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第二章 第一部 吹き返す風
9 隠れる
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「つまりそれって、皇太子、じゃなくて新国王の後ろに誰かいるってこと?」
それまで黙って聞いていたシャンタルがそう聞く。
「かもな」
「皇太子が背後から動かしてるんじゃなく、さらにその後ろに誰かいるってのか?」
「かも知れん」
「かもかも、かもだけか、今のところ」
アランがふうっと息を吐いた。
「分からん。何回も言うけど、なんもかんも分からん。けど俺も皇太子が神官長やセルマを動かしてんじゃねえかとずっと思ってた」
「だろうな。俺もそうじゃねえかと思ってた」
「それは、この国のことを他の国と同じように考えてたからだが、よくよく考えたらそういうこと思いつくような人間がいるのか、この国に?」
「それは俺よりトーヤの方がよく分かってんだろうが」
「俺もおまえとそう変わんねえよ」
「まあ、そのぐらいのことになってくるとそうなのかも知れねえなあ」
二人共あらためてこの国とアルディナやその周辺の国との違いを痛感する。
「とにかくこの国じゃあシャンタルは絶対だ。そりゃそうだろう、女神様が人を哀れと思ってこの国を作ってこの世に残ってくれた。そしていつでも目の前に神様がいる。外側は代々交代してだがな。そんでこの世界のために託宣してくれて、ずっと平和な生活が続いてる」
「疑う余地ねえよなあ」
「そういうこった。そんで、その女神様が王様って指名した王様の家系がずっとこの国を支配してる。間違いなんぞあるはずがない。たとえその王様が女好きでべっぴんいっぱい集めて、女神様まで自分のもんにしようとしても、それも間違いなんだとは思わない」
「だけど新国王がそれをひっくり返した」
「そうなんだけどな、結局はそれもおそらくは自分が女神様を欲しいがためだろうが」
「まあな」
「そういうどろどろした親子ゲンカがあったわけだが、そんでも無辜の民は王様たちが何をしようが、まあそれは上のお方のすることで、文句もなけりゃ間違ってるとも思わねえ。今までと同じく淡々と流れるままに上は上、下は下で生きてくだけだったはずだったんだが」
「なんでか今になって新しい王様は間違ってる、そういう風に流れてってるんだな」
「だな」
「そんだけ必死になって元王様側が元の地位を取り戻そうとしてるわけだが、そこまでするってのがまあ信じられねえ、ってとこまで話がきてる」
「だよな。今までそんなこと経験してねえからな。そんでつまるところ、王様以外で頼れるところって言やあ宮、シャンタルしかいねえってことでこんな騒ぎになってきてる」
トーヤとアランが話しながら考えをまとめていく。
「旧勢力がシャンタルに頼ろうってのは、まあ言ってみりゃ子どものケンカに負けたやつが親の力に頼ろうって、そっちにいっただけかも知れねえが、そうなるきっかけについては、どう考えても皇太子がそこまでやろうって自分から思いつくとは思えねえんだよなあ」
「ですが」
ラデルも自分の考えを述べる。
「八年前、先代のことがあってマユリアが宮にお残りになって後宮には入らないとなった後、皇太子殿下はそれはもう大変な努力をなさってご立派になったと聞いたことがありますよ」
「へえ」
「そうなんですか」
「ええ、そういう話です」
「って、誰がそんなこと広めたんだ?」
「え?」
「それって王宮の中でのことなんですよね? でもそれがたとえ当代の父親といってもラデルさんの耳にまで入るってのは、誰かがそう教えないと分からないことじゃないですか?」
「そういえば」
言われてラデルが考える。
「気がつけば知っていた感じですね」
「そうなんですか」
「つまり、誰かが意図的にそういう話を流したんだな」
「ありえるな」
「皇太子自身は街に来たりしてました?」
「ええ、私はお会いしたことはありませんが、時々そういう話は聞きましたよ」
「どんな話です」
「例えば、年老いた父親と一緒に町外れを歩いていたら、馬で通りがかった皇太子殿下に親孝行を褒めてもらったとか、皇太子殿下が妃殿下と一緒にお忍びで街の食堂にいらっしゃって、とても気さくな様子で声をかけてくださったとか、他には子どもたちがけんかをしていたら皇太子殿下が仲直りさせてくださって、おいしいお菓子をくださったとか」
「うはあ、典型的」
と、アランが呆れたように言い、トーヤがそれを聞いて笑った。
「いかにも、だな」
「だよな」
「え、何がなんです」
「いや、よくある手ですよそれ」
トーヤがラデルに説明する。
「さっき言った王様の座の取り合いしてる者が、民にこんなに慕われてる、自分の方にこそ王様としての徳があると広めるんです。そのやり方にとても似てます」
「そんなことが……」
ラデルが考えこんだように黙り込む。
「でもまあ、そのぐらいのことできないやつに上に立たれてもな」
と、アランが言い、
「もっともだ」
と、トーヤも続ける。
「それはどういう?」
ラデルは意味が分からないらしく、二人に尋ねた。
「つまりですね、そのぐらいの頭や行動力があるやつじゃないと、その国を任せられないってことですよ。けど」
トーヤが愉快そうな顔を引っ込めた。
