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第三章 第一部 カースより始まる
9 東の街
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ダルはもうちょっとで忘れそうになりながら、なんとか思い出して月虹兵の待機室からアーリンを連れて宮を出た。
「ちょっと街の中を歩きたいので、先に帰っていいよ」
カースとは反対側にある東の月虹隊本部に愛馬のアルをつなぎ、ダルはアーリンにそう言った。
「どんな御用です? 俺もご一緒します」
「え、来るの?」
「はい、お邪魔じゃなければ」
「うーん……」
ダルは少しばかり考えた。
これから街を歩くのは、ルギに言ったように誰かが自分に話しかけてくるかも知れないからだ。
もしものことがあった時、まだ兵としての訓練もほとんど受けていない見習いのアーリンに何かのことがあっては困る。
封鎖の時でなければ家族の用だとでも言って断るのだが、ダルが封鎖で家に帰れなくなっているのは周知の事実だ。
「あ、もしかして、女性ですか」
「な!」
「でも隊長だってまだお若いし、封鎖で奥様にお会いになれなかったらさびしいから、そういうのあっても仕方ないですよね」
「違うよ!」
ダルはあまりに驚いてそれ以上のことが言えず、心の中で、
『なんてこと言うんだよ! まだ16だったよなアーリンって、俺がこの年の頃にはそんなこと言ったら大人に張り倒されてたし、ってか思いつきもしなかったぞそんなこと、他にそんなこと言ってたやつもいなかったし、いやいたな一人いた、トーヤがなんかそんなこと言ってそういうお店行きたがったりしてたよな、でもトーヤもあの時もうすぐ18だったし、18になってたかな? なってなかったっけ、どうだったっけ』
と、混乱して口をぱくぱくするだけになり、やっとのことで、
「違うからね!」
と、なんとか重ねて否定をした。
「そうなんですか?」
「そうだよ!」
「そうなんですか?」
「そうだってば!」
「へえ~」
なんだかまだ信用してもらってないみたいだが、これ以上言っても余計にこじれるだけなのはリルで身に染みて知っているのでもう黙ることにした。
「それで、どこに行かれるんです?」
「どこって……君、どうしても付いてくるの?」
「はい」
アーリンはそれが当然のように元気にしっかりとそう答えた。
ダルはどうしようかと少しばかり考える。
しばらく街をうろうろしようと思うのだが、もしもその時に声をかけてきた人間がまた何か言ってきたら、今度は話を聞いてみようと思っている。その時に誰かいてもらった方が心強いとは思うが、まだ見習いのアーリンに何かあったらどうしようとも考えている。
「隊長?」
「あ、いや」
ダルは一拍置いて聞いてみる。
「なんで付いてきたいの?」
「お邪魔ですか?」
「う~ん、特に目的なく街をうろうろするだけなんだけど」
「大丈夫です!」
「分かった、じゃあ一緒においで。でも本当にぶらぶらするだけだよ?」
「ありがとうございます!」
ダルはなんとなく、これも運命なのかなと思いながら、若い見習いと一緒に街をぶらぶらと歩くことにした。
月虹兵の本部は西と東に一つずつある。なぜならリュセルスの街は大きいからだ。何かあった時にすぐ連絡が取れるよう、憲兵の本部がそうして両方にあったので、それに習った。
王都の中央あたりには、リルの実家のような大きなお屋敷がずらっと並び、そこから街は左右に分断され、それぞれのさらに中央あたりに賑やかな繁華街が並んでいる。街の東に住む人は東の市場などを利用し、西に住む人は西の市場を利用することが多く、それぞれが別の街のように独立しているような形なので、別の街のようにも見えるが、「王都」として一つの街とされている。
ダルの生まれ育ったカースは西の街のさらに西になる。ほとんどリュセルスと一緒でありながら、なぜかリュセルスではない。誰に聞いても理由は分からない。「昔からそうだったから」としか言いようがない。
前回、アベルことベルと歩いていて声をかけられたのは西側だったが、東の本部にも届いている文の様子を見に行ったついでに、今日は東の街を歩いてみようと思っていた。
月虹兵になるまで、ダルは東の街に来ることはほとんどなかった。用事がある時には西の街で済ますことが多く、わざわざ足を伸ばして東の街まで行く必要がなかったからだ。時々カトッティにまで魚を持って行くときなんかに、少しそのあたりをうろうろしたり、漁師仲間みんなで食事をしたり、あってもその程度のことであった。
今、こうして歩いてみても、西の街と東の街にそれほどの違いを感じることはない。もっと西に歩いて中央のお屋敷街に差し掛かるとやはりかなり様子は違うものの、それ以前の東の街には、ダルが馴染みのある西の街と同じように、商店や住居などが並んでいるだけ、馴染みがある普通の街の姿をしている。
(そういやルギの家がこのあたりだったな)
八年前、シャンタルをラーラ様やマユリアから切り離した時、念のためにシャンタル付きのタリアとネイも誰も知らないところへ移動させていたのだが、その時に、「忌むべき者」となったルギとその母のためにカースの村が用意した家へ身をおいていたのだ。
