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第三章 第三部 政争の裏側
7 撤退
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「ほんっと、今日はあんたらしくねえよな。まあそういうのも悪くねえけど」
「そうですか?」
そう言いながらマユリアはまだ笑っている。
「案外、それが本当のあんたなのかもな」
「え?」
「いや、本当のあんたのこと、分かってなかったんじゃないかってさっき考えてた」
「…………」
マユリアが笑いの余韻を残しながら、それでも今度は少し悲しそうな、それでいてうれしそうとも受け止められる表情になる。
「あんまり時間もねえし、決めることだけ決めときたい。そんじゃ、結論としてはとりあえずここから逃げるってことでいいか? そうでないと、どの夢も叶いそうにないからな」
「ええ」
マユリアが短く、だがしっかりと即答する。
「じゃあ、そういうことで動く。そんでいいな?」
「ええ、お願いいたします」
「交代だけは終わらせないとだから、そのへんも色々考える」
「ええ」
「それだけ終わらせたら、そのままここからとんずらするからな」
「とんずら?」
「とっととここから逃げるってことだ」
「そうなのですね」
また笑顔に戻った。
「家族と住みたいとか、ここに戻りたいってのはすぐには無理だ」
「分かっています」
「とりあえず逃げねえと、あんたは後宮って豪華な檻の中に入れられちまうことになる。それが嫌だって分かっただけで今日はいいや」
そう言うとトーヤはさっと立ち上がり、
「そんじゃ、他のやつに見つからないうちに撤退するか」
「とんずらするのですね?」
「そういうこった」
聞いてまたマユリアが楽しそうに笑う。
「あんたがそうやって笑ってたこと、ここから逃げること決めてくれたことを聞いたらあいつ、きっと喜ぶよ」
「あいつ……」
誰のことか分かった。
「ミーヤたちから今のご様子を伺いました。あのままに成長なさっていると」
「まあ、そういう感じだな。能天気のままだ、安心しろ」
またマユリアが笑う。
「色々聞いたかも知れねえが、結局戦場に戻ることになっちまってな」
「伺いました。ですが、トーヤが守ってくださって、本当の意味で昔のままだともアランが」
「そうか」
トーヤが薄く笑った。
「そんじゃ行く、またなんとか連絡する」
「はい」
「あっと、これはキリエさんにも内緒だ。もちろんルギの旦那にもな」
「そうなのですか」
「まあ、こっちにも色々あってな。言ってもいいってなったらまたそれも言うから、それまで黙っといてくれ」
「分かりました」
「そんじゃな」
言うだけ言うと、トーヤはマユリアの横を通り過ぎ、堂々と入り口から出ていった。応接室の豪華な扉が音もなく閉まる。
「まあ、どこから入って来たのかと思ったら、堂々とあそこから入ってきていたのですね」
そう言ってマユリアはこれもらしくなく、音を立てるように勢いよくソファに座り、また声を殺しながら笑った。
「ああ、楽しいこと……だからわたくしはトーヤが好きなのです。まだ夢を見ていていい、夢は本当に楽しい」
そうしてひとしきり笑ったが、
「でも、夢は夢で終わることもある。そのこともよく分かっています」
そう言って深い陰を浮かべた。
トーヤはそのまま、来た道を反対に辿って「葬送の扉」から出ると、身を隠しながら洞窟までたどり着いた。そこまで来たらもう後は何も問題なく、するすると洞窟を抜け、無事にカースの村長宅まで帰ってきた。
「早かったな!」
ベルがそう言って驚くほど、順調に神様の住まいへ忍び込んで戻ってきた。
「あんなもん、俺様にかかったらなんてこたあないからな」
「あんなもんって、一応宮殿じゃねえかよ」
「八年前に逃げ道探すのに調べるだけ調べてんだよ、どうってことない」
「そうなのか」
確かにベルとシャンタルもああして無事に逃げ出せたが、それならそうでちょっと心配になる。
「あのさ」
「なんだ」
「あそこ、大丈夫なのか?」
トーヤにもベルの言わんとすることがよく分かった。
「心配になるよな」
「うん」
「それでもな、その心配なところも、もしかしたらそのためじゃねえかなと思った」
「そうか」
もしかしたらそうなのかも知れないとベルも思った。
「でもさ、でも、そうしたらさ、きっとこの先もいける、大丈夫ってことだよな?」
「ああ、そういうことかもな」
トーヤはそう言ってベルの頭にとんっと一つ頭を乗せ、そのまま顔をシャンタルに向け、
「逃してくれってよ」
と、だけ伝えた。
「そう」
シャンタルが少しホッとしたように一言だけ答える。
「言うほど簡単じゃねえとは思うけど、とりあえず道は決まった」
「うん」
「どうしたいのか聞いた」
「うん」
「海の向こうに行ってみたい、親のところに戻りたい、それから、今のままでいたい、そう言ってた」
「うん」
「どれも本心だって言ってたが、それも分からんでもない、やりたいことが一つと決まったもんでもないしな」
「うん」
「ってことでな、とりあえずそれには一度逃げた方がいいだろうってことになったんだ」
「そうなの」
「ああ、閉じ込められちまったら叶う夢も叶わねえだろ?」
「そうだね。私もそうして逃げたから、今こうしてる」
「ああ。それとな、おまえのことも聞いてた」
「私のこと?」
「ああ、相変わらず能天気だって言っといたからな」
