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第二章 第三部 女神の国
4 神殿の温室
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ルギは以前神官長と話したことを思い出し、頭の中で軽く整理をした。
あの時、今とほとんど同じことを言っていた。
「その話は以前にも伺っておりましたが」
「いえ、そうではないのです」
神官長は弱々しく首を振る。
「もしかしたら、ではなく、間違いなくそれだ、そう言いました。そして私が書物で読んだ青くする方法も詳しく話しておりました。」
「つまり、セルマ様はあの香炉が青く変容すること、そしてその方法を御存知だったということですか」
「その通りです。そして私はあの香炉が神殿からなくなっていたのに気づいておりながら、セルマをかばってあのように言いました。黒い香炉までは調べられぬであろうと思って。申し訳ありません」
ルギは神官長が何を言いたいのか理解できぬまま、黙って続きを聞くことにした。
「セルマは本当にこの宮の、この国の、そしてこの世界のことを思っております。それであの香炉を青く変え、キリエ殿に届けるということをしたのやも知れません」
また驚く言葉が出てきた。
「神官長はセルマ様があの香炉をキリエ様に届けた、そうおっしゃるのですね」
「やもしれぬ、ということです」
これはどういうことなのか。
ルギは表情を変えぬまま色々と考えを巡らせる。
今になってセルマにすべてのことを押し付け、自分だけは罪を逃れるつもりなのか?
それが一番単純に理解できるように思ったが、そうなるとセルマも黙ってはおらぬだろう。
「それもこれも、全てこの宮を思うが故です」
神官長がもう一度同じ言葉を重ねる。
「理解できぬのですが」
ルギも正直に思ったことを口にする。
「なぜ、キリエ様を傷つけることがこの宮のためになるのでしょう」
「以前、セルマに言ったことがあるのです」
神官長が目を閉じ、軽く首を左右に振って、いかにも痛ましいという顔になる。
ルギは黙って次の言葉を待つ。
「セルマに、どうやってでもマユリアの信頼を得てほしい、そう申しました。ですが、マユリアはキリエ殿に与えるほどの信頼をセルマには与えてくださらなかった。それで焦ってあのような行動に出たのではないか、そう考えるようになったのです」
やはりまだ理解できない。
「マユリアの信頼を得たいとお思いなら、ただただ賢明に尽くせばよいのではないですか。なぜキリエ様を傷つける必要が」
「キリエ殿をマユリアから遠ざけたかったのではないか、と」
それは真実だ。
そのために神官長はセルマに色々と策を弄するように助言をしていた。
「セルマは焦っていたのです。もう時がない、それであの香炉を使い、キリエ殿を寝付かせてマユリアと引き離したかったのでしょう。そうすれば自分を頼ってくださるのではないかと。決してひどく傷つけるとか、命を取ろうとか、そういうことではないのです」
「あの香炉にくべられていたものをご存知なのですね」
少し薬の知識のある者なら知っている有名なものだと侍医が言っていた。博識で知られる神官長なら知っていてもおかしくはない。
「はい、もちろん私は知っております。そしてそのことも、以前、世間話としてセルマにしたことがあるのです。それで思いついたのではないかと……」
「では、あのピンクの花もセルマ様が持ち込んだということでしょうか」
「いえ、それは分かりません」
ほう、そう来たかとルギは思った。
「ではあの花は誰が?」
「おそらく、それはあのご一行かと」
なるほど、香炉についてはどうやってもエリス様ご一行が持ち込むのは不可能だ。それで花と香炉は別の人間が持ち込んだ、最初に手を出したのはあちらだと持っていきたいわけか。
「つまりエリス様とその護衛や侍女がやったと?」
「もしかすると、です」
「そもそもあの花をどこで手に入れたと言うのでしょう」
「そのことなのです」
神官長がぐいっと体を乗り出した。
「神殿の裏庭から一鉢、失われていた花がありました」
「神殿の裏庭?」
また思わぬ場所が出てきたものだ。
「はい。神殿にはお参りに来られた方が時間を潰したり、散策したりなさる庭や花壇がございます」
「ああ、確かにありますな」
ルギも職務のために神殿にも出向くことがある。
神殿には前の宮と客殿の間あたりから渡り廊下を渡って行くことができるが、その廊下の周辺に歩いて回ることができる庭や小道がある。
「大抵の方は表の庭にあるベンチなどで休憩などなさいますが、裏庭には小さな温室があるのです。その温室から花が一鉢、なくなっておりました。その時期がキリエ殿が体調を崩された頃だったかと」
確かに神殿の裏に小さな温室があった。
ルギも見たことがあり、思い出した。
なるほど、あの花の出どころはそこかとルギは合点がいった。
元々のピンクの花は街のどこでも見られるものだ。だが毒のある、花の中心に少しばかり黒い線が入っているとフウが言っていた花は、あちこち調べてはみたが見当たらなかったのだ。
宮の温室や花壇も調べたがやはり見つからなかった。
もちろん神殿周辺も調べてはいるのだが、その話は初めて聞いた。
「本当に小さな温室で、雑多にいくつか鉢を置いてあるだけですので、一鉢ぐらいなくなっていても、誰も気づかなかったと思います」
神官長の顔が勝ち誇ったようにルギには見えた。
あの時、今とほとんど同じことを言っていた。
「その話は以前にも伺っておりましたが」
「いえ、そうではないのです」
神官長は弱々しく首を振る。
「もしかしたら、ではなく、間違いなくそれだ、そう言いました。そして私が書物で読んだ青くする方法も詳しく話しておりました。」
「つまり、セルマ様はあの香炉が青く変容すること、そしてその方法を御存知だったということですか」
「その通りです。そして私はあの香炉が神殿からなくなっていたのに気づいておりながら、セルマをかばってあのように言いました。黒い香炉までは調べられぬであろうと思って。申し訳ありません」
ルギは神官長が何を言いたいのか理解できぬまま、黙って続きを聞くことにした。
「セルマは本当にこの宮の、この国の、そしてこの世界のことを思っております。それであの香炉を青く変え、キリエ殿に届けるということをしたのやも知れません」
また驚く言葉が出てきた。
「神官長はセルマ様があの香炉をキリエ様に届けた、そうおっしゃるのですね」
「やもしれぬ、ということです」
これはどういうことなのか。
ルギは表情を変えぬまま色々と考えを巡らせる。
今になってセルマにすべてのことを押し付け、自分だけは罪を逃れるつもりなのか?
それが一番単純に理解できるように思ったが、そうなるとセルマも黙ってはおらぬだろう。
「それもこれも、全てこの宮を思うが故です」
神官長がもう一度同じ言葉を重ねる。
「理解できぬのですが」
ルギも正直に思ったことを口にする。
「なぜ、キリエ様を傷つけることがこの宮のためになるのでしょう」
「以前、セルマに言ったことがあるのです」
神官長が目を閉じ、軽く首を左右に振って、いかにも痛ましいという顔になる。
ルギは黙って次の言葉を待つ。
「セルマに、どうやってでもマユリアの信頼を得てほしい、そう申しました。ですが、マユリアはキリエ殿に与えるほどの信頼をセルマには与えてくださらなかった。それで焦ってあのような行動に出たのではないか、そう考えるようになったのです」
やはりまだ理解できない。
「マユリアの信頼を得たいとお思いなら、ただただ賢明に尽くせばよいのではないですか。なぜキリエ様を傷つける必要が」
「キリエ殿をマユリアから遠ざけたかったのではないか、と」
それは真実だ。
そのために神官長はセルマに色々と策を弄するように助言をしていた。
「セルマは焦っていたのです。もう時がない、それであの香炉を使い、キリエ殿を寝付かせてマユリアと引き離したかったのでしょう。そうすれば自分を頼ってくださるのではないかと。決してひどく傷つけるとか、命を取ろうとか、そういうことではないのです」
「あの香炉にくべられていたものをご存知なのですね」
少し薬の知識のある者なら知っている有名なものだと侍医が言っていた。博識で知られる神官長なら知っていてもおかしくはない。
「はい、もちろん私は知っております。そしてそのことも、以前、世間話としてセルマにしたことがあるのです。それで思いついたのではないかと……」
「では、あのピンクの花もセルマ様が持ち込んだということでしょうか」
「いえ、それは分かりません」
ほう、そう来たかとルギは思った。
「ではあの花は誰が?」
「おそらく、それはあのご一行かと」
なるほど、香炉についてはどうやってもエリス様ご一行が持ち込むのは不可能だ。それで花と香炉は別の人間が持ち込んだ、最初に手を出したのはあちらだと持っていきたいわけか。
「つまりエリス様とその護衛や侍女がやったと?」
「もしかすると、です」
「そもそもあの花をどこで手に入れたと言うのでしょう」
「そのことなのです」
神官長がぐいっと体を乗り出した。
「神殿の裏庭から一鉢、失われていた花がありました」
「神殿の裏庭?」
また思わぬ場所が出てきたものだ。
「はい。神殿にはお参りに来られた方が時間を潰したり、散策したりなさる庭や花壇がございます」
「ああ、確かにありますな」
ルギも職務のために神殿にも出向くことがある。
神殿には前の宮と客殿の間あたりから渡り廊下を渡って行くことができるが、その廊下の周辺に歩いて回ることができる庭や小道がある。
「大抵の方は表の庭にあるベンチなどで休憩などなさいますが、裏庭には小さな温室があるのです。その温室から花が一鉢、なくなっておりました。その時期がキリエ殿が体調を崩された頃だったかと」
確かに神殿の裏に小さな温室があった。
ルギも見たことがあり、思い出した。
なるほど、あの花の出どころはそこかとルギは合点がいった。
元々のピンクの花は街のどこでも見られるものだ。だが毒のある、花の中心に少しばかり黒い線が入っているとフウが言っていた花は、あちこち調べてはみたが見当たらなかったのだ。
宮の温室や花壇も調べたがやはり見つからなかった。
もちろん神殿周辺も調べてはいるのだが、その話は初めて聞いた。
「本当に小さな温室で、雑多にいくつか鉢を置いてあるだけですので、一鉢ぐらいなくなっていても、誰も気づかなかったと思います」
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