黒のシャンタル 第三話 シャンタリオの動乱

小椋夏己

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第三章 第四部 女神の秘密

 8 伝説の魔女

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 光が二度目にトーヤたちを集めたその日、ダルはそのまままたリルの実家、オーサ商会に世話になり、翌日も月虹隊本部へ顔を出した後、またリュセルスの様子を見に出ていた。

「隊長、お供します!」

 前回ダルにくっついて回った予備兵のアーリンがまたそう言って付いて来たが、今回も様子を見て回るだけなので好きにさせておいた。

『あの子ね、ダルに憧れてるのよ』

 リルにそう言われてむずがゆい気持ちはあったが、好意を持たれるのは悪い気はしなかったことと、子どもたちと離れてさびしい気持ちから、なんとなくそうさせる気になったようだ。

 街はざわついていた。昨日、前国王が逃げたらしいという噂を耳にした時より、さらにざわつきが大きくなっていたように感じる。

「一体なんで騒いでるんでしょうね」

 アーリンも戸惑いながらそう言う。

「ちょっと何を言ってるのか聞いてみよう」
「あ、俺行ってきます」
「うん、頼めるかな」
「はい!」

 ダルに仕事を頼まれ、アーリンはうれしそうに少し離れた場所に集まっている男たちのところへ駆けて行った。
 仮にもダルは月虹隊隊長、それなりに顔を知られているので、中には顔を見て避ける者もいる。その点、まだ子どもに近いアーリンなら何か聞けるかも知れない。

 ダルはアーリンが男たちに話しかける姿を遠目に見ながら、聞こえてくる言葉に耳を向ける。

「だから、そうじゃないんだって」
「いやあ、だってまさか、そんなこと」
「いや、そう聞いたんだから間違いないって」

 そういう言葉はあちらこちらから聞こえるものの、肝心のその先になるとみんな声をひそめてしまって聞き取れない。よほど気をつけて話をしているらしい。

(なんの話をしてるんだろうなあ)
 
 そう思っていたら、アーリンが大慌てでこちらに駆け戻ってくる姿が見えた。

「何か聞けた?」
「聞けたなんてもんじゃないですよ!」

 そう言ってアーリンが聞かせてくれた話は、それこそとんでもない話だった。

「本部に戻ってから宮へ行ってくる」
「あ、俺も!」
「分かった」
 
 話を直接聞いてきたのはアーリンである。もしかしたら必要になるかも知れない。そう思ってダルは承諾し、急いで本部に戻ると馬で連れ立って宮へと急いだ。

 宮の正門で衛士たちがアーリンを警戒して一悶着ひともんちゃくあったが、

「だから、俺は月虹隊隊長だって知ってるだろ? その部下のアーリン、怪しい人間じゃないって。俺が責任を持つから。なんだったらルギ隊長に聞いてきてくれてもいいけど、その間に報告が遅れて後で大問題になっても、俺は知らないからね」

 と、ダルが珍しく強く押し通し、無事にアーリンを連れて宮へと入れた。

 おかげでアーリンがダルを見る目には、一層尊敬の光がキラキラ状態になったのだが、それは気にしないことにした。それほどのことを聞いてしまったということだ。

「侍女頭のキリエ様に取り次ぎを頼みます。急ぎの用です」

 月虹兵の待機室にちょうどミーヤがいたのでそう言って急がせる。またアーリンの目が一層光を帯びるが気にしない。

「お急ぎですか、ではこのままご一緒に。あの、そちらの方は」
「ああ、予備兵のアーリンです。ちょっとこの子の話も聞いてもらいたいので、一緒で」
「分かりました」

 ダルとミーヤの間でとんとんと話が進み、アーリンは2人に付いて、初めて宮のさらに奥へと足を踏み入れた。

「キリエ様にお取次ぎを。月虹隊のダル隊長がお急ぎの御用だそうです」

 キリエ付きの侍女がミーヤの様子に急いで連絡を取り、今回は執務室ではなく、ダルの部屋で話をすることになった。

 ダルの部屋にアーダがお茶と茶菓子を運んで来て、3人で待機していると、間もなくキリエが部屋へと訪れた。

「急ぎだそうですね。そして、同行の者があるとのことでこちらが出向きました」

 素性のよく知られていない者をこれ以上の奥には入れないと暗に言っている。

 アーリンは初めて目にする侍女頭の存在感に圧倒されて、ダルの部屋に入れてもらえた興奮もしおれ果て、顔が真っ青になっている。

「キリエ様、これは私の部下のアーリンと言います。予備兵として月虹兵になってまだ二月ふたつきあまりですので、失礼があるかも知れませんがお許しください」
「それほどの急ぎですか」
「はい」
「では話を聞きましょう」

 キリエはそう言って、ダルが勧めた席に腰を下ろす。アーリンの真向かいで、ますますアーリンが緊張をする。

「はい、まずは私から説明させていただきます。昨日の報告の続きになりますが、とんでもない話が飛び交っています」
「とんでもない話?」
「はい」

 ダルが一度言葉を止めて、落ち着かせるようにゆっくりと続ける。

「前国王陛下は宮からおられなくなったのではなく、国王陛下に、その、亡きものにされたのだ、と」
「なんですって」
 
 さすがのキリエが少し声を高くする。

「私の姿を認めた街の者たちは、仮にも月虹隊隊長の耳に自分の言葉が入ることで、何かよろしくないことでも起きるのを恐れたのでしょう、何も聞くことはできなかったのですが、このアーリンが聞いてきてくれました」
「その者がですか」
「はい」
「では聞きましょう。何を聞きました」

 アーリンが伝説の魔女と目を合わせて石になった旅人のように固まった。
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