ダルはその家を見つけ、目の端に置きながら、八年前と今がつながっているのだなとなんとなく実感していた。
「ちょっと街の中を歩きたいので、先に帰っていいよ」
カースとは反対側にある東の月虹隊本部に愛馬のアルをつなぎ、ダルはアーリンにそう言った。
「どんな御用です? 俺もご一緒します」
「え、来るの?」
「はい、お邪魔じゃなければ」
「うーん……」
ダルは少しばかり考えた。
これから街を歩くのは、ルギに言ったように誰かが自分に話しかけてくるかも知れないからだ。
もしものことがあった時、まだ兵としての訓練もほとんど受けていない見習いのアーリンに何かのことがあっては困る。
封鎖の時でなければ家族の用だとでも言って断るのだが、ダルが封鎖で家に帰れなくなっているのは周知の事実だ。
「あ、もしかして、女性ですか」
「な!」
「でも隊長だってまだお若いし、封鎖で奥様にお会いになれなかったらさびしいから、そういうのあっても仕方ないですよね」
「違うよ!」
ダルはあまりに驚いてそれ以上のことが言えず、心の中で、
『なんてこと言うんだよ! まだ16だったよなアーリンって、俺がこの年の頃にはそんなこと言ったら大人に張り倒されてたし、ってか思いつきもしなかったぞそんなこと、他にそんなこと言ってたやつもいなかったし、いやいたな一人いた、トーヤがなんかそんなこと言ってそういうお店行きたがったりしてたよな、でもトーヤもあの時もうすぐ18だったし、18になってたかな? なってなかったっけ、どうだったっけ』
と、混乱して口をぱくぱくするだけになり、やっとのことで、
「違うからね!」
と、なんとか重ねて否定をした。
「そうなんですか?」
「そうだよ!」
「そうなんですか?」
「そうだってば!」
「へえ~」
なんだかまだ信用してもらってないみたいだが、これ以上言っても余計にこじれるだけなのはリルで身に染みて知っているのでもう黙ることにした。
「それで、どこに行かれるんです?」
「どこって……君、どうしても付いてくるの?」
「はい」
アーリンはそれが当然のように元気にしっかりとそう答えた。
ダルはどうしようかと少しばかり考える。
しばらく街をうろうろしようと思うのだが、もしもその時に声をかけてきた人間がまた何か言ってきたら、今度は話を聞いてみようと思っている。その時に誰かいてもらった方が心強いとは思うが、まだ見習いのアーリンに何かあったらどうしようとも考えている。
「隊長?」
「あ、いや」
ダルは一拍置いて聞いてみる。
「なんで付いてきたいの?」
「お邪魔ですか?」
「う~ん、特に目的なく街をうろうろするだけなんだけど」
「大丈夫です!」
「分かった、じゃあ一緒においで。でも本当にぶらぶらするだけだよ?」
「ありがとうございます!」
ダルはなんとなく、これも運命なのかなと思いながら、若い見習いと一緒に街をぶらぶらと歩くことにした。
月虹兵の本部は西と東に一つずつある。なぜならリュセルスの街は大きいからだ。何かあった時にすぐ連絡が取れるよう、憲兵の本部がそうして両方にあったので、それに習った。
王都の中央あたりには、リルの実家のような大きなお屋敷がずらっと並び、そこから街は左右に分断され、それぞれのさらに中央あたりに賑やかな繁華街が並んでいる。街の東に住む人は東の市場などを利用し、西に住む人は西の市場を利用することが多く、それぞれが別の街のように独立しているような形なので、別の街のようにも見えるが、「王都」として一つの街とされている。
ダルの生まれ育ったカースは西の街のさらに西になる。ほとんどリュセルスと一緒でありながら、なぜかリュセルスではない。誰に聞いても理由は分からない。「昔からそうだったから」としか言いようがない。
前回、アベルことベルと歩いていて声をかけられたのは西側だったが、東の本部にも届いている文の様子を見に行ったついでに、今日は東の街を歩いてみようと思っていた。
月虹兵になるまで、ダルは東の街に来ることはほとんどなかった。用事がある時には西の街で済ますことが多く、わざわざ足を伸ばして東の街まで行く必要がなかったからだ。時々カトッティにまで魚を持って行くときなんかに、少しそのあたりをうろうろしたり、漁師仲間みんなで食事をしたり、あってもその程度のことであった。
今、こうして歩いてみても、西の街と東の街にそれほどの違いを感じることはない。もっと西に歩いて中央のお屋敷街に差し掛かるとやはりかなり様子は違うものの、それ以前の東の街には、ダルが馴染みのある西の街と同じように、商店や住居などが並んでいるだけ、馴染みがある普通の街の姿をしている。
(そういやルギの家がこのあたりだったな)
八年前、シャンタルをラーラ様やマユリアから切り離した時、念のためにシャンタル付きのタリアとネイも誰も知らないところへ移動させていたのだが、その時に、「忌むべき者」となったルギとその母のためにカースの村が用意した家へ身をおいていたのだ。
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