上 下
91 / 488
第二章 第一部 吹き返す風

 9 隠れる

しおりを挟む
「つまりそれって、皇太子、じゃなくて新国王の後ろに誰かいるってこと?」

 それまで黙って聞いていたシャンタルがそう聞く。

「かもな」
「皇太子が背後から動かしてるんじゃなく、さらにその後ろに誰かいるってのか?」
「かも知れん」
「かもかも、かもだけか、今のところ」

 アランがふうっと息を吐いた。

「分からん。何回も言うけど、なんもかんも分からん。けど俺も皇太子が神官長やセルマを動かしてんじゃねえかとずっと思ってた」
「だろうな。俺もそうじゃねえかと思ってた」
「それは、この国のことを他の国と同じように考えてたからだが、よくよく考えたらそういうこと思いつくような人間がいるのか、この国に?」
「それは俺よりトーヤの方がよく分かってんだろうが」
「俺もおまえとそう変わんねえよ」
「まあ、そのぐらいのことになってくるとそうなのかも知れねえなあ」

 二人共あらためてこの国とアルディナやその周辺の国との違いを痛感する。

「とにかくこの国じゃあシャンタルは絶対だ。そりゃそうだろう、女神様が人を哀れと思ってこの国を作ってこの世に残ってくれた。そしていつでも目の前に神様がいる。外側は代々交代してだがな。そんでこの世界のために託宣してくれて、ずっと平和な生活が続いてる」
「疑う余地ねえよなあ」
「そういうこった。そんで、その女神様が王様って指名した王様の家系がずっとこの国を支配してる。間違いなんぞあるはずがない。たとえその王様が女好きでべっぴんいっぱい集めて、女神様まで自分のもんにしようとしても、それも間違いなんだとは思わない」
「だけど新国王がそれをひっくり返した」
「そうなんだけどな、結局はそれもおそらくは自分が女神様を欲しいがためだろうが」
「まあな」
「そういうどろどろした親子ゲンカがあったわけだが、そんでも無辜むこの民は王様たちが何をしようが、まあそれは上のお方のすることで、文句もなけりゃ間違ってるとも思わねえ。今までと同じく淡々と流れるままに上は上、下は下で生きてくだけだったはずだったんだが」
「なんでか今になって新しい王様は間違ってる、そういう風に流れてってるんだな」
「だな」
「そんだけ必死になって元王様側が元の地位を取り戻そうとしてるわけだが、そこまでするってのがまあ信じられねえ、ってとこまで話がきてる」
「だよな。今までそんなこと経験してねえからな。そんでつまるところ、王様以外で頼れるところって言やあ宮、シャンタルしかいねえってことでこんな騒ぎになってきてる」

 トーヤとアランが話しながら考えをまとめていく。

「旧勢力がシャンタルに頼ろうってのは、まあ言ってみりゃ子どものケンカに負けたやつが親の力に頼ろうって、そっちにいっただけかも知れねえが、そうなるきっかけについては、どう考えても皇太子がそこまでやろうって自分から思いつくとは思えねえんだよなあ」
「ですが」

 ラデルも自分の考えを述べる。

「八年前、先代のことがあってマユリアが宮にお残りになって後宮には入らないとなった後、皇太子殿下はそれはもう大変な努力をなさってご立派になったと聞いたことがありますよ」
「へえ」
「そうなんですか」
「ええ、そういう話です」
「って、誰がそんなこと広めたんだ?」
「え?」
「それって王宮の中でのことなんですよね? でもそれがたとえ当代の父親といってもラデルさんの耳にまで入るってのは、誰かがそう教えないと分からないことじゃないですか?」
「そういえば」

 言われてラデルが考える。

「気がつけば知っていた感じですね」
「そうなんですか」
「つまり、誰かが意図的にそういう話を流したんだな」
「ありえるな」
「皇太子自身は街に来たりしてました?」
「ええ、私はお会いしたことはありませんが、時々そういう話は聞きましたよ」
「どんな話です」
「例えば、年老いた父親と一緒に町外れを歩いていたら、馬で通りがかった皇太子殿下に親孝行を褒めてもらったとか、皇太子殿下が妃殿下と一緒にお忍びで街の食堂にいらっしゃって、とても気さくな様子で声をかけてくださったとか、他には子どもたちがけんかをしていたら皇太子殿下が仲直りさせてくださって、おいしいお菓子をくださったとか」
「うはあ、典型的」

 と、アランが呆れたように言い、トーヤがそれを聞いて笑った。

「いかにも、だな」
「だよな」
「え、何がなんです」
「いや、よくある手ですよそれ」

 トーヤがラデルに説明する。

「さっき言った王様の座の取り合いしてる者が、民にこんなに慕われてる、自分の方にこそ王様としての徳があると広めるんです。そのやり方にとても似てます」
「そんなことが……」

 ラデルが考えこんだように黙り込む。

「でもまあ、そのぐらいのことできないやつに上に立たれてもな」

 と、アランが言い、

「もっともだ」

 と、トーヤも続ける。

「それはどういう?」

 ラデルは意味が分からないらしく、二人に尋ねた。

「つまりですね、そのぐらいの頭や行動力があるやつじゃないと、その国を任せられないってことですよ。けど」

 トーヤが愉快そうな顔を引っ込めた。

「この国に、それを知って隠れてそうやって王様親子を操ってるやつがいる。それはちょっとばかり怖いことだと思いますよ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

悲恋を気取った侯爵夫人の末路

三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵夫人のプリシアは、貴族令嬢と騎士の悲恋を描いた有名なロマンス小説のモデルとして持て囃されていた。 順風満帆だった彼女の人生は、ある日突然に終わりを告げる。 悲恋のヒロインを気取っていた彼女が犯した過ちとは──? カクヨムにも公開してます。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

王妃から夜伽を命じられたメイドのささやかな復讐

当麻月菜
恋愛
没落した貴族令嬢という過去を隠して、ロッタは王宮でメイドとして日々業務に勤しむ毎日。 でもある日、子宝に恵まれない王妃のマルガリータから国王との夜伽を命じられてしまう。 その理由は、ロッタとマルガリータの髪と目の色が同じという至極単純なもの。 ただし、夜伽を務めてもらうが側室として召し上げることは無い。所謂、使い捨ての世継ぎ製造機になれと言われたのだ。 馬鹿馬鹿しい話であるが、これは王命─── 断れば即、極刑。逃げても、極刑。 途方に暮れたロッタだけれど、そこに友人のアサギが現れて、この危機を切り抜けるとんでもない策を教えてくれるのだが……。

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

処理中です...