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第二章 第二部 揺れる故郷
12 不安と理由
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「それで、どうしてなんだい?」
黙り込んだトーヤにナスタがそっと声をかけた。
「あ、ああ、ごめん、おふくろさん」
トーヤがはっと現実に戻り、ナスタに笑いながら謝る。
「いや、もうな、怒られてもいいかなって」
「え?」
「俺な、この国が、ここの人たちがどうなってるか分かんなくてな。もしかしたら変わっちまってるかも知れねえ、そう思ったんですんなりここには来られなかった」
「バカ息子!」
「いて!」
言った途端にナスタがトーヤの頭をはたいた。
「やっぱ怒られたか、って、いて!」
トーヤが笑いながらそう言うと、もう一発ナスタが頭をはたく。
「当たり前だろ! 八年も離れてて、そんで会ってなかったら、相手がどうなってるか心配になっても当然じゃないか! それをそう思ったことを謝るって、あんたはどんだけあたしらをなめてんだい、このバカ息子!」
ついでとばかりもう一発張り倒す。
「いてえなあ、おふくろさん」
そう言いながらもトーヤは幸せだった。
だが……
(だからこそ絶対にこの人たちを、この村を傷つけるようなことだけはしちゃなんねえ)
トーヤは笑顔の下で密かにそう誓う。
「それで、なんで宮に行ってたんだい」
張り倒された頭を撫でているトーヤにナスタがあらためて聞く。
「それなあ」
もう隠し事はしないと決めてはいたものの、どう話せばいいものやら。
「あの、『中の国』の方って噂、聞いてますか?」
ベルがトーヤに代わるようにそう聞いた。
「かあちゃん、あれだよあれ、ほら噂になってただろ」
「ああ、エリス様ってやつか」
どうやらエリス様の名はカースまで届いていたようだ。
「確か、他の奥様に殺されそうになって逃げてきたとか、そんな感じだったよね」
「そういう感じだったな」
「そうか知ってるか、そんじゃ話は早い」
トーヤがうんうんと頷く。
「そのエリス様のな、中身がこいつなんだよ」
「へ?」
トーヤがまたクイッとシャンタルを右手の親指で指し、ダリオが間の抜けた声を出した。
「ええとだね」
ナスタが考えながらシャンタルをじっと見る。
「あたしが聞いたところじゃ、エリス様って方は髪の毛1本見えないように絹を頭からかぶった格好なさってたらしいんだけどさ、その格好されてたのが、その」
「そう、こいつ、シャンタルなんです。そんでおれがその侍女」
「へ!」
ダリオがもっと間の抜けた声を出す。
「まあ、そういうこった」
トーヤが軽く軽く一言添えた。
「分かるだろ? こいつをそのままこの国に入れる訳にはいかなかった。それに俺も、知ってる人間が多少はいるからな。もしもこいつが変装しても俺を見て、あれえ? って思うやつが出ないとも限らん。それで考えてそういうことにしたんだよ」
「おれが侍女で、そんで俺の兄貴とトーヤが護衛ってことになってました」
「ああ、あれか、なんか薄い髪の色の若い男」
「って、おまえ、見に行ったんだね?」
「えっと」
どうやらダリオは「噂の奥様」を見に行ったことがあるらしい。
「まあ、あれだけ噂になってたからな。ダリオだってそのぐらいの興味はあるだろうよ」
と、サディがダリオをかばったのは、おそらく自分も興味本位で見に行ったからだろう。
「ほんっとどうしようもないね、男どもは……」
ナスタが大きく肩を上下してため息をつく。
「まああたしもちょっと見に行ったけどさ」
「母ちゃんもかよ!」
「そりゃ、あんだけ噂になってたらねえ」
ナスタとダリオが顔を見合わせて笑うのを見て、ベルも吹き出した。
「俺は行かなくて正解だったな。行ったらおふくろさんたちに一発でばれてたよ」
「まあそうだね」
ナスタが笑いながら認める。
「でもさ、なんかとんでもないお金持ちだって話だったよ。そんなお金、どうしたんだい」
「ああ、宮から預かった金だ」
「え!」
「俺とこいつの2人分な。それにはほとんど手を付けてなかった。そんであっちでは稼いでたから、その分全部つぎ込んだ」
「おい」
ベルがトーヤをじろりと睨みつけ、
「その上、俺と兄貴が預けてた金まで全部ですよ……」
ベルが真剣にブルーになる。
「兄貴とおれが命削って稼いだ金全部……」
「だから、全部終わったら返すってんだろうがよ、ほんとによう」
「ったりまえだ! 返してもらうからな!」
「わかったわかった」
トーヤがげんなりと答える。
「まあそりゃ返してあげないとね」
そんな二人を見てナスタが吹き出しながらそう言う。
「まあ話は分かった。トーヤと、その、その方が姿を見られるわけにはいかないから、それでそんな手を考えたってわけだね。えらく派手な手だけどさ」
「まあそういうことなんだよ」
「それで、今度はなんで宮を出てきたんだい?」
「それなんだけどな」
これこそどう話そうかとトーヤが少し考える。
「ダルはきっと何も話してないと思うけど、ちょっと宮の中がごたついてんだよ」
「宮の中が?」
「ああ」
「宮の中がかい?」
さすがにナスタにはにわかに信じられないようだ。
シャンタリオの民にとってはシャンタル宮は神聖な場所。そこでそんな「ごたつく」ようなことがあるなど、想像もつかないのだ。
