黒のシャンタル 第三話 シャンタリオの動乱

小椋夏己

文字の大きさ
上 下
100 / 488
第二章 第一部 吹き返す風

18 つけられる

しおりを挟む
 街の神殿はシャンタル宮の中の本家神殿よりは小さいが、それはそれなりに格式のあるしっかりとした神殿である。二人は受付の神官に訪問の趣旨を告げ、待合室のような小部屋に通された。

「シャンタル宮の神殿は王家の方や貴族の皆さんもいらっしゃるから、大部分のリュセルスの民はこちらにお参りに来ることが多いんだよ」
「ああ、そういやなんかそんな話聞いたな」
「どうしてもの時は宮の神殿に伺うけど、下手をすると長い時間待たされた上に後日もう一度ってこともあるからね。まあ大体は前もってお願いしておけばそういうことはないんだが、上の方々はいきなり思いついて来られることも多いから」
「偉い人ってのは勝手だよなあ」
「まあ偉い方は偉い方で色々と事情がおありなんだよ」
「そかなあ、わがままなだけじゃねえの?」

 ベルがうっとおしそうにそう言うのにダルが困ったように笑う。
 そうしていると用意ができたのか神官が二人を呼びにきた。

「ほら、中に入って祝福をいただくよアベル君」
「あいよ」

 そうして月虹隊隊長と家具職人の弟子アベルは神殿の奥の正殿へと通された。

 リュセルスの神殿の正殿は宮の神殿の正殿とはまた違っていた。
 あちらは天井がガラスでできていて、そこから差し込む光が御祭神にあたってキラキラ輝いていたが、こちらの天井は建物の他の部分と一緒で石造りになっている。

 ガラスは高価だ。アルディナでもこちらでも、庶民の家でも一部使わないことはないが、シャンタル宮やそこの神殿のようにふんだんに天井一面、壁一面に使えるようなものではない。せいぜい天井近くの一部に灯り取りに枠を切ってはめ込んであるぐらいだが、それも割れてしまうと修理代がなく、後は木の板戸いたどのような物に取り替えてそのままということも珍しくはない。
 
リルの実家のオーサ商会には大きなガラス窓がいくつもあった。宮ほどではないが、どの窓もきれいに磨き上げられ、ひびが入ったり欠けたりしたガラスは1枚もなかった。さすがに大商人だけのことはある。

 一方リルの今の家、マルトの雑貨店は一般の家とは違って道沿いの窓はガラスであるものの、目立たない場所に割れた欠片をはめ込んで紙か何かを貼ってある部位があった。そのぐらいで一枚替えるのはなかなか費用がかかるし、そのぐらいの傷なら直さずにいても店の信用に関わるようなことにはならないからだ。

 同じくラデルの家具工房も同じようなもので、ベルたちが過ごしていた職人用の部屋にはガラスの窓はなく、やはり板戸で斜めに透かして外の光を入れるようになっていた。

 そして何よりも違ったのが御祭神だ。
 「奥様」と一緒に何度も通ったベルが見ていたあちらの御祭神はなんだか白くキラキラと光る石のような物が台座に据えられていたが、こちらでは木の板が祭壇の上に飾られているだけだ。

(なんか神殿は立派だけど神様本体は安っぽいな)

 ベルは心の中でそう考えていた。

「こちらへどうぞ」
「はい」

 神官に促されてダルがお守りを取り出した。

「友人から、封鎖で会えないカースにいるうちの子たちにとお守りをいただきました」
「おお、それはなんと素晴らしい。拝見しても?」
「はい、どうぞ」

 神官は布に乗せられた5つの丸いかわいいお守りを目を細めて愛しそうに見た。

「これはこれは、なんとも可愛らしい。こんな物は今まで見たことがありません」
「そうなんです。実はそれ、ここにいるアベル君が友人に安産のお守りにとくれた小鳥の木彫りがあまりに可愛かったからと、その友人が発案して作ってもらった物なんです」
「そうなんですか。それはますます素晴らしい、良いお話を伺いました。そうなんですか、君が」
「どうも」

 神官に優しい目で見られてベル、いやアベルが恐縮したように頭を下げた。

「家具職人のお弟子さんで、ここに来た途端に封鎖になったらしいです」
「ではここの出身の方ではないんですね」
「ええ、そうらしいです」
「えっと、馬車で5日ほどかかってここに来ました」

 ベルが男の子らしく元気にそう答える。

「そうですか、遠いところからご立派です」

 神官が頭を下げてベルにも祝福をしてくれた。

「では、お清めを」
「よろしくお願いいたします」

 祭壇の前にあるテーブルのような台の上にお守りを起き、神官がその前でお祈りを唱え、念珠を軽く振って祝福のお清めは終わった。

「さあどうぞ」
「ありがとうございます」

 ダルが幸せそうに微笑んでお守りを受け取った。

「では早速届けに行ってきます。アベル、行くよ」
「あの、お世話になりました」

 ペコリと元気に頭を下げる姿にまた神官が優しく微笑んでくれた。

「お気をつけて」

 見送られた二人が神殿から出て少し歩いたところで、

「つけられてる」

 ベルが小さく言うと、

「うん、分かってる」

 と、ダルも小さく答えた。

「ずっとなんだ、宮から出されてから」
「誰だか分かる?」
「いや、俺は知らない人だな」
「二人いるね」
「さすがだな」

 ダルはベルがこの短時間に人数まで見抜いたことに驚く。

「おれを誰だと思ってんだよ、死神の仲間だぞ」

 ベルが顔には出さずに得意そうにそうつぶやいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

弟に裏切られ、王女に婚約破棄され、父に追放され、親友に殺されかけたけど、大賢者スキルと幼馴染のお陰で幸せ。

克全
ファンタジー
「アルファポリス」「カクヨム」「ノベルバ」に同時投稿しています。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

処理中です...