上 下
124 / 488
第二章 第二部 揺れる故郷

21 アランと女神

しおりを挟む
 アランの取り調べも一応は終わり、警護隊隊長室から移動することになった。

「その前に少し連れていく場所がある」

 そう言ってルギがアランの腕を縛っていた縄を解いた。

「いいんすか、そういうことして」

 アランが不思議そうに聞くと、

「逃げるつもりなら戻っては来ないだろう」
 
 そう答えるので、

「だったらもっと早くほどいてくれればよかったのに、ほら、痕がついちゃったし」

 という言葉を聞いて、またゼトが口端をわずかだが引き上げる。

「後で部屋へ連れて行くから準備しておいてくれ」
「はっ!」

 ルギが声をかけ、ゼトと他の衛士たちが部屋から出ていった。

「あまりうちの若いのをからかわんでくれ」
「若いっても俺より上じゃないっすか?」
「俺よりは若い」
「そりゃまそうか。トーヤぐらいですかね?」
「そんなものだろう」

 どちらも誰のことと言わずとも分かっているようだ。
 
 そうして話しながら着いた部屋は、

「ここって……」

 そうではないかと思ったが、やはりここに連れてこられたかとアランがごくりと喉を鳴らした。

「入れ」

 そこはマユリアの客室だった。

 「例のお茶会」をやった部屋だとトーヤから聞いていた。
 それで初めて招待されたお茶会がこの部屋だろうと言われていたのが、シャンタルの私室であったのが予想外だった。
 だが、今ここで、他の者もおらず、マユリアとルギの三人で話すとなると、やはりちょっと都合が違うとアランは思っていた。

「よく来てくれました。お掛けなさい」

 相変わらずこの世のものとは思えぬ美しい人が、微笑みながらアランに椅子を勧める。

「失礼します」

 かろうじてそう言って、アランは椅子にぎこちなく腰を掛けた。

「トーヤのことを聞きたいとの仰せだ」

 ルギがさっきとは全く様子が違うアランに、全く同じ様子でそう言う。

「トーヤのことですか」
「ええ。以前はトーヤの知り人とは知らず、聞きそびれました」

 マユリアがそう言って嫣然えんぜんと微笑む。

「は、はあ、そうっすか……」

 アランは頭がぼおっとして何をどう言っていいのかも考えられず、そんな風に答えてから、

「あ!」

 と、今度は自分の発言が失礼だと思い、思わず声を出してしまった。

「楽にしてくださいな」

 マユリアが優しく微笑んでそう言ってくれても、やはり何をどうしていいのか分からない。

(トーヤ、今の俺と同じぐらいの年で、そんでたった一人でこの人やこの宮と渡り合ったんだよな。やっぱすげえよあんた……)

 心の中でそう言いながら、ただ黙り込んでしまう。

「トーヤの仲間なのですってね」

 マユリアがアランの気持ちをほぐすように、ゆっくりとそう聞いた。

「あ、はい」
「どこでどうして知り合ったのですか?」
「あ、あの、えっと」
 
 話そうとするが、どぎまぎしてうまく説明ができない。

「さっき聞いた話に間違いはないのだな?」
「え?」
「知り合った時のことだ」
「え、あ、そうです」
「私からまとめてお話させてよろしいでしょうか」
「ええ、アランさえよければ」
「あ、あの、お願いします」

 情けないと思いながらもルギの助け舟がありがたかった。

 ルギがさきほど聞いた話をマユリアにまとめて話す。

「そのエリス様が先代であったのですね」
「はい」
「そうですか、戦場に」

 マユリアの美しいかんばせが陰った。

「ですが、そうなることも構わぬ、そう言ったのはわたくしです。もしもそうなるならば、それが運命なのでしょうと」
「あ、あの!」

 思わずアランは半分立ち上がりながら声をかけていた。

「どうしました」
「あの、あいつは、シャンタルは、その、手を汚すようなことはしていません! トーヤが必死で守ってました」
「え?」
「俺、俺も妹にそういう真似はさすまい、そう思って必死に守ってました。トーヤもそうでした。あの、だからあいつは、全然汚れてません。ずっと人を助けること、そればかりでした。それで俺も助けられたんです!」

 必死にそう訴えるアランに、マユリアの表情がやわらぐ。

「ありがとう」
「い、いえ……」
「それで、トーヤたちとはどのような暮らしをしていたのですか?」
「あ、はい」

 こうして一度話してしまったからか、力が抜けてアランは話をすることができた。
 まるで自分がベルになったかのように話している、そう思いながらも色々なことを話していた。
 
「それで、何かあるとトーヤとベルが、そりゃもうつかみかからんかのようにぶつかるんですよ。それを間で笑いながらシャンタルが止めるのがお約束なんです」
「まあ」

 美しい女神もほぐれた様子でアランの話を聞いて美しく笑う。

「その時、あなたはどうしていたのです?」
「あ、俺ですか? 俺は大抵黙って見てました。やれやれと思いながら」
「話を聞いていると、なんだかアランが一番年上のように思えます」
「そうなんですよ。トーヤ、なんでかベルとだけはそんな風に、子どもみたいに張り合って、それをシャンタルが止めるんです。俺は、それでもどうにもならなくなった時にだけ口出すって感じです」
「そうなのですか」
「ええ、そんな感じなもんで、とうとうシャンタルから『アラン隊長』と呼ばれるようになってしまいました」
「まあ」