「ありがとう」
シャンタルがマユリアと同じように楽しそうに笑った。
「そうですか?」
そう言いながらマユリアはまだ笑っている。
「案外、それが本当のあんたなのかもな」
「え?」
「いや、本当のあんたのこと、分かってなかったんじゃないかってさっき考えてた」
「…………」
マユリアが笑いの余韻を残しながら、それでも今度は少し悲しそうな、それでいてうれしそうとも受け止められる表情になる。
「あんまり時間もねえし、決めることだけ決めときたい。そんじゃ、結論としてはとりあえずここから逃げるってことでいいか? そうでないと、どの夢も叶いそうにないからな」
「ええ」
マユリアが短く、だがしっかりと即答する。
「じゃあ、そういうことで動く。そんでいいな?」
「ええ、お願いいたします」
「交代だけは終わらせないとだから、そのへんも色々考える」
「ええ」
「それだけ終わらせたら、そのままここからとんずらするからな」
「とんずら?」
「とっととここから逃げるってことだ」
「そうなのですね」
また笑顔に戻った。
「家族と住みたいとか、ここに戻りたいってのはすぐには無理だ」
「分かっています」
「とりあえず逃げねえと、あんたは後宮って豪華な檻の中に入れられちまうことになる。それが嫌だって分かっただけで今日はいいや」
そう言うとトーヤはさっと立ち上がり、
「そんじゃ、他のやつに見つからないうちに撤退するか」
「とんずらするのですね?」
「そういうこった」
聞いてまたマユリアが楽しそうに笑う。
「あんたがそうやって笑ってたこと、ここから逃げること決めてくれたことを聞いたらあいつ、きっと喜ぶよ」
「あいつ……」
誰のことか分かった。
「ミーヤたちから今のご様子を伺いました。あのままに成長なさっていると」
「まあ、そういう感じだな。能天気のままだ、安心しろ」
またマユリアが笑う。
「色々聞いたかも知れねえが、結局戦場に戻ることになっちまってな」
「伺いました。ですが、トーヤが守ってくださって、本当の意味で昔のままだともアランが」
「そうか」
トーヤが薄く笑った。
「そんじゃ行く、またなんとか連絡する」
「はい」
「あっと、これはキリエさんにも内緒だ。もちろんルギの旦那にもな」
「そうなのですか」
「まあ、こっちにも色々あってな。言ってもいいってなったらまたそれも言うから、それまで黙っといてくれ」
「分かりました」
「そんじゃな」
言うだけ言うと、トーヤはマユリアの横を通り過ぎ、堂々と入り口から出ていった。応接室の豪華な扉が音もなく閉まる。
「まあ、どこから入って来たのかと思ったら、堂々とあそこから入ってきていたのですね」
そう言ってマユリアはこれもらしくなく、音を立てるように勢いよくソファに座り、また声を殺しながら笑った。
「ああ、楽しいこと……だからわたくしはトーヤが好きなのです。まだ夢を見ていていい、夢は本当に楽しい」
そうしてひとしきり笑ったが、
「でも、夢は夢で終わることもある。そのこともよく分かっています」
そう言って深い陰を浮かべた。
トーヤはそのまま、来た道を反対に辿って「葬送の扉」から出ると、身を隠しながら洞窟までたどり着いた。そこまで来たらもう後は何も問題なく、するすると洞窟を抜け、無事にカースの村長宅まで帰ってきた。
「早かったな!」
ベルがそう言って驚くほど、順調に神様の住まいへ忍び込んで戻ってきた。
「あんなもん、俺様にかかったらなんてこたあないからな」
「あんなもんって、一応宮殿じゃねえかよ」
「八年前に逃げ道探すのに調べるだけ調べてんだよ、どうってことない」
「そうなのか」
確かにベルとシャンタルもああして無事に逃げ出せたが、それならそうでちょっと心配になる。
「あのさ」
「なんだ」
「あそこ、大丈夫なのか?」
トーヤにもベルの言わんとすることがよく分かった。
「心配になるよな」
「うん」
「それでもな、その心配なところも、もしかしたらそのためじゃねえかなと思った」
「そうか」
もしかしたらそうなのかも知れないとベルも思った。
「でもさ、でも、そうしたらさ、きっとこの先もいける、大丈夫ってことだよな?」
「ああ、そういうことかもな」
トーヤはそう言ってベルの頭にとんっと一つ頭を乗せ、そのまま顔をシャンタルに向け、
「逃してくれってよ」
と、だけ伝えた。
「そう」
シャンタルが少しホッとしたように一言だけ答える。
「言うほど簡単じゃねえとは思うけど、とりあえず道は決まった」
「うん」
「どうしたいのか聞いた」
「うん」
「海の向こうに行ってみたい、親のところに戻りたい、それから、今のままでいたい、そう言ってた」
「うん」
「どれも本心だって言ってたが、それも分からんでもない、やりたいことが一つと決まったもんでもないしな」
「うん」
「ってことでな、とりあえずそれには一度逃げた方がいいだろうってことになったんだ」
「そうなの」
「ああ、閉じ込められちまったら叶う夢も叶わねえだろ?」
「そうだね。私もそうして逃げたから、今こうしてる」
「ああ。それとな、おまえのことも聞いてた」
「私のこと?」
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シャンタルがマユリアと同じように楽しそうに笑った。
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