黒のシャンタル 第三話 シャンタリオの動乱

小椋夏己

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第四章 第一部 最後のシャンタル

17 大事な子

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童子どうじ

 光がやわらかくやわらかく、ベルを包むように舞い降りた。

『あなたのその素直な感性がわたくしはうれしいのです』

 光はそう言うと、ベルのほおに優しく、愛しく、慈しむように触れた。

『あなたの申す通り、夜の闇は恐ろしいばかりのものではありません。人は、夜の暗さに昼の疲れを癒やし、生命いのちを休ませる』

「あ、確かにそうだよな」
 
 ベルが素直に認める。

「昼ばっかりだったら休む暇なくて人間、疲れて死んじまう」

 うんうん、と大きく納得する姿にまた光が喜ぶように舞う。

『それを人は往々おうおうにして忘れがちです。光と同じに闇も尊く大切なものだということを』

「けどさ」
「おい!」

 ベルが光にちょっと物申すという感じで話しかけ、そのあまりに親しげな様子に思わずトーヤがとがめる声をあげた。

「なんだよ」
「なんだって、おまえよ」
「だからなんだよ」
「……いや、いい」
「なんだよほんとに」

 ベルのあまりに普段と同じ様子に、思わずトーヤも黙ってしまった。

「そんでさ」

 ベルは気にせぬ様子で光にまた話しかける。

「さっきの話だけどさ、でもやっぱり悪いことってのは暗い中であると思うぜ」
「ぜ!」

 今度の声はリルだ。やはりあまりに動じないベルの物言いに思わず口から出たようだ。

『それは確かにあるでしょう。悪や魔は闇から生まれてきたものですから』

「やっぱりそうか」

 なんとも無頼ぶらいなベルの物言いに、もう誰も何も言わず黙って聞いているしかない。

『ですが、悪や魔は闇の中だけにあるものでしょうか?』

「う~ん」 

 ベルが少し考えて、

「いや、違うな。真っ昼間の町のど真ん中で人のふところから財布スる奴もいるし、気にいらないやつのことぶっ殺すやつだっているよな。何より戦の大部分は昼日中ひるひなかだ、そんな明るいところで人の殺し合いしてんだから、光の中にも悪いはいっぱいあるってことだ」

 と、答えた。

『その通りです』

 同じ言葉でもなんとなく光の反応がうれしげだ。

『闇の中にも光の中にも良いこと悪いこと、善と悪、どちらも存在するのです』

「いや、あんたの言う通りだ」
「あんたって!」

 今度はダルだ。仮にも神様相手に小娘であるベルがあんた扱い。八年前、トーヤと知り合った頃にも同じような驚き方をしたことはあるが、なんだか懐かしく新鮮ながら、相手は本物の神様なのだからと思わず声が出てしまったようだ。

「なんだよダル」
「……いや、いい」
「なんだよほんとに」

 ダルもトーヤと同じく黙ってしまった。

「話戻すけど、あんたの言う通りだと思った。だから俺は夜や闇ってのは怖くないんだな。怖いのは魔なんだ」

『そうかも知れませんね』

 光が楽しそうに何度も瞬く。

『今、この場はとても安定しています。おそらくまだしばらくはこうして話をしておられるのでしょうが、一度皆にも童子の申したこと、光と闇のことを考えてもらいたいのです』

 これは今日はここまでだという宣言だと思われた。

「おい、ちょっと待てよ!!」

 まだ聞きたいことがあったトーヤが急いで呼び止めるが、

『また会いましょう』

 そう言う声が光と共に遠ざかり、気がつけば皆、元の部屋の中にいた。

 ぽかり!

「いてっ!」

 戻った途端にトーヤがベルに一発おみまいする。

「なにすんだよ!」
「なにすんだじゃねえよ! おまえのおかげであいつ帰っちまったじゃねえかよ!」
「おれのせいじゃねえよ!」
「おまえのせいだろが!」
「おれのせいじゃねえって!」
「いーや、おまえのせいだ!」
「はい、そこまで」

 いつもはアランが止めるところをナスタがそう言って止める。ダルの実家、カースの村長宅に滞在するようになってからのお約束だ。

「まーた本気になっちまうだろうが」
「おっかさんごめん」
「すまんな」
「まったく……」
 
 ナスタが呆れ返ったという顔で続ける。

「なーんでもういい親父の年になって、そんな小さい子と本気で張り合うかねえ」
「な! 親父っておふくろさん!」

 ナスタの言葉に飛び上がるほど驚くトーヤを「ぷっ」と一つ笑ってからベルが素早く逃げる。動揺と一瞬の遅れでトーヤの手の平は空を切った。

「親父だろうが、うちのダルと同じ年」
「いや、そりゃ年はそうかもだけどさ」
「年が一緒ならあんたも親父でいいだろう。ダルは実際5人の子の親父だしさ」
「おふくろさん~」

 トーヤの情けなさそうな声にシャンタルが声を出して楽しそうに笑った。

「さすがのトーヤもお母さんにかかると手も足も出ないね」
「おまえまで……」
 
 なんとなく四面楚歌しめんそか孤立無援こりつむえんのトーヤである。

「けどな、ほんとうにまだ聞きたいことはあったんだよ」
「それはそうだけど、また今度って言ってたし、それは今度でいいんじゃない?」
「悠長なこと言ってんなよな……」

 最後の方は小さくなる声に合わせたように、トーヤが広間の敷物の上に座り込む。

「第一な」

 キッとシャンタルを睨みつけながらトーヤがやや立ち直る。

「聞きたかったのはおまえのことなんだぞ」
「私の」
「そうだよ。おまえ、ラデルさんがおまえの父親って聞いてどう思ったんだよ」
「ああ、それか」

 なんとも重要な話題にもいつもの何も能天気な表情で、まるで買い物から帰って買い忘れでも思い出したような言い方に、さすがにトーヤがまた脱力した。
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