「この国に、それを知って隠れてそうやって王様親子を操ってるやつがいる。それはちょっとばかり怖いことだと思いますよ」
それまで黙って聞いていたシャンタルがそう聞く。
「かもな」
「皇太子が背後から動かしてるんじゃなく、さらにその後ろに誰かいるってのか?」
「かも知れん」
「かもかも、かもだけか、今のところ」
アランがふうっと息を吐いた。
「分からん。何回も言うけど、なんもかんも分からん。けど俺も皇太子が神官長やセルマを動かしてんじゃねえかとずっと思ってた」
「だろうな。俺もそうじゃねえかと思ってた」
「それは、この国のことを他の国と同じように考えてたからだが、よくよく考えたらそういうこと思いつくような人間がいるのか、この国に?」
「それは俺よりトーヤの方がよく分かってんだろうが」
「俺もおまえとそう変わんねえよ」
「まあ、そのぐらいのことになってくるとそうなのかも知れねえなあ」
二人共あらためてこの国とアルディナやその周辺の国との違いを痛感する。
「とにかくこの国じゃあシャンタルは絶対だ。そりゃそうだろう、女神様が人を哀れと思ってこの国を作ってこの世に残ってくれた。そしていつでも目の前に神様がいる。外側は代々交代してだがな。そんでこの世界のために託宣してくれて、ずっと平和な生活が続いてる」
「疑う余地ねえよなあ」
「そういうこった。そんで、その女神様が王様って指名した王様の家系がずっとこの国を支配してる。間違いなんぞあるはずがない。たとえその王様が女好きでべっぴんいっぱい集めて、女神様まで自分のもんにしようとしても、それも間違いなんだとは思わない」
「だけど新国王がそれをひっくり返した」
「そうなんだけどな、結局はそれもおそらくは自分が女神様を欲しいがためだろうが」
「まあな」
「そういうどろどろした親子ゲンカがあったわけだが、そんでも無辜の民は王様たちが何をしようが、まあそれは上のお方のすることで、文句もなけりゃ間違ってるとも思わねえ。今までと同じく淡々と流れるままに上は上、下は下で生きてくだけだったはずだったんだが」
「なんでか今になって新しい王様は間違ってる、そういう風に流れてってるんだな」
「だな」
「そんだけ必死になって元王様側が元の地位を取り戻そうとしてるわけだが、そこまでするってのがまあ信じられねえ、ってとこまで話がきてる」
「だよな。今までそんなこと経験してねえからな。そんでつまるところ、王様以外で頼れるところって言やあ宮、シャンタルしかいねえってことでこんな騒ぎになってきてる」
トーヤとアランが話しながら考えをまとめていく。
「旧勢力がシャンタルに頼ろうってのは、まあ言ってみりゃ子どものケンカに負けたやつが親の力に頼ろうって、そっちにいっただけかも知れねえが、そうなるきっかけについては、どう考えても皇太子がそこまでやろうって自分から思いつくとは思えねえんだよなあ」
「ですが」
ラデルも自分の考えを述べる。
「八年前、先代のことがあってマユリアが宮にお残りになって後宮には入らないとなった後、皇太子殿下はそれはもう大変な努力をなさってご立派になったと聞いたことがありますよ」
「へえ」
「そうなんですか」
「ええ、そういう話です」
「って、誰がそんなこと広めたんだ?」
「え?」
「それって王宮の中でのことなんですよね? でもそれがたとえ当代の父親といってもラデルさんの耳にまで入るってのは、誰かがそう教えないと分からないことじゃないですか?」
「そういえば」
言われてラデルが考える。
「気がつけば知っていた感じですね」
「そうなんですか」
「つまり、誰かが意図的にそういう話を流したんだな」
「ありえるな」
「皇太子自身は街に来たりしてました?」
「ええ、私はお会いしたことはありませんが、時々そういう話は聞きましたよ」
「どんな話です」
「例えば、年老いた父親と一緒に町外れを歩いていたら、馬で通りがかった皇太子殿下に親孝行を褒めてもらったとか、皇太子殿下が妃殿下と一緒にお忍びで街の食堂にいらっしゃって、とても気さくな様子で声をかけてくださったとか、他には子どもたちがけんかをしていたら皇太子殿下が仲直りさせてくださって、おいしいお菓子をくださったとか」
「うはあ、典型的」
と、アランが呆れたように言い、トーヤがそれを聞いて笑った。
「いかにも、だな」
「だよな」
「え、何がなんです」
「いや、よくある手ですよそれ」
トーヤがラデルに説明する。
「さっき言った王様の座の取り合いしてる者が、民にこんなに慕われてる、自分の方にこそ王様としての徳があると広めるんです。そのやり方にとても似てます」
「そんなことが……」
ラデルが考えこんだように黙り込む。
「でもまあ、そのぐらいのことできないやつに上に立たれてもな」
と、アランが言い、
「もっともだ」
と、トーヤも続ける。
「それはどういう?」
ラデルは意味が分からないらしく、二人に尋ねた。
「つまりですね、そのぐらいの頭や行動力があるやつじゃないと、その国を任せられないってことですよ。けど」
トーヤが愉快そうな顔を引っ込めた。
「この国に、それを知って隠れてそうやって王様親子を操ってるやつがいる。それはちょっとばかり怖いことだと思いますよ」
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