163 / 488
第三章 第一部 カースより始まる
18 一行の行方
しおりを挟む
「おいおい、頭上げてくれって」
急いでトーヤが村長の頭を上げさせると、
「まあ、なんだ、なんてかな、こういうことになっちまったんだから、まあよろしく頼むよじいさん」
優しく肩をとん、と叩き、村長の顔を見て笑った。
「なんじゃ、年長者にその物言いは。そういや、おまえがここに来た時にちゃんとしつけてやるって言うておったの。その続きをやるか」
「おいおい、冗談じゃねえぜ!」
トーヤが本気で慌てるのを見て、やっとその場の空気が和んだ。
「まだ何していいかとか分かってねえんだよ。けど、とりあえず、そんだけは伝えておかないといけないと思ったからな。それと、封鎖明けには衛士やら憲兵やらがおそらくここにも来ると思う。何しろ俺との関係は知られちまってるからな。それまでに色々準備をしときたいので、よろしく頼みます」
もう一度トーヤがダルの家族に頭を下げ、そこで話を終えた。
後は、できることをやっていくしかない。
そうして、宮の中でも外でも、物事は一見落ち着いているようにして数日が流れた。
カースではトーヤたちの存在を村人に隠したまま、ダル一家と相談して色々なことが進められている。
当代シャンタルとアランの文通が始まり、時にマユリアの客室で短く話などもし、幼い生き神様は穏やかに交代の日を待っている。
アランとディレンは何回か取り調べを受けたものの、もうこれ以上聞くことはなさそうだと、一応軟禁状態ではあるが、のんびりと客人待遇を受けている。
そしてミーヤとセルマ、こちらもこれ以上聞くこともなく、部屋で二人、やや退屈を持て余しながらも、今だけのその時間を長年の友のように話しなどしながらゆるやかに過ごしている。
今、一番忙しく動いているのはルギ率いる警護隊だった。
「ご苦労だった」
「はっ」
ルギは、今日もリュセルスでエリス様ご一行の行方を探してきた衛士たちに労いの言葉をかける。
「それにしても、一体どこに隠れているんでしょうか」
若い衛士が椅子に腰掛け、本日の衛士付きの侍女が運んできたお茶でホッと一息つきながらそう言った。
「本当だな、リュセルスから出ることはできない、だとしたらどこかの宿にでも潜んでいそうなものだが」
「あんなに目立つご一行、見つからないはずがないと思うんだがなあ」
足を棒にして街を歩き回ってきた他の衛士たちも、同じくお茶で口を潤しながら首を捻る。
一番目立つ髪色のアランは自分から宮へ戻ってきているが、ベルがまさか男の子の格好になっているなど想像すらできないので、茶色い髪の妙齢の女性を見かけないかと調べている。
エリス様については中身の想像もつかないので、どうしようもなく、見かけない者はいなかったか、見かけたら月虹隊か憲兵隊に連絡するように、そう言って回るのがせいぜいだ。
中には一般人に扮して民に紛れ込み、飲み屋などでトーヤらしき人間を探したりする者もあるが、それらしい人間はいない。
「あの月虹兵の一人だというトーヤという男は土地勘があるからな、知人の家にでも匿われているのかも知れん」
「怪しいのはカースなんだがなあ」
月虹隊の隊長であるダルはカースの出身だ、そしてトーヤがカースの村と深くつながりがあるまでは明らかであるものの、封鎖で切り離されたカースに行くわけにもいかない。
「まあ封鎖が終わったらすぐにもカースに行ってみるさ、逆に言うとカースから出ることもできんのだからな、いるならすぐ捕まえられる」
第一警護隊隊長のゼトが忌々が忌々しそうに部下にそう言う。
ルギはそれらをじっと黙って聞いている。
いつも寡黙な隊長が黙っていても、誰も不思議には思わないが、このことに関してはルギの心はいつもとは違う。
おそらくトーヤたちはカースにいるのだろう。ルギもそう思っていた。
「しかし、カースにいるとして、一体どこからどうして行ったってんだ?」
「ああ、封鎖で検問所を通るしか行く方法はないのにな」
あの洞窟のことを知るのは自分を含む宮の本当に一部の者、それからトーヤたちだけだ。だが部下たちにそれを伝えるわけにはいかない。ルギはただ沈黙を守るしかできない。心苦しくはあるが、どちらが重要なことかは言うまでもないだろう。
「封鎖が明けるまでは地道にリュセルスを調べるしかないだろうな」
ルギがそう言って部下たちのやっていることが誤りではないこと、今やるべきはそれだけであると告げる。
「もう一度、関係者に話を聞くというのはどうでしょう?」
ボーナムがルギにそう進言する。
「一度、今、留め置いている者を全員立ち会わせて話を聞いてみるとか、少しやり方を変えてみると、また新しいことも出てくるかも知れません」
「そうだな」
ルギは言葉短くそう答えるが、ここにいる誰もが、そんなことをしても多分そう変わったことなどないだろうと思っているのは明白であった。
「まあ、なんでもやってみるに限る。今日はもう遅い、明日の朝にでももう少し広い部屋へ全員を移動させて話を聞いてみよう。皆、お疲れだった。戻って休んでくれ」
「はっ」
隊長の一声で本日の隊長付き当番兵以外が各々の部屋へと戻って行った。
そしてその後、またある人が隊長室を訪問してくることとなった。
急いでトーヤが村長の頭を上げさせると、
「まあ、なんだ、なんてかな、こういうことになっちまったんだから、まあよろしく頼むよじいさん」
優しく肩をとん、と叩き、村長の顔を見て笑った。
「なんじゃ、年長者にその物言いは。そういや、おまえがここに来た時にちゃんとしつけてやるって言うておったの。その続きをやるか」
「おいおい、冗談じゃねえぜ!」
トーヤが本気で慌てるのを見て、やっとその場の空気が和んだ。
「まだ何していいかとか分かってねえんだよ。けど、とりあえず、そんだけは伝えておかないといけないと思ったからな。それと、封鎖明けには衛士やら憲兵やらがおそらくここにも来ると思う。何しろ俺との関係は知られちまってるからな。それまでに色々準備をしときたいので、よろしく頼みます」
もう一度トーヤがダルの家族に頭を下げ、そこで話を終えた。
後は、できることをやっていくしかない。
