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第三章 第三部 政争の裏側

10 夢見

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 王宮から前国王捜索を命じられたキリエはすぐさま宮を閉鎖し、

「不審な者、不審なことがないか調べなさい」

 と、前国王が行方不明との内容は伏せて侍女と衛士たちに命じた。

 衛士は即座にルギの指示の元、非番の者まで全員駆り出され、宮の入れるだけの区域は隅々まで何かがないかを探す。

 衛士たちが入れない奥宮をはじめとする場所では、キリエ自らが信頼できる侍女たちを率いて捜索を行うことになる。

「宮に不審者が忍び込んだかも知れない、それを調べよと王宮からのめいが参りました」
「えっ?」

 自分の言葉にマユリアが少し動揺を見せたようにキリエには見えた。
 それは宮に不審者が入り込んだと聞けばそのような反応もあっておかしくはないが、いつもと少し何かが違うように感じたのだ。マユリアが生まれる前から見守り続けているキリエから見ても、ほんの些細ささいな違和感ではあったが、それにしても初めての反応のように思えた。

「何かご心配なことでもおありでしょうか」
「いえ、特に何も」

 マユリアはトーヤが忍び込んだことがバレたのではないかと思ったのだ。
 少し早く打つ心臓の鼓動を押さえ、できるだけ落ち着いた口調で尋ねる。

「それよりも、その不審者とは一体何者なのです? そんなことが今までこの宮で起きたことはありませんが」
「おっしゃる通りです」

 キリエは王宮からの命令の内容をマユリアに告げた。

「では、前国王様が姿を消されたということですか」
「はい。まだあまり問題を大きくしたくはないということで、捜索する相手は伏せて調査するようにとのことでした」
「そうでしたか」
 
 マユリアはトーヤのことではなかったことにホッとする。
 その一連の様子にキリエはやはり違和感を感じた。

「あの」
「なんですか」
「もしかして、お体の具合がお悪いのでは」
「え?」
「いえ、なんだか少しご様子が違うように感じたものですから」
「そうですか?」

 やはりキリエの目はごまかせないとマユリアは観念する。

「実は、少しばかり夢見が悪かったのです。そこへ不審者との知らせ、少しばかりドキリとしたようです」
「さようでしたか」

 キリエは少しホッとしたが、それだけで終わらせるわけにはいかない事態であるとも判断をした。

「マユリアのご覧になる夢はただの夢ではない可能性がございます。内容をお話しいただけますか」
「まあ」

 マユリアは言ってしまったことに少しばかり苦笑をする。確かに夢見は良くはなかったのだが、それを口にするつもりもなかったからだ。

「言うほどのことではないのですが」
「おそれいります」

 キリエは引くつもりはないようだった。

「分かりました。でも本当に些細な夢なのです」
「はい」
「トーヤがこの部屋に来ました」
「え?」
「夢の話です」

 マユリアは笑って見せる。

「わたくしに、交代の後どうしたいのかと聞きました」
「さようですか……」
「わたくしがどう答えようかと迷っている間に目が覚めました。それだけのことです」

 本当のことであった。
 昨日、トーヤがいきなり今いるここ、応接室に現れて「どうしたいのか」と聞いてきた。その夜、今話したような内容の夢を見たのだ。

「あの、それが良くない夢見であったのでしょうか」
「ええ」

 もう一度マユリアがほころぶように笑う。

「どうしたいのかを答えられなかったのですから。もしもきちんと答えられていたらどうなっていたのか、そう考えると少しばかり心が重かったのです」
「さようでしたか」

 キリエは納得をしたようだった。

 なぜキリエやルギに話してはいけないのかは聞けなかったが、トーヤはわざわざ釘を刺していったのだ、それなりの理由があるのだろう。話してよくなったら言うと言っていたのだから、それまでは約束を守らなければならない。

「トーヤのことです、きっとマユリアのことを気にかけてくれているはずです。そのせいかも知れません」
「そうですね」
「ですから、きっとここにも来るでしょう。その時にきちんとお答えになられたら、何も問題はないかと思います」
「そうですか」
 
 マユリアは心が軽くなったように感じた。
 トーヤが帰った後、夢は叶わぬこともあるのだと胸苦しい思いを感じたことが、キリエの一言で晴れたようだった。
 夢とは違い、現実のマユリアはきちんと自分の意思をトーヤに伝えた。ではきっと良い方向に進んでくれるはずだ。そう思うと安心できた。マユリアはトーヤを信じているとあらためて思った。

「そうですね、トーヤならきっとわたくしの夢を叶えてくれるでしょうね」
「ええ、そう思います。ですから、少しお休みになられてはいかがでしょう。部屋の警備はいつもより厳重にさせますので、どうぞお気を楽になさってください」

 きっと前国王のこと言っているのだろうとマユリアは思った。

「国王であらせられたお方、決してそこまで無茶なことはなさらないだろうとは思いますが、マユリアのお身の回りは念のため、これまで以上にしっかりとお守りいたします。ですから、ご安心ください」
「キリエ、ありがとう」

 前国王がトーヤのようにいきなりこの部屋に現れてマユリアに触れる、連れ出す、などということはなかろうが、それでもいつもより注意を払うにこしたことはないだろう。
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