 一体何の時間なのか分からないが、微笑ましい時間が過ぎていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚

咲良喜玖
ファンタジー
アーリア戦記から抜粋。 帝国歴515年。サナリア歴3年。 新国家サナリア王国は、超大国ガルナズン帝国の使者からの宣告により、国家存亡の危機に陥る。 アーリア大陸を二分している超大国との戦いは、全滅覚悟の死の戦争である。 だからこそ、サナリア王アハトは、帝国に従属することを決めるのだが。 当然それだけで交渉が終わるわけがなく、従属した証を示せとの命令が下された。 命令の中身。 それは、二人の王子の内のどちらかを選べとの事だった。 出来たばかりの国を守るために、サナリア王が判断した人物。 それが第一王子である【フュン・メイダルフィア】だった。 フュンは弟に比べて能力が低く、武芸や勉学が出来ない。 彼の良さをあげるとしたら、ただ人に優しいだけ。 そんな人物では、国を背負うことが出来ないだろうと、彼は帝国の人質となってしまったのだ。 しかし、この人質がきっかけとなり、長らく続いているアーリア大陸の戦乱の歴史が変わっていく。 西のイーナミア王国。東のガルナズン帝国。 アーリア大陸の歴史を支える二つの巨大国家を揺るがす英雄が誕生することになるのだ。 偉大なる人質。フュンの物語が今始まる。 他サイトにも書いています。 こちらでは、出来るだけシンプルにしていますので、章分けも簡易にして、解説をしているあとがきもありません。 小説だけを読める形にしています。

前世の祖母に強い憧れを持ったまま生まれ変わったら、家族と婚約者に嫌われましたが、思いがけない面々から物凄く好かれているようです

珠宮さくら
ファンタジー
前世の祖母にように花に囲まれた生活を送りたかったが、その時は母にお金にもならないことはするなと言われながら成長したことで、母の言う通りにお金になる仕事に就くために大学で勉強していたが、彼女の側には常に花があった。 老後は、祖母のように暮らせたらと思っていたが、そんな日常が一変する。別の世界に子爵家の長女フィオレンティーナ・アルタヴィッラとして生まれ変わっても、前世の祖母のようになりたいという強い憧れがあったせいか、前世のことを忘れることなく転生した。前世をよく覚えている分、新しい人生を悔いなく過ごそうとする思いが、フィオレンティーナには強かった。 そのせいで、貴族らしくないことばかりをして、家族や婚約者に物凄く嫌われてしまうが、思わぬ方面には物凄く好かれていたようだ。

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」 授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。 途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。 ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。 駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。 しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。 毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。 翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。 使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった! 一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。 その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。 この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。 次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。 悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。 ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった! <第一部:疫病編> 一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24 二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29 三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31 四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4 五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8 六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11 七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18

突然現れた妹に全部奪われたけど、新しく兄ができて幸せです

富士とまと
恋愛
領地から王都に戻ったら、妹を名乗る知らない少女がいて、私のすべては奪われていた。 お気に入りのドレスも、大切なぬいぐるみも、生活していた部屋も、大好きなお母様も。 領地に逃げ帰ったら、兄を名乗る知らない少年がいて、私はすべてを取り返した。

病弱が転生 ~やっぱり体力は無いけれど知識だけは豊富です~

於田縫紀
ファンタジー
 ここは魔法がある世界。ただし各人がそれぞれ遺伝で受け継いだ魔法や日常生活に使える魔法を持っている。商家の次男に生まれた俺が受け継いだのは鑑定魔法、商売で使うにはいいが今一つさえない魔法だ。  しかし流行風邪で寝込んだ俺は前世の記憶を思い出す。病弱で病院からほとんど出る事無く日々を送っていた頃の記憶と、動けないかわりにネットや読書で知識を詰め込んだ知識を。  そしてある日、白い花を見て鑑定した事で、俺は前世の知識を使ってお金を稼げそうな事に気付いた。ならば今のぱっとしない暮らしをもっと豊かにしよう。俺は親友のシンハ君と挑戦を開始した。  対人戦闘ほぼ無し、知識チート系学園ものです。

転生チートは家族のために~ユニークスキルで、快適な異世界生活を送りたい!~

りーさん
ファンタジー
 ある日、異世界に転生したルイ。  前世では、両親が共働きの鍵っ子だったため、寂しい思いをしていたが、今世は優しい家族に囲まれた。  そんな家族と異世界でも楽しく過ごすために、ユニークスキルをいろいろと便利に使っていたら、様々なトラブルに巻き込まれていく。 「家族といたいからほっといてよ!」 ※スキルを本格的に使い出すのは二章からです。

処理中です...