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第四章 第一部 最後のシャンタル
10 黒のシャンタルの託宣
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「マユリア、大丈夫ですか。しっかりなさってください、すぐに侍医を呼びます」
そう言って立ち上がろうとしたキリエの腕をしっかりと握り、マユリアが、
「大丈夫です、誰も呼ばないで」
すがるようにそう言う。
「ですが」
「いえ、大丈夫です。呼ばないで」
キリエはこの方のこんなご様子を見るのは初めてで、どうしたものかと迷ったが、
「大丈夫です」
真っ青な顔で唇を噛み締めながら、それでもそうおっしゃるのに従い、言う通りにした。
「本当に大丈夫でいらっしゃるのですね」
「ええ。それより次代様に面会を、一刻も早く」
「はい……」
主の命は絶対だ。では侍女頭のやるべきことは決まっている。今すぐにもマユリアを次代様にお会わせせねばならない。だが……
「実は、もう一つお伝えしなくてはならないことがございます」
「もう一つ?」
「はい」
キリエはできるだけ早く事実をお伝えしなくてはならなくなったことを知った。
主の命である。可能な限り早く次代様とのご面会を実現しなくてならない。そのためにもすぐにもお伝えする必要がある。黙ったままでお会わせすることはできない。
激しく動揺する今のマユリアにお伝えすることは躊躇われたが、主の命は何よりも優先される。そしてその命がさきほどのシャンタルの託宣によることだともキリエは理解していた。
――黒のシャンタル――
間違いなくその単語が主を今の状態にした。ならば、その託宣のあった今、ここでそれを話せということなのだろう。
「シャンタルもよくお聞きください」
キリエは2人の主に向かって粛々と事実を報告をする。
「次代様は、男性でいらっしゃいました」
キリエの覚悟の果ての報告に、主たちはほとんど何も反応をお見せにならない。
もしかしたら意味を受け止め兼ねていらっしゃるのだろうか。
キリエがそっと視線を上げて主の様子を伺うと、果たしてマユリアのご表情は呆然とし、虚空を見上げておられる。もうお一方、シャンタルは少し困ったような表情でマユリアを見上げていらっしゃった。
「シャンタル……」
長くはないが空白の時間があり、ようやくマユリアがまだ幼い主に声をかける。
「一月ほどの後、わたくしは人に戻り、今度はシャンタルがマユリアにおなりになられます。ご存じですよね」
「ええ」
「マユリアにだけ伝わる託宣というものがございます。さきほどの託宣に出てこられました黒のシャンタルの託宣です」
「黒の、シャンタル……」
シャンタルが噛みしめるようにゆっくりとその言葉を口にした。
「そうです。その方に対する古い古い託宣がございます。交代の後、シャンタルがマユリアにおなりになられたらその託宣について知ることになるでしょう」
「わたくしがマユリアになった後に知ることになる託宣、ですか」
「そうです」
「黒のシャンタルの託宣」
「そうです」
マユリアが悲しげな顔になる。
「今はまだそれ以上のことは申し上げられません。ですが、その黒のシャンタルがお生まれになられたようです。歴代のマユリアが恐れていた時が来てしまいました」
マユリアはそこまでを口にすると、小さな主を思い切りその胸に抱きしめた。
「ああ、どうして今なのでしょう! まさか今、この時に託宣の方がお生まれになられるなんて! どうか夢であってほしい……」
「マユリア……」
マユリアは黙ったまま、まだ幼さの残る主をギュッと抱きしめ、きつく目をつぶった。
「そのお方は大変な力をお持ちになってお生まれになられました。そのためなのです。その肌も、髪も、目も。そして男性であられることも」
「マユリア……」
キリエには黙って2人の主を見つめるしかできなかった。
自分は人の身、託宣に関わることのできぬ些末な存在でしかない。
だが、我が子のような年齢の2人の主のその様子を見、胸が激しく痛んだ。
もしも、もしもできることならば変わって差し上げたい。心の底からそう思った。
「キリエ……」
「はい」
その声が届いたかのようにマユリアがキリエに声をかけた。
「次代様にお会いする前に少し話したいことがあります。わたくしの部屋へ」
「はい」
「シャンタル」
「はい」
マユリアは侍女頭から主に視線を移し、包み込むように優しい瞳で話しかける。
「気が急くばかりにいらぬことを申し上げてしまったかも知れません。申し訳ありませんでした。ですが、この先、シャンタルと次代様がお進みになられる道は真に茨の道。その道を行くためにお手伝いできるよう、少しキリエと話してまいります。ご不安はおありでしょうが、しばらくお待ちいただけますか」
「ええ、分かりました」
「キリエ、シャンタル付きの侍女をここへ」
「はい」
キリエは急いで鈴を鳴らし、今日の当番の侍女をシャンタルの応接へ呼んだ。
「マユリアが次代様にご面会になられます。その間シャンタルのおそばに」
「はい」
そうして幼い主と侍女を残し、マユリアとキリエはマユリアの宮殿にある応接室へと移動した。