「それについては言えることが少ないんだが、下手すりゃ正体がバレる。そんで出てきたんだよ」
そのぐらいしか言えることがない。
黙り込んだトーヤにナスタがそっと声をかけた。
「あ、ああ、ごめん、おふくろさん」
トーヤがはっと現実に戻り、ナスタに笑いながら謝る。
「いや、もうな、怒られてもいいかなって」
「え?」
「俺な、この国が、ここの人たちがどうなってるか分かんなくてな。もしかしたら変わっちまってるかも知れねえ、そう思ったんですんなりここには来られなかった」
「バカ息子!」
「いて!」
言った途端にナスタがトーヤの頭をはたいた。
「やっぱ怒られたか、って、いて!」
トーヤが笑いながらそう言うと、もう一発ナスタが頭をはたく。
「当たり前だろ! 八年も離れてて、そんで会ってなかったら、相手がどうなってるか心配になっても当然じゃないか! それをそう思ったことを謝るって、あんたはどんだけあたしらをなめてんだい、このバカ息子!」
ついでとばかりもう一発張り倒す。
「いてえなあ、おふくろさん」
そう言いながらもトーヤは幸せだった。
だが……
(だからこそ絶対にこの人たちを、この村を傷つけるようなことだけはしちゃなんねえ)
トーヤは笑顔の下で密かにそう誓う。
「それで、なんで宮に行ってたんだい」
張り倒された頭を撫でているトーヤにナスタがあらためて聞く。
「それなあ」
もう隠し事はしないと決めてはいたものの、どう話せばいいものやら。
「あの、『中の国』の方って噂、聞いてますか?」
ベルがトーヤに代わるようにそう聞いた。
「かあちゃん、あれだよあれ、ほら噂になってただろ」
「ああ、エリス様ってやつか」
どうやらエリス様の名はカースまで届いていたようだ。
「確か、他の奥様に殺されそうになって逃げてきたとか、そんな感じだったよね」
「そういう感じだったな」
「そうか知ってるか、そんじゃ話は早い」
トーヤがうんうんと頷く。
「そのエリス様のな、中身がこいつなんだよ」
「へ?」
トーヤがまたクイッとシャンタルを右手の親指で指し、ダリオが間の抜けた声を出した。
「ええとだね」
ナスタが考えながらシャンタルをじっと見る。
「あたしが聞いたところじゃ、エリス様って方は髪の毛1本見えないように絹を頭からかぶった格好なさってたらしいんだけどさ、その格好されてたのが、その」
「そう、こいつ、シャンタルなんです。そんでおれがその侍女」
「へ!」
ダリオがもっと間の抜けた声を出す。
「まあ、そういうこった」
トーヤが軽く軽く一言添えた。
「分かるだろ? こいつをそのままこの国に入れる訳にはいかなかった。それに俺も、知ってる人間が多少はいるからな。もしもこいつが変装しても俺を見て、あれえ? って思うやつが出ないとも限らん。それで考えてそういうことにしたんだよ」
「おれが侍女で、そんで俺の兄貴とトーヤが護衛ってことになってました」
「ああ、あれか、なんか薄い髪の色の若い男」
「って、おまえ、見に行ったんだね?」
「えっと」
どうやらダリオは「噂の奥様」を見に行ったことがあるらしい。
「まあ、あれだけ噂になってたからな。ダリオだってそのぐらいの興味はあるだろうよ」
と、サディがダリオをかばったのは、おそらく自分も興味本位で見に行ったからだろう。
「ほんっとどうしようもないね、男どもは……」
ナスタが大きく肩を上下してため息をつく。
「まああたしもちょっと見に行ったけどさ」
「母ちゃんもかよ!」
「そりゃ、あんだけ噂になってたらねえ」
ナスタとダリオが顔を見合わせて笑うのを見て、ベルも吹き出した。
「俺は行かなくて正解だったな。行ったらおふくろさんたちに一発でばれてたよ」
「まあそうだね」
ナスタが笑いながら認める。
「でもさ、なんかとんでもないお金持ちだって話だったよ。そんなお金、どうしたんだい」
「ああ、宮から預かった金だ」
「え!」
「俺とこいつの2人分な。それにはほとんど手を付けてなかった。そんであっちでは稼いでたから、その分全部つぎ込んだ」
「おい」
ベルがトーヤをじろりと睨みつけ、
「その上、俺と兄貴が預けてた金まで全部ですよ……」
ベルが真剣にブルーになる。
「兄貴とおれが命削って稼いだ金全部……」
「だから、全部終わったら返すってんだろうがよ、ほんとによう」
「ったりまえだ! 返してもらうからな!」
「わかったわかった」
トーヤがげんなりと答える。
「まあそりゃ返してあげないとね」
そんな二人を見てナスタが吹き出しながらそう言う。
「まあ話は分かった。トーヤと、その、その方が姿を見られるわけにはいかないから、それでそんな手を考えたってわけだね。えらく派手な手だけどさ」
「まあそういうことなんだよ」
「それで、今度はなんで宮を出てきたんだい?」
「それなんだけどな」
これこそどう話そうかとトーヤが少し考える。
「ダルはきっと何も話してないと思うけど、ちょっと宮の中がごたついてんだよ」
「宮の中が?」
「ああ」
「宮の中がかい?」
さすがにナスタにはにわかに信じられないようだ。
シャンタリオの民にとってはシャンタル宮は神聖な場所。そこでそんな「ごたつく」ようなことがあるなど、想像もつかないのだ。
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