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第一章 第四部 穢れた侍女
13 もう一羽の青い小鳥
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「ひどい言い方を」
キリエが言葉ではそう言いながらも、そこに含まれたトーヤからベルへの親愛の情を感じていた。
「んでまあ、あのバカの話は一度置いといてだな、あんたは幸せになったからあの音が聞こえるようになったと思うか?」
「それはどうでしょう」
「まあ分からんわな」
「ええ」
「だとしたら、だ」
トーヤが笑顔を消して真面目な顔に戻る。
「もしかしたら、あちらが力をつけたからって可能性もある」
「え?」
「前はあんたの方が強かった。けど、今はやつらがあんたより強い」
「それは……」
「俺は実際に見てるからな」
あの時、あの冷たい湖の中、命を失いかねなかったギリギリの状態でシャンタルが力を逆転させた時のだ。
「そうでしたね」
キリエもその話は聞いている。
あの時、洞窟から戻ってきたルギから、さらに先のサガンの港まで二人を送って戻ってきたダルから、そして八年を経てこちらに戻ってきたトーヤからも。
「もしもそうだとしたら、そりゃ結構ヤバいかもな」
「ヤバい……」
ついそのまま復唱したキリエにこんな状況だがトーヤが少し笑う。
「なんてこと口にしてんだよ、シャンタル宮の侍女頭さんがよお」
「本当に」
キリエもほろっと笑う。
「朱に交わればなんとやら、あのバカの相手してうつっちまったか」
「自分のことは棚に上げてですか?」
「俺はまあ、お上品なお父上だからな」
「おやおや」
緊張した中にもいつもこうして空気を緩める何かを持っているトーヤたちのことを、キリエは頼もしく思う。
「あの時みたいになんかありゃいいんだがなあ」
「何かとは?」
「あの守り刀みたいななんかだな」
何かあったらそれを使って逃げるように。
そう言ってトーヤが押し付けるようにして持たせた黒い小刀、それが結局は二人の命を救った。
「なんか、ああいうもんがないかな」
「何かお守り……」
トーヤは懐にある御祭神の分身に思い当たったが、
『他に共に聞く者がいるでしょう』
そう言われたのだ。
その時に使うものだ。
セルマがそこに含まれるとはとても思えない。
おそらくこれは違うだろう。
「あ……」
キリエが何かを思いついたらしい。
「青い小鳥」
「へ?」
「フェイの青い小鳥です」
「あ」
フェイの魂が宿った青い小鳥がシャンタルの頑なだった心を開いた。
「そうだったな。けど今はルギの旦那が預かってんだろ?」
ミーヤとセルマの持ち物は、全部封印をしてルギの部屋に預かっている。
持ち出すにはそれなりの理由が必要だ。
「持ってこれねえだろ?」
「ええ、ですがもう一羽いるのです」
「もう一羽?」
「ええ、実は」
キリエがリルの家に確認に行った時の話をする。
「ちょ、ちょい待てよ! あのバカ、勝手にそんなことしてんのかよ!」
ラデルの家で待機しておけ、何もするなと言っておいたのにと、トーヤが怒りの表情になる。
「子どもというものは」
キリエの言葉にトーヤが振り向く。
「気がつけば成長をしているものです。この年になったからこそよく分かるのです」
トーヤを見ているようで他の者も見ているようで、そんな視線でキリエは続ける。
「あなたも今ではその立場になっているということを分かるでしょう?」
「…………」
この間ベルに神殿での判断を任せた。
もうやれるだろう、そう判断したからだ。
それで、もしも失敗したとしても、それは任せた自分の責任だから、そう思って任せたら、なんとかうまく乗り切った。
「いや、思った以上だったよな」
トーヤがぼそりとそう言って認める。
「お互い年を取りましたね」
「おいおいおいおい!」
キリエが楽しそうに笑っている。
「あんたにそういう冗談言われるとは思わなかったぞ!」
「あながち冗談でもないのですけどね」
「おいー!」
嘆くトーヤにキリエがクスクスと笑い、トーヤも仕方なくため息をつきながら笑う。
「そんで? あのバカが作ったその木彫りがフェイの代わりになるってのか?」
「分かりません。ですが可能性を感じます」
トーヤが黙ったまま考える。
「そうだな、ここに来てのそれだ、ただの思いつきにしても何かありそうに俺も思う」
「そういうことです」
キリエが静かに頷いた。
「ベルさんのことです、きっとフェイを思い浮かべて一生懸命心を込め、もう一羽の青い小鳥を作っているでしょう」
「そうだな」
トーヤも認める。
あの青い小鳥を見つめていたベルの視線。
フェイの身を思って泣いていたベル。
「賭けるしかないか、あのバカに」
「あまりバカバカ言ってあげないでください」
「バカはどこまでいってもバカだよ、立派なバカにはなれるだろうけどな」
「まあ」
キリエが微笑ましそうに笑顔を浮かべた。
「そんで、今からリルに借りに行くのか?」
「今夜に間に合わせたいので。ですが、私が一緒では時間がかかるのでルギに頼みます」
「え?」
「ルギなら説明がなくともリルから受け取ってくれるでしょう」
「いや、そりゃそうだが」
トーヤはまたルギに自分の正体がバレるのではないかとそれを危惧する。
「大丈夫です、私の判断、私の考えでそうしたこと。何を受け取ってきてもらうかはルギには告げずにリルから借りてきてもらいます。お父上は一切関係のないことです」
きっぱりとそう言い切られ、トーヤも承諾した。
キリエが言葉ではそう言いながらも、そこに含まれたトーヤからベルへの親愛の情を感じていた。
「んでまあ、あのバカの話は一度置いといてだな、あんたは幸せになったからあの音が聞こえるようになったと思うか?」
「それはどうでしょう」
「まあ分からんわな」
「ええ」
「だとしたら、だ」
トーヤが笑顔を消して真面目な顔に戻る。
「もしかしたら、あちらが力をつけたからって可能性もある」
「え?」
「前はあんたの方が強かった。けど、今はやつらがあんたより強い」
「それは……」
「俺は実際に見てるからな」
あの時、あの冷たい湖の中、命を失いかねなかったギリギリの状態でシャンタルが力を逆転させた時のだ。
「そうでしたね」
キリエもその話は聞いている。
あの時、洞窟から戻ってきたルギから、さらに先のサガンの港まで二人を送って戻ってきたダルから、そして八年を経てこちらに戻ってきたトーヤからも。
「もしもそうだとしたら、そりゃ結構ヤバいかもな」
「ヤバい……」
ついそのまま復唱したキリエにこんな状況だがトーヤが少し笑う。
「なんてこと口にしてんだよ、シャンタル宮の侍女頭さんがよお」
「本当に」
キリエもほろっと笑う。
「朱に交わればなんとやら、あのバカの相手してうつっちまったか」
「自分のことは棚に上げてですか?」
「俺はまあ、お上品なお父上だからな」
「おやおや」
緊張した中にもいつもこうして空気を緩める何かを持っているトーヤたちのことを、キリエは頼もしく思う。
「あの時みたいになんかありゃいいんだがなあ」
「何かとは?」
「あの守り刀みたいななんかだな」
何かあったらそれを使って逃げるように。
そう言ってトーヤが押し付けるようにして持たせた黒い小刀、それが結局は二人の命を救った。
「なんか、ああいうもんがないかな」
「何かお守り……」
トーヤは懐にある御祭神の分身に思い当たったが、
『他に共に聞く者がいるでしょう』
そう言われたのだ。
その時に使うものだ。
セルマがそこに含まれるとはとても思えない。
おそらくこれは違うだろう。
「あ……」
キリエが何かを思いついたらしい。
「青い小鳥」
「へ?」
「フェイの青い小鳥です」
「あ」
フェイの魂が宿った青い小鳥がシャンタルの頑なだった心を開いた。
「そうだったな。けど今はルギの旦那が預かってんだろ?」
ミーヤとセルマの持ち物は、全部封印をしてルギの部屋に預かっている。
持ち出すにはそれなりの理由が必要だ。
「持ってこれねえだろ?」
「ええ、ですがもう一羽いるのです」
「もう一羽?」
「ええ、実は」
キリエがリルの家に確認に行った時の話をする。
「ちょ、ちょい待てよ! あのバカ、勝手にそんなことしてんのかよ!」
ラデルの家で待機しておけ、何もするなと言っておいたのにと、トーヤが怒りの表情になる。
「子どもというものは」
キリエの言葉にトーヤが振り向く。
「気がつけば成長をしているものです。この年になったからこそよく分かるのです」
トーヤを見ているようで他の者も見ているようで、そんな視線でキリエは続ける。
「あなたも今ではその立場になっているということを分かるでしょう?」
「…………」
この間ベルに神殿での判断を任せた。
もうやれるだろう、そう判断したからだ。
それで、もしも失敗したとしても、それは任せた自分の責任だから、そう思って任せたら、なんとかうまく乗り切った。
「いや、思った以上だったよな」
トーヤがぼそりとそう言って認める。
「お互い年を取りましたね」
「おいおいおいおい!」
キリエが楽しそうに笑っている。
「あんたにそういう冗談言われるとは思わなかったぞ!」
「あながち冗談でもないのですけどね」
「おいー!」
嘆くトーヤにキリエがクスクスと笑い、トーヤも仕方なくため息をつきながら笑う。
「そんで? あのバカが作ったその木彫りがフェイの代わりになるってのか?」
「分かりません。ですが可能性を感じます」
トーヤが黙ったまま考える。
「そうだな、ここに来てのそれだ、ただの思いつきにしても何かありそうに俺も思う」
「そういうことです」
キリエが静かに頷いた。
「ベルさんのことです、きっとフェイを思い浮かべて一生懸命心を込め、もう一羽の青い小鳥を作っているでしょう」
「そうだな」
トーヤも認める。
あの青い小鳥を見つめていたベルの視線。
フェイの身を思って泣いていたベル。
「賭けるしかないか、あのバカに」
「あまりバカバカ言ってあげないでください」
「バカはどこまでいってもバカだよ、立派なバカにはなれるだろうけどな」
「まあ」
キリエが微笑ましそうに笑顔を浮かべた。
「そんで、今からリルに借りに行くのか?」
「今夜に間に合わせたいので。ですが、私が一緒では時間がかかるのでルギに頼みます」
「え?」
「ルギなら説明がなくともリルから受け取ってくれるでしょう」
「いや、そりゃそうだが」
トーヤはまたルギに自分の正体がバレるのではないかとそれを危惧する。
「大丈夫です、私の判断、私の考えでそうしたこと。何を受け取ってきてもらうかはルギには告げずにリルから借りてきてもらいます。お父上は一切関係のないことです」
きっぱりとそう言い切られ、トーヤも承諾した。
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