74 / 488
第一章 第四部 穢れた侍女
13 もう一羽の青い小鳥
しおりを挟む
「ひどい言い方を」
キリエが言葉ではそう言いながらも、そこに含まれたトーヤからベルへの親愛の情を感じていた。
「んでまあ、あのバカの話は一度置いといてだな、あんたは幸せになったからあの音が聞こえるようになったと思うか?」
「それはどうでしょう」
「まあ分からんわな」
「ええ」
「だとしたら、だ」
トーヤが笑顔を消して真面目な顔に戻る。
「もしかしたら、あちらが力をつけたからって可能性もある」
「え?」
「前はあんたの方が強かった。けど、今はやつらがあんたより強い」
「それは……」
「俺は実際に見てるからな」
あの時、あの冷たい湖の中、命を失いかねなかったギリギリの状態でシャンタルが力を逆転させた時のだ。
「そうでしたね」
キリエもその話は聞いている。
あの時、洞窟から戻ってきたルギから、さらに先のサガンの港まで二人を送って戻ってきたダルから、そして八年を経てこちらに戻ってきたトーヤからも。
「もしもそうだとしたら、そりゃ結構ヤバいかもな」
「ヤバい……」
ついそのまま復唱したキリエにこんな状況だがトーヤが少し笑う。
「なんてこと口にしてんだよ、シャンタル宮の侍女頭さんがよお」
「本当に」
キリエもほろっと笑う。
「朱に交わればなんとやら、あのバカの相手してうつっちまったか」
「自分のことは棚に上げてですか?」
「俺はまあ、お上品なお父上だからな」
「おやおや」
緊張した中にもいつもこうして空気を緩める何かを持っているトーヤたちのことを、キリエは頼もしく思う。
「あの時みたいになんかありゃいいんだがなあ」
「何かとは?」
「あの守り刀みたいななんかだな」
何かあったらそれを使って逃げるように。
そう言ってトーヤが押し付けるようにして持たせた黒い小刀、それが結局は二人の命を救った。
「なんか、ああいうもんがないかな」
「何かお守り……」
トーヤは懐にある御祭神の分身に思い当たったが、
『他に共に聞く者がいるでしょう』
そう言われたのだ。
その時に使うものだ。
セルマがそこに含まれるとはとても思えない。
おそらくこれは違うだろう。
「あ……」
キリエが何かを思いついたらしい。
「青い小鳥」
「へ?」
「フェイの青い小鳥です」
「あ」
フェイの魂が宿った青い小鳥がシャンタルの頑なだった心を開いた。
「そうだったな。けど今はルギの旦那が預かってんだろ?」
ミーヤとセルマの持ち物は、全部封印をしてルギの部屋に預かっている。
持ち出すにはそれなりの理由が必要だ。
「持ってこれねえだろ?」
「ええ、ですがもう一羽いるのです」
「もう一羽?」
「ええ、実は」
キリエがリルの家に確認に行った時の話をする。
「ちょ、ちょい待てよ! あのバカ、勝手にそんなことしてんのかよ!」
ラデルの家で待機しておけ、何もするなと言っておいたのにと、トーヤが怒りの表情になる。
「子どもというものは」
キリエの言葉にトーヤが振り向く。
「気がつけば成長をしているものです。この年になったからこそよく分かるのです」
トーヤを見ているようで他の者も見ているようで、そんな視線でキリエは続ける。
「あなたも今ではその立場になっているということを分かるでしょう?」
「…………」
この間ベルに神殿での判断を任せた。
もうやれるだろう、そう判断したからだ。
それで、もしも失敗したとしても、それは任せた自分の責任だから、そう思って任せたら、なんとかうまく乗り切った。
「いや、思った以上だったよな」
トーヤがぼそりとそう言って認める。
「お互い年を取りましたね」
「おいおいおいおい!」
キリエが楽しそうに笑っている。
「あんたにそういう冗談言われるとは思わなかったぞ!」
「あながち冗談でもないのですけどね」
「おいー!」
嘆くトーヤにキリエがクスクスと笑い、トーヤも仕方なくため息をつきながら笑う。
「そんで? あのバカが作ったその木彫りがフェイの代わりになるってのか?」
「分かりません。ですが可能性を感じます」
トーヤが黙ったまま考える。
「そうだな、ここに来てのそれだ、ただの思いつきにしても何かありそうに俺も思う」
「そういうことです」
キリエが静かに頷いた。
「ベルさんのことです、きっとフェイを思い浮かべて一生懸命心を込め、もう一羽の青い小鳥を作っているでしょう」
「そうだな」
トーヤも認める。
あの青い小鳥を見つめていたベルの視線。
フェイの身を思って泣いていたベル。
「賭けるしかないか、あのバカに」
「あまりバカバカ言ってあげないでください」
「バカはどこまでいってもバカだよ、立派なバカにはなれるだろうけどな」
「まあ」
キリエが微笑ましそうに笑顔を浮かべた。
「そんで、今からリルに借りに行くのか?」
「今夜に間に合わせたいので。ですが、私が一緒では時間がかかるのでルギに頼みます」
「え?」
「ルギなら説明がなくともリルから受け取ってくれるでしょう」
「いや、そりゃそうだが」
トーヤはまたルギに自分の正体がバレるのではないかとそれを危惧する。
「大丈夫です、私の判断、私の考えでそうしたこと。何を受け取ってきてもらうかはルギには告げずにリルから借りてきてもらいます。お父上は一切関係のないことです」
きっぱりとそう言い切られ、トーヤも承諾した。
キリエが言葉ではそう言いながらも、そこに含まれたトーヤからベルへの親愛の情を感じていた。
「んでまあ、あのバカの話は一度置いといてだな、あんたは幸せになったからあの音が聞こえるようになったと思うか?」
「それはどうでしょう」
「まあ分からんわな」
「ええ」
「だとしたら、だ」
トーヤが笑顔を消して真面目な顔に戻る。
「もしかしたら、あちらが力をつけたからって可能性もある」
「え?」
「前はあんたの方が強かった。けど、今はやつらがあんたより強い」
「それは……」
「俺は実際に見てるからな」
