黒のシャンタル 第三話 シャンタリオの動乱

小椋夏己

文字の大きさ
上 下
148 / 488
第三章 第一部 カースより始まる

 3 文の可能性

しおりを挟む
 ダルは本部から飛び出すと馬房に駆け込み、愛馬アルにひょいとまたがった。
 もう八年の相棒、ダルの気持ちをよくくんでくれるいい馬だ。元神馬しんめだけに性格が良いだけではなく見た目も美しい。

「隊長、待って下さい! 俺も一緒に行きたいです!」

 続いて駆け込んできてこちらも自分の馬にまたがったのは、さっきの予備兵のアーリンだ。実家が裕福なだけあり、乗馬も自分の馬を持ち込んできている。

「行きたいです!」

 もう一度馬上からダルにそう言う。
 アーリンはまだ宮へ行ったことがない。この機会に隊長に付いていけば入れると思っているのかも知れない。

 ダルはふうっと一つ息を吐いて、

「いい馬だね、君の馬? 名前はなんていうの?」

 と聞いた。

「あ、は、はい、ジェンズです」
「そう、いい名前だね。じゃあしっかりついでおいでよ」
「はい! ありがとうございます!」

 アーリンを伴って宮へと急ぐ。

 本当はあの日、

「ダルはリュセルスでの捜索を続けるように。エリス様ご一行が見つかるまでは日々の報告も不要、宮へ来る必要はありません」

 そうはっきりとマユリアから言われている。
 あの状況ではダルとリルも一行の協力者として拘束されかねなかったのを、マユリアがそう言って宮から出してくださったのだ。

 アルは空を駆けるように走る。ジェンズもそれによく付いて走った。よほどアーリンと心が通じているのだろうと、ダルは後ろをちらりと見ながらそう思った。

 いつもは西の本部から宮へ行く時、正門ではなく西の方にある「横手門」から入ることが多い。単に距離が近いからなのだが、今日はあえて正門へ回った。
 堂々と正面から入りたかったからだ。

 正門の衛士に名乗ると特に止められることはなかった。本当に出入り禁止になっていたら止められるかもと思っていたのだが、あの通告は正式なものではなかったからだろう。

 正門から客殿の入り口に進み、そこで馬番にアルとジェンズを預けて中に入った。
 アーリンは初めて入る宮の中に、どこを見ていいか分からないようにキョロキョロしている。

(俺が初めて宮に来た時みたいだな)

 ダルは八年前、トーヤの招待でここに来た日のことを思い出し、心が緩んだ。
 あの時は、まさかこんな道を進むとは全く思っていなかったなあ、そうも思う。
 
 客殿の一階で客室係の侍女にキリエへの訪問を告げる。

「私は自室で返事を待ちますので、こっちの若い月光兵を控室に案内いただけますか?」
「え?」

 アーリンが驚いてそんな声を出した。

「ん、どうしたの?」
「いや、俺も一緒に侍女頭にお会いできるかと」
「ああ」

 どうやらアーリンは「隊長室」まで連れて行ってもらえて、侍女頭への訪問にも付いて行けると思っていたらしい。

 ダルは軽く微笑んで、

「ちょっと大事な話だから控室で待っててもらえるかな。控室にも行くの初めてだろ? 今日の当番がいるはずだから、必要なことがないか聞いて手伝ってあげてくれるかな」

 そう言うとアーリンは、

「あ、はい、分かりました」

 少し不満そうに、それでもそう答えたので、ダルはアーリンを任せて自室へと急ぐ。

 しばらく待つと侍女頭付きの侍女が尋ねてきて、キリエの執務室へと案内された。

「エリス様たちの行き先が分かったのですか?」

 キリエが無表情で事務的に聞く。

「いえ、それは分かりませんでしたが……」

 ベルからリルがキリエに「アベルの青い鳥」を渡したことは聞いている。
 どういう形でかはベルは教えてくれなかったが、トーヤが宮へ入っていたことも聞いた。
 つまり、それを知っている上で、どうして戻ったのかと聞いているのだ。

「マユリアからのご命令は重々承知の上で戻ってきました。それだけの理由がありました」
「言ってみなさい」

 あくまで「侍女頭」と「月虹隊隊長」としての立場を崩さずキリエが言う。

「これなんですが」

 ダルは持ってきた文の束を見せた。

「これは?」

 何枚かをパラパラと見ながらキリエが尋ねる。

「はい、月虹隊の本部に届けられた文です。これでもまだ一部なんです」
「前国王にお戻りいただきたい、今の国王陛下には天の御加護がない」
「そうです。そして天の怒りが恐ろしい、宮から王に命じてほしい、と」
「そのようですね」

 宮への要望はこうしてキリエに届けられることもあるのだが、今回のこれは確かに異常だ。

「それで、これを届けてどうしようと?」
「どうしていいのか分かりません。それでご相談に上がりました」

 ダルは正直に言う。
 至極全うな理由であった。

 月虹隊はマユリアの肝いりで作られた隊であり、形としてはマユリア直属に近い。
 だが、さすがに司令系統はマユリア直通というわけにはいかないので、ダルの上は侍女頭、つまりキリエという形になっているからだ。

「あまりに数が多いと思います。これ、もしかすると、誰かの命令で民たちに書かせているという可能性、ないでしょうか?」
「民たちに命令?」

 キリエが不審そうな顔でそう言う。
 大部分の者にはその変化は読み取れないだろうが、何度もキリエの素の顔を見て、素の人柄を知っているダルには分かる。

「ええ」
「誰が一体どうして」
「それ、キリエ様へのこととつながってたりはしないでしょうか?」

 ダルが正面から疑問をぶつけた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

弟に裏切られ、王女に婚約破棄され、父に追放され、親友に殺されかけたけど、大賢者スキルと幼馴染のお陰で幸せ。

克全
ファンタジー
「アルファポリス」「カクヨム」「ノベルバ」に同時投稿しています。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

処理中です...