを思い出したんだ」

 沈黙の中、シャンタルが記憶を辿たどるようにゆっくりと話し始める。

「あの時、新しい場所に行くために、私たちは急いでいた」

 私たちとはシャンタルとトーヤだ。

「そこは、数日前に戦が終わったばかり、あちこちにベルみたいな子どもはたくさんいて、それまではその子たちの助けての声を聞かない振りで通り過ぎてきた。トーヤが言うように、キリがないから。いくらつらくても全員を助けることはできない。それまでの年月の間にトーヤにそう言われて、そして私も聞こえなくする訓練をして、そうしてその場を通り過ぎるようにしていたんだ」
「そうだったな……」

 トーヤもその頃のことを思い出す。
 あることから戦場へ戻ることになった。その時、シャンタルが目にする人、物、全てを助けたがったのだ。だが、戦場というのは自分の命一つすら守るのが大変な場所だ。ましてや、不思議な力を持つとはいえ、トーヤはシャンタルのことも守らねばならない。他の命のことを気にしている余裕は全くない。

「トーヤに何度も言われてやっとそうすることに少しは慣れたと思う。それでも、いつもそんな人たちの横を通り過ぎるのはつらかった」

 初めてシャンタルがその時の気持ちを口にした。
 トーヤもつらかろうとは思ってはいたが、それでもこうして直接聞いたのは初めてで少し驚く。

「うん、つらかったんだよ。でも仕方なかった。私も自分の命を守らなければいけなかったしね。どうやってももう一度この国に守る、マユリアとの約束を守る、そう決めて、そして見ない振りをしていたんだ。なのに……」

 シャンタルが思い出し、軽く目を閉じて上を向く。
 なんとも美しく神秘的な横顔であった。

「あの日、雨上がりの草原を通りがかった。それまでの助けの声を求める道を通り抜け、誰もいない草原を歩き出して私はホッとしていた。申し訳ないと思う気持ちと同じぐらいホッとしていた。そしてそのことがまたつらかった」

 シャンタルが目を閉じ、静かに思い出しながら語り続ける。

「最初は風が吹いたのかと思った。どこかから何かが聞こえた。最初は音か声かも分からなかった。それで声が聞こえないかとトーヤに聞いたら、聞こえなかった、気のせいじゃないか、そう言われて一度はそうかと思ったんだ。それでもなぜか気になって気になって、その何かが聞こえたと思える方向を向いて耳をすませたら、そうしたら確かに聞こえたんだ、誰かの声が」

 ざわざわと揺れる草の声、露に濡れた匂い。
 シャンタルの目に耳に五感に、その時のことが蘇る。

「最初は何を言っているか分からなかった。それでもっと耳をすませたら、そうしたらその声はこう言った。来て、って……」
「え?」

 ベルが驚いて声を出す。

「おれ、多分そんなこと言ってない。ってか、そんなに大きな声で誰かも呼んでないと思う」

 ベルの口調は明らかに戸惑っていた。

「うん、そうなんだろうね」

 シャンタルが目を開け、やさしくベルを見て微笑む。

「もしかしたらベルの声じゃなく、ベルのところに行くようにと他の誰かが言ったのかも知れない。でもその声のおかげで私はベルに見つけてもらうことができたんだよ」


――――――――――――――――――――――――――――――――

シャンタルが語る草原での出会いの物語が外伝の「銀色の魔法使い」になります。
どんな時にどんな感じで出会ったのか、ぜひご一読ください。
当時10歳のベルの目で見た出会いの物語、30話です。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

器用貧乏の意味を異世界人は知らないようで、家を追い出されちゃいました。

武雅
ファンタジー
この世界では8歳になると教会で女神からギフトを授かる。 人口約1000人程の田舎の村、そこでそこそこ裕福な家の3男として生まれたファインは8歳の誕生に教会でギフトを授かるも、授かったギフトは【器用貧乏】 前例の無いギフトに困惑する司祭や両親は貧乏と言う言葉が入っていることから、将来貧乏になったり、周りも貧乏にすると思い込み成人とみなされる15歳になったら家を、村を出て行くようファインに伝える。 そんな時、前世では本間勝彦と名乗り、上司と飲み入った帰り、駅の階段で足を滑らし転げ落ちて死亡した記憶がよみがえる。 そして15歳まであと7年、異世界で生きていくために冒険者となると決め、修行を続けやがて冒険者になる為村を出る。 様々な人と出会い、冒険し、転生した世界を器用貧乏なのに器用貧乏にならない様生きていく。 村を出て冒険者となったその先は…。 ※しばらくの間(2021年6月末頃まで)毎日投稿いたします。 よろしくお願いいたします。