あの時、あの冷たい湖の中、命を失いかねなかったギリギリの状態でシャンタルが力を逆転させた時のだ。
「そうでしたね」
キリエもその話は聞いている。
あの時、洞窟から戻ってきたルギから、さらに先のサガンの港まで二人を送って戻ってきたダルから、そして八年を経てこちらに戻ってきたトーヤからも。
「もしもそうだとしたら、そりゃ結構ヤバいかもな」
「ヤバい……」
ついそのまま復唱したキリエにこんな状況だがトーヤが少し笑う。
「なんてこと口にしてんだよ、シャンタル宮の侍女頭さんがよお」
「本当に」
キリエもほろっと笑う。
「朱に交わればなんとやら、あのバカの相手してうつっちまったか」
「自分のことは棚に上げてですか?」
「俺はまあ、お上品なお父上だからな」
「おやおや」
緊張した中にもいつもこうして空気を緩める何かを持っているトーヤたちのことを、キリエは頼もしく思う。
「あの時みたいになんかありゃいいんだがなあ」
「何かとは?」
「あの守り刀みたいななんかだな」
何かあったらそれを使って逃げるように。
そう言ってトーヤが押し付けるようにして持たせた黒い小刀、それが結局は二人の命を救った。
「なんか、ああいうもんがないかな」
「何かお守り……」
トーヤは懐にある御祭神の分身に思い当たったが、
『他に共に聞く者がいるでしょう』
そう言われたのだ。
その時に使うものだ。
セルマがそこに含まれるとはとても思えない。
おそらくこれは違うだろう。
「あ……」
キリエが何かを思いついたらしい。
「青い小鳥」
「へ?」
「フェイの青い小鳥です」
「あ」
フェイの魂が宿った青い小鳥がシャンタルの頑なだった心を開いた。
「そうだったな。けど今はルギの旦那が預かってんだろ?」
ミーヤとセルマの持ち物は、全部封印をしてルギの部屋に預かっている。
持ち出すにはそれなりの理由が必要だ。
「持ってこれねえだろ?」
「ええ、ですがもう一羽いるのです」
「もう一羽?」
「ええ、実は」
キリエがリルの家に確認に行った時の話をする。
「ちょ、ちょい待てよ! あのバカ、勝手にそんなことしてんのかよ!」
ラデルの家で待機しておけ、何もするなと言っておいたのにと、トーヤが怒りの表情になる。
「子どもというものは」
キリエの言葉にトーヤが振り向く。
「気がつけば成長をしているものです。この年になったからこそよく分かるのです」
トーヤを見ているようで他の者も見ているようで、そんな視線でキリエは続ける。
「あなたも今ではその立場になっているということを分かるでしょう?」
「…………」
この間ベルに神殿での判断を任せた。
もうやれるだろう、そう判断したからだ。
それで、もしも失敗したとしても、それは任せた自分の責任だから、そう思って任せたら、なんとかうまく乗り切った。
「いや、思った以上だったよな」
トーヤがぼそりとそう言って認める。
「お互い年を取りましたね」
「おいおいおいおい!」
キリエが楽しそうに笑っている。
「あんたにそういう冗談言われるとは思わなかったぞ!」
「あながち冗談でもないのですけどね」
「おいー!」
嘆くトーヤにキリエがクスクスと笑い、トーヤも仕方なくため息をつきながら笑う。
「そんで? あのバカが作ったその木彫りがフェイの代わりになるってのか?」
「分かりません。ですが可能性を感じます」
トーヤが黙ったまま考える。
「そうだな、ここに来てのそれだ、ただの思いつきにしても何かありそうに俺も思う」
「そういうことです」
キリエが静かに頷いた。
「ベルさんのことです、きっとフェイを思い浮かべて一生懸命心を込め、もう一羽の青い小鳥を作っているでしょう」
「そうだな」
トーヤも認める。
あの青い小鳥を見つめていたベルの視線。
フェイの身を思って泣いていたベル。
「賭けるしかないか、あのバカに」
「あまりバカバカ言ってあげないでください」
「バカはどこまでいってもバカだよ、立派なバカにはなれるだろうけどな」
「まあ」
キリエが微笑ましそうに笑顔を浮かべた。
「そんで、今からリルに借りに行くのか?」
「今夜に間に合わせたいので。ですが、私が一緒では時間がかかるのでルギに頼みます」
「え?」
「ルギなら説明がなくともリルから受け取ってくれるでしょう」
「いや、そりゃそうだが」
トーヤはまたルギに自分の正体がバレるのではないかとそれを危惧する。
「大丈夫です、私の判断、私の考えでそうしたこと。何を受け取ってきてもらうかはルギには告げずにリルから借りてきてもらいます。お父上は一切関係のないことです」
きっぱりとそう言い切られ、トーヤも承諾した。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説


あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。


白い結婚はそちらが言い出したことですわ
来住野つかさ
恋愛
サリーは怒っていた。今日は幼馴染で喧嘩ばかりのスコットとの結婚式だったが、あろうことかバーティでスコットの友人たちが「白い結婚にするって言ってたよな?」「奥さんのこと色気ないとかさ」と騒ぎながら話している。スコットがその気なら喧嘩買うわよ! 白い結婚上等よ! 許せん! これから舌戦だ!!
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

地獄の業火に焚べるのは……
緑谷めい
恋愛
伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。
やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。
※ 全5話完結予定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる