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第三章 第一部 カースより始まる

 3 文の可能性

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 ダルは本部から飛び出すと馬房に駆け込み、愛馬アルにひょいとまたがった。
 もう八年の相棒、ダルの気持ちをよくくんでくれるいい馬だ。元神馬しんめだけに性格が良いだけではなく見た目も美しい。

「隊長、待って下さい! 俺も一緒に行きたいです!」

 続いて駆け込んできてこちらも自分の馬にまたがったのは、さっきの予備兵のアーリンだ。実家が裕福なだけあり、乗馬も自分の馬を持ち込んできている。

「行きたいです!」

 もう一度馬上からダルにそう言う。
 アーリンはまだ宮へ行ったことがない。この機会に隊長に付いていけば入れると思っているのかも知れない。

 ダルはふうっと一つ息を吐いて、

「いい馬だね、君の馬? 名前はなんていうの?」

 と聞いた。

「あ、は、はい、ジェンズです」
「そう、いい名前だね。じゃあしっかりついでおいでよ」
「はい! ありがとうございます!」

 アーリンを伴って宮へと急ぐ。

 本当はあの日、

「ダルはリュセルスでの捜索を続けるように。エリス様ご一行が見つかるまでは日々の報告も不要、宮へ来る必要はありません」

 そうはっきりとマユリアから言われている。
 あの状況ではダルとリルも一行の協力者として拘束されかねなかったのを、マユリアがそう言って宮から出してくださったのだ。

 アルは空を駆けるように走る。ジェンズもそれによく付いて走った。よほどアーリンと心が通じているのだろうと、ダルは後ろをちらりと見ながらそう思った。

 いつもは西の本部から宮へ行く時、正門ではなく西の方にある「横手門」から入ることが多い。単に距離が近いからなのだが、今日はあえて正門へ回った。
 堂々と正面から入りたかったからだ。

 正門の衛士に名乗ると特に止められることはなかった。本当に出入り禁止になっていたら止められるかもと思っていたのだが、あの通告は正式なものではなかったからだろう。

 正門から客殿の入り口に進み、そこで馬番にアルとジェンズを預けて中に入った。
 アーリンは初めて入る宮の中に、どこを見ていいか分からないようにキョロキョロしている。

(俺が初めて宮に来た時みたいだな)

 ダルは八年前、トーヤの招待でここに来た日のことを思い出し、心が緩んだ。
 あの時は、まさかこんな道を進むとは全く思っていなかったなあ、そうも思う。
 
 客殿の一階で客室係の侍女にキリエへの訪問を告げる。

「私は自室で返事を待ちますので、こっちの若い月光兵を控室に案内いただけますか?」
「え?」

 アーリンが驚いてそんな声を出した。

「ん、どうしたの?」
「いや、俺も一緒に侍女頭にお会いできるかと」
「ああ」

 どうやらアーリンは「隊長室」まで連れて行ってもらえて、侍女頭への訪問にも付いて行けると思っていたらしい。

 ダルは軽く微笑んで、

「ちょっと大事な話だから控室で待っててもらえるかな。控室にも行くの初めてだろ? 今日の当番がいるはずだから、必要なことがないか聞いて手伝ってあげてくれるかな」

 そう言うとアーリンは、

「あ、はい、分かりました」

 少し不満そうに、それでもそう答えたので、ダルはアーリンを任せて自室へと急ぐ。

 しばらく待つと侍女頭付きの侍女が尋ねてきて、キリエの執務室へと案内された。

「エリス様たちの行き先が分かったのですか?」

 キリエが無表情で事務的に聞く。

「いえ、それは分かりませんでしたが……」

 ベルからリルがキリエに「アベルの青い鳥」を渡したことは聞いている。
 どういう形でかはベルは教えてくれなかったが、トーヤが宮へ入っていたことも聞いた。
 つまり、それを知っている上で、どうして戻ったのかと聞いているのだ。

「マユリアからのご命令は重々承知の上で戻ってきました。それだけの理由がありました」
「言ってみなさい」

 あくまで「侍女頭」と「月虹隊隊長」としての立場を崩さずキリエが言う。

「これなんですが」

 ダルは持ってきた文の束を見せた。

「これは?」

 何枚かをパラパラと見ながらキリエが尋ねる。

「はい、月虹隊の本部に届けられた文です。これでもまだ一部なんです」
「前国王にお戻りいただきたい、今の国王陛下には天の御加護がない」
「そうです。そして天の怒りが恐ろしい、宮から王に命じてほしい、と」
「そのようですね」

 宮への要望はこうしてキリエに届けられることもあるのだが、今回のこれは確かに異常だ。

「それで、これを届けてどうしようと?」
「どうしていいのか分かりません。それでご相談に上がりました」

 ダルは正直に言う。
 至極全うな理由であった。

 月虹隊はマユリアの肝いりで作られた隊であり、形としてはマユリア直属に近い。
 だが、さすがに司令系統はマユリア直通というわけにはいかないので、ダルの上は侍女頭、つまりキリエという形になっているからだ。

「あまりに数が多いと思います。これ、もしかすると、誰かの命令で民たちに書かせているという可能性、ないでしょうか?」
「民たちに命令?」

 キリエが不審そうな顔でそう言う。
 大部分の者にはその変化は読み取れないだろうが、何度もキリエの素の顔を見て、素の人柄を知っているダルには分かる。

「ええ」
「誰が一体どうして」
「それ、キリエ様へのこととつながってたりはしないでしょうか?」

 ダルが正面から疑問をぶつけた。
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