そうして、宮の中でも外でも、物事は一見落ち着いているようにして数日が流れた。
カースではトーヤたちの存在を村人に隠したまま、ダル一家と相談して色々なことが進められている。
当代シャンタルとアランの文通が始まり、時にマユリアの客室で短く話などもし、幼い生き神様は穏やかに交代の日を待っている。
アランとディレンは何回か取り調べを受けたものの、もうこれ以上聞くことはなさそうだと、一応軟禁状態ではあるが、のんびりと客人待遇を受けている。
そしてミーヤとセルマ、こちらもこれ以上聞くこともなく、部屋で二人、やや退屈を持て余しながらも、今だけのその時間を長年の友のように話しなどしながらゆるやかに過ごしている。
今、一番忙しく動いているのはルギ率いる警護隊だった。
「ご苦労だった」
「はっ」
ルギは、今日もリュセルスでエリス様ご一行の行方を探してきた衛士たちに労いの言葉をかける。
「それにしても、一体どこに隠れているんでしょうか」
若い衛士が椅子に腰掛け、本日の衛士付きの侍女が運んできたお茶でホッと一息つきながらそう言った。
「本当だな、リュセルスから出ることはできない、だとしたらどこかの宿にでも潜んでいそうなものだが」
「あんなに目立つご一行、見つからないはずがないと思うんだがなあ」
足を棒にして街を歩き回ってきた他の衛士たちも、同じくお茶で口を潤しながら首を捻る。
一番目立つ髪色のアランは自分から宮へ戻ってきているが、ベルがまさか男の子の格好になっているなど想像すらできないので、茶色い髪の妙齢の女性を見かけないかと調べている。
エリス様については中身の想像もつかないので、どうしようもなく、見かけない者はいなかったか、見かけたら月虹隊か憲兵隊に連絡するように、そう言って回るのがせいぜいだ。
中には一般人に扮して民に紛れ込み、飲み屋などでトーヤらしき人間を探したりする者もあるが、それらしい人間はいない。
「あの月虹兵の一人だというトーヤという男は土地勘があるからな、知人の家にでも匿われているのかも知れん」
「怪しいのはカースなんだがなあ」
月虹隊の隊長であるダルはカースの出身だ、そしてトーヤがカースの村と深くつながりがあるまでは明らかであるものの、封鎖で切り離されたカースに行くわけにもいかない。
「まあ封鎖が終わったらすぐにもカースに行ってみるさ、逆に言うとカースから出ることもできんのだからな、いるならすぐ捕まえられる」
第一警護隊隊長のゼトが忌々が忌々しそうに部下にそう言う。
ルギはそれらをじっと黙って聞いている。
いつも寡黙な隊長が黙っていても、誰も不思議には思わないが、このことに関してはルギの心はいつもとは違う。
おそらくトーヤたちはカースにいるのだろう。ルギもそう思っていた。
「しかし、カースにいるとして、一体どこからどうして行ったってんだ?」
「ああ、封鎖で検問所を通るしか行く方法はないのにな」
あの洞窟のことを知るのは自分を含む宮の本当に一部の者、それからトーヤたちだけだ。だが部下たちにそれを伝えるわけにはいかない。ルギはただ沈黙を守るしかできない。心苦しくはあるが、どちらが重要なことかは言うまでもないだろう。
「封鎖が明けるまでは地道にリュセルスを調べるしかないだろうな」
ルギがそう言って部下たちのやっていることが誤りではないこと、今やるべきはそれだけであると告げる。
「もう一度、関係者に話を聞くというのはどうでしょう?」
ボーナムがルギにそう進言する。
「一度、今、留め置いている者を全員立ち会わせて話を聞いてみるとか、少しやり方を変えてみると、また新しいことも出てくるかも知れません」
「そうだな」
ルギは言葉短くそう答えるが、ここにいる誰もが、そんなことをしても多分そう変わったことなどないだろうと思っているのは明白であった。
「まあ、なんでもやってみるに限る。今日はもう遅い、明日の朝にでももう少し広い部屋へ全員を移動させて話を聞いてみよう。皆、お疲れだった。戻って休んでくれ」
「はっ」
隊長の一声で本日の隊長付き当番兵以外が各々の部屋へと戻って行った。
そしてその後、またある人が隊長室を訪問してくることとなった。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説



もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。


【完結】そして、誰もいなくなった
杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」
愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。
「触るな!」
だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。
「突き飛ばしたぞ」
「彼が手を上げた」
「誰か衛兵を呼べ!」
騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。
そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。
そして誰もいなくなった。
彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。
これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。
◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。
3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。
3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました!
4/1、完結しました。全14話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる