黒のシャンタル 第三話 シャンタリオの動乱

小椋夏己

文字の大きさ
上 下
170 / 488
第三章 第ニ部 助け手の秘密

 6 お手紙

しおりを挟む
『今日は少し寒かったのでもう1枚上着を着るようにとラーラ様がおっしゃいました。着る時には暑いのでのはないかしらと思ったのですが、その後でまだ寒くなったので、ラーラ様がおっしゃるように着て良かったなと思っています。アランは寒くはありませんか? 宮は広いので全体を温めるのは大変なのだとネイが言っていました。もしも寒かったら部屋付きの侍女によく言ってくださいね』

 今日、アランの元に届いた当代シャンタルからの手紙はこんな言葉から始まっていた。
 続きには他にもちょっとした疑問とか、アランに対する質問、そんなことが8歳の子どもらしからぬ美しい文字で書き綴られていた。

「相変わらずきれいな字だなあ」
 
 アランは読み書きができる。トーヤが生きるのに必要だからと学ばせたのだ。
 ただ、生活するのに必要なだけのことしかやっていないので、お世辞にも美しい文字とは言い難い。どちらかというと少年らしい文字だ。

 こうして一生懸命書いただろう「お手紙」をもらうと、どうやって返事を書こうかと、アランもなんとなく心が沸き立つような感じがしていた。

『お手紙ありがとうございます。大丈夫ですよ、寒くはないです、とてもよくしてもらってます。俺は鍛えてますし、もっともっと寒い場所で寝ていたこともあるので大丈夫です。シャンタルも風邪をひかないように、ラーラ様や侍女の人の言うことをよく聞いてください』

 そんな風に、考え考え、一生懸命に返事を書いている。

「楽しそうだな」

 そんなアランに同室になったディレンが冷やかしながら声をかける。

「ええ、まあ、どうせやることもないし。それに、案外楽しいもんですね、手紙の返事を書くのって」
「書いたことなかったのか?」
「ないですね」
 
 アランが言われて気がつく。

「仕事の書類とかに返事書くことはあっても、こんな手紙もらうのって本当に初めてですよ」
「そうなのか」
「ええ。戦場暮らしするようになってからは、手紙を出したりもらったりするような相手、全くいませんでしたからね」
「そういやそうだな」
「だからまあ、楽しいですよ」
 
 アランがシャンタルへのお手紙用にもらった便箋をにらみながら、真面目に考えながらそう返事をし、その姿にまたディレンが微笑ましそうに笑った。

 そんな時間を過ごしていると、誰かが扉を叩いた。

「失礼します」

 当番の衛士がそう言って部屋に入ってきたので、アランもディレンも顔を見合わせた。

 これまでは誰かが入ってくる時は、

「入るぞ」

 と、そう声をかけてから入ってきていた。それがどうしてこんな丁寧に。

「失礼します」

 衛士の後ろから続いてルギがそう声をかけて入ってきたもので、二人でさらに顔を見合わせる。

「これまで色々ご助力いただきありがとうございます。ご不自由な生活をされたことでしょうが、今日からは元通り、宮の客人として扱わせていただきます。ご協力感謝いたします」

 ルギが丁寧に正式の礼をするのにますます驚きはしたものの、二人共そのあたりは話を合わせていた方がいいだろうと即時に判断したようで、軽くうなずき合うだけにしておいた。

「では、部屋をお移りいただきます。それから、理由を御存知ないハリオ殿も後ほど部屋へお連れいたします。まだしばらくは宮にご滞在いただくと思いますので、そのご説明もお願いできればありがたいです」

 なるほど、自分たちの拘束は「なんらかの理由での演技」だったということか、と2人は理解した。

「分かりました、そちらも色々とご苦労さまでした」

 ディレンが丁寧にルギに返す。

「では行きましょうか」
「あ、ちょっと待って」

 アランが急いで書きかけの「お返事」をまとめる。

「はい、どうぞ」
「では」

 2人が案内されたのは、エリス様の部屋の隣にある、同じ間取りを持つ部屋であった。

「しばらくは3人でお過ごしいただくと思いますので、こちらで」
「ありがとうございます」
「おい」
「はい」

 ルギが一緒に2人を案内してきた若い衛士に声をかける。

「ハリオ殿に事情を説明してこちらにお呼びしてきてくれ。驚かれるだろから、少し丁寧に説明をな」
「はい、了解いたしました!」

 衛士が部屋から出ていくと、

「簡単に説明だけさせてもらう」
 
 と、ルギがハリオが来るまでの間にとかいつまんで説明をする。

「なるほど、そういうことにしちゃったってことですね」
「そうだ」
「まあいいや、こっちは動きやすくなるし」
「それで、この後は俺たちはどうしたらいいんでしょう」

 ディレンがルギに尋ねる。

「ハリオもこの部屋に来たらうかつな話はできなくなりますよ」
「その時にはなんとか理由をつけて2人か、もしくは1人を呼んで話をする」
「それしかないでしょうね、やれやれ、なんか八年前のトーヤの苦労が分かったような気がするな」
 
 まだリルに何も知らせていなかった時、そうやって秘密の話をしていたと聞いたのを思い出す。

「そんで、アーダさんにもそうだったしなあ」
「そうだったな」

 秘密を知らせるわけにはいかないが、仲間はずれにもしてはいけないと気をつかっていた時期を思い出す。

「部屋の世話役はまたアーダに頼むことになった」
「分かりました」

 事の流れからもそれが妥当だろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

月が導く異世界道中extra

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  こちらは月が導く異世界道中番外編になります。

妹が真の聖女だったので、偽りの聖女である私は追放されました。でも、聖女の役目はものすごく退屈だったので、最高に嬉しいです【完結】

小平ニコ
ファンタジー
「お姉様、よくも私から夢を奪ってくれたわね。絶対に許さない」  私の妹――シャノーラはそう言うと、計略を巡らし、私から聖女の座を奪った。……でも、私は最高に良い気分だった。だって私、もともと聖女なんかになりたくなかったから。  退職金を貰い、大喜びで国を出た私は、『真の聖女』として国を守る立場になったシャノーラのことを思った。……あの子、聖女になって、一日の休みもなく国を守るのがどれだけ大変なことか、ちゃんと分かってるのかしら?  案の定、シャノーラはよく理解していなかった。  聖女として役目を果たしていくのが、とてつもなく困難な道であることを……

銀色の魔法使い(黒のシャンタル外伝)<完結>

小椋夏己
ファンタジー
戦で家も家族もなくした10歳の少女ベル、今、最後に残った兄アランも失うのかと、絶望のあまり思わず駆け出した草原で見つけたのは? ベルが選ぶ運命とは? その先に待つ物語は?    連載中の「黒のシャンタル」の外伝です。 序章で少し触れられた、4人の出会いの物語になります。 仲間の紅一点、ベルの視点の話です。 「第一部 過去への旅<完結>」の三年前、ベルがまだ10歳の時の話です。 ベルとアランがトーヤとシャンタルと出会って仲間になるまでの話になります。 兄と妹がどうして戦場に身を投じることになったのか、そして黒髪の傭兵と銀色の魔法使いと行く末を共にすることになったのか、そのお話です。  第一部 「過去への旅」 https://ncode.syosetu.com/s3288g/  第二部「新しい嵐の中へ」https://ncode.syosetu.com/n3151hd/  もどうぞよろしくお願いいたします。 「小説家になろう」「カクヨム」「アルファポリス」「ノベルアップ+」「エブリスタ」で公開中 ※表紙絵は横海イチカさんに描いていただいたファンアートです、ありがとうございました!

加護とスキルでチートな異世界生活

どど
ファンタジー
高校1年生の新崎 玲緒(にいざき れお)が学校からの帰宅中にトラックに跳ねられる!? 目を覚ますと真っ白い世界にいた! そこにやってきた神様に転生か消滅するかの2択に迫られ転生する! そんな玲緒のチートな異世界生活が始まる 初めての作品なので誤字脱字、ストーリーぐだぐだが多々あると思いますが気に入って頂けると幸いです ノベルバ様にも公開しております。 ※キャラの名前や街の名前は基本的に私が思いついたやつなので特に意味はありません

装備製作系チートで異世界を自由に生きていきます

tera
ファンタジー
※まだまだまだまだ更新継続中! ※書籍の詳細はteraのツイッターまで!@tera_father ※第1巻〜7巻まで好評発売中!コミックス1巻も発売中! ※書影など、公開中! ある日、秋野冬至は異世界召喚に巻き込まれてしまった。 勇者召喚に巻き込まれた結果、チートの恩恵は無しだった。 スキルも何もない秋野冬至は一般人として生きていくことになる。 途方に暮れていた秋野冬至だが、手に持っていたアイテムの詳細が見えたり、インベントリが使えたりすることに気づく。 なんと、召喚前にやっていたゲームシステムをそっくりそのまま持っていたのだった。 その世界で秋野冬至にだけドロップアイテムとして誰かが倒した魔物の素材が拾え、お金も拾え、さらに秋野冬至だけが自由に装備を強化したり、錬金したり、ゲームのいいとこ取りみたいな事をできてしまう。

勇者パーティを追放された聖女ですが、やっと解放されてむしろ感謝します。なのにパーティの人たちが続々と私に助けを求めてくる件。

八木愛里
ファンタジー
聖女のロザリーは戦闘中でも回復魔法が使用できるが、勇者が見目麗しいソニアを新しい聖女として迎え入れた。ソニアからの入れ知恵で、勇者パーティから『役立たず』と侮辱されて、ついに追放されてしまう。 パーティの人間関係に疲れたロザリーは、ソロ冒険者になることを決意。 攻撃魔法の魔道具を求めて魔道具屋に行ったら、店主から才能を認められる。 ロザリーの実力を知らず愚かにも追放した勇者一行は、これまで攻略できたはずの中級のダンジョンでさえ失敗を繰り返し、仲間割れし破滅へ向かっていく。 一方ロザリーは上級の魔物討伐に成功したり、大魔法使いさまと協力して王女を襲ってきた魔獣を倒したり、国の英雄と呼ばれる存在になっていく。 これは真の実力者であるロザリーが、ソロ冒険者としての地位を確立していきながら、残念ながら追いかけてきた魔法使いや女剣士を「虫が良すぎるわ!」と追っ払い、入り浸っている魔道具屋の店主が実は憧れの大魔法使いさまだが、どうしても本人が気づかない話。 ※11話以降から勇者パーティの没落シーンがあります。 ※40話に鬱展開あり。苦手な方は読み飛ばし推奨します。 ※表紙はAIイラストを使用。

後宮の棘

香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。 ☆完結しました☆ スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。 第13回ファンタジー大賞特別賞受賞! ありがとうございました!!

処理中です...