マユリアは雨の一滴ほども秘密を漏らすまいとするかのように、キリエ以外の侍女や衛士を全員を宮殿の外へ出した。
「大事な話があるのです。少しゆっくりと聞いてください」
そう言われ、キリエは勧められた椅子に腰をかけ、主の話を聞くことになった。
そう言って立ち上がろうとしたキリエの腕をしっかりと握り、マユリアが、
「大丈夫です、誰も呼ばないで」
すがるようにそう言う。
「ですが」
「いえ、大丈夫です。呼ばないで」
キリエはこの方のこんなご様子を見るのは初めてで、どうしたものかと迷ったが、
「大丈夫です」
真っ青な顔で唇を噛み締めながら、それでもそうおっしゃるのに従い、言う通りにした。
「本当に大丈夫でいらっしゃるのですね」
「ええ。それより次代様に面会を、一刻も早く」
「はい……」
主の命は絶対だ。では侍女頭のやるべきことは決まっている。今すぐにもマユリアを次代様にお会わせせねばならない。だが……
「実は、もう一つお伝えしなくてはならないことがございます」
「もう一つ?」
「はい」
キリエはできるだけ早く事実をお伝えしなくてはならなくなったことを知った。
主の命である。可能な限り早く次代様とのご面会を実現しなくてならない。そのためにもすぐにもお伝えする必要がある。黙ったままでお会わせすることはできない。
激しく動揺する今のマユリアにお伝えすることは躊躇われたが、主の命は何よりも優先される。そしてその命がさきほどのシャンタルの託宣によることだともキリエは理解していた。
――黒のシャンタル――
間違いなくその単語が主を今の状態にした。ならば、その託宣のあった今、ここでそれを話せということなのだろう。
「シャンタルもよくお聞きください」
キリエは2人の主に向かって粛々と事実を報告をする。
「次代様は、男性でいらっしゃいました」
キリエの覚悟の果ての報告に、主たちはほとんど何も反応をお見せにならない。
もしかしたら意味を受け止め兼ねていらっしゃるのだろうか。
キリエがそっと視線を上げて主の様子を伺うと、果たしてマユリアのご表情は呆然とし、虚空を見上げておられる。もうお一方、シャンタルは少し困ったような表情でマユリアを見上げていらっしゃった。
「シャンタル……」
長くはないが空白の時間があり、ようやくマユリアがまだ幼い主に声をかける。
「一月ほどの後、わたくしは人に戻り、今度はシャンタルがマユリアにおなりになられます。ご存じですよね」
「ええ」
「マユリアにだけ伝わる託宣というものがございます。さきほどの託宣に出てこられました黒のシャンタルの託宣です」
「黒の、シャンタル……」
シャンタルが噛みしめるようにゆっくりとその言葉を口にした。
「そうです。その方に対する古い古い託宣がございます。交代の後、シャンタルがマユリアにおなりになられたらその託宣について知ることになるでしょう」
「わたくしがマユリアになった後に知ることになる託宣、ですか」
「そうです」
「黒のシャンタルの託宣」
「そうです」
マユリアが悲しげな顔になる。
「今はまだそれ以上のことは申し上げられません。ですが、その黒のシャンタルがお生まれになられたようです。歴代のマユリアが恐れていた時が来てしまいました」
マユリアはそこまでを口にすると、小さな主を思い切りその胸に抱きしめた。
「ああ、どうして今なのでしょう! まさか今、この時に託宣の方がお生まれになられるなんて! どうか夢であってほしい……」
「マユリア……」
マユリアは黙ったまま、まだ幼さの残る主をギュッと抱きしめ、きつく目をつぶった。
「そのお方は大変な力をお持ちになってお生まれになられました。そのためなのです。その肌も、髪も、目も。そして男性であられることも」
「マユリア……」
キリエには黙って2人の主を見つめるしかできなかった。
自分は人の身、託宣に関わることのできぬ些末な存在でしかない。
だが、我が子のような年齢の2人の主のその様子を見、胸が激しく痛んだ。
もしも、もしもできることならば変わって差し上げたい。心の底からそう思った。
「キリエ……」
「はい」
その声が届いたかのようにマユリアがキリエに声をかけた。
「次代様にお会いする前に少し話したいことがあります。わたくしの部屋へ」
「はい」
「シャンタル」
「はい」
マユリアは侍女頭から主に視線を移し、包み込むように優しい瞳で話しかける。
「気が急くばかりにいらぬことを申し上げてしまったかも知れません。申し訳ありませんでした。ですが、この先、シャンタルと次代様がお進みになられる道は真に茨の道。その道を行くためにお手伝いできるよう、少しキリエと話してまいります。ご不安はおありでしょうが、しばらくお待ちいただけますか」
「ええ、分かりました」
「キリエ、シャンタル付きの侍女をここへ」
「はい」
キリエは急いで鈴を鳴らし、今日の当番の侍女をシャンタルの応接へ呼んだ。
「マユリアが次代様にご面会になられます。その間シャンタルのおそばに」
「はい」
そうして幼い主と侍女を残し、マユリアとキリエはマユリアの宮殿にある応接室へと移動した。
マユリアは雨の一滴ほども秘密を漏らすまいとするかのように、キリエ以外の侍女や衛士を全員を宮殿の外へ出した。
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