黒のシャンタル 第三話 シャンタリオの動乱

小椋夏己

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第三章 第ニ部 助け手の秘密

 8 復帰と再会

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「……そうですか」 

 真正面からそう言い切るキリエに、セルマも一言だけそう言って口をつぐんだ。

「ではミーヤ、行きますよ」
「は、はい」
  
 そのままキリエに連れられてミーヤはセルマと過ごしていた部屋を出た。
 出る時にちらりとセルマを見たら、少しだけ心細そうな顔になっているような気がした。

 キリエもミーヤも一言も話さず歩き、侍女頭の執務室へと入った。

「お座りなさい」
「はい」

 キリエに示された椅子にミーヤは静かに座る。

「ご苦労さまでしたね」
「あの、いえ、はい……」
「どれなのですか」

 ミーヤの返事にキリエがそう言って少し笑ったので、ミーヤもやっと少し力を抜くことができた。

「アランが戻ってきました」
「はい」
「おそらく、今おまえが一番知りたいだろうことから話しますが、残りの3名は今もどこにいるかは分かりません」
「はい」
「それから、今度のことはマユリアのめいです」
「え?」
「本当によく聞き返すようになりましたね」
「あ、あの、いえ、すみません」

 ミーヤが恐縮するとまたキリエが笑い、少しばかりからかわれたのだと理解する。

「マユリアが、交代までに形をつけるようにとおっしゃったので、嘘をつくことになりました」

 キリエが「嘘をついた」と発言したことにミーヤは心底から驚いたが、同時に「マユリアの命」なのだと理解する。
 侍女にとって一番重い罪の一つが「嘘をつくこと」だ。そしてその罪を犯してでも守らねばならないことが「シャンタルの命」であり「マユリアの命」だと侍女ならばみな理解をしている。

「セルマが言っていた通りです。私への阻害はなかった。それゆえにご一行への疑いもなく、疑いがなければおまえへの容疑もないことになる」
「はい、分かりました」
「ですが、本当はご一行はおられません。なので事情を理解しているおまえとアーダの2人が引き続きご一行の世話役として、宮の一室にいるかのように振る舞ってもらいます」
「はい」
「そしてセルマのことですが、おまえといるとやや安定しているように見られるので、引き続き相手を頼みます」
「はい」
「アランとディレン船長、それから船員のハリオ殿の世話役もおまえとアーダの2人ということになっていますが、もちろんアーダもハリオ殿も事情を何も知りません。うまくやってください」
「はい」
「色々と申し訳ないことだとは分かっていますが、お願いしましたよ」
「はい、分かりました」

 そうしてミーヤはキリエからいくつかの注意事項を聞き、その足でアーダがいるアランたちの部屋付き侍女の控室へと足を向けた。

「ミーヤ様!」

 アーダが目に涙をいっぱい浮かべ、ミーヤにしがみつくようにして再会を喜ぶ。

「アーダ様、心配をかけました、ごめんなさい」
「いえ、いえ、いいえ、ミーヤ様には何も悪いことなんてありませんもの」
「ありがとうございます」
「おつらい目に合っていらっしゃいませんでしたか?」
「ええ、反対にゆっくり休ませていただきました、ほら、こんなに元気」
「よかった」

 そう言いながらまだアーダが涙ぐむ。

「また元通りに同じ仕事の係です。よろしくお願いいたしますね」
「はい、こちらこそ」

 アーダに案内されてアランたちがいる部屋へミーヤが挨拶をしに行く。

「この度、アーダと共にこの部屋の世話係を申し付けられました」

 ミーヤがそう言って頭を下げると、

「待ってました」

 アランが自分たちが開放された上はそうなるのではないかと予感していたように、ニヤッと笑いながらミーヤを出迎えた。

「元気そうでよかった」

 ディレンもニッコリと笑いながらそう言う。

「あの、よろしくお願いします」

 ミーヤとは初対面のハリオが焦ったようにそう挨拶をした。

「あ、こいつはハリオ、私の船の若い衆です」
「はい、よろしく」
「よろしくお願いいたします」

 丁寧に頭を下げるミーヤに、ハリオは気恥ずかしそうに頭をかきながら、何度も小さく頭を上げ下げしていた。

「ミーヤさんは八年前にトーヤの世話係だった人なんですよ」
「え、トーヤさんの?」

 アランにそう言われてハリオが驚く。

「はい、そうなんです」
「そうなんですか。って、なんか、まだよくそのへんの話がよく分かってないんですよ、俺」

 ハリオが小さくハッと息を吐き、肩を少しばかり落とした。

「こいつに説明してることはですな、ルークが本当はトーヤというやつだということ、それから八年前にここにいたこと、エリス様をこちらに案内するのに名前と顔を隠す必要があったこと、なんかです」
「はい、今でもびっくりです」
「それと、トーヤが顔を知られてはいけないからと、こいつに代理を頼んだことで、こいつもこちらに留め置かれるようになりました」
「そうなんです」
「俺が、そのあたり、適当に作ってこいつに吹き込んでたもんで、こいつに迷惑をかけました。なので、ミーヤさんも優しくしてやってくれるとうれしいです」
「そんなそんな船長、いやいや、そんな」

 慌てて両手をぶんぶんと振るハリオに、ミーヤが、

「私も知っていて本当のことは言わずに黙っていました。ご迷惑をかけた一人になると思います。その分も心を込めてお世話させていただきます」

 そう言って頭を下げたので、ハリオがますます恐縮した。
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