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第三章 第ニ部 助け手の秘密

 7 開放、そして兼任

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「あの、今なんと」
 
 ミーヤはキリエの言葉をすんなりと聞くことができず、そうやって聞き返した。

「人の話は一度で聞くようになさいと教えてきたはずですが」
「申し訳ありません」
「聞いていなかったのは仕方がないこと、もう一度言いますからきちんと聞いていなさい」
「はい」

 そうしてキリエが繰り返す。

「侍女ミーヤの容疑は晴れました、今よりまた元の勤務に戻りなさい」

 さきほど同じ言葉が簡単に繰り返された。

「どうしました、返事は」
「は、はい、ありがとうございます」
 
 ミーヤは急いで正式の礼をする。

「今までと同じく、アーダと共に月虹兵付きを、それからエリス様ご一行のお世話係をなさい」
「え?」
「さきほど人の話は一度で聞きなさいと言ったばかりですよね」
「は、はい」
 
 そうは言われても「エリス様ご一行」は宮から逃げてしまったはずだ。

「なるほどね」

 ミーヤと同室でその場に居合わせているセルマが淡々と発言をする。

「そういうことになった、ということですね」

 キリエは何も答えずに黙って立っている。

「キリエ殿は単なる体調不良、毒の花などなかった。エリス様たちのお見舞いは単なるお見舞い、キリエ殿に対する企みなどなかった。故に侍女ミーヤがご一行を引き入れたという疑いは晴れた。何もなかった、怪しむべきことは。さて、残ったのはあの香炉だけ。わたくしの処遇はどうなるのでしょうね」
「何も」

 キリエも淡々と答える。

「おまえに対する疑いは晴れていません。なぜあの香炉を黒く変容させ、見習い侍女に命じて私に届けさせたのか、それが明らかになるまでは今しばらくこの部屋で謹慎していてもらいます」
「謹慎ですか」

 セルマがクスリと笑った。

「拘束され懲罰房に入れられた容疑者から謹慎、なかったことが増えたために罪一等を減ずるということですか?」
「いいえ、おまえに対する処遇は一切変わっていません。ミーヤ」
「は、はい」
「思わぬことからおまえはセルマと同室で謹慎することになりましたが、それも何かの縁、このままセルマ付きの世話役も兼任してもらうことになりました」
「え?」
「だから聞き返すなと言っているでしょう」
「申し訳ありません」

 ミーヤが急いで頭を下げるが、これは聞き返してもしょうがないというものであろう。

「元の役職の他に、今しばらくセルマの世話役を務めてください。幸いにしてセルマもおまえには多少慣れているようですし」

 心なしかセルマの顔が少し安心したようにキリエには見えた。

「分かりました」
「ミーヤは自由にこの部屋を出入りできますが、セルマに対しては衛士の見張りが引き続き付いています。その意味をよく考えるように」
「…………」
 
 セルマは何も答えずに黙ってキリエをチラリと見ただけだった。

「ではミーヤ、これからのことについて話すことがあります、一緒に来なさい」
「は、はい」
「エリス様ご一行は」

 部屋から出ようとするキリエとミーヤの後ろ姿にセルマが声を投げかける。

「どうしてあのような逃亡劇を?」

 セルマが挑戦的な笑みを浮かべてそう聞く。

投書なげぶみがあったのです」
「投書?」
「ええ」

 キリエはくるりとセルマを向き直った。

「中の国から来たご一行を襲った犯人を知っている」

 セルマは黙って聞いている。

「以前からそのような投書が月虹隊に届けられ調査をさせていました。それでどうやらまた何者かがエリス様を狙っているらしいと分かったので、宮から出ていったように装ったのです」
「なるほど」

 自分が事を混乱させるために投げ入れさせたあの投書が、そのように利用されたのだとセルマは理解した。

「それではご一行は今もこの宮にいるのですね?」
「それには答えられません」

 キリエが答える。

「おまえの立場はまだ容疑者のままです。ですから答えるわけにはいきません。ミーヤが無罪であることを説明するのに必要なのでご一行が出ていった理由は説明しましたが、それ以上のことは話せません」
「さようですか」
 
 セルマがふんっと小馬鹿にするように笑いながらそう答える。

「ご一行が今どうされているかは申せませんが、トーヤのことも伝えておきます。これも必要なことだと思うので」
 
 セルマはあの時、トーヤの正体が分かったことでミーヤがトーヤと通じていると訴えて、ミーヤも身柄を拘束されることとなったからだ。

「トーヤは自分がエリス様ご一行と関わりがあることを襲撃者たちが知っている可能性を考えて顔を隠していました。エリス様が無事にご主人と再会できた時には名乗り出るつもりでおりました」
「宮に身柄を預かってもらいながら身分を隠す、つまり宮を信用はしてなかったということですか?」
「ええ」
「月虹兵でありながら宮を信用していない、そんな者を信用してまだあのご一行の保護を続けるということですね」

 また鼻で笑うようにセルマが言う。

「トーヤという人間を知る者なら、みな納得することです」
  
 きっぱりとキリエが切って捨てる。

「トーヤは戦場で傭兵として生きてきた人間です。この国の者には分からぬ外の事情をよく知っている。だからこそ、念には念を入れて自分のことを明かさずにいたのです」
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