黒のシャンタル 第三話 シャンタリオの動乱

小椋夏己

文字の大きさ
上 下
233 / 488
第四章 第一部 最後のシャンタル

 3 味方は味方として

しおりを挟む
 ミーヤはアランたちとの話を終え、その日の仕事を終えるとセルマのいる部屋へと戻ってきた。

「ただいま戻りました」
「おかえりなさい」

 今ではこの挨拶も普通になっている。朝晩、普通の挨拶をし、会話をし、そしてセルマはミーヤを送り出し、夜には出迎えてくれる。

「今日は少し遅くなってしまいました、もうお食事は済ませられましたか?」
「いえ、おまえが帰るのを待とうかと思って」
「あら、ありがとうございます。じゃあすぐに支度を」
「一日忙しく過ごして疲れているのでしょう、私がやるからおまえは座っていなさい。私はおかげさまでゆっくり一日を過ごさせてもらっているのですから」
「そうですか、では、そうさせていただきます。ありがとうございます」

 そうしてミーヤはセルマが食事を運んでくれるのを待ち、一緒に食事をした。

 とくにこれということのない会話をしながら食事をする。朝と夜はこうして2人で食べるが、昼は大体が別になる。ミーヤはセルマが一緒に食事をするこの時間を楽しんでくれているように感じていた。

 セルマは昼間はほとんど本を読んで過ごしている。自室から積んでいた本を衛士に運んでもらい、忙しくて読めなかった本をゆっくりと読んでいるそうだ。それで食事の時にはその本の話題になることも多い。読み終わった本を貸してくれることもある。ミーヤがそれを読む時間はあまり取れないが、ゆっくりでいいと言って読むのをかすこともない。

 宮の中の話はあまりしない、というよりはできないと言った方がいいのだろう。ミーヤがセルマの担当になっていることを知っている者でも、セルマの様子を聞いてくる者はほぼ皆無だ。誰もが取次役の今後、次の侍女頭の成り行きを見定めているのかも知れない。

 本の話と互いの幼い時の話、そんなことをごくごく普通に話している。なんとも不思議な関係になってしまったとミーヤは思うが、その状況にも慣れてしまった。

 ミーヤがそんなことを考えながらパンをちぎって口に運んでいると、

「今だけだからです」

 突然セルマが少し下向きで、スープをスプーンで口に運びながらそう言った。

「そうですね」

 ミーヤもまたパンをちぎって口に運ぶ。

 これは時々ある儀式のような約束事だ。
 今日のようにキリエからあんな話をされたミーヤの心の動きにセルマが何か反応をしたという特別なことではない。ふと、何気ない話をしている時、今のように食事の途中、ベッドに入って就寝しようかという時、状況は関係なくセルマがふと思い出したようにそう言い、ミーヤがこう答える。
 まるで、この作業をおこたると自分の使命を忘れてしまいそうだとでもいうようにセルマがそう言い、ミーヤもそれに返事をしている。

「今日のパンは少し甘めですね」
「そうでしたか?」
「はい、ご飯というよりは少し焼き菓子のような」
「ああ、言われてみれば確かに少しパサッとしてそういう感じがないこともないですね」
「ですよね? ということは、これは置いておいてご飯の後のおやつに残した方がいいのでしょうか」
「何を言ってるんですか」

 セルマがミーヤが真剣にそう言うのにぷっと笑った。

「おやつならおまえが持って帰ってきてくれたいつもの焼き菓子、あれがあります。だからご飯として食べてしまいなさい」
「はい、分かりました」
「って、子どもですか」

 もう一度セルマがそう言って笑い、ミーヤも笑った。

 風景だけを切り取ると、セルマが容疑者として拘束され、ミーヤがその世話役、監視役とでも言っていい役目で同室にいるとはとても思えない。単なる同室の同僚、同居の友人同士にしか見えない。

 だがそれはセルマが確認するように「今だけ」なのだ。この部屋から前の立場のまま出ることになったとしたら、その時はセルマは取次役に戻る。セルマが宣言しているようにミーヤたちの敵に戻るのだ。

 ミーヤにはセルマをとても敵には思えなかった。
 キリエが言う通り、自分にも他人にも厳しい人、融通が利かない人ではあると思うが、その実は誠実な人だ。誠実だからこそ過ちを許せないのだろう。そう思う。
 
 そしてそう考えながら、ミーヤの大切な友人であり味方でもあるリルの言葉を思い出す。

『敵と決めた人には敵として扱うのが、相手に対する礼儀だと思うの』

『だって、あちらはこちらを敵と思っているのに、そんな相手に同情されたらどう思うかしら』

『味方は味方、そして敵は敵として見てあげるのも大事なことだと思うわ』

 そしてトーヤもその通りだと言っていた。今ではミーヤもそのことを納得している。

 だが……

(やはり私にはこの方を敵だとは思えない。セルマ様はこの世界のために、この国のために、そう思ってご自分の気持ちを曲げてまで正しいと思われる道を歩く覚悟を決めていらっしゃる)

 この世界のためだとセルマは何度も言っていた。ならば、それは同じ目的を持っている者、味方ではないのだろうか。ミーヤはそう考えるが、どう考えてもセルマがやっていることを正しいとは思えなかった。

(ここを出ても同じ方向を向いていられるように、味方である道を探すことはできないのだろうか)

 変わらぬ様子でパンを口に運びながら、ミーヤは心がギュッと縮んだように感じていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

弟に裏切られ、王女に婚約破棄され、父に追放され、親友に殺されかけたけど、大賢者スキルと幼馴染のお陰で幸せ。

克全
ファンタジー
「アルファポリス」「カクヨム」「ノベルバ」に同時投稿しています。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

処理中です...