転生貴族の移動領地~家族から見捨てられた三子の俺、万能な【スライド】スキルで最強領地とともに旅をする~

名無し
ファンタジー
とある男爵の三子として転生した主人公スラン。美しい海辺の辺境で暮らしていたが、海賊やモンスターを寄せ付けなかった頼りの父が倒れ、意識不明に陥ってしまう。兄姉もまた、スランの得たスキル【スライド】が外れと見るや、彼を見捨ててライバル貴族に寝返る。だが、そこから【スライド】スキルの真価を知ったスランの逆襲が始まるのであった。

【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです

yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~ 旧タイトルに、もどしました。 日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。 まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。 劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。 日々の衣食住にも困る。 幸せ?生まれてこのかた一度もない。 ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・ 目覚めると、真っ白な世界。 目の前には神々しい人。 地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・ 短編→長編に変更しました。 R4.6.20 完結しました。 長らくお読みいただき、ありがとうございました。

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

【完結】聖獣もふもふ建国記 ~国外追放されましたが、我が領地は国を興して繁栄しておりますので御礼申し上げますね~

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
 婚約破棄、爵位剥奪、国外追放? 最高の褒美ですね。幸せになります!  ――いま、何ておっしゃったの? よく聞こえませんでしたわ。 「ずいぶんと巫山戯たお言葉ですこと! ご自分の立場を弁えて発言なさった方がよろしくてよ」  すみません、本音と建て前を間違えましたわ。国王夫妻と我が家族が不在の夜会で、婚約者の第一王子は高らかに私を糾弾しました。両手に花ならぬ虫を這わせてご機嫌のようですが、下の緩い殿方は嫌われますわよ。  婚約破棄、爵位剥奪、国外追放。すべて揃いました。実家の公爵家の領地に戻った私を出迎えたのは、溺愛する家族が興す新しい国でした。領地改め国土を繁栄させながら、スローライフを楽しみますね。  最高のご褒美でしたわ、ありがとうございます。私、もふもふした聖獣達と幸せになります! ……余計な心配ですけれど、そちらの国は傾いていますね。しっかりなさいませ。 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ ※2022/05/10  「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過 ※2022/02/14  エブリスタ、ファンタジー 1位 ※2022/02/13  小説家になろう ハイファンタジー日間59位 ※2022/02/12  完結 ※2021/10/18  エブリスタ、ファンタジー 1位 ※2021/10/19  アルファポリス、HOT 4位 ※2021/10/21  小説家になろう ハイファンタジー日間 17位

いらないスキル買い取ります!スキル「買取」で異世界最強!

町島航太
ファンタジー
 ひょんな事から異世界に召喚された木村哲郎は、救世主として期待されたが、手に入れたスキルはまさかの「買取」。  ハズレと看做され、城を追い出された哲郎だったが、スキル「買取」は他人のスキルを買い取れるという優れ物であった。

【完結】呪われ令嬢、猫になる

やまぐちこはる
ファンタジー
エザリア・サリバーは大商団の令嬢だ。一人娘だったが、母が病で儚くなると、父の再婚相手とその連れ子に忌み嫌われ、呪いをかけられてしまう。 目が覚めたとき、エザリアは自分がひどく小さくなっていることに気がついた。呪われて猫になってしまっていたのだ。メイドが来たとき、猫がいたために、箒で外に追い出されてしまう。 しかたなくとぼとぼと屋敷のまわりをうろついて隠れるところを探すと、義母娘が自分に呪いをかけたことを知った。 ■□■ HOT女性向け44位(2023.3.29)ありがとうございますw(ΦωΦ)w  子猫六匹!急遽保護することになり、猫たんたちの医療費の助けになってくれればっという邪な思いで書きあげました。 平日は三話、6時・12時・18時。 土日は四話、6時・12時・18時・21時に更新。 4月30日に完結(予約投稿済)しますので、サクサク読み進めて頂けると思います。 【お気に入り】にポチッと入れて頂けましたらうれしいですっ(ΦωΦ) ★かんたん表紙メーカー様で、表紙を作ってみたのですが、いかがでしょうか。 元画像はうちの18歳の三毛猫サマ、白猫に化けて頂きました。

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

処理中です...