黒のシャンタル 第三話 シャンタリオの動乱

小椋夏己

文字の大きさ
上 下
81 / 488
第一章 第四部 穢れた侍女

20 資質

しおりを挟む
「なんもかんも、今分かることじゃねえ、なんもかんもどうなるか分からねえからな……」
 
 トーヤは自分に言い聞かせるようにそう言うと、立ち上がり、もう一度念の為に御祭神に触れてみたが、やはり反応はなかった。

「なあ、そうだろ」

 反応がないのを確認すると、清らかに輝く石にそう話しかけ、いつもベルにやってるように軽く指ではじき、

「じゃあな」

 そう言って部屋から出ていった。

 キリエはその後はいつものように一日を過ごし、夕方、もう一度「お父上」を訪ねた後で神殿に出向くと、

「お父上が明日一度お帰りになられるそうです」

 とだけ伝え、宮の侍女たちにもその旨を伝える。

「朝一番でとのことですから、朝食後すぐに馬車を用意しておいてください」

 これでしばらくは侍女頭の用務からお父上に関する用向きはなくなる。

 一方、「同居人」としての了解を得たミーヤとセルマは、この日は本当に朝食をとった後はもう一度ベッドに戻って二日分の睡眠不足を取り返すように昼までぐっすりと眠った。

 昼食を届けにきた衛士に声をかけられて目を覚まし、昼食をとって食器を返すとまた今日も何もすることはない。

「今日はどんなお話をいたしましょう」
「そうですね」

 セルマは普通の友人であるかのようにミーヤと接するようになっていた。

「わたくしは幼い時にここに来て、その後は宮のことしかほとんど存じてはいません。おまえも本来ならば同じはずですが、どうもそうではないように思います。宮での生活だけでは知ることができなかったこと、それを話してもらえますか」
「はい、私でよろしければ」
 
 ミーヤはニッコリと答えたが、今日話そうと思っていたことはすでに決めていた。

「といっても、私もほんの数ヶ月、ほんの少しばかり外のことを知っただけです。ですが同期のリルは外の侍女で、そしてお父様がオーサ紹介のアロ様、本人もとても社交的で本当に見識が広いのです。リルのことと、リルから聞いたことをお話してもよろしいでしょうか?」
「オーサ商会の?」

 そう言えば聞いたことがあるとセルマは思った。

「確か、今は『外の侍女』になっている」
「はい、そうです」

 誰がとは知らなかったが、外の侍女の中にオーサ商会の娘がいるとは聞いたことがあった。

「それがあの侍女だったのですね」
「はい、今は4人目の子をその身に抱えております」
「4人目ですか!」

 セルマは外の侍女についても不愉快に感じていた。
 侍女とは一生をかけて宮に尽くす者のこと。
 それが結婚をし、あまつさえ子まで持っておきながらさらに宮に執着するなど、なんと見苦しいのか、そう思っていた。

「リルは、宮からの募集の時には選ばれなかったそうなのですが、それでもどうしても侍女になりたくて、それで行儀見習いとして宮に上がったのだそうです」
「そうなのですか」

 セルマの中にはまだ思うことがあるが、今はそれはあえて言わずミーヤの話に耳を傾けた。

「どうしてリルが選ばれなかったのか」

 ミーヤがキリエの言葉を伝える。

「リルはとても賢く、何をしても優秀ではあったが故に、自分でも我こそが選ばれる者であると思っていた。その優秀さはどこか他の場所でこそ活かす資質であり、侍女としての資質ではない、キリエ様はそう思われて選ばなかったと。ですがリルは今は立派な侍女となった、自分の見る目もまだまだであった。そうおっしゃいました」
「キリエ殿が」

 またセルマは驚いた。
 聞けば聞くほど自分が知るキリエと、鋼鉄の侍女頭とは違う一面を知ることになるからだ。

 自分が知るキリエはただただ厳しく感情など持たぬようにしか感じられない人であった。
 だがセルマは、それこそが上に立つ者の資質と、より一層キリエを尊敬し、キリエのような侍女頭になりたいと自分の心を殺して勤めを続けていた。

 自分に厳しく、そして他人にも厳しく、規律をひたすら守り、宮を規律正しく運営する。
 そんな人になりたいとずっと思っていた。

「そういえば」
「え?」

 セルマがふいにつぶやいた言葉にミーヤが反応する。

「以前、もう少し気を緩めるように、そう言われた……」
「ああ」

 ミーヤも思い出す。
 そのことにセルマが反応する。

「なんです?」
「あ、いえ」

 ミーヤが言いにくそうにする。

「なにか、キリエ殿とわたくしのことで話をしたことがあるのですね」

 セルマが表情を固くして聞く。
 
 ミーヤはどう話そうかと考えるが、正直に答えるしかないと決めた。

「はい。ございました」
「へえ……」

 セルマの表情が以前のミーヤを見る目になった。

「言ってみなさい」
 
 ミーヤは少しだけためらったが、

「はい、お話しいたします」

 そう言うのに、セルマが厳しい表情のままミーヤを見つめた。

「以前、あの、セルマさまと少しもめたことがございましたがその時です。キリエ様に相談に伺ったところ、こうおっしゃいました」

『ええ、生真面目な子でした。他人にも厳しかったけれど、それ以上に自分に厳しい。あまりに何もかもに厳しいもので、一度、もう少し気を抜いてやるようにと言ったことがあるのですが、ひどく驚いた顔をしていました』

 セルマはその言葉を黙って聞いていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

初めて入ったダンジョンに閉じ込められました。死にたくないので死ぬ気で修行したら常識外れの縮地とすべてを砕く正拳突きを覚えました

陽好
ファンタジー
 ダンジョンの発生から50年、今ではダンジョンの難易度は9段階に設定されていて、最も難易度の低いダンジョンは「ノーマーク」と呼ばれ、簡単な試験に合格すれば誰でも入ることが出来るようになっていた。  東京に住む19才の男子学生『熾 火天(おき あぐに)』は大学の授業はそれほどなく、友人もほとんどおらず、趣味と呼べるような物もなく、自分の意思さえほとんどなかった。そんな青年は高校時代の友人からダンジョン探索に誘われ、遺跡探索許可を取得して探索に出ることになった。  青年の探索しに行ったダンジョンは「ノーマーク」の簡単なダンジョンだったが、それでもそこで採取できる鉱物や発掘物は仲介業者にそこそこの値段で買い取ってもらえた。  彼らが順調に探索を進めていると、ほとんどの生物が駆逐されたはずのその遺跡の奥から青年の2倍はあろうかという大きさの真っ白な動物が現れた。  彼を誘った高校時代の友人達は火天をおいて一目散に逃げてしまったが、彼は一足遅れてしまった。火天が扉にたどり着くと、ちょうど火天をおいていった奴らが扉を閉めるところだった。  無情にも扉は火天の目の前で閉じられてしまった。しかしこの時初めて、常に周りに流され、何も持っていなかった男が「生きたい!死にたくない!」と強く自身の意思を持ち、必死に生き延びようと戦いはじめる。白いバケモノから必死に逃げ、隠れては見つかり隠れては見つかるということをひたすら繰り返した。  火天は粘り強く隠れ続けることでなんとか白いバケモノを蒔くことに成功した。  そして火天はダンジョンの中で生き残るため、暇を潰すため、体を鍛え、精神を鍛えた。  瞬発力を鍛え、膂力を鍛え、何事にも動じないような精神力を鍛えた。気づくと火天は一歩で何メートルも進めるようになり、拳で岩を砕けるようになっていた。  力を手にした火天はそのまま外の世界へと飛び出し、いろいろと巻き込まれながら遺跡の謎を解明していく。

女神の代わりに異世界漫遊  ~ほのぼの・まったり。時々、ざまぁ?~

大福にゃここ
ファンタジー
目の前に、女神を名乗る女性が立っていた。 麗しい彼女の願いは「自分の代わりに世界を見て欲しい」それだけ。 使命も何もなく、ただ、その世界で楽しく生きていくだけでいいらしい。 厳しい異世界で生き抜く為のスキルも色々と貰い、食いしん坊だけど優しくて可愛い従魔も一緒! 忙しくて自由のない女神の代わりに、異世界を楽しんでこよう♪ 13話目くらいから話が動きますので、気長にお付き合いください! 最初はとっつきにくいかもしれませんが、どうか続きを読んでみてくださいね^^ ※お気に入り登録や感想がとても励みになっています。 ありがとうございます!  (なかなかお返事書けなくてごめんなさい) ※小説家になろう様にも投稿しています

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

後悔はなんだった?

木嶋うめ香
恋愛
目が覚めたら私は、妙な懐かしさを感じる部屋にいた。 「お嬢様、目を覚まされたのですねっ!」 怠い体を起こそうとしたのに力が上手く入らない。 何とか顔を動かそうとした瞬間、大きな声が部屋に響いた。 お嬢様? 私がそう呼ばれていたのは、遥か昔の筈。 結婚前、スフィール侯爵令嬢と呼ばれていた頃だ。 私はスフィール侯爵の長女として生まれ、亡くなった兄の代わりに婿をとりスフィール侯爵夫人となった。 その筈なのにどうしてあなたは私をお嬢様と呼ぶの? 疑問に感じながら、声の主を見ればそれは記憶よりもだいぶ若い侍女だった。 主人公三歳から始まりますので、恋愛話になるまで少し時間があります。

ロルスの鍵

ふゆのこみち
ファンタジー
田舎の小さな村で暮らしていた少年・キサラ。彼の生涯は村の中で終わるはずだったが、地上に現れたという魔王の噂をきっかけに旅立ちを迎える。 自身に呪いがかけられていると聞かされたキサラが頼ったのは……魔王だった。 最弱の主人公が最強の魔王と出会い、自分が何者なのかを知る話。 ※現在一話から修正、本編再構築中(59話まで改稿済み) ※視点切り替え多め ※小説家になろうさん、カクヨムさんにも同じ物を掲載しています。 ※転載、複製禁止

【完結】賢者ではありませんが、私でいいのでしょうか?

青井 海
恋愛
ツムギは独り、森を彷徨っていた。 途方に暮れていると、意識を失っている人をみつけ、介抱する。そして一緒に旅するうちに、知らない国へ来てしまった。 その国で、ツムギは賢者と間違われ…

処理中です...