黒のシャンタル 第三話 シャンタリオの動乱

小椋夏己

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第三章 第一部 カースより始まる

18 一行の行方

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「おいおい、頭上げてくれって」
 
 急いでトーヤが村長の頭を上げさせると、

「まあ、なんだ、なんてかな、こういうことになっちまったんだから、まあよろしく頼むよじいさん」

 優しく肩をとん、と叩き、村長の顔を見て笑った。

「なんじゃ、年長者にその物言いは。そういや、おまえがここに来た時にちゃんとしつけてやるって言うておったの。その続きをやるか」
「おいおい、冗談じゃねえぜ!」

 トーヤが本気で慌てるのを見て、やっとその場の空気が和んだ。

「まだ何していいかとか分かってねえんだよ。けど、とりあえず、そんだけは伝えておかないといけないと思ったからな。それと、封鎖明けには衛士やら憲兵やらがおそらくここにも来ると思う。何しろ俺との関係は知られちまってるからな。それまでに色々準備をしときたいので、よろしく頼みます」

 もう一度トーヤがダルの家族に頭を下げ、そこで話を終えた。
 後は、できることをやっていくしかない。



 そうして、宮の中でも外でも、物事は一見いっけん落ち着いているようにして数日が流れた。

 カースではトーヤたちの存在を村人に隠したまま、ダル一家と相談して色々なことが進められている。

 当代シャンタルとアランの文通が始まり、時にマユリアの客室で短く話などもし、幼い生き神様は穏やかに交代の日を待っている。

  アランとディレンは何回か取り調べを受けたものの、もうこれ以上聞くことはなさそうだと、一応軟禁状態ではあるが、のんびりと客人待遇を受けている。

 そしてミーヤとセルマ、こちらもこれ以上聞くこともなく、部屋で二人、やや退屈を持て余しながらも、今だけのその時間を長年の友のように話しなどしながらゆるやかに過ごしている。

 今、一番忙しく動いているのはルギひきいる警護隊だった。

「ご苦労だった」
「はっ」

 ルギは、今日もリュセルスでエリス様ご一行の行方を探してきた衛士たちにねぎらいの言葉をかける。

「それにしても、一体どこに隠れているんでしょうか」

 若い衛士が椅子に腰掛け、本日の衛士付きの侍女が運んできたお茶でホッと一息つきながらそう言った。

「本当だな、リュセルスから出ることはできない、だとしたらどこかの宿にでも潜んでいそうなものだが」
「あんなに目立つご一行、見つからないはずがないと思うんだがなあ」

 足を棒にして街を歩き回ってきた他の衛士たちも、同じくお茶で口をうるおしながら首をひねる。

 一番目立つ髪色のアランは自分から宮へ戻ってきているが、ベルがまさか男の子の格好になっているなど想像すらできないので、茶色い髪の妙齢の女性を見かけないかと調べている。
 エリス様については中身の想像もつかないので、どうしようもなく、見かけない者はいなかったか、見かけたら月虹隊か憲兵隊に連絡するように、そう言って回るのがせいぜいだ。
 中には一般人に扮して民に紛れ込み、飲み屋などでトーヤらしき人間を探したりする者もあるが、それらしい人間はいない。

「あの月虹兵の一人だというトーヤという男は土地勘があるからな、知人の家にでもかくまわれているのかも知れん」
「怪しいのはカースなんだがなあ」

 月虹隊の隊長であるダルはカースの出身だ、そしてトーヤがカースの村と深くつながりがあるまでは明らかであるものの、封鎖で切り離されたカースに行くわけにもいかない。

「まあ封鎖が終わったらすぐにもカースに行ってみるさ、逆に言うとカースから出ることもできんのだからな、いるならすぐ捕まえられる」

 第一警護隊隊長のゼトが忌々が忌々いまいましそうに部下にそう言う。

 ルギはそれらをじっと黙って聞いている。
 いつも寡黙な隊長が黙っていても、誰も不思議には思わないが、このことに関してはルギの心はいつもとは違う。

 おそらくトーヤたちはカースにいるのだろう。ルギもそう思っていた。

「しかし、カースにいるとして、一体どこからどうして行ったってんだ?」
「ああ、封鎖で検問所を通るしか行く方法はないのにな」

 あの洞窟のことを知るのは自分を含む宮の本当に一部の者、それからトーヤたちだけだ。だが部下たちにそれを伝えるわけにはいかない。ルギはただ沈黙を守るしかできない。心苦しくはあるが、どちらが重要なことかは言うまでもないだろう。

「封鎖が明けるまでは地道にリュセルスを調べるしかないだろうな」

 ルギがそう言って部下たちのやっていることが誤りではないこと、今やるべきはそれだけであると告げる。

「もう一度、関係者に話を聞くというのはどうでしょう?」

 ボーナムがルギにそう進言する。

「一度、今、留め置いている者を全員立ち会わせて話を聞いてみるとか、少しやり方を変えてみると、また新しいことも出てくるかも知れません」
「そうだな」

 ルギは言葉短くそう答えるが、ここにいる誰もが、そんなことをしても多分そう変わったことなどないだろうと思っているのは明白であった。

「まあ、なんでもやってみるに限る。今日はもう遅い、明日の朝にでももう少し広い部屋へ全員を移動させて話を聞いてみよう。皆、お疲れだった。戻って休んでくれ」
「はっ」

 隊長の一声で本日の隊長付き当番兵以外が各々の部屋へと戻って行った。

 そしてその後、またある人が隊長室を訪問してくることとなった。
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