上 下
156 / 488
第三章 第一部 カースより始まる

11 噂の出どころ

しおりを挟む
「だからな、あんたから宮の上の方に俺らのこと伝えて、なあに直接じゃなくてもいいんだよ、いや、そりゃ直接お会いできればいいが、民が、どれほど前の王様にお戻りいただきたいか、それをお知りいただけたら、そんでいい。な、頼んでもらえねえかな?」

 ダルが黙ったのにかぶせるように、一番体が大きく一番押しが強そうな男が少し柔らかくそう言う。

「なあ、なんとかお願いできないかな」
「申し訳ないけど」
 
 ダルは柔らかくだがきっぱりとそう言った。

 男は座ったままのダルを上から威圧するようにギロリと見下ろし、

「なあ、あんた、なんであんただけ特別扱いなんだ?」
「特別扱い?」
「あんた、漁師のせがれだろ? そんなあんたが、お側近くにまで行けて、そんできっと直々にお言葉とかいただいてるんだろ? なあ、なんでだ? あんたが行けるなら俺らもこんだけ国のこと思ってるんだ、お伝えしていただきたいんだよ、今、こんだけ国があやういってことを」

 後半は声をやわらげ、機嫌を取るように、頼むようにそう言う。

「そういうことを耳にするような、そんなことはあの方たちのお役目じゃないよ。そんなこと、知っていただきたくない」

 ダルの言葉に男は驚いて目をむいた。

「申し訳ないけど、君たちの頼みは聞けない」

 ダルは知っている。
 マユリアが、シャンタルが、どれほどの重荷を背負って、そして苦しんでいらっしゃったか。
 これ以上あの方たちに不要な荷物を背負わせるわけにはいかない、こんな誰の仕業か分からないが、つまらない権力争いに利用なんかさせてたまるか。

「おい……」

 先頭の男が上半身をぐうっと低くして、ダルの胸元をつかんだ。

「いい気になるなよな、おまえだって所詮しょせんはただの漁師だろうが。どんな手を使って宮へ入り込んだんだよ、え!」

 男がダルをそう言って威嚇いかくするが、ダルは黙って男をじっと見るだけだ。

「なんとか言えってんだよ! いいから俺らを宮へ招待しろよ! そのぐらいのことできんだろうがよ、ええ、隊長さんよお!」
「できない」

 もう一度ダルがきっぱりと言う。

「俺にはそんな権限ないし、もしもあったとしても、そんなことはしたくない、しない」
「この野郎……」

 男はダルをじっとにらみつけていたが、少し手を緩めると、遠巻きにしている人々に向かって叫んだ。

「おい、この月虹隊隊長はな、今この国で起こってる天変地異や疫病を見て見ない振りするってよ! 自分だけが上の方々と親しく出来て、自分が漁師の息子だ、俺たちと同じ民の一人だってのをすっかり忘れちまったらしい! なあ、どう思う?」

 人々がざわざわとざわめき、あちらこちらからダルを非難するような声も聞こえてくる。

「月虹兵ってのは民と宮を結ぶって話だったのに、自分らだけがよけりゃいいってよ!」

 男がさらにあおるように声を張り上げる。

「この隊長さんがここでのんびりしてる間にも、あっちこっちの民が災害や疫病で苦しんでるってのに、それを上に訴えたいって俺たちを相手にしねえってよ! どこが民と宮を結ぶってんだよ、なあ!」
「あの」

 男が一層声を張り上げ、それに周囲の人間が反応しようとしたその時、どこかから、あまり強くはないがしっかりとした声が男にかけられた。

「なんだ!」
「ちょっとお聞きしたいことがあるんですが」
「誰だ!」
「ああ、今行きます」

 そう言って人垣の間から進み出た人を見て、ダルが驚いた。

「すみません、邪魔してしまって」

 そう言ったのは、初老に入ろうとする年頃の、髪に白い物が混じった男であった。
 
「その災害や疫病、どこで起きてるんですか?」
「え?」
「いや、どこで起きてるのか知りたくて」
「え……」

 男の声が小さくなった。

「実は、封鎖の直前にうちに弟子が来たんですが、もう少し遅かったら封鎖で街に入れなかたんです。それからそんな話は聞いたことがなかったので。だから、どこで起きてたから知りたいんです。弟子の故郷とかで起きてないかも心配ですし」

 そう、封鎖直前に来た弟子を預かった親方、ラデルであった。

「そ、その弟子ってのが知らないだけじゃないのか?」
「ええ、そうかも知れません。ですから、どこで起きてるのか教えてもらえないかと」
「いや……」

 男がさらに口ごもる。

「どなたから聞いたんですか? 弟子より後から来た人は街に入れなかったと思います。王様の交代で天がお怒りということは、『王家の鐘』が鳴った後、封鎖までの間ってことですよね? いつ、どこで起きたのか教えていただけませんか?」

 答えぬ男にラデルは不思議そうな顔をして、

「どうしました? 今、ここにいらっしゃる人にも、親戚や実家などが心配だという方もいらっしゃると思いますよ。教えていただけませんか?」

 そう言うと、あちこちから心配そうな声が上がりだした。

「よう、どこで起きてんだよ」
「うちの娘の嫁ぎ先じゃないか心配だよ!」

 ざわざわとそちらの声の方が大きくなってきたと見ると、男は、

「ふ、ふん、後で後悔しても知らんからな」

 そう言ってダルを突き飛ばすようにして放し、

「おい、行くぞ!」
 
 仲間に声をかけてそそくさとその場を離れて行った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...