183 / 488
第三章 第ニ部 助け手の秘密
18 本当の理由
しおりを挟む
「なんのことやらさっぱり分からんな」
声が語り終えるとトーヤがぼそっと吐き出すようにそう言った。
「それは」
続けてミーヤが見えない相手に尋ねる。
「トーヤは、本来ならこちらで、シャンタリオで生まれるはずの人であった、そういうことでしょうか」
『そうです』
「おお」と声にならない声が空間に流れたのは、一体誰の声だったのか。
「ってことは、あれか」
トーヤが淡々と声に聞く。
「あんたの言い方を借りりゃあ『戻った』ってやつだが、それが俺一人だってことは、他のやつらは『戻ってきてない』ってこったよな? そいつらは今、一体何してんだよ」
『それは色々です』
「色々ってなんだ? ルークみたいにみんな海に飲まれたってんじゃないだろうな?」
『いいえ』
「そのへん、もうちょい詳しく教えてくれ。その、砂の数ほどいたってやつらがどうなったかをよ」
トーヤが怒っているとミーヤは感じた。
声はその怒りを感じているのかいないのか、今までと同じ調子で語り出す。
『こちらに戻りたいとは思わなかった者』
『こちらに戻りたいと思いながらも戻る道を取れなかった者』
『戻ろうとしても叶わなかった者』
『あちらでみな、それぞれの人生を送っています』
「そうか、じゃあ、あんな結末迎えたのはルーク一人ってことでいいんだな?」
トーヤが何か少し安心したようにそう聞いた。
その「命の種」と呼ばれた者がどのぐらいの数いたのかは分からないが、その者たちすべての命を吸い取るようにして、自分だけが生き残ったのではない、そう思えたからだ。
『今もあちらで生きている者、すでにその生命を終えてしまった者、種の数だけそれぞれの人生があるのです』
「他人事みたいに言ってるよなあ。でもまあいい、もしも他のやつら全員がルークみたいになってるってのなら、俺もこれからのこと、考えさせてもらうところだった」
『どのようにです』
「あんたに力は貸せねえってな。そういうこった」
前にもこんなことがあった。ミーヤはそう思った、思い出していた。
マユリアが2つの託宣を語り、「黒のシャンタル」を湖に沈める、そう言った時もトーヤはこうして怒っていた。
「それとな、あんたが言うようにこっちに戻りたいって気持ち、風を吹かせるための強い気持ちか? そういうの、俺には一切なかったんだがなあ。そんな俺だけがなんでここにいるんだろうな」
皮肉な言い方であったが、それに対して光はこう尋ねてきた。
『こちらに来る船に乗ったのはなぜです』
トーヤは少しだけどう言おうかと考えていたようだったが、
「たまたま、かな」
そう答えた。
「もう知ってるだろうけど聞きたいなら教えてやるよ。俺の育て親みたいなやつが死んでな、それで、もう故郷にいる意味がなくなったと思った。そんな時に、ダチからたまたまこっち来る船に乗らないかって誘われたんで、そんで乗った。そんだけのこった。だからそんな強い気持ち、なんてえのでこっち来たわけじゃない」
そう言った。
『本当にそうでしたか』
「ああ、本当だ」
『よく思い出してください、その時、どのような心持ちであったかを』
「って言われても、何回言っても同じだよ。それに、それがそんなに大事なのか?」
『大事なのではないでしょうか』
「そう言うなら考えてみるが、まあ一緒だと思うぜ」
不思議な空間の中、ただトーヤと誰かの会話だけが続く。
「えっとな、まあとにかく、あの時はもうなんもやる気にならなくて、どっか行く気にもならねえし、馴染みのところでゴロゴロするばっかだったな。そしたら、そうやって遊んでるんなら一口乗らねえかって、同じ宿の顔なじみに声をかけられたんだよ」
生まれ育った娼館は家ではない。ミーヤがいなくなった後、まだ顔見知りのミーヤの姉妹分の女たちがいるにはいたが、さすがにそんな女達のところに客として出入りするわけにもいかず、そう遠くないところにある別の店に転がり込んでいたのだ。そこでただ、何をするでもなくゴロゴロと日を過ごしていた。
あまり思い出したくもない時期のことだが、言われてそれを思い出していた。
『誘われたのはその時だけでしたか』
「いや、他にもいくつかそんな風に言われたことはあった。俺は人気者なんでな、一緒になんかやりたいってやつは結構多いんだよ」
聞いて光が笑うように柔らかく震えた。
『では、その中でこちらに来る船を選んだのはなぜです』
「って言われてもな、さっきも言ったけどたまたまだよ、たまたま、その船になら乗ってもいいかな、って……」
突然、トーヤがそこで言葉を止めた。
『なぜです』
かぶせるように光が尋ねる。
「たまたま、だと思ってたんだがな……」
本当にたまたまだと思っていた。
『なあ、シャンタリオって知ってっか? そこ行く船があるんだけどよ、トーヤ、一緒に行かねえか?』
時々遊びの場で一緒になる小男だった。
あまり風采のよくない、腕っぷしもあまり強くないぱっとしない男だが、なぜだかトーヤになついてよく声をかけてきていた。
他の誰にどう声をかけられても、
「今ちょっとその気になんねえな」
そう断っていたトーヤだったが、その男にそう言われた時、無性に行ってみたいと思ったこと、それを思い出したのだ。
声が語り終えるとトーヤがぼそっと吐き出すようにそう言った。
「それは」
続けてミーヤが見えない相手に尋ねる。
「トーヤは、本来ならこちらで、シャンタリオで生まれるはずの人であった、そういうことでしょうか」
『そうです』
「おお」と声にならない声が空間に流れたのは、一体誰の声だったのか。
「ってことは、あれか」
トーヤが淡々と声に聞く。
「あんたの言い方を借りりゃあ『戻った』ってやつだが、それが俺一人だってことは、他のやつらは『戻ってきてない』ってこったよな? そいつらは今、一体何してんだよ」
『それは色々です』
「色々ってなんだ? ルークみたいにみんな海に飲まれたってんじゃないだろうな?」
『いいえ』
「そのへん、もうちょい詳しく教えてくれ。その、砂の数ほどいたってやつらがどうなったかをよ」
トーヤが怒っているとミーヤは感じた。
声はその怒りを感じているのかいないのか、今までと同じ調子で語り出す。
『こちらに戻りたいとは思わなかった者』
『こちらに戻りたいと思いながらも戻る道を取れなかった者』
『戻ろうとしても叶わなかった者』
『あちらでみな、それぞれの人生を送っています』
「そうか、じゃあ、あんな結末迎えたのはルーク一人ってことでいいんだな?」
トーヤが何か少し安心したようにそう聞いた。
その「命の種」と呼ばれた者がどのぐらいの数いたのかは分からないが、その者たちすべての命を吸い取るようにして、自分だけが生き残ったのではない、そう思えたからだ。
『今もあちらで生きている者、すでにその生命を終えてしまった者、種の数だけそれぞれの人生があるのです』
「他人事みたいに言ってるよなあ。でもまあいい、もしも他のやつら全員がルークみたいになってるってのなら、俺もこれからのこと、考えさせてもらうところだった」
『どのようにです』
「あんたに力は貸せねえってな。そういうこった」
前にもこんなことがあった。ミーヤはそう思った、思い出していた。
マユリアが2つの託宣を語り、「黒のシャンタル」を湖に沈める、そう言った時もトーヤはこうして怒っていた。
「それとな、あんたが言うようにこっちに戻りたいって気持ち、風を吹かせるための強い気持ちか? そういうの、俺には一切なかったんだがなあ。そんな俺だけがなんでここにいるんだろうな」
皮肉な言い方であったが、それに対して光はこう尋ねてきた。
『こちらに来る船に乗ったのはなぜです』
トーヤは少しだけどう言おうかと考えていたようだったが、
「たまたま、かな」
そう答えた。
「もう知ってるだろうけど聞きたいなら教えてやるよ。俺の育て親みたいなやつが死んでな、それで、もう故郷にいる意味がなくなったと思った。そんな時に、ダチからたまたまこっち来る船に乗らないかって誘われたんで、そんで乗った。そんだけのこった。だからそんな強い気持ち、なんてえのでこっち来たわけじゃない」
そう言った。
『本当にそうでしたか』
「ああ、本当だ」
『よく思い出してください、その時、どのような心持ちであったかを』
「って言われても、何回言っても同じだよ。それに、それがそんなに大事なのか?」
『大事なのではないでしょうか』
「そう言うなら考えてみるが、まあ一緒だと思うぜ」
不思議な空間の中、ただトーヤと誰かの会話だけが続く。
「えっとな、まあとにかく、あの時はもうなんもやる気にならなくて、どっか行く気にもならねえし、馴染みのところでゴロゴロするばっかだったな。そしたら、そうやって遊んでるんなら一口乗らねえかって、同じ宿の顔なじみに声をかけられたんだよ」
生まれ育った娼館は家ではない。ミーヤがいなくなった後、まだ顔見知りのミーヤの姉妹分の女たちがいるにはいたが、さすがにそんな女達のところに客として出入りするわけにもいかず、そう遠くないところにある別の店に転がり込んでいたのだ。そこでただ、何をするでもなくゴロゴロと日を過ごしていた。
あまり思い出したくもない時期のことだが、言われてそれを思い出していた。
『誘われたのはその時だけでしたか』
「いや、他にもいくつかそんな風に言われたことはあった。俺は人気者なんでな、一緒になんかやりたいってやつは結構多いんだよ」
聞いて光が笑うように柔らかく震えた。
『では、その中でこちらに来る船を選んだのはなぜです』
「って言われてもな、さっきも言ったけどたまたまだよ、たまたま、その船になら乗ってもいいかな、って……」
突然、トーヤがそこで言葉を止めた。
『なぜです』
かぶせるように光が尋ねる。
「たまたま、だと思ってたんだがな……」
本当にたまたまだと思っていた。
『なあ、シャンタリオって知ってっか? そこ行く船があるんだけどよ、トーヤ、一緒に行かねえか?』
時々遊びの場で一緒になる小男だった。
あまり風采のよくない、腕っぷしもあまり強くないぱっとしない男だが、なぜだかトーヤになついてよく声をかけてきていた。
他の誰にどう声をかけられても、
「今ちょっとその気になんねえな」
そう断っていたトーヤだったが、その男にそう言われた時、無性に行ってみたいと思ったこと、それを思い出したのだ。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。
石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。
実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。
そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。
血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。
この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。
扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

嘘だったなんてそんな嘘は信じません
ミカン♬
恋愛
婚約者のキリアン様が大好きなディアナ。ある日偶然キリアン様の本音を聞いてしまう。流れは一気に婚約解消に向かっていくのだけど・・・迷うディアナはどうする?
ありふれた婚約解消の数日間を切り取った可愛い恋のお話です。
小説家になろう様にも投稿しています。
亡国の草笛
うらたきよひこ
ファンタジー
兄を追い行き倒れた少年が拾われた先は……
大好きだった兄を追って家を出た少年エリッツは国の中心たる街につくや行き倒れてしまう。最後にすがりついた手は兄に似た大きな手のひらだった。その出会いからエリッツは国をゆるがす謀略に巻きこまれていく。
※BL要素を含むファンタジー小説です。苦手な方はご注意ください。

ある公爵令嬢の生涯
ユウ
恋愛
伯爵令嬢のエステルには妹がいた。
妖精姫と呼ばれ両親からも愛され周りからも無条件に愛される。
婚約者までも妹に奪われ婚約者を譲るように言われてしまう。
そして最後には妹を陥れようとした罪で断罪されてしまうが…
気づくとエステルに転生していた。
再び前世繰り返すことになると思いきや。
エステルは家族を見限り自立を決意するのだが…
***
タイトルを変更しました!
ハニーローズ ~ 『予知夢』から始まった未来変革 ~
悠月 星花
ファンタジー
「背筋を伸ばして凛とありたい」
トワイス国にアンナリーゼというお転婆な侯爵令嬢がいる。
アンナリーゼは、小さい頃に自分に関わる『予知夢』を見れるようになり、将来起こるであろう出来事を知っていくことになる。
幼馴染との結婚や家族や友人に囲まれ幸せな生活の予知夢見ていた。
いつの頃か、トワイス国の友好国であるローズディア公国とエルドア国を含めた三国が、インゼロ帝国から攻められ戦争になり、なすすべもなく家族や友人、そして大切な人を亡くすという夢を繰り返しみるようになる。
家族や友人、大切な人を守れる未来が欲しい。
アンナリーゼの必死の想いが、次代の女王『ハニーローズ』誕生という選択肢を増やす。
1つ1つの選択を積み重ね、みんなが幸せになれるようアンナリーゼは『予知夢』で見た未来を変革していく。
トワイス国の貴族として、強くたくましく、そして美しく成長していくアンナリーゼ。
その遊び場は、社交界へ学園へ隣国へと活躍の場所は変わっていく……
家族に支えられ、友人に慕われ、仲間を集め、愛する者たちが幸せな未来を生きられるよう、死の間際まで凛とした薔薇のように懸命に生きていく。
予知の先の未来に幸せを『ハニーローズ』に託し繋げることができるのか……
『予知夢』に翻弄されながら、懸命に生きていく母娘の物語。
※この作品は、「カクヨム」「小説家になろう」「ノベルアップ+」「ノベリズム」にも掲載しています。
表紙は、菜見あぉ様にココナラにて依頼させていただきました。アンナリーゼとアンジェラです。
タイトルロゴは、草食動物様の企画にてお願いさせていただいたものです!
聖女召喚に巻き添え異世界転移~だれもかれもが納得すると思うなよっ!
山田みかん
ファンタジー
「貴方には剣と魔法の異世界へ行ってもらいますぅ~」
────何言ってんのコイツ?
あれ? 私に言ってるんじゃないの?
ていうか、ここはどこ?
ちょっと待てッ!私はこんなところにいる場合じゃないんだよっ!
推しに会いに行かねばならんのだよ!!

未開の惑星に不時着したけど帰れそうにないので人外ハーレムを目指してみます(Ver.02)
京衛武百十
ファンタジー
俺の名は錬是(れんぜ)。開拓や開発に適した惑星を探す惑星ハンターだ。
だが、宇宙船の故障である未開の惑星に不時着。宇宙船の頭脳体でもあるメイトギアのエレクシアYM10と共にサバイバル生活をすることになった。
と言っても、メイトギアのエレクシアYM10がいれば身の回りの世話は完璧にしてくれるし食料だってエレクシアが確保してくれるしで、存外、快適な生活をしてる。
しかもこの惑星、どうやらかつて人間がいたらしく、その成れの果てなのか何なのか、やけに人間っぽいクリーチャーが多数生息してたんだ。
地球人以外の知的生命体、しかも人類らしいものがいた惑星となれば歴史に残る大発見なんだが、いかんせん帰る当てもない俺は、そこのクリーチャー達と仲良くなることで残りの人生を楽しむことにしたのだった。
筆者より。
なろうで連載中の「未開の惑星に不時着したけど帰れそうにないので人外ハーレムを目指してみます」に若干の手直しを加えたVer.02として連載します。
なお、連載も長くなりましたが、第五章の「幸せ」までで錬是を主人公とした物語自体はいったん完結しています。それ以降は<錬是視点の別の物語>と捉えていただいても間違いではないでしょう。

神様のミスで女に転生したようです
結城はる
ファンタジー
34歳独身の秋本修弥はごく普通の中小企業に勤めるサラリーマンであった。
いつも通り起床し朝食を食べ、会社へ通勤中だったがマンションの上から人が落下してきて下敷きとなってしまった……。
目が覚めると、目の前には絶世の美女が立っていた。
美女の話を聞くと、どうやら目の前にいる美女は神様であり私は死んでしまったということらしい
死んだことにより私の魂は地球とは別の世界に迷い込んだみたいなので、こっちの世界に転生させてくれるそうだ。
気がついたら、洞窟の中にいて転生されたことを確認する。
ん……、なんか違和感がある。股を触ってみるとあるべきものがない。
え……。
神様、私女になってるんですけどーーーー!!!
小説家になろうでも掲載しています。
URLはこちら→「https://ncode.syosetu.com/n7001ht/」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる