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第一章 第四部 穢れた侍女
20 資質
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「なんもかんも、今分かることじゃねえ、なんもかんもどうなるか分からねえからな……」
トーヤは自分に言い聞かせるようにそう言うと、立ち上がり、もう一度念の為に御祭神に触れてみたが、やはり反応はなかった。
「なあ、そうだろ」
反応がないのを確認すると、清らかに輝く石にそう話しかけ、いつもベルにやってるように軽く指ではじき、
「じゃあな」
そう言って部屋から出ていった。
キリエはその後はいつものように一日を過ごし、夕方、もう一度「お父上」を訪ねた後で神殿に出向くと、
「お父上が明日一度お帰りになられるそうです」
とだけ伝え、宮の侍女たちにもその旨を伝える。
「朝一番でとのことですから、朝食後すぐに馬車を用意しておいてください」
これでしばらくは侍女頭の用務からお父上に関する用向きはなくなる。
一方、「同居人」としての了解を得たミーヤとセルマは、この日は本当に朝食をとった後はもう一度ベッドに戻って二日分の睡眠不足を取り返すように昼までぐっすりと眠った。
昼食を届けにきた衛士に声をかけられて目を覚まし、昼食をとって食器を返すとまた今日も何もすることはない。
「今日はどんなお話をいたしましょう」
「そうですね」
セルマは普通の友人であるかのようにミーヤと接するようになっていた。
「わたくしは幼い時にここに来て、その後は宮のことしかほとんど存じてはいません。おまえも本来ならば同じはずですが、どうもそうではないように思います。宮での生活だけでは知ることができなかったこと、それを話してもらえますか」
「はい、私でよろしければ」
ミーヤはニッコリと答えたが、今日話そうと思っていたことはすでに決めていた。
「といっても、私もほんの数ヶ月、ほんの少しばかり外のことを知っただけです。ですが同期のリルは外の侍女で、そしてお父様がオーサ紹介のアロ様、本人もとても社交的で本当に見識が広いのです。リルのことと、リルから聞いたことをお話してもよろしいでしょうか?」
「オーサ商会の?」
そう言えば聞いたことがあるとセルマは思った。
「確か、今は『外の侍女』になっている」
「はい、そうです」
誰がとは知らなかったが、外の侍女の中にオーサ商会の娘がいるとは聞いたことがあった。
「それがあの侍女だったのですね」
「はい、今は4人目の子をその身に抱えております」
「4人目ですか!」
セルマは外の侍女についても不愉快に感じていた。
侍女とは一生をかけて宮に尽くす者のこと。
それが結婚をし、あまつさえ子まで持っておきながらさらに宮に執着するなど、なんと見苦しいのか、そう思っていた。
「リルは、宮からの募集の時には選ばれなかったそうなのですが、それでもどうしても侍女になりたくて、それで行儀見習いとして宮に上がったのだそうです」
「そうなのですか」
セルマの中にはまだ思うことがあるが、今はそれはあえて言わずミーヤの話に耳を傾けた。
「どうしてリルが選ばれなかったのか」
ミーヤがキリエの言葉を伝える。
「リルはとても賢く、何をしても優秀ではあったが故に、自分でも我こそが選ばれる者であると思っていた。その優秀さはどこか他の場所でこそ活かす資質であり、侍女としての資質ではない、キリエ様はそう思われて選ばなかったと。ですがリルは今は立派な侍女となった、自分の見る目もまだまだであった。そうおっしゃいました」
「キリエ殿が」
またセルマは驚いた。
聞けば聞くほど自分が知るキリエと、鋼鉄の侍女頭とは違う一面を知ることになるからだ。
自分が知るキリエはただただ厳しく感情など持たぬようにしか感じられない人であった。
だがセルマは、それこそが上に立つ者の資質と、より一層キリエを尊敬し、キリエのような侍女頭になりたいと自分の心を殺して勤めを続けていた。
自分に厳しく、そして他人にも厳しく、規律をひたすら守り、宮を規律正しく運営する。
そんな人になりたいとずっと思っていた。
「そういえば」
「え?」
セルマがふいにつぶやいた言葉にミーヤが反応する。
「以前、もう少し気を緩めるように、そう言われた……」
「ああ」
ミーヤも思い出す。
そのことにセルマが反応する。
「なんです?」
「あ、いえ」
ミーヤが言いにくそうにする。
「なにか、キリエ殿とわたくしのことで話をしたことがあるのですね」
セルマが表情を固くして聞く。
ミーヤはどう話そうかと考えるが、正直に答えるしかないと決めた。
「はい。ございました」
「へえ……」
セルマの表情が以前のミーヤを見る目になった。
「言ってみなさい」
ミーヤは少しだけためらったが、
「はい、お話しいたします」
そう言うのに、セルマが厳しい表情のままミーヤを見つめた。
「以前、あの、セルマさまと少しもめたことがございましたがその時です。キリエ様に相談に伺ったところ、こうおっしゃいました」
『ええ、生真面目な子でした。他人にも厳しかったけれど、それ以上に自分に厳しい。あまりに何もかもに厳しいもので、一度、もう少し気を抜いてやるようにと言ったことがあるのですが、ひどく驚いた顔をしていました』
セルマはその言葉を黙って聞いていた。
トーヤは自分に言い聞かせるようにそう言うと、立ち上がり、もう一度念の為に御祭神に触れてみたが、やはり反応はなかった。
「なあ、そうだろ」
反応がないのを確認すると、清らかに輝く石にそう話しかけ、いつもベルにやってるように軽く指ではじき、
「じゃあな」
そう言って部屋から出ていった。
キリエはその後はいつものように一日を過ごし、夕方、もう一度「お父上」を訪ねた後で神殿に出向くと、
「お父上が明日一度お帰りになられるそうです」
とだけ伝え、宮の侍女たちにもその旨を伝える。
「朝一番でとのことですから、朝食後すぐに馬車を用意しておいてください」
これでしばらくは侍女頭の用務からお父上に関する用向きはなくなる。
一方、「同居人」としての了解を得たミーヤとセルマは、この日は本当に朝食をとった後はもう一度ベッドに戻って二日分の睡眠不足を取り返すように昼までぐっすりと眠った。
昼食を届けにきた衛士に声をかけられて目を覚まし、昼食をとって食器を返すとまた今日も何もすることはない。
「今日はどんなお話をいたしましょう」
「そうですね」
セルマは普通の友人であるかのようにミーヤと接するようになっていた。
「わたくしは幼い時にここに来て、その後は宮のことしかほとんど存じてはいません。おまえも本来ならば同じはずですが、どうもそうではないように思います。宮での生活だけでは知ることができなかったこと、それを話してもらえますか」
「はい、私でよろしければ」
ミーヤはニッコリと答えたが、今日話そうと思っていたことはすでに決めていた。
「といっても、私もほんの数ヶ月、ほんの少しばかり外のことを知っただけです。ですが同期のリルは外の侍女で、そしてお父様がオーサ紹介のアロ様、本人もとても社交的で本当に見識が広いのです。リルのことと、リルから聞いたことをお話してもよろしいでしょうか?」
「オーサ商会の?」
そう言えば聞いたことがあるとセルマは思った。
「確か、今は『外の侍女』になっている」
「はい、そうです」
誰がとは知らなかったが、外の侍女の中にオーサ商会の娘がいるとは聞いたことがあった。
「それがあの侍女だったのですね」
「はい、今は4人目の子をその身に抱えております」
「4人目ですか!」
セルマは外の侍女についても不愉快に感じていた。
侍女とは一生をかけて宮に尽くす者のこと。
それが結婚をし、あまつさえ子まで持っておきながらさらに宮に執着するなど、なんと見苦しいのか、そう思っていた。
「リルは、宮からの募集の時には選ばれなかったそうなのですが、それでもどうしても侍女になりたくて、それで行儀見習いとして宮に上がったのだそうです」
「そうなのですか」
セルマの中にはまだ思うことがあるが、今はそれはあえて言わずミーヤの話に耳を傾けた。
「どうしてリルが選ばれなかったのか」
ミーヤがキリエの言葉を伝える。
「リルはとても賢く、何をしても優秀ではあったが故に、自分でも我こそが選ばれる者であると思っていた。その優秀さはどこか他の場所でこそ活かす資質であり、侍女としての資質ではない、キリエ様はそう思われて選ばなかったと。ですがリルは今は立派な侍女となった、自分の見る目もまだまだであった。そうおっしゃいました」
「キリエ殿が」
またセルマは驚いた。
聞けば聞くほど自分が知るキリエと、鋼鉄の侍女頭とは違う一面を知ることになるからだ。
自分が知るキリエはただただ厳しく感情など持たぬようにしか感じられない人であった。
だがセルマは、それこそが上に立つ者の資質と、より一層キリエを尊敬し、キリエのような侍女頭になりたいと自分の心を殺して勤めを続けていた。
自分に厳しく、そして他人にも厳しく、規律をひたすら守り、宮を規律正しく運営する。
そんな人になりたいとずっと思っていた。
「そういえば」
「え?」
セルマがふいにつぶやいた言葉にミーヤが反応する。
「以前、もう少し気を緩めるように、そう言われた……」
「ああ」
ミーヤも思い出す。
そのことにセルマが反応する。
「なんです?」
「あ、いえ」
ミーヤが言いにくそうにする。
「なにか、キリエ殿とわたくしのことで話をしたことがあるのですね」
セルマが表情を固くして聞く。
ミーヤはどう話そうかと考えるが、正直に答えるしかないと決めた。
「はい。ございました」
「へえ……」
セルマの表情が以前のミーヤを見る目になった。
「言ってみなさい」
ミーヤは少しだけためらったが、
「はい、お話しいたします」
そう言うのに、セルマが厳しい表情のままミーヤを見つめた。
「以前、あの、セルマさまと少しもめたことがございましたがその時です。キリエ様に相談に伺ったところ、こうおっしゃいました」
『ええ、生真面目な子でした。他人にも厳しかったけれど、それ以上に自分に厳しい。あまりに何もかもに厳しいもので、一度、もう少し気を抜いてやるようにと言ったことがあるのですが、ひどく驚いた顔をしていました』
セルマはその言葉を黙って聞いていた。
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