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第三章 第ニ部 助け手の秘密
14 香を焚く
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フェイはカースの人たちにこそ親しまれ、慈しまれてはいたが、宮ではいつも隅っこに一人で座っているような子であった。
ナスタたちにはそこまでのことは分からなかったが、フェイは幼くてまだ侍女見習いであったことから、とても奥宮に出入りを許され、生き神に直接会えるほどの立場ではないことだけは分かる。
「命をって」
「はい」
シャンタルは思い出すように薄く微笑んだ。
「あの時、フェイが助けてくれなかったら、きっとトーヤに見捨てられ、今頃私は冷たい湖の底で永遠の眠りについていたでしょうね」
シャンタルの言葉にダルの家族は誰も一言も発することができなかった。
一体何があったのか、それに家族であるダルがどう関わっているのか。
知りたいという気持ちより、知りたくない気持ちの方が大きかった。それほどシャンタリオの民にとっては恐ろしい出来事であったように思えたからだ。
「でもまあ、八年前に終わったことだからな」
「そうだね」
トーヤとシャンタルがそう言って話を終わらせた。
「今度ミーヤさんに頼んでじいちゃんたちも会ってやってくれよ、本当、すんごいかわいい子なんだぜ」
ベルのその言葉でやっと空気が温度を取り戻す。
「そうなのかい」
「うん」
「じゃあ今度ミーヤが来たら聞いてみるよ」
「うん、絶対だぜ」
やっとのようにディナがベルとそう話し、ようやくまた時間が動きだした。
「それでじいさん、なんでその香炉持ってきたんだ?」
「あ、ああ」
やっと村長がその目的を思い出す。
「これじゃ」
取り出したものにトーヤが目を丸くする。
「それって、まさか」
「そのまさかじゃ」
「え、え、何それ?」
トーヤと村長が目を見合わせるのにベルが横から入り込む。
「シャンタルの香木だよ」
「ええっ!」
こちらに戻るにあたって一晩かけて長い話をした、その中に出てきたあの香木だ。
「えっと、兄貴がなんか言ってたっけな、なんだっけ、えっと、そう、国宝だ!」
ベルが目を白黒させながらそう叫ぶ。
「なんでそんなもんを」
「いやな、少しでもお慰めになるかと思ってな」
シャンタルに対する心づかいであった。
「ありがとうございます」
シャンタルが素直に礼を言う。
「けど、それ、なんかすげえもんなんだろ? いくらぐらいすんだ?」
「おまえはまた金のこと」
「返してもらうからな!」
トーヤは使い込みのことを知られてしまい、カースでも金の話となるとベルにこう言われるのが定番になってしまった。
「わかったわかった」
げんなりしてそう答えるトーヤも定番だ。それを見て皆で笑うのもまた定番。
「まあ、金には変えられんだろな」
村長が笑いながらベルに答えた。
「そのぐらいすげえってことだよな。もしも売ったら、いでっ」
「もうやめとけ」
トーヤに軽く張り倒される。
「けどまあ、俺もそんな貴重なもん、村の奴らに黙って燃すのはどうかと思うぞ。この村のみんなにってもらったもんだろが。それにシャンタルはそんなもん、今までいやってほど嗅いでるから、もう今さら嗅がなくていいよな」
「私は嗅いだことないと思うよ」
「え?」
「シャンタルの香木でしょ? それってよっぽどの時にしか焚かないんだよ」
「よっぽどの時っていつだよ」
「決まって焚くのは交代の時だね」
シャンタルは交代を終えていない。その代わりに湖に沈んだのだ。嗅いだことがなくて当然である。
「では、ますます焚いてみないとな」
「おいおい」
トーヤが声をかけるが、村長は笑いながら香を焚く支度を始めた。
香炉に灰を入れ、その上に炭を置いて火を点ける。この炭で温めた灰の上に削った香木を置いて焚くのだ。
続けて木の入った箱を空ける。
全員がそっと中を覗いた。
「え、これっぽっち?」
もちろんベルだ。
中には人の親指ほどの長さの木の皮のような物が入っていた。
見ているだけでは特に香りはしてこない。
「これでも大した量なんだよ」
シャンタルが笑いながら言った。
「けど、こんなん燃やしたらあっという間になくなるじゃん」
「おまえなあ、薪じゃねえんだよ。こういうのはほんの少しだけ削って燃すもんだ」
「そうなの?」
と、偉そうに言ってみるものの、トーヤだってそんな大層な物を燃やしたことはない。というか「香を焚く」なんて経験ほぼ皆無だ。
生まれ育った娼館では、年中いい香りがしていたものの、ああいうのは香料で香らせているだけで、言ってみれば「香もどき」である。
「あまりに畏れ多いのと、どうして焚けばいいのか分からなかったことで、ずっと手をつけられなんだ。その間に、そのよっぽどの時のために、どうやって焚くのかの勉強はしたんじゃがその機会もなくてな。そしてよっぽどの時、それは今だと思うぞ」
村長が小刀を取り出して木切れを本当にほんの少しだけ削り取り、それを2つに折って開いた紙の上にそっと落とした。
「え、そんだけ?」
今度はベルがそう文句をつけたので、
「おまえはほんとに文句多いよなあ」
「だって、こんな見えるか見えないぐらいって、ええっ!」
村長が声を殺して笑い、
「笑って吹き飛ばしてしまいそうじゃわ」
と言いながら、炭をどけ、温まった灰の上にそっと削った香木を乗せていく。
ナスタたちにはそこまでのことは分からなかったが、フェイは幼くてまだ侍女見習いであったことから、とても奥宮に出入りを許され、生き神に直接会えるほどの立場ではないことだけは分かる。
「命をって」
「はい」
シャンタルは思い出すように薄く微笑んだ。
「あの時、フェイが助けてくれなかったら、きっとトーヤに見捨てられ、今頃私は冷たい湖の底で永遠の眠りについていたでしょうね」
シャンタルの言葉にダルの家族は誰も一言も発することができなかった。
一体何があったのか、それに家族であるダルがどう関わっているのか。
知りたいという気持ちより、知りたくない気持ちの方が大きかった。それほどシャンタリオの民にとっては恐ろしい出来事であったように思えたからだ。
「でもまあ、八年前に終わったことだからな」
「そうだね」
トーヤとシャンタルがそう言って話を終わらせた。
「今度ミーヤさんに頼んでじいちゃんたちも会ってやってくれよ、本当、すんごいかわいい子なんだぜ」
ベルのその言葉でやっと空気が温度を取り戻す。
「そうなのかい」
「うん」
「じゃあ今度ミーヤが来たら聞いてみるよ」
「うん、絶対だぜ」
やっとのようにディナがベルとそう話し、ようやくまた時間が動きだした。
「それでじいさん、なんでその香炉持ってきたんだ?」
「あ、ああ」
やっと村長がその目的を思い出す。
「これじゃ」
取り出したものにトーヤが目を丸くする。
「それって、まさか」
「そのまさかじゃ」
「え、え、何それ?」
トーヤと村長が目を見合わせるのにベルが横から入り込む。
「シャンタルの香木だよ」
「ええっ!」
こちらに戻るにあたって一晩かけて長い話をした、その中に出てきたあの香木だ。
「えっと、兄貴がなんか言ってたっけな、なんだっけ、えっと、そう、国宝だ!」
ベルが目を白黒させながらそう叫ぶ。
「なんでそんなもんを」
「いやな、少しでもお慰めになるかと思ってな」
シャンタルに対する心づかいであった。
「ありがとうございます」
シャンタルが素直に礼を言う。
「けど、それ、なんかすげえもんなんだろ? いくらぐらいすんだ?」
「おまえはまた金のこと」
「返してもらうからな!」
トーヤは使い込みのことを知られてしまい、カースでも金の話となるとベルにこう言われるのが定番になってしまった。
「わかったわかった」
げんなりしてそう答えるトーヤも定番だ。それを見て皆で笑うのもまた定番。
「まあ、金には変えられんだろな」
村長が笑いながらベルに答えた。
「そのぐらいすげえってことだよな。もしも売ったら、いでっ」
「もうやめとけ」
トーヤに軽く張り倒される。
「けどまあ、俺もそんな貴重なもん、村の奴らに黙って燃すのはどうかと思うぞ。この村のみんなにってもらったもんだろが。それにシャンタルはそんなもん、今までいやってほど嗅いでるから、もう今さら嗅がなくていいよな」
「私は嗅いだことないと思うよ」
「え?」
「シャンタルの香木でしょ? それってよっぽどの時にしか焚かないんだよ」
「よっぽどの時っていつだよ」
「決まって焚くのは交代の時だね」
シャンタルは交代を終えていない。その代わりに湖に沈んだのだ。嗅いだことがなくて当然である。
「では、ますます焚いてみないとな」
「おいおい」
トーヤが声をかけるが、村長は笑いながら香を焚く支度を始めた。
香炉に灰を入れ、その上に炭を置いて火を点ける。この炭で温めた灰の上に削った香木を置いて焚くのだ。
続けて木の入った箱を空ける。
全員がそっと中を覗いた。
「え、これっぽっち?」
もちろんベルだ。
中には人の親指ほどの長さの木の皮のような物が入っていた。
見ているだけでは特に香りはしてこない。
「これでも大した量なんだよ」
シャンタルが笑いながら言った。
「けど、こんなん燃やしたらあっという間になくなるじゃん」
「おまえなあ、薪じゃねえんだよ。こういうのはほんの少しだけ削って燃すもんだ」
「そうなの?」
と、偉そうに言ってみるものの、トーヤだってそんな大層な物を燃やしたことはない。というか「香を焚く」なんて経験ほぼ皆無だ。
生まれ育った娼館では、年中いい香りがしていたものの、ああいうのは香料で香らせているだけで、言ってみれば「香もどき」である。
「あまりに畏れ多いのと、どうして焚けばいいのか分からなかったことで、ずっと手をつけられなんだ。その間に、そのよっぽどの時のために、どうやって焚くのかの勉強はしたんじゃがその機会もなくてな。そしてよっぽどの時、それは今だと思うぞ」
村長が小刀を取り出して木切れを本当にほんの少しだけ削り取り、それを2つに折って開いた紙の上にそっと落とした。
「え、そんだけ?」
今度はベルがそう文句をつけたので、
「おまえはほんとに文句多いよなあ」
「だって、こんな見えるか見えないぐらいって、ええっ!」
村長が声を殺して笑い、
「笑って吹き飛ばしてしまいそうじゃわ」
と言いながら、炭をどけ、温まった灰の上にそっと削った香木を乗せていく。
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