234 / 488
第四章 第一部 最後のシャンタル
4 取次役と侍女頭
しおりを挟む
「あの」
ミーヤは持っていたパンを皿に置くと、顔を上げて視線をセルマに合わせる。
「どうしました」
「あの」
ミーヤはそこで一度言葉を止めたが、思い切ったように言葉を続けた。
「キリエ様にセルマ様を頼むと言われました」
ミーヤはセルマの反応を気にしたが、セルマは表面的には何も変化を見せることはなく、
「そうですか」
と一言だけ答えた。
2人はそのまま、黙ったまま夕食を食べ終え、ミーヤが食器を部屋の外に待機している衛士に渡し、もう一度部屋の中へ戻る。
戻った後はセルマはいつもと変わりなく、
「そういえば、今日読んだ本にこんなことがあったのですが」
と、いつものように普通に会話を始める。
「まあ、そうなのですね、存じませんでした」
「らしいですよ」
ミーヤもにこやかに話を聞きながら、そのいつもの様子、あまりに変わらない様子にかえって胸が締め付けられる。
セルマの覚悟はそれほど強いのだと思い知らされた気がした。何があろうとも自分の覚悟の前には取るに足らない問題だと考えているから、だからこその平静なのだろうと。
今のセルマは以前ほどキリエに対して敵対心を持たなくなったようにミーヤには見えていた。あの水音の事件の時にキリエが自分のことを心配してくれていることを認めたくなくても認めるしかなかったのだろう。リルからあの「アベル」を借りてきてくれて、そして守って助けてくれた事実を。
ミーヤが無罪放免になった後もセルマのそばにいた方がいいと判断し、そのまま世話係を命じて同じ部屋に置いてくれたこともあるかも知れない。色んなことを総合して考えると、どう考えてもキリエがセルマを心配しているとしか判断できないはずだ。
だが、それでも、ミーヤとこうして普通のように見える関係を築いていてもなお、セルマは自分に与えられた役割を全うしようと決めている。ここから出たら元のままの「取次役」に戻ってキリエを宮から追い落とし、自分が権力者になることで世界を助けるのだと決めているのだ。何があってもその決意は揺らぐことがないのだろう。
そして一方のキリエ、こちらもセルマのことを気にかけその身を案じてはいるが、何があろうとも侍女頭として、この宮の主たちのためならば何でもする。決して取次役の思うようにはさせない。その決意が揺らぐことはない。
以前、キリエがセルマが自分と似ていると言ったことがあったが、本当にその通りだとミーヤは痛感していた。どちらも信念の前には自分の命など塵と同じ程度にしか思っていないかのようだ。
そしてその信念を貫かせている原因はあの「秘密」なのだろう。本当なら自分のような末端の若い侍女が決して知ることなどないであろう、この世の危機にすらつながるかも知れない「秘密」
(キリエ様もセルマ様もその危機からこの宮を、この世界を守るために自分の正義を貫いていらっしゃる。なぜその方向がこんなにも違ってしまわなければいけないのだろう)
ミーヤの胸を痛みが貫く。まるでキリエとセルマの信念の矢が撃ち抜くかのように。
(そして今度は……)
今まで、キリエと自分たちの向く方向は同じだと思っていた。だが、もしかすると今まで2本だと思っていた矢は3本なのかも知れない。
(それでも……)
自分は自分として、信じる方向に向かって進むしかないのだ。
(この部屋を出た先はどちらに続いているのだろう)
ミーヤは自分もいつもと同じ様子でセルマと話を続けながら、そう考えながら今だけの時間を過ごしていた。
キリエがミーヤに「エリス様ご一行を宮に入れるな」と命じ、アランが「何も状況は変わらない」と言ったその翌日、三度目の召喚があった。
「なんか、今度はあっさり来ちまった感じだな」
「全くだな」
カースにいるはずのトーヤのつぶやきに、宮にいるはずのアランがそう答える。
「もうみんな慣れちまったからじゃねえの」
ベルも平然とそうつっこむ。
「そうかも知れねえな。さて、一応点呼な」
トーヤが全員が揃っていることを確認する。今回はダルはリルの部屋だ。
「ダルの位置だけ確認すりゃ問題なさそうだな」
トーヤがからかうようにそう言ってから、
「さて、御大、始めようぜ」
光に声をかけた。
光は何も言わずきらきらと光の波を全員に送ってきた。
まるで祝福の光のように。
「で、だな、前回は女神のマユリアが自分の体を使えって言ってラーラ様が生まれてきて、そのおかげで無事に次の親御様が見つかった、そこまでだったよな」
『その通りです』
「で、その親御様から無事にマユリアが生まれてきた。ちょっと考えてたんだがな、今度から普通にマユリアっつーたらこのマユリア、2回目の任期中の超べっぴんの当代マユリアのことでいいかな? 元の女神様なんてのが登場して話がややこしくて仕方ねえや。あんたの侍女の女神様の時は女神マユリアって呼ぶよ」
『ええ構いません』
トーヤの提案に光が少し面白そうに柔らかな光を放つ。
「そんじゃその当代マユリアが無事生まれました、その続きな。今度はいよいよこいつ、『黒のシャンタル』の話だ」
『分かりました』
今度は光が何かを忌むように、少し悲しげに光の波を送ってきたように皆が感じた。
ミーヤは持っていたパンを皿に置くと、顔を上げて視線をセルマに合わせる。
「どうしました」
「あの」
ミーヤはそこで一度言葉を止めたが、思い切ったように言葉を続けた。
「キリエ様にセルマ様を頼むと言われました」
ミーヤはセルマの反応を気にしたが、セルマは表面的には何も変化を見せることはなく、
「そうですか」
と一言だけ答えた。
2人はそのまま、黙ったまま夕食を食べ終え、ミーヤが食器を部屋の外に待機している衛士に渡し、もう一度部屋の中へ戻る。
戻った後はセルマはいつもと変わりなく、
「そういえば、今日読んだ本にこんなことがあったのですが」
と、いつものように普通に会話を始める。
「まあ、そうなのですね、存じませんでした」
「らしいですよ」
ミーヤもにこやかに話を聞きながら、そのいつもの様子、あまりに変わらない様子にかえって胸が締め付けられる。
セルマの覚悟はそれほど強いのだと思い知らされた気がした。何があろうとも自分の覚悟の前には取るに足らない問題だと考えているから、だからこその平静なのだろうと。
今のセルマは以前ほどキリエに対して敵対心を持たなくなったようにミーヤには見えていた。あの水音の事件の時にキリエが自分のことを心配してくれていることを認めたくなくても認めるしかなかったのだろう。リルからあの「アベル」を借りてきてくれて、そして守って助けてくれた事実を。
ミーヤが無罪放免になった後もセルマのそばにいた方がいいと判断し、そのまま世話係を命じて同じ部屋に置いてくれたこともあるかも知れない。色んなことを総合して考えると、どう考えてもキリエがセルマを心配しているとしか判断できないはずだ。
だが、それでも、ミーヤとこうして普通のように見える関係を築いていてもなお、セルマは自分に与えられた役割を全うしようと決めている。ここから出たら元のままの「取次役」に戻ってキリエを宮から追い落とし、自分が権力者になることで世界を助けるのだと決めているのだ。何があってもその決意は揺らぐことがないのだろう。
そして一方のキリエ、こちらもセルマのことを気にかけその身を案じてはいるが、何があろうとも侍女頭として、この宮の主たちのためならば何でもする。決して取次役の思うようにはさせない。その決意が揺らぐことはない。
以前、キリエがセルマが自分と似ていると言ったことがあったが、本当にその通りだとミーヤは痛感していた。どちらも信念の前には自分の命など塵と同じ程度にしか思っていないかのようだ。
そしてその信念を貫かせている原因はあの「秘密」なのだろう。本当なら自分のような末端の若い侍女が決して知ることなどないであろう、この世の危機にすらつながるかも知れない「秘密」
(キリエ様もセルマ様もその危機からこの宮を、この世界を守るために自分の正義を貫いていらっしゃる。なぜその方向がこんなにも違ってしまわなければいけないのだろう)
ミーヤの胸を痛みが貫く。まるでキリエとセルマの信念の矢が撃ち抜くかのように。
(そして今度は……)
今まで、キリエと自分たちの向く方向は同じだと思っていた。だが、もしかすると今まで2本だと思っていた矢は3本なのかも知れない。
(それでも……)
自分は自分として、信じる方向に向かって進むしかないのだ。
(この部屋を出た先はどちらに続いているのだろう)
ミーヤは自分もいつもと同じ様子でセルマと話を続けながら、そう考えながら今だけの時間を過ごしていた。
キリエがミーヤに「エリス様ご一行を宮に入れるな」と命じ、アランが「何も状況は変わらない」と言ったその翌日、三度目の召喚があった。
「なんか、今度はあっさり来ちまった感じだな」
「全くだな」
カースにいるはずのトーヤのつぶやきに、宮にいるはずのアランがそう答える。
「もうみんな慣れちまったからじゃねえの」
ベルも平然とそうつっこむ。
「そうかも知れねえな。さて、一応点呼な」
トーヤが全員が揃っていることを確認する。今回はダルはリルの部屋だ。
「ダルの位置だけ確認すりゃ問題なさそうだな」
トーヤがからかうようにそう言ってから、
「さて、御大、始めようぜ」
光に声をかけた。
光は何も言わずきらきらと光の波を全員に送ってきた。
まるで祝福の光のように。
「で、だな、前回は女神のマユリアが自分の体を使えって言ってラーラ様が生まれてきて、そのおかげで無事に次の親御様が見つかった、そこまでだったよな」
『その通りです』
「で、その親御様から無事にマユリアが生まれてきた。ちょっと考えてたんだがな、今度から普通にマユリアっつーたらこのマユリア、2回目の任期中の超べっぴんの当代マユリアのことでいいかな? 元の女神様なんてのが登場して話がややこしくて仕方ねえや。あんたの侍女の女神様の時は女神マユリアって呼ぶよ」
『ええ構いません』
トーヤの提案に光が少し面白そうに柔らかな光を放つ。
「そんじゃその当代マユリアが無事生まれました、その続きな。今度はいよいよこいつ、『黒のシャンタル』の話だ」
『分かりました』
今度は光が何かを忌むように、少し悲しげに光の波を送ってきたように皆が感じた。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

白い結婚はそちらが言い出したことですわ
来住野つかさ
恋愛
サリーは怒っていた。今日は幼馴染で喧嘩ばかりのスコットとの結婚式だったが、あろうことかバーティでスコットの友人たちが「白い結婚にするって言ってたよな?」「奥さんのこと色気ないとかさ」と騒ぎながら話している。スコットがその気なら喧嘩買うわよ! 白い結婚上等よ! 許せん! これから舌戦だ!!

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈

無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる