黒のシャンタル 第三話 シャンタリオの動乱

小椋夏己

文字の大きさ
上 下
247 / 488
第四章 第一部 最後のシャンタル

17 大事な子

しおりを挟む
童子どうじ

 光がやわらかくやわらかく、ベルを包むように舞い降りた。

『あなたのその素直な感性がわたくしはうれしいのです』

 光はそう言うと、ベルのほおに優しく、愛しく、慈しむように触れた。

『あなたの申す通り、夜の闇は恐ろしいばかりのものではありません。人は、夜の暗さに昼の疲れを癒やし、生命いのちを休ませる』

「あ、確かにそうだよな」
 
 ベルが素直に認める。

「昼ばっかりだったら休む暇なくて人間、疲れて死んじまう」

 うんうん、と大きく納得する姿にまた光が喜ぶように舞う。

『それを人は往々おうおうにして忘れがちです。光と同じに闇も尊く大切なものだということを』

「けどさ」
「おい!」

 ベルが光にちょっと物申すという感じで話しかけ、そのあまりに親しげな様子に思わずトーヤがとがめる声をあげた。

「なんだよ」
「なんだって、おまえよ」
「だからなんだよ」
「……いや、いい」
「なんだよほんとに」

 ベルのあまりに普段と同じ様子に、思わずトーヤも黙ってしまった。

「そんでさ」

 ベルは気にせぬ様子で光にまた話しかける。

「さっきの話だけどさ、でもやっぱり悪いことってのは暗い中であると思うぜ」
「ぜ!」

 今度の声はリルだ。やはりあまりに動じないベルの物言いに思わず口から出たようだ。

『それは確かにあるでしょう。悪や魔は闇から生まれてきたものですから』

「やっぱりそうか」

 なんとも無頼ぶらいなベルの物言いに、もう誰も何も言わず黙って聞いているしかない。

『ですが、悪や魔は闇の中だけにあるものでしょうか?』

「う~ん」 

 ベルが少し考えて、

「いや、違うな。真っ昼間の町のど真ん中で人のふところから財布スる奴もいるし、気にいらないやつのことぶっ殺すやつだっているよな。何より戦の大部分は昼日中ひるひなかだ、そんな明るいところで人の殺し合いしてんだから、光の中にも悪いはいっぱいあるってことだ」

 と、答えた。

『その通りです』

 同じ言葉でもなんとなく光の反応がうれしげだ。

『闇の中にも光の中にも良いこと悪いこと、善と悪、どちらも存在するのです』

「いや、あんたの言う通りだ」
「あんたって!」

 今度はダルだ。仮にも神様相手に小娘であるベルがあんた扱い。八年前、トーヤと知り合った頃にも同じような驚き方をしたことはあるが、なんだか懐かしく新鮮ながら、相手は本物の神様なのだからと思わず声が出てしまったようだ。

「なんだよダル」
「……いや、いい」
「なんだよほんとに」

 ダルもトーヤと同じく黙ってしまった。

「話戻すけど、あんたの言う通りだと思った。だから俺は夜や闇ってのは怖くないんだな。怖いのは魔なんだ」

『そうかも知れませんね』

 光が楽しそうに何度も瞬く。

『今、この場はとても安定しています。おそらくまだしばらくはこうして話をしておられるのでしょうが、一度皆にも童子の申したこと、光と闇のことを考えてもらいたいのです』

 これは今日はここまでだという宣言だと思われた。

「おい、ちょっと待てよ!!」

 まだ聞きたいことがあったトーヤが急いで呼び止めるが、

『また会いましょう』

 そう言う声が光と共に遠ざかり、気がつけば皆、元の部屋の中にいた。

 ぽかり!

「いてっ!」

 戻った途端にトーヤがベルに一発おみまいする。

「なにすんだよ!」
「なにすんだじゃねえよ! おまえのおかげであいつ帰っちまったじゃねえかよ!」
「おれのせいじゃねえよ!」
「おまえのせいだろが!」
「おれのせいじゃねえって!」
「いーや、おまえのせいだ!」
「はい、そこまで」

 いつもはアランが止めるところをナスタがそう言って止める。ダルの実家、カースの村長宅に滞在するようになってからのお約束だ。

「まーた本気になっちまうだろうが」
「おっかさんごめん」
「すまんな」
「まったく……」
 
 ナスタが呆れ返ったという顔で続ける。

「なーんでもういい親父の年になって、そんな小さい子と本気で張り合うかねえ」
「な! 親父っておふくろさん!」

 ナスタの言葉に飛び上がるほど驚くトーヤを「ぷっ」と一つ笑ってからベルが素早く逃げる。動揺と一瞬の遅れでトーヤの手の平は空を切った。

「親父だろうが、うちのダルと同じ年」
「いや、そりゃ年はそうかもだけどさ」
「年が一緒ならあんたも親父でいいだろう。ダルは実際5人の子の親父だしさ」
「おふくろさん~」

 トーヤの情けなさそうな声にシャンタルが声を出して楽しそうに笑った。

「さすがのトーヤもお母さんにかかると手も足も出ないね」
「おまえまで……」
 
 なんとなく四面楚歌しめんそか孤立無援こりつむえんのトーヤである。

「けどな、ほんとうにまだ聞きたいことはあったんだよ」
「それはそうだけど、また今度って言ってたし、それは今度でいいんじゃない?」
「悠長なこと言ってんなよな……」

 最後の方は小さくなる声に合わせたように、トーヤが広間の敷物の上に座り込む。

「第一な」

 キッとシャンタルを睨みつけながらトーヤがやや立ち直る。

「聞きたかったのはおまえのことなんだぞ」
「私の」
「そうだよ。おまえ、ラデルさんがおまえの父親って聞いてどう思ったんだよ」
「ああ、それか」

 なんとも重要な話題にもいつもの何も能天気な表情で、まるで買い物から帰って買い忘れでも思い出したような言い方に、さすがにトーヤがまた脱力した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

三度目の嘘つき

豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」 「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」 なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!

ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」 ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。 「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」 そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。 (やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。 ※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

処理中です...