黒のシャンタル 第三話 シャンタリオの動乱

小椋夏己

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第二章 第一部 吹き返す風

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「どうしてもお助けせねばならない。我々にとって死活問題なのだ」

 低く告げられた言葉に他の者たちも黙って頷く。

「今は『冬の宮』のどこかに幽閉されておられるらしい」
「おいたわしいことだ」
「それで準備のほどは?」
「それが、何しろまだまだ日にちが足らぬことで」
「そんなことを言っている場合ではない!」

 ドン! と誰かがテーブルの上を強く叩いた。

「これはあの御方だけではなく、我らのこれからに大きく関わることなのだ!」

 一際ひときわ大きな声に他の者たちが黙って耳を傾けた。

 集まって相談をしているのは国王派、いや、今は既に「前国王」派となった貴族たちであった。
 突然の政変により、権勢を振るっていた前国王の周囲の者たちは、「新国王派」のラキム伯爵やジート伯爵にいきなりその座を取って代わられたのだ。

「こんな理不尽なことを認められるものか!」

 そう声を上げようとしたが、気づけば両伯爵以外にもいつからか皇太子と結んで協力していた、今までは自分たちの下にいた貴族たちに周囲を取り巻かれ、下手に動くこともできず、すごすごと引き下がることしかできなかった。

「それで、実際にどうすればいいのだ」

 問題はそこであった。
 何しろ何も考えていない烏合の衆の寄せ集めと言ってもいい。
 
 これがもしも他の地域、例えば「アルディナの神域」や「中の国」のような、周囲の国との軋轢あつれきを生じる可能性のある国であったなら、実際に今も隣国との争いの渦中かちゅうにある国ならば、国内での政権争いのある国ならば、それなりに備え「何かが起きる」心積もりなどができていたかも知れない。

 だがここはシャンタリオ、シャンタルの神域の中心にある生きる神が統べる国、二千年の長きに渡り、ほぼ他国との争いらしき争いなどなかった平和な国だ。
 国内で所領争いなど多少の小競り合いはなくもなかったが、何があろうともその中心の王家の権力は絶対であり、シャンタルの交代と同じく、いつも平穏に、ゆずり葉が葉を落とすごとくすんなりと政権交代が行われていた国だ。

「まさか皇太子があのような動きに出るなど、予想もしなかった」

 国王はまだまだ頑健がんけんでその治世は続くと誰もが思っていた。

「確かに皇太子はこれ以上ないほどの跡継ぎに成長されてはいた。だが、まさか父親を引きずり下ろして自らがその座に就くなどと誰が想像できたものか」
「全くだ」
「あの若造……いや、失礼、皇太子に正しい道を教えて差し上げねばならん。人の道というものを」
「その通りだ」
「そのためにも、交代の前に国王陛下をお助けし、正しい王をもう一度その玉座ぎょくざにお戻しするのだ」
「そして人の道を外れた者は、その後継者としての資格を剥奪はくだつされねばならん」
「幸いにも国王陛下には他に何人も男のお子様がいらっしゃる」
「ああ、そうだ」
「第二王子を新しい皇太子に、そして反逆者は牢へ!」
「その一味である両伯爵家も称号の剥奪、家は断絶だ!」
「取り戻すのだ、我々の主君を!」

 この10日ほど、それまでただひたすら与えられたその立場に安住することしか知らなかった旧勢力たちは、必死で自分たちの立場を取り戻すべく奔走ほんそうしていた。
 もちろん簡単なことではない。何しろ八年をかけて準備をしてきた皇太子派に対し、こちらは急ごしらえの対抗勢力となってしまったのだから。

「死活問題だ」

 もう一度その言葉が出る。

 もしもこの戦いに負けたらこの先ずっと冷や飯を食わされることになる。
 そんなことに耐えられるはずがない。
 プライドだけはとてつもなく高い人間の集まりだ。

「宮だ」
 
 誰かがつぶやく。

「宮に我らの方が正義、そう認めてもらえばいい。そうすれば民たちもみな、親を追い落とした皇太子の行いを認めはしないだろう」

 一筋の光が差し込んだように場の空気が明るくなる。

「そうだ、シャンタルは決してそのような態度をお許しにはならない」
「そうだ、その通りだ」
「宮に訴えるのだ」

 可能性は高かった。
 国王の元、ぬくぬくと権力者の座に安住していた者だけではなく、民たちもみな国王よりもシャンタルを尊い存在と認めている。魂に刻印されている。
 そしてさしたる瑕疵かしもなく前国王は玉座から引きずり下ろされたのだと誰もが知っていた。理解していた。
 ただ、結局は前国王は良くも悪くも「何もしなかった王」であることも民は理解していた。

 「黒のシャンタル」の十年の治世、そしてその前の現マユリアの十年の治世に国を揺るがすような事件は起こらず、今までにないほど落ち着いた平和で豊かな時代であった。
 そのことは「前国王の徳である」となんとなく思っていた。

「王様はいい人だったよな。だけどまあ、あの花園だけは」
 
 民は前国王を嫌ってはいなかった。
 ただ、その趣味だけは良しとしなかっただけだ。
 
 はっきり言って前国王でも新国王でもどちらでもよかったのだ、民は。
 だから前国王譲位と聞いても特に問題も起きなかっただけのことだ。

「だから宮からはっきりと告げてもらうのだ。親にあのような行いをする皇太子は間違っている、過ちを正せと」
「前国王に玉座を返せ、そう託宣してもらえたなら、その重みはどれほどになろうか」
「たとえそれが事実ではないとしても、民たちがそれを知ればいい」

 方向は